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ギオン城 屋上・ギオンリゾート

 帝国との戦いから半年が過ぎ四月になった。温暖な気候であるギオン公国では、海で泳げるほど暖かい日々が続いていた。

 領内の東にある岬の先端が崖になっているのだが、真下の一部が白い砂浜になっており、その先にエメラルドグリーンに輝く海が広がっている。

 ・・・が、残念ながら自殺の名所として有名になった十年前から岬はアンデットの巣窟と化し、いまだ未征服なので公国の民は海水浴ができずにいた。

 いや、できなくもないのだが、安全なビーチは猫の額のように狭い。


 また、少し離れた海底は深いので、大型船が寄港できる希少な港を造ることができるのだが、幽霊船とやらがでるので開発できずにいた。


 つまり、ギオン公国は大国との小競り合いに明け暮れていたので、二度の開拓団全滅以降、討伐は行っておらず、自国領すら満足に支配できていないのである。


 冬に一度、死の岬からアンデッドがあふれ出すように侵攻してきたので、シュラが軍を率いて撃退したのだが、深追いはしないで引き返してきた。

 いや、勝ちに乗じて一気に討伐して植民したいのは山々なのだが、連邦が不気味な沈黙しているため、街をあける訳にはいかない。


 ソドム公王が邪教徒、さらには魔王という情報が入ったことにより連邦首脳は警戒し、公国に駐屯していた援軍を引き上げてから半年・・・。

 とくに使者もこず、敵か味方かわからない状態が続いているのだ。ゆえに、公国は軍を動かせないでいた。

 ギオン城の屋上は、無骨な石床であったが数年前にリフォームし、裸足で日光浴できるように、芝生と板が敷き詰められた。三階建ての城は、しょぼい街で一番高い建築物なので、眺望は抜群である。


 冬季間以外は城として場違いなパラソルやBBQコンロが設置され、ソドム王や側近の憩いの場となっている。今年は吟遊詩人トリスが加わったことにより、その音色が会食に優雅さ添えた。

 もちろん、防衛用の設備と兵もいるのだが、ソドム達はお構いなしで昼から飲食を楽しむ。では、兵たちは面白くないかというと そうでもない。当番が終わり交代すれば、そのままBBQに参加し ただ飯にありつけるのだ。しかも、女性達とも普通に会話できる機会でもあり、下心抜きにしても楽しいひと時が過ごせる。


 ただし、後片付けは彼らの仕事になるのだが・・。


 土曜の昼恒例「週末! お疲れ会」のメンバーはソドムと その膝の上に宮廷魔術師であり妻のレウルーラ、護衛の戦士シュラ、吟遊詩人のトリス、経理のタクヤ、神官ドロス(山賊時代の無精ヒゲはやめて、身なりも整えている)、司法騎士アレックスの七人。


 特にラフな格好をしているのはソドムで 派手な かりゆしウェアに白のハーフパンツ。


 日光浴ということもあり、女性陣はまるでビーチに来ているようないでたちだった。黒髪に白い肌、スレンダーなレウルーラは白いハイレグ水着。それも、局部辺りがかなりの角度なので、男なら命を懸けても二度見したくなるだろう。

 褐色の健康美が自慢のシュラは白いビキニであったが、バキバキに割れた腹筋がスポーティーな印象を与えまくっている。

 この二人に満足しながらも、豊満ボディーの冴子がいれば完璧なのだが・・・・とソドムは思っていたりする。



 この白い水着であるが、実はソドムが長い間かけて街の常識として刷り込んできた成果なのだ。

 もともと、生きるのに精いっぱいの世の中で、水遊び・海水浴は根付いていなかった。

 あるとき、エロい妄想にとりつかれたソドムが縄跳 茂助に噂を広めさせた。連邦王都の若い娘の間で「白い生地の水着」を着て海辺で遊ぶことが流行っている、と。それを何年も根気よく広め、水着の製造販売まで手掛けて、ようやく常識レベルまで流行させたのであった。


 常識というものは怖いもので、慣れてしまうと変なものも変だと思わなくなる。

 例えるなら、首長族が無理に女性の首を長くして(幼少より首にリングをして首の関節を拡げ、年々リングを増やして長くする)他の部族が見向きもしない女性にしつつ、自分たちの美意識を変え・・・・首が長ければ長いほど美人ということにして、人さらいを防いだ話がある。


 ソドムの「白水着計画」は若干違うが、水着は当然のように白を浸透させ、デザインも きわどさが当たり前として定着させた。織り込み済みの欠点として、水に濡れると透けてしまう・・・・という問題も、「水着は透けて当然」という常識を刷り込んでいるため、不満も変革を求める声も聞こえてこない。

 むしろ、透けたほうが魅力的という風潮さえあるほどだ。


 ミニスカ無税は国策だが、自主的な白水着も男たちに大好評で、「最後の楽園」などと言われ、近年戦争があってもギオン公国に移り住むものは増加している。

 もちろんソドムは大喜びだし、新参者のドロスとトリスも大いに喜んでいる。



 そんな休日モードのソドム達。今回の焼き担当はシュラとアレックスが担い、皆はBBQコンロを囲んで座り、酒を飲んでいる。

 連邦から出向している騎士ポールは、軍務があるため参加していない。そもそも、会議ではなく週末の打ち上げごときに彼が来るはずもない。

※公国の幹部は、大概は土日休むのだが、それでは土日が手薄になるのでポールと 今は亡きゲオルグは平日に休みをずらしていた。



「はぁ~、平和ねぇ~」BBQコンロで肉を焼きながらシュラが呟いた。さりげなく、ピーマンはアレックス側に追いやる。


 帝国とは和睦し、連邦も動きがなく、ゾンビ襲来くらいしか戦う場面がなくて退屈しているのだ。

 百人斬りで名を上げたので、新兵たちの調練などに引っ張りだこではあるが、こみ上げるような情熱が持てない。

 そして、ここ数か月くらいは、週初めと週末の夜に体調を崩しがちで、今夜「また腹を下す」と考えたら憂鬱だし、食欲もわかない。


「何言ってるの、シュラちゃん。平和って ありがたいことなのよ」宮廷魔術師レウルーラは、手のひらサイズの平面水晶で、連邦との国境付近を監視しながら言った。

 付与魔法が得意な老師ザームならば、大陸全てを見通せる水晶を作り出せるのかもしれない。レウルーラは得意分野が召喚魔法なので、そこまで高品質とはいかず狭い公国近郊を見るのが限界であったが、街の防衛には十二分に役に立っている。


「んだ、そもそも戦争しようにも金がねぇぞ」と経理のタクヤが現実を突きつけた。彼の算段では、ソドムが出羽守を拉致して、その身代金で財政を立て直すつもりだったのだから。


 

 さて、確かに平和を享受しているギオン公国だが、ソドムに悩みがないわけではない。


 まずは、前述の平面水晶・・・。あれほど大画面で! と言ったのに手のひらサイズのレウルーラ専用の魔道具になってしまったこと。機能的には、画像の拡大もできるのでコンパクトで問題ない。

 だが、それではソドム本来の目的である「のぞき」に使おうにも妻を説得する必要があり、そんな情けないことを言えるはずもなく、現在は隙を伺っている。



 今一つは、シュラへの性教育。ええ加減に夫婦の部屋から出て行ってもらいたい。それが嫌なら、夜の営みに参加してもらうか!まあ、後者はありえないとして、枕投げは もう勘弁してほしいところだ。


 昨日の昼時、レウルーラからのアドバイスで、虫の交尾を例えにしてシュラに説明していたら、


「ギャー! んなこと無理ィィ!!」と絶叫しながら石床の上を転げ回られてからは頓挫している。


 どうやらトンボのカップルを想像し、尾を交える場面ではなく、オスの尾をメスの後頭部にくっつけて飛行している状態を思い出して発狂したようである。


 つまり、男のアレを女の後頭部にブチ込み練り歩く……と勘違いしたらしい。

「そりゃ、無理だし発狂するわな」と、ソドムも思ったが性教育の難しさを再確認した。  

 やはり、その道のプロであるハプニングバーのマダムに頼んだ方が早いと結論づけ、客の少ない週明けにでも訪ねることにしている。


 いや、こんなことは どうでもいい。


 忘れてはいけないのが、連邦の使者が来た時の対処法だ。事ここに至ったならば、連邦としては公国を挑発して戦に踏み切らせようと画策するはず。「俺なら、必ずそうする」とソドムは確信している。

 公国を愚弄し、「たとえ負けようとも一戦すべし」と激昂させるような人物を送り込んでくるに違いない。


 それを受け流し、時を稼ぎ変を待つ・・・・数十倍の兵力差、城ごと召喚する宮廷魔術師長 冴子、連邦の白きはかま・連邦王ファウスト=ガンダルフ=アスガルドに、その長男である勇者タジムことゼイター侯爵・・・まともに相手をしたら三日で負けるだろう。いや、半日もたないかもしれない。


 大和帝国と違い、氷結魔法を扱う魔術師を抱えている可能性は高く、レウルーラが召喚する巨竜ゴモラも分が悪い。ソドムが竜王に変化したくとも、高所恐怖症な上に自我を保てる保証もない。

 まあ、開戦直後に冴子がギオンの街近郊に踏み入った時点で、白堊の城を召喚されて負けは確定するので、外交でなんとかするしかない状況だ。


 ソドムは思った、


(絶対に阻止せねばならん、シュラを交渉の場に居合わせることを!)

 


 肉をほおばるシュラを見ながら、ソドムは彼女の処遇を考えていた。

(ずっと目の届くところに置いてきたが、この娘の幸せを考えれば結婚させるべきなのであろうなぁ。だいたい、この無茶苦茶なじゃじゃ馬娘が戦士を続けても、性格的に多くの敵を作りやすく、驕りから命を落とすことになるだろう)


 かと思えば、当のシュラは気を使って焼けた肉をソドムの皿に置く。ソドムは「すまん」と礼を言った。

(優しい面もあるんだよなぁ、これが。一緒にいれば面白いし、武力も俺を超えている。手放したくはない・・)


 

 ギオン領周辺を水晶を使って監視していたレウルーラが、異変に気付いた。

「あら?この一団は見覚えがあるわね」国境付近に現れた団体を見つけ出し、拡大してソドムに見せる。


「こ、コイツ等は・・・、ドゴス達ではないのか?」と、フードを深々と被った一団の先頭を歩く「人のさそうな」中年の男を見て、ソドムは判断した。


「え!?見せて見せて~」と横からグイグイとシュラが迫り覗き見る。自然、椅子から転げそうなのでソドムにもたれかかっている。よくある体勢なのだが、レウルーラを膝に乗せ、シュラを支えるのは結構しんどい。


「押すな、押すな」とクレームをつけながら、女体に挟まれるのも まんざらでもない。


「ホントだ。久しぶりじゃん、遊びに来たのかな」と、能天気なシュラがソドムを見つめて言った。大悪魔アークデーモンへと変化したドゴスに、足を踏みつぶされ死にかけたことなど、忘れているのだろうか、悪感情の「あ」の字もないシュラ。


「うむ・・」即答は避けるソドム。

(んなわけねーだろ!はぁ~、思ったこと口にするのな・・)

 瀕死のシュラを助けるために自らの血を飲ませ、逆に死にかけたのだから心情は複雑だ。



 代わりに宮廷魔術師レウルーラが解説を始めた。

「たぶん、これは亡命ね。王都付近で魔王目撃騒ぎがあってから、決められた居住区からの外出禁止など、闇の神を信仰する者たちへの迫害が再び強まったと聞いているわ。せっかく冴子ちゃんの(はか)らいで連邦として保護を約束しても、市民が不安にかられて糾弾したり私刑リンチしたりしてしまうのかも」同情のせいか、彼女の表情は暗い。


「かわいそう・・、こんな風になるんだったら、大神殿に籠もってたほうがよかったって事じゃん。無責任過ぎじゃない?連邦はさ」と、シュラが怒った。

 

 それとは対照的に、ソドムは冷静である。


「これは、きな臭いな」


「なんで?」


「こんな昼間に亡命しようとしても、見つかって追手がかかるのが普通だろう。逃げる方は、そこまで考えていなくとも、連邦軍が見過ごすとは思えない」


「そうね、あえて闇の民を泳がせて・・・・公国が闇の民を受け入れたのなら、ギオン公国を闇の守護者と断定して、それを口実に戦端を開く、という策かもしれないわね」レウルーラは画像を縮小して視野を広げ、彼らがつけられていないかを確認し始める。


「そういうことだな。難民として受け入れれば邪教徒の親玉、見捨てれば 人でなしとして俺の評判は地に落ちる」


 このメンバーの中でで闇関係の事情を知らせられていないアレックスは憤慨した。

「それは酷い。義父ちちうえが邪教徒・・・・ありえない話です! 濡れ衣を着せようなどと、連邦も落ちぶれたものです」


 それを聞いて、皆が目を丸くした。「あ、言ってなかった」と。


 ソドムは、遅かれ早かれ話さなくてはならないことだと思ったが、なんとも説明しにくいので考え込んだ。

 いくら懐いているとはいっても、連邦の王子であり、連邦王国の国教は光の神。なのに、ソドムが闇の神を信仰しているどころではなく最高司祭を引き継いでしまったこと、妻も闇魔術師ダークメイジであることを打ち明けて大丈夫とは思えない。

 アレックスは連邦との橋渡し役でもあるが、我が子のように育ててきたのだ。信仰や連邦の思惑ごときで、手放すわけにはいかない。とてもデリケートな話を、どう切り出すか・・・・。


 

 熟考した挙句、都合のいい手下・トリスに丸投げした。

「トリス、もう包み隠さず息子に話す時が来たようだ。私の物語を聞かせてやってくれ」と、眼光鋭くして命じるソドム。


 むちゃぶりに驚き、甘い演奏を止め真偽を確認するように視線を返すトリスであったが、マジっぽかったので観念して、体をややアレックスに向けて座り直し、闇の大神殿ツアーの帰りに各宿で夜な夜な歌ってきたソドムの讃美歌によって説明責任を果たすことに決めた。


 彼の奏でるリュートは、重く暗い雰囲気から始まり、やがて力強い音へと変化していく。


「ではお聴きください・・・・魔王まおう蹂躙じゅうりん



「~って、ちょっと待てぇぇい!!」ソドムが身を乗り出して、演奏を止めさせた。

「なんちゅう歌を作ってるんだ、お前は!?」比較的冷静で、感情で怒らないソドムが掴みかかった。


 この曲は、早めに床に就くソドム夫妻は聴いたことがないのかもしれないが、タクヤやシュラ達は居残って酒盛りしているときに、よく耳にしていたので驚きはない。

 大天使(アークエンジェル)撃退や連邦最強の魔術師との戦いなど、「まさか?」と思ったが酔っていたため誰ひとり気にも止めなかった。



 キョトンとしながら、トリスはありのままを話す。ソドム相手に背信行為は命に関わるので、嘘はつかないと心に誓っている。


「え・・、ご指示通りに魔王(ダークロード)としてのソドム様を賛美する歌ですが・・・・」


「ん?ダークロードとは、君主(ロード)である俺が、実は闇に手を染めているってことで、闇君主(やみくんしゅ)・・つまり、(ダーク) 君主(ロード)なんだぞ」と、今更くどくど説明するソドム。


「ダークロードって、普通は魔王じゃね?」と、つい即答したトリスは本来のチャラい口調が出てしまう。


「・・・・」トリスの襟首を掴んだまま固まるソドム。


 見かねてレウルーラが仲裁に入る。

闇君主(やみくんしゅ)は、あなたの造語なんでしょ?光の祝福を受けた気高き君主(ロード)で、闇に墜ちているのは あなたくらいなものなんだから、一般的に使われていないわよ。ダークロードと言われて魔王を連想することは当然ね。それとは別に、連邦王都西に好色魔王っていうのが現れたのだから、トリスさんの歌による魔王疑惑はいずれ消えてなくなると思うわ」そう言って、ソドムが座っていた椅子をポンポンと叩いて、座り直すよう促した。

 彼女は、ソドムの上に座らなくてはならないので、まずソドムから椅子に座ってもらわないと困る。


 

 斬り合いでも感情を抑え、淡々と戦うソドムは己の軽率さを恥じた。これでも普段から「怒る」と「叱る」を履き違えないようにしてきたつもりが、つい怒ってしまったからだ。

(確かに説明不足だったのかもしれん。結果、連邦を敵にまわすことになるとは)


 ソドムは手を緩め、その手でトリスの両肩に置いて

「すまない、俺の説明不足だった。お前は悪くない」と、謝った。

(今、理解した。連邦からの帰路、まるで魔王が後を追って来るように「魔王話」が付いてまわったのは、トリスが行く先々で夜な夜な讃美歌を披露していたからか・・・・それも、俺の責任なのだが)


 安堵したトリスであったが、次のソドムの言葉で凍りついた。


「俺が邪教徒どころか魔王と思われているなら、早晩 連邦との戦になるのは必定。恐らく亡命者達の後ろに連邦からの最後通牒の特使が来ているはずだ」と、皆に語る。

 トリスは、自分が戦争の火種を作っていたと知り、震えている。職業病なのか、つい今の心境を曲にして、不安を(あお)るように弾き始める。


 ソドムは冷静さを取り戻し、口調を変えて今後の話をした。


「私が闇の魔法を行使するのは主に自衛のため。そして、公国(ここ)の統治で使ったことはない。自らの選択に後ろめたさはないが、国を守るために・・まずは しらを切る。それが今後の方針と心得よ」ソドムは特にアレックスを見て宣言し、席に座った。レウルーラは当然のようにソドムの上に乗っかった。


 あっさり闇の信仰を認めたソドムにアレックスは驚きを隠せない。


 彼にとっての邪教徒のイメージは、邪悪で狂気じみた極悪人だったので、頭の整理が追いつかず、塞ぎ込む。

 


「ドゴスさん達は、どうするの?もうすぐ街に着くよ」とシュラが聞く。



 暫しの沈黙の後、ソドムは命を下した。


「・・・・シュラ、兵五百を率いて邪教徒共を追い払え!決して街に入れてはならん!」


 ソドムらしからぬ、非情な命令にどよめく幹部達。当然、シュラは反対した。


「嘘でしょ?ドゴスさん達を見捨てるの?」


 当然ながら、レウルーラも受け入れられない。結婚式を祝福してくれた人々を見殺しなどできようか。悪魔デーモンへと変化できるとはいっても、彼らは素朴で優しい人間であることを知っているのだから。

「私も反対よ。信を失えば、国は成り立たないわ」と、ソドムを見つめて訴える。


 その視線を受け止めたソドム。いつもなら、宮廷魔術師であり妻であるレウルーラの諫言には素直に従うのだが、今回は一歩も引く様子がない。


「できぬか、ならばドロスに命ず。兵を率いて今すぐ向かえ!」


「御意!」そう言って、ドロスは立ち上がり階段を下りて行った。


 納得できないシュラがソドムに突っかかる。

「ちょっと、あんまりじゃない?世話になった人たちを匿うことくらいできるんじゃないの?」


 加勢するレウルーラ。

「そうよ!いつも「何とかする」って言って、どんな苦境も乗り越えてきたのに。らしくないわよ!」


 空を見上げ、苦しそうに息を吐くソドム。目を閉じて、深呼吸してから思いを一気に語った。その口調は国王としてではなく、仲間内での口調に戻っている。


「俺だってつらいさ。だが、闇の信仰を十数年ひた隠しにしてきた俺の苦労はどうなる?そして、彼らは邪教徒として連邦にマークされているのだぞ。それを受け入れたら、連邦との戦になる。この無防備に近い脆弱な街を抱えて、連邦と戦えるわけがないだろう。少し前まで連邦軍が駐留していたし、連邦騎士タジムは十年という期間この街で暮らしてきたのだぞ。そのタジムがゼイター侯爵として先鋒を買って出て攻め込んでくる。連邦の軍事規模を知っているか?こちらの数十倍だぞ!とどめに城ごと召喚できる宮廷魔術師長の冴子殿もいる。勝てるのか?勝てないだろう!?」


 目を見開き、一同を睨みつけながら話を続けるソドム。その深紅の眼は血走って、狂気すら感じる。


「そんな負け戦に我が民を巻き込むのか?たかが半日世話になった連中を助けるために、我が領内の女子供を地獄に叩き落すのつもりなのか!!」


 硬直し、黙り込む幹部達。遠慮のないタクヤですら発言を控えた。


「・・・・彼らを追い払い、こちらの潔白を示し外交で持たせるしかないのだ。時が来れば、反撃できる日も来るだろう。今は我慢だ・・・・」


 ソドムの言うことはもっともだ。その断腸の思いも伝わった。だが、感情として納得できないレウルーラ。もう、ソドムの顔を見たくなかった。

「見損なったわ!行きましょ、シュラちゃん」そう言って、寝室に引き上げていった。シュラも、侮蔑の表情をソドムに向けてから立ち去った。



「・・・・珍しのぅ。ドムが夫婦喧嘩どは。んで、どうすんなや?」と大和訛りでタクヤが訊ねた。


「聡明な妻だ、わかってくれるだろう。今は受け入れられないだろうがな」


「んだの」タクヤは会計士にしては随分太い腕でビールジョッキを掴み、一気に飲み干した。


「タクちゃん、悪いがドロスについていってくれ」


 まだ急展開についていけないアレックスだが、追放先をソドムに聞いた。

「追放するといっても、連邦に追い返してしまっては闇の信者と知らない国民は、難民を追い返したと誤解をするかもしれません」


「確かにの。公国領内を通して大和帝国に行かせでも、受げいれるどは限らねぞ」


 ソドムは座りなおして、二人に言った。

「うむ、そこでだ・・・・。死の岬に誘導してほしいのだ」


 逃がすどころか、死霊が溢れる黄泉の国へ放り込む冷酷さにアレックスは青ざめる。一方、タクヤは顔色を変えずに、ピッチャーから自分のジョッキにビールを注いでいる。運命共同体であるソドムとタクヤとの間では、予め想定内の出来事なのかもしれない。


「毒には毒か?」


「そういうことだ。死霊どもに悪魔をぶつけるわけよ・・。さすれば、どちらに転んでも損はなかろう」と冷酷な胸の内を明かした。


「なるほどのぅ。あいつらが負ければ、連邦の疑いは晴れる。善戦してくれれば、俺だぢが魔境に攻め込むのが楽になるわげが」感心してうなずくタクヤ。その都度、頼りない髪がフワリフワリとなびいた。


 アレックスにも策が読めた。長年、義父ちちソドムと一緒にいたのだ。ずる賢さは真似ないまでも、考え方はわかってきている。

「いずれにせよ、双方が消耗した時に軍を進め、岬を攻略するおつもりなのですね?」


 ソドムは目を細めて我が子の成長を喜び、彼には珍しく直接アレックスの頭を触って、髪が ぐしゃぐしゃになるまで撫でた。

「お前も成長したな!」と心から喜ぶように笑った。

(だが、五十点といったところだな・・・・)


「じゃあ、タクちゃん頼むわ」


「おう!任せでおげ」


「うむ。大丈夫だよな?」


「ああ、わがってる・・・・」と、タクヤが立ち上がり階段まで言ったところで、シュラと鉢合わせた。


 シュラは抗議するため戻ってきたが、今の話を聞いてしまって更に不機嫌になって、ソドムに向かって叫んだ。


「こぉんのぉぉ人でなしぃぃぃ!鬼ぃ!!悪魔ぁ!!」と捨て台詞を言って階段を下りていく。


 即座に振り向いたソドムも負けていない。


「悪魔はあいつらだ!」・・・・ここに向かってくるドゴス達は、国を亡ぼす悪魔みたいなものではある、あながち間違えではない。

 この件でシュラが反抗しようとも、ソドムの眷族である以上は無理やり命令することはできるが、それをしないで批判を甘んじて受けていた。邪神の末席たるソドム、相変わらず優しい男であった。



「まあいい。俺たちは特使を迎える準備をしよう。アレックス、トリスは同席してくれ。俺も着替えるが、トリスも着替えて上品な演奏を頼むぞ。アレックス、すまんが王冠を探しておいてくれ。しばらく被っていないから、どこにやったか忘れてしまったのでな」


「御意」と言って執務室へ二人は向かった。


 ポツリと、BBQコンロの前で一人残ったソドムは、特使への対処を考えていた。ないとは思うが、決裂 即斬り合いで決着させるために最強の男を送り込んでくる可能性がある。接近戦で挑まれると、不覚を取りかねない。かといって、シュラを同席させると・・・・確実に交渉は失敗におわるだろう。



 そもそも信仰は自由であるべきで、人は殺人やら窃盗などの犯罪を行った者を取り締まるにとどめ、犯罪を犯さない以上は闇だろうが光だろうが自由に信じていいと思っている。ましてや、独立国家である公国に対して何の権利があるというのだ、とソドムは憤慨している。



 イライラ・モヤモヤしているソドムの前に、昼行燈ひるあんどんまたは穀潰ごくつぶしと陰でののしられている男が現れた。


 白い聖職者の衣をまとった初老の男で、白髪交じりの天然パーマの髪は頭頂部だけが薄くなっており、まるで鳥の巣のようになっている。

 このような辺境に飛ばされてはいるが、一応は光の教団の高司祭で名はパプアという。


 ソドムの恩情により、一階の炉端居酒屋では毎日食べ飲み放題、公営ハプニングバーは顔パスの高待遇。それをいいことに、本業をおろそかにし日々遊興三昧。ある意味、貴族よりもいい生活を十年送ってきた愚人である。


「お話は伺いました。いよいよ、私の出番のようですね・・・・。実は一年前に悟りを開いてから、この時を今か今かと待ちわびておりました。ようやく、ソドム卿へのご恩に報いることができます」と一礼した。


 確かに以前とは雰囲気は違っている。そもそも、アル中のはずが今日は飲んでいないようだった。


「それは重畳。して・・・・悟りとは?」ソドムは立ち上がる。


「話せば長くなりますが、ハプニングバーの女の子たちは、所詮は金のために働き 金に頭を下げて、個室へ移動してもなお愛などなく、献身的なプレイをしてはくれるが、後には虚しさが残るということです」


「・・・・ほほう、興味深い話ですな」

(ダメだこいつは・・・・。五十にもなって、そんなしょうもない結論をだしただけか。それでは ただの賢者ではないか)


「この十年、恩情により人間の三大欲求を満たし続け、煩悩など霧散いたしました・・。それと並行して闇の信徒であるソドム卿の為人(ひととなり)を見てきたわけです。そして私は決意した、王都に戻り光の教えを改めて受け入れ、最高司祭になり差別主義の過激派を駆逐すると!」


「ん、ということは近年地方から立ち上がったという穏健派の首魁しゅかいはパプア殿でしたか」


「さようでございます。この地に留まりながら、同志と文をやり取りして地盤を造ってまいりました」


「それはかたじけない。パプア殿が動けば、連邦の世論が変わり、戦争を回避できるかもしれませんな」と、ソドムはにこやかに言った。


「絶対・・はありませんから、期待に応えられるかわかりませんが」


「いやいや、少しでも戦争回避の可能性があるだけで、心の重しがどれほど軽くなったことか」


「今夜にも出立しようと思っているのですが、お世話になった恩返し・・・・ささやかですが、告解の場を設けて幹部の皆さんの心を癒してから旅立ちたく・・」


 その言葉にソドムは快く了承した。

(懺悔したところで、どうにかなる連中とは思えんがな、俺も含めて。ただ、心遣いは無視できんか)



「あっ!後ろに裸の美女が!!」と、ソドムは唐突にパプアの後ろを指さしたら・・・・パプアは即座に振り向いてしまい、奇妙な沈黙が訪れた・・という話は後日に屋上守備兵が口を滑らし世間に知れ渡ることとなる。



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