鬼が飛ぶ
備中の川から空を望む男がいた。備前の岡山藩で扶持を食べる足軽、暁丸。戦の鬼と恐れられるは、鉄砲の鉛を数十浴びてもけろりと撃ち手の首をポン、ポンと手柄にするだけの、人離れした豪腕と肉の鎧からだが、そんな暁丸も朝鮮帰りからは戦も無く、もっぱら空を飛ぶことで暇を買わせる。
藩の民皆々曰く、「鳥の人」である。天狗とは呼ばれはしなかったが、それは鬼であるがゆえであった。鳥、鬼こと暁丸も始め空を飛ぶということは鳥のごとくあるものと考え、身に合う翼を拵えたが見事に川底で果てたゆえ考えを改めた。研究と数々の試斬から、鳥の骨とは奇怪なまでに脆く、また軽い、動きも複雑を描き再現は不可能であった。羽ばたく力で小さきを飛ばす絡繰を試作できたが、それは暁丸を飛ばすのに非力にすぎた。
諸行ありつつく鍋の蓋が立ち昇る湯に浮かばされるのを見て、別の力を使うことを閃いた。川の流れる力を使い水車を作るように、より小さき車で力を使うと。貯めた水が熱されることでより大きくなることを利用し、竹トンボを回すこと閃き、前へと進む為これの向きを寝かせる。重すぎる暁丸の体を軽くする為、水を雷で分解した軽い気を詰めた皮袋で、絡繰と己を軽くした。
「男児が野を駆け憧れるのに理由が必要か」幾度とない失敗で、成果もなく無駄に傷を増やす暁丸へ呆れた者が訊いたとき、彼はこう答えた。暁丸は夢を飛ばそうとしていた。飛べるのだと、飛ばすのだと。突き動かす衝動は、誰もが呆れた。石が水に浮かばないように、人が空を飛ぶなどと言うのは、冷たい火、熱い氷と同じものだと。
暁丸は落ちた。僅かな空を飛び、そのまま絡繰とともにガシャンと土へと花と散る。常人であれば死んでいたがそこは暁丸、絡繰に潰されようと逆にこれを破壊し起き上がる。「失敗だ!」だがしかし、刹那とは言え浮いた。暁丸は飛ぶには浮くことがなければならないと、新しい絡繰はいたく単純となった。すなわち、軽い気の袋と、重しの砂袋だけである。巨大な軽い気の袋が暁丸を空へ連れ去らんとしていた。
「わはは!見よ、飛べる、飛べるのだ!」暁丸はそう叫び、砂袋の重しを一つ外し、また一つ外した。暁丸を空へ吊る力は増していき、遂には彼の足を地面から離した。これを見た誰もが驚愕に打たれ神通力の類と疑い、暁丸を霞を食む何かと崇めるものまででる始末。暁丸の笑い声が木霊する。遂には最後の砂袋の縄が外された。見る見るうちに空へと昇る暁丸の巨体。どこまでも空へと招かれていく。
暁丸は一粒の砂よりも小さくなり、声は消えていきます。空気よりも軽い気の袋を背負って、どこまでも、どこまでも。その日以来、彼の姿を見たものはいませんでした。「わはは!」