王国〜最強の騎士と戦わされた件〜
「着きましたよ、起きてください」
ショウは聞き慣れない声で目を覚ます、まだぼんやりとした頭であたりを見回すとどうやら自分は誰かに膝枕されているようだ。
ショウが膝枕されたまま上を見ると2つのたわわな果実の間から、ピンクの髪の女の子が見下ろしていた。
「よく寝れましたか?痛そうだったので勝手に膝枕しちゃいました」
ショウの頭をなでて優しく微笑む女の子。
ショウはようやく頭が覚めてきた。
そうだ、聖女の父である国王に挨拶するために王国へ向かったのだ。
いつの間にやら寝てしまっていたようだ、ショウが起き上がると聖女は不満そうな声を上げた。
「着いたのか?」
ショウの問いかけに聖女はうなずくと、馬車の外へ出ていく。
ショウも彼女のあとに続き外へ出ると、目の前に広がった光景に思わず息を呑んだ。
そこには今まで見たことがないほど巨大な建物が建っていた。
ショウの目の前には大きな城門があり、その奥には真っ白な城があった。
岩を積み上げて作られた城の高さは2階建てのギルドの4倍以上はあるだろう。
広さなど想像できない、城の敷地からは騎士たちの訓練する声が聞こえていた。
「ようこそ私の故郷へ、さっそくお父様に会いに行きましょう」
ショウは大きさに圧倒されながら聖女の後を着いていくしかなかった。
城の中も見たことがないほど豪華な作りだった。
城の床には真っ赤な絨毯が敷き詰められ、岩でできているということを感じさせなかった。
壁の至るところに絵画や観賞用の武器が飾られており、国王の富を象徴しているようだった。
城の中の一室に通されると、聖女は国王に謁見を求めるためショウを置いて先に出ていった。
ショウはまるで沈むような座り心地のソファーに腰掛け、金の器に盛り付けられた名前も知らない美味しい果物を食べて彼女を待つ。
疲れて顔を上げれば、キラキラと光を放つシャンデリアが揺れていた。
ショウのような冒険者にとっては落ち着かないことこの上なかった。
ショウが心を落ち着かせるためにカタナで素振りを初めてしばらくすると、ドアがノックされて聖女が入ってきた。
「ショウ様、準備ができたのでお父様に会いに行きましょう」
謁見の間では、左右の壁に沿って騎士たちが隊列を組んで並んでいた。
聖女と共に謁見の間に入ると騎士たちの視線がショウに突き刺さる、場違いなのはショウも分かっていた。
謁見の間の奥には見上げるほどの高さに玉座が置かれていた。
きらびやかな装飾が施され、主の到着を待っているように見えた。
「国王陛下のおなーりー」
騎士たちが一斉に膝を着く、聖女に促されショウも同じように膝を着いた。
しばらくすると玉座の横のドアが開き、宝石を散りばめた王冠を身につけ、見るからに高価な服に身を包んだ初老の男が入ってきた。
灰色の長髪に深く皺が刻まれた顔、髪と同じ色の立派なあごひげをたくわえていた。
玉座に腰掛ける国王と目が合うとその眉間の皺が更に深くなったような気がした、どうやら顔を上げてはまずかったようだ。
「皆の者楽にせよ」
国王の一言で聖女と騎士たちが一斉に立ち上がる、ショウも少し遅れて立ち上がった。
「我が娘よ、冒険の旅より無事に戻ってくれたこと嬉しく思う。そなたが連れてきた者についてみなに紹介せよ」
聖女は国王に向かって一礼する、その仕草は気品あふれるものだった。
「陛下、こちらは私の命を救った冒険者のショウという者です。こたびの魔王復活に対して、我々人間にとって大いに力となるでしょう」
聖女に説明されたショウに国王の鋭い視線が向けられる。
ショウはどんなモンスターと対峙したときよりも緊張した。
「娘の命を救ってくれたこと、まずは感謝する。だが、一人の冒険者が我々と魔王との戦いにどのように力となってくれるというのか」
国王の疑問はもっともだ。
たかが冒険者一人が加わったところで大した戦力にはならないだろう。
それがただの冒険者であったならば、の話だ。
ショウには反転の呪いがあり、その能力は恐らく人間では最強だろう。
ショウが返答して良いのかどうか悩んでいると、代わりに聖女が答えてくれた。
「彼はただの冒険者ではありません。伝説の英雄と同じ力を持っております」
聖女の答えを聞いた国王の眉毛がピクリと動いた。
口に手を当て考え込んでいる、いきなりこんなことを言われても信じられないだろう。
「騎士団長、前へ出よ」
国王の呼びかけに応じ、赤色の鎧を身に着けた大男が前へ出てくる。
頭には髪の毛の代わりに大きな傷跡がいくつもついていた。
顔も傷だらけだった、歴戦の勇士というのは彼のような人のことを言うのだろう。
「彼はレベル384の我が国最強の騎士である。そなたが伝説の英雄と同じ力を持っているというのであれば、彼と戦いその力を証明するが良い」
そう言うと国王は謁見の間を出ていく、国王が出ていった後騎士たちもすぐにいなくなった。
騎士団長も騎士たちもショウのことなど全く気にしていないようだった。
ショウは二人きりになった後、聖女に不満をぶつけた。
「なぁ聖女様。どうなってんだ?」
聖女はショウに向き合うと、ぺろりと可愛らしく舌を出しておどけた表情をしてみせた。
「実はお父様には先程ショウ様のことを伝えたのですが信じていただけなくて、私がショウ様に騙されているんだと疑っているのです。騎士団長と戦わせて嘘を暴いてやると怒ってました」
騎士団長と戦わせることが決まっていたとなると、さっきの二人の会話は騎士達への芝居ということか。
面倒なことになってしまった。
すぐに始めるということなので聖女と二人で試合の場所へと向かう、場所は城の中庭にある練兵場だ。
「では私はここで。ショウ様、うれぐれも騎士団長を殺さないように気をつけてくださいね」
入り口の扉の前で聖女とわかれる、彼女は国王と一緒に観戦するらしい。
人間と戦うのは久しぶりだ、ちゃんと手加減しないとな。
ショウは気持ちを落ち着かせると、扉を開き中へと入る。
長方形の広場を囲むように作られた観客席に座った騎士たちから一斉にやじが飛ぶ。
ショウは気にせずに中へ入る、広場にはすでにに騎士団長が立っていた。
先ほどは持っていなかった銀色の大剣を持っている、どうやら準備はできているようだ。
しばらくすると急に騎士たちのやじが止まり、あたりが静寂に包まれる。
どうやら国王の登場のようだ、一際高い位置にある椅子に腰掛けるとこちらを見下ろしている。
その隣には聖女の姿もあった、ショウと目が合うと少しだけ手を振ってくれた。
前に出てきた大臣が説明を始める。
「これより我らが騎士団長と冒険者ショウの試合を行う!降参するか、どちらかが戦闘不能になったら終了とする!なお事故が起きて死亡した場合は相手の罪は不問とする!」
どうやら相手を殺しても罪には問われないようだ、騎士団長がショウを殺してしまうと心配しているようだ。
騎士団長は大剣を構えたが、ショウはカタナを抜かない。
「武器を抜け小僧、それとも嘘を認めて命乞いでもするか?」
騎士団長が怒りを露わにしている、どうやらふざけていると思われたようだ。
『だってカタナ使ったら殺しちゃいそうだし・・・素手でやっても多分大丈夫だろ』
ショウはそんなことを思ったが口にはしない、相手を怒らせる必要はないだろう。
ショウは拳を握り騎士団長に向けて構える。
騎士たちからはやじが飛び、騎士団長は更に怒りが増したのか額に青筋が浮かんでいた。
「はじめ!」
大臣の合図と共に騎士団長が残像を残しながらショウに切りかかってくる。
その動きに無駄はなく速い、王国最強というのも納得だった。
普通の人間であれば全く相手にならないだろう。
もちろん相手が普通の人間ならの話だ。
ショウは迫り来る大剣を片手で掴むと、騎士団長の鎧めがけもう片方の手で拳を叩き込む。
殺さないように軽く殴ったのだが、ショウの拳は鎧を砕きみぞおちにめり込む。
騎士団長の体重がショウにのしかかる、どうやら一撃で気絶したようだ。
ショウが手を離すと巨体が地面に崩れ落ちる、とりあえず死んでいないし大丈夫だろう。
練兵場にいた誰もが目の前の光景が信じられないようだった。
誰も口を開こうとしない、耳が痛いほどの静寂があたりを包み込む。
「陛下、彼の実力は証明されましたね」
聖女の声が響き渡った、その声でようやく大臣も気を取り直したようだ。
「勝者、冒険者ショウ!」
国王と聖女、大臣が退場したのを見てショウも外へ出ていく。
出ていく時に見えた騎士たちのまるで化物を見るような怯えた表情は忘れられそうになかった。