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不屈の男

 全身に矢を受けて、バタバタと仰向あおむけに倒れたソドムとシュラ。


 物理耐性のある魔人の二人にとっては、小石を投げつけられた程度なので、実際は さほどダメージはない。


 衝撃でヨロヨロと倒れてしまった、という表現が的確かもしれない。



 すぐさま起き上がって反撃しないのは、やられたフリをして、一息ついて体力回復を待っているのだ。シュラの金剛聖拳は、強力な反面 体力消耗が激しい。


だが、呼吸さえ落ち着けば再度 戦う事ができよう。




 山賊ドロス、なかなか抜け目ない。生死を部下に確認させるも、追加で指示を出した。




「その小娘のスカートをめくってみろ」、と。


 


 命じられた部下は、おふざけかと ドロスの表情をチラリと盗み見たが、真顔だったので小走りで小娘の横に行き、しゃがみ込んでミニスカートを利き手でつまんだ。


「あっ!」


 スカートをめくられそうになったシュラは、悪寒が走り、つい声を出してしまう。


 と、同時に反射的にスカートを押さえ、起き上がりざまに、空いた手で山賊をビンタした。


 ビンタといっても、渾身の一撃なので、大型の熊に攻撃されたかのように、あり得ない方向に山賊の首が曲がり絶命した。


 通常、ソドム相手にしかビンタはしないので、一般人が即死する威力とは思っておらず、少し罪悪感を覚えたと同時に、日常では気軽に人を叩かないと心に誓うシュラであった。


 公国に戻って、うっかり人を殺してしまうと牢獄行きではすまないのだから。



 強烈なビンタの音に「何事か!?」と、ついソドムも跳ね起きる。



「どうやら、人間ではなさそうですな・・」

 


 山賊ドロスは、確信した。矢傷からの出血がほとんどないので、まさかとは思ったが、疑ってよく見てみれば・・・貴族の眼の虹彩は深紅であることに気がついた。

(こりゃヤバいな。人外どころか闇の最高司祭か邪神かもしれねぇ。多勢に挑んでくる時点で不自然だったが、怪物とんだバケモノを相手にしちまった)




 ソドムはダルそうに立ち上がり、

「やれやれ、力の差をみて逃げ出せば良かったものを・・・。俺達が討伐対象と知った以上、生かして帰すわけにはいかない・・」と言いながら、山賊の死体から数本の剣を拾い集める。


 精神を集中し、両肩辺りに【影武者シャドーサーバント】の腕だけを発現させ、武器を持たせて四刀流になった。


 深紅の眼に四本腕、その禍々しい異形は、見る者の戦意をくじいた。


 シュラは、ソドムの許可を得て、殺したての山賊の首に噛みつき、血をすする。

 これもまた人ではないと山賊達に印象づけ、恐怖を煽った。



 血を吸い終わったシュラは、死体をうち捨て、口についた血を拭いながらソドムの横に並び立つ。

 傷と体力は回復して、気分もいい。欲を言えば、ソドムの血を飲みたかったが、戦闘中なので自重している。



 取り囲んでいる山賊達は、恐怖のあまり後退あとずさりし始めた。


「か、頭ぁ。手練れどころか弓矢も効かなねぇ怪物に勝てる気がしませんぜ」、側近がドロスに耳打ちするが、「なんの、まだまだ」と笑い飛ばされた。


 ドロスは、命令を発する前に「ピューイ!」と指笛を鳴らし、最初に馬車を追い立てた騎馬を呼んだ。


 騎馬が到着次第、攻勢に出ると見せかけ、一気に逃走するつもりでいるため、トークで時間を稼ごうとするドロス。


 弱者しか相手にしてこなかった部下達に、闇の使徒を倒せるとは思えない。だが、自分が狼狽すると、指揮が乱れ死人が増えるだろう。今は、被害が軽微なうちに撤退するにかぎる。



「こちとらプロですからな、狙った獲物は逃がすわけにはいきません。たとえ、相手が魔物だったとしても!」と、ドロスは大見得を切って部下を鼓舞した。


「いいか野郎ども!ここが正念場、この方々を光の神殿に突き出せば、俺たちゃ勇者様だ。賞金もらった上、表の世界で堂々と生きられるぞ!」、そう叫ぶと、諦めていた部下達から歓声が上がった。


「昔とった杵柄きねづかみせてやる!」


 そう言ってドロスは、目を閉じて精神を集中させて、詠唱を始める。



「ほう、どうするね?」、ソドムは四本の剣を構えながら歩み寄る。


 相変わらず、敵の解説や名乗りを待つほどのお人好しではないソドムとシュラ。質問しておきながら斬りかかる。


 もはや、雑魚はかまわず 小賢しい指揮をしてくる首領を倒してしまうことにした。



 ドロスは、両手に二本づつ投げナイフを持ち、近距離で投げつけた。中距離ならば、避けれるが、近距離では 短いナイフを打ち落とすのも避けるのも難しい。


 

 鋭い音をたてて飛んでくるナイフを避けようともしない二人。


 さっきの矢もそうだが、どうせ効かないのだから、魔人とバレていい場合は回避より、敵を倒すことを優先したほうがいいのだ。


「サクッ、サク、サクッ!」と、二人の手脚に刃物が刺さる音がして、激痛が走り、歩みが鈍る。


「~~っ痛ってぇ!女の子になんてことすんのよ!」、左腕と右腿にナイフが刺さっているのを見て、シュラが抗議した。

 まだ、二人は気がついていないが、神聖魔法【聖なる祝福】で強化されたナイフで、闇の眷族への効果は十分だった。

 

 意外と効いているので、山賊達に希望の光が見えてきた。



 ドロスはシュラの抗議を聞き流し、剣を前にかざす。


「まだまだですぜ、【聖光ホーリーライト】」、闇の眷族たる二人は眩さに視界を奪われ、動きを止めた。


 なんだかわからないが、優勢なので山賊達は沸き立った。


※魔人相手に善戦するドロスは、かつて光の神官であった。それも、ただの神官と違い、邪教徒討伐や神殿を守護する神官戦士である。


 光の守護者たる神官戦士は、半数が脱落する厳しい修行をくぐり抜けた、まさにたたき上げの戦士。




 その修行とは・・・最高司祭が大陸地図にダーツを投げ、当たった場所を目指して旅立つもので、出発先から目的地まで道を無視して直進するという過酷な旅なのだ。(しかも、数回旅立つ。修行期間は約1年)


 さすがに、民家などは避けていいが、川や山は越えなくてはならない。


 道中、魔物や賊と戦うなり、逃げるなりしながら、旅の怪我人を見つけたら治療する義務もある。


 便利な存在なので、冒険者・旅人からは野良ヒーラーなどと呼ばれていたりする。


 基本一人で山林をフラフラしているため、困窮した冒険者や賊に 小銭や食料目当てでボコられているという噂もある命懸けの修行。

 なので、鍛えられないわけがない。



 さて、元神官戦士ドロス、次の詠唱は少し長めに行い・・



「闇よ、滅べ!【ホーリーフレイム】」、と神聖魔法を二人にかけた。



 闇の眷族たちに、薄ぼんやりとした炎がまとわりつく。爆炎でもなく、アルコールに引火した程度の地味な炎だが、炎抵抗が低下している魔人には効果があった。


「うぉ!」、熱さに驚き のたうち回るソドム。手で火を叩き消火に必死だ。


「あちー!だから、女の子相手に火をつけたり!なんなの!?」、シュラは腰につけた革袋をかかげて、中の水を浴びて消火して、すぐさま反撃の飛び蹴りを放つ。



 シュラの攻撃を受けたら死ぬということを目の当たりにしてきたドロスは、必死に避けた。

(やはり浄化の炎は、知能ある魔物には消されちまうか、ん?この娘・・確か・・)



「おお、よく見たら赤井さん家のシュラちゃんじゃないか」一旦、手を止めて話しかけるドロス。



「んー?もしかして、神官のお兄ちゃん・・なの?」、シュラは伸ばし放題の髪に無精ヒゲの山賊ドロスをまじまじと見た。昔、村に赴任してきた若い神官の面影が、そこにはあった。



「そうそう、奇遇だなぁ。戦争のゴタゴタで皆が亡くなったと思っていたよ」ドロスは、笑顔になり


「さあ、悪いようにはしないから、暴れるのはやめて、こちらに来なさい」、そう手招きする。

(にしても、騎馬が来ない。殺られたのか?もう、もたないぞ)



「ハッ?山賊に成り下がったクセに何言ってんの?悪いようにしかしないんでしょ?」、さすがのシュラでも信じない。

 昔はこざっぱりとした男だったと記憶しているが、今のドロスは やさぐれていて胡散臭い。



「そんなこともないぞー。本当は凄く悪いようにするところを、悪いようにしないくらいにしてあげるんだから」、と説得を試みる。

(ダメだ、神聖魔法も限界だ。仲間もあてにできねぇ)


 若き日の熱い信仰があれば、もう少し健闘できたのだろうが、かつての赴任先が滅ぼされてからは、神を信じられず疑ってしまっている。これでは、神聖魔法の効果は半減するのも、無理はない。



 万策尽きたドロスに、さらなる不幸が頭をもたげる。



 随分時間がかかったが、レウルーラの召喚魔法は最終段階に入り、召喚の腕輪に散りばめられた宝石が輝きを増した。


 あと必要なものは・・大量の魔力。レウルーラの魔力だけでは足りないので、召喚を保留して暗黒魔法のレウルーラ専用 個人魔法オリジナルスペル魔力吸収ドンタッチミー】を唱えながらソドムに近き、両手で肩をつかむ。


 ソドムから大量の魔力が奪われ、召喚魔法へと注がれる。無駄に魔力が多いソドムだが、なかなかの負担を強いられた。


 魔力を吸い取られる初めての経験だったため、「ふぁ?」などと情けない声をあげてしまったのは夫婦だけの秘密だ。



 ついに魔法が完成し、天空に黒い霧のようなものが湧き上がり、広がっていく。


 その霧は、次第に竜の形へと変化していくのが見てとれた。



 不気味さと巨大さに、見上げている山賊達は口を開けたままだ。


 ソドムは、妻の成功を願いつつ、期待はしていない。人間ごときが、世界三強の生物を呼べるなどとあり得ない。仮に呼び出せても服従させることはできまい、そう思いながら空を見つめている。





「召喚に応じ、出でよ竜王ゴモラ!我が敵を焼き払え!」と、レウルーラは高らかに決め台詞を言いながら、右手をかざしてポーズを決めた。



 体の線にフィットした赤いレオタードがセクシーで、肩に羽織った黒いコートが風になびき、最高に絵になる召喚であった。


 ただ、既に詠唱終了しているため、決め台詞やポーズは、自己満足と召喚までのつなぎのようなものなので、さほど意味はない。



 黒い霧が凝縮し、竜の姿に安定して、咆哮ほうこうをあげた。魔力がこめられた咆哮を聞いた人間達は、魂を恐怖で揺さぶられ気を失う者も現れた。


 全長は馬車10台ほどあるだろうか。獰猛そうな口元からは鋭い牙が見え隠れし、呼吸と共に牙の間から炎が漏れ出ているのが確認できた。


 

 竜王との結婚志望のシュラ、苦労の果て召喚に成功したレウルーラ、実は二人とも見るのが初めてなので、山賊達同様 迫力に圧倒されて しばし立ち尽くしている・・。


 

 山賊・ならず者たちは、お手軽な仕事と聞き付けて集まった者ばかり。

 酒を酌み交わしながら、女戦士の闘いを見物し、ケリがついたら お楽しみタイム。それも飽きたら貴族を換金して、大宴会・・・そんなつもりで参加した。


 だが、現実は厳しく・・ヴァンパイアのような化け物どころか、巨大なドラゴンまで相手にする地獄の宴になってしまい、自分たちは狩られる側という信じがたい状況になっていた。





「もう、何でもいいから、帰りたい!」、それが山賊達の心の叫びだった。

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