狩りの始まり
山賊ドロスによる馬車襲撃の準備は整いつつある。
今回のヤマは、貴族を捕らえてからの莫大な身代金、馬車にいる女達、ついでに護衛の女傭兵 と、かなりの収穫を見込んでいた。
少々問題があるとしたら、予定以上に参加人数が多いことだった。金になる上、護衛は弱そうで、女も手に入る・・・こんなおいしい獲物はなかなかない。
そのため部下達が浮かれて、お祭り気分で 山賊ではない旧知の悪友や、里のなじみを誘って参加し、100人の予定人数が200人近くに膨れ上がってしまった。
正直、頭が痛いドロスだったが、たまの慰安も良かろうと黙認することにした。
一方、ソドム達は襲撃計画に気がつかないまま、のんびりと街道を進んでいる。
本来は、忍の縄跳 茂助を斥候として先行させて、奇襲を察知するのだが、今回は彼を伝令としてギオン公国に向かわせてしまったので仕方がない。
「あの~レウルーラさん、復帰早々で悪いが、頼みがあるんだ・・」、馬車に揺られながら頼み事をきりだした。惚れた弱味か、尊敬からか、妻に さん付けするソドム。
フェミニストではないのだが、夫を「主人」と呼ぶ風習も気に入らず、互いに名前で呼び合うという約束をしている。
「なにかしら?」、ソドムの膝の上に座っているレウルーラが穏やかな微笑みとともに振り向く。
となりに座るシュラは、少しうらやましさそうに二人を見つめている。
別にソドムがとられたとかではなく、信頼し合ってる夫婦に憧れをもったようだ。
彼女は内心わかってる。竜王との結婚が無茶な話だと。
(普通に恋して、結婚かぁ・・。なかなかピンとこないなぁ)
シュラの好み・理想に合うとしたら、剣技・体力抜群・しかも男らしいタジム(ゼイター侯爵)か、容姿端麗・文武両道で優しいアレックス(ギオン司法騎士)の二人だが、なぜか ときめかない。
本人達が知らないだけで異母兄弟だから、血が避けるのだろうか。
そんなシュラではあるが、ほどなく アッサリと結婚してしまうのだから、人生はわからない。
絶妙な距離感(心の)であるソドム夫妻、だが昨日までプチ喧嘩をしていたりもする。
最近、犬から人間に戻れたレウルーラ。10年以上 実家に音信不通だったので、無事を知らせるためにも、数日前に里帰りをした。
ただでさえ、闇司祭にさらわれた などというデマがあるので、早く家族を安心させたくて、家路についた。
連邦王都郊外にある邸は、魔術師の家系だけに豪勢で、貴族に負けないくらいの規模があった。
庭木も手入れが行き届き、10年前と変わらない美しさがある。
レウルーラにとって意外だったのが両親の反応。
生死不明の娘が10年ぶりに帰ってきたにもかかわらず、大して驚きもしないで、久しぶりの帰省程度の歓迎で居間に通された。
(変ね、泣きながらハグとまではいかなくても、もう少し驚きなさいよ!)
レウルーラの母は、娘の首あたりをマジマジと見て言った。
「あら、すっかり良くなったみたいで安心したわ」と安堵の表情。
「え?なにが??」狼狽をみせまいと微笑むレウルーラ。
(ひょっとして、犬になってたことを知ってたの!?)
レウルーラの父は、娘の肩を叩き、笑いながら
「いや、正直なところ高度な氷結魔法を研究してまで治療したいとは、探究心旺盛なお前らしいがな。ははは」
「???だから何のこと?」
「首イボよぅ!ほら、この前に手紙で書いてよこしたじゃない。首にイボができてきたから、綺麗に取り除くために氷結魔法で組織を壊した後、回復魔法で治すって」と、母。
「うむ、そのような理由で高難易度の氷結魔法習得を試みるのは、ウチの娘くらいだろう」父はまだ笑っている。
状況が理解できないレウルーラ。
「ちょ・・ちょっとその手紙みたいなぁ・・」と、まずは書いた覚えのない手紙を確認したかった。犬になってた頃の記憶が曖昧なので、万が一にも自分が書いたのかもしれないからだ。
「変な子ね・・」そう言って、母は手紙を取りに行く。
手紙を取りに行っている間に、レウルーラの父は いまさら娘の違和感に気がつく。
「にしても・・10年ぶりだろうか、変わってない・・・というより、本当に変わってない気がするんだが」と、怪訝な表情で言った。
「えー。たぶん、肉親だから可愛かったころの面影を重ねてしまって、そう見えるだけじゃないかな。あと、美容に気を使ってるし」
(そりゃそうよね、変わってないんだから)
「そうだな、首イボのために・・・・ははは」と、父は陽気に笑った。
※首イボとは、中年くらいになるとできるイボで、服の襟やネックレスなどで擦れる部位にできたりするもの。
むしっても跡が残るし、放置しても・・着替えの時に引っ掛かって痛かったりする。見た目も、よろしくない。
しばらくして、手紙を受け取り・・筆跡からソドムが書いたものと断定するレウルーラ。
ソドムのクセで、文字を書くときに 手をズラしながら書かないので文字間隔が狭かったりしていて、いうなれば ヘタな字なのだ。
手紙を見ているレウルーラに、母が軽く説教する。
「ホントは私たちだって あなたのことが心配なのよ。いくらソドムさんと一緒だからといって、顔も出さないで手紙で済ますなんてダメですからね!」と言って、今まで送られてきた手紙が入ったカゴをテーブルに置く。その数からして、半年おきに送られていると推察された。
「ごめんなさい・・」と、気のない謝り方をしつつ・・・過去の手紙をさりげなく見るレウルーラ。
すると・・・・あるわあるわ虚構話や珍道中などなど。元気にやっていると思わせるためとはいえ、ありもしない話ばかりで、怒りに震えた。
生理がきた・こない程度はいいほうで、ソドムの魅力を語りつくしたり、はぐれキプリス退治で触手に服を溶かされたなど荒唐無稽な冒険譚まで、しょーもない内容に青ざめ、早々に家を出た。
(これじゃあ、トンデモない娘がソドム王に迷惑かけまくってるみたいじゃないの!)
で、ソドムと合流して・・・口喧嘩になり、馬車での一日目は口をきかなかったレウルーラ。
かわいらしいのは、喧嘩中でもソドムの膝の上に座るというところ。犬時代のクセは、感情とは別のようで、食事もソドムが作ったのしか食べないという変な夫婦喧嘩であった。
ソドムは言い訳や弁明もせず、ただ謝るだけで、あとは叱られないよう 普通にレウルーラの体を弄ぶ。
もっとも、レウルーラも手紙の内容に憤慨はしたものの、不器用ながらもソドムの優しさが伝わっていたので本気で怒っていたわけではない。
翌日には、あっさりと喧嘩は終息し、平穏が訪れた。
いや、そんなことより新婚初夜を宿場で過ごすことになったにもかかわらず、鈍感?なシュラが夫婦の部屋から出ていかないのには・・・二人とも呆れていた。
もしかしたら・・もしかしたら!シュラが喧嘩中の夫婦に気を使って、気まずさを紛らわそうと居座ったのかもしれない・・・と思ったりする二人だった。
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馬車でソドムが切り出した頼み事とは、平面水晶を上半身位の長方形で作ってほしいというものだった。
「遠見の水晶玉を平らに!?でも、なんでそんなものが必要なの?」と、当たり前の疑問を投げかけるレウルーラ。
「ああ、目的は3つ。まずは、偵察・・・見やすい平面水晶なら、いち早く敵の侵攻に気づく事が出来る。映し出される地形や布陣の詳細がわかれば、先手を打てる。これは兵力が少ないギオン公国では非常に重要なことだ。敵の行動がわかれば、寡兵で大軍を破ることも可能だ。
2つ目は、情報・・・平面の大きな水晶で、敵の軍議や会見をみることができれば、縄跳 茂助の読唇術で労せず内容を知ることができよう。
3つ目は、実験次第なので今は話せない」 と、真顔で淡々とソドムは説明する。
のぞき目的・・というところからの着想と感づかれないように、冷静に冷静に・・話したつもりだった。
ピクリ!っとレウルーラが反応した。
ビクつくソドム。
「いい!うん、いいわねソレ。敵の動向が手に取るようにわかる・・素晴らしいわ」ソドムの手を取るレウルーラ。
「お、おう。そうだろう、予算はなんとでもなるから、だいたいの研究開発費を教えてくれ」
(ふぅ、バレてない)
「そうね、理論上は可能だとしても、それほど巨大な水晶が手に入るかしら。水晶竜の鱗でもあればいいのだけれど、かなり手強いわよ。それに高度な付与魔法は私の手に余るから、得意なザーム老師か冴子ちゃんに依頼したほうがいいわね」
「そ、それは・・・」言葉に詰まるソドム。
(それは避けたい!老師には莫大な借金がある、冴子殿には借りもあるし苦手でもあるからなぁ。そもそも、仮想敵に このアイディアを知られては同じ手を使われることになり、優位性がなくなってしまう)
「他国に新技術が漏えいするとギオン公国のアドバンテージがなくなってしまう。・・なんとか他を頼らなくていい方法を考えてほしい」
「確かにね」、レウルーラは目を閉じて少し思案する。
「・・わかった、なんとかしてみせるわ」レウルーラは腕を組み、水晶の入手法と遠見付与について思考を巡らせ始める。このような難題は嫌いではないし、ソドムの目的の3つ目も おおよそ見当はついていた。
しばらく おとなしくしていたシュラ。真顔でソドムを見つめて頷く。ソドムは察した。
「追跡されているのか?」
「うん、たぶん10人くらい。殺気がないから、わかりずらいけど」手首をクルクルとまわしたり、腕を伸ばしたりして、シュラは戦闘準備をしている。
(賊相手なら、思いっきり暴れられるわね!金剛聖拳を人に使うの楽しみー!)
「茂助がいないと不便だな。まあ、豪奢な この馬車をいきなり燃やしたりは すまいよ。たぶん、進路退路を遮断してから なぶるように攻撃してくるはずだ」、相手が人間であれば楽勝なので焦りもしない。
ただ、人海戦術にでられた場合は体力がもつかどうかわからない。
(まあ、それはあるまい。追跡している連中を合わせても、山賊は多くて20人といったところだろう)
「あれー?気配が消えた」
シュラが追跡の気配を見失ったころ、馬車より先を歩いている傭兵隊長ラセツが、前方に人影を発見して一団を停止させた。
左右に林があり、何かあっても目撃者がいない絶好の襲撃スポット。警戒態勢から臨戦態勢になる傭兵たち。
ラセツは他の傭兵に合図して、一人を先行させて状況を確認させ、もう一人には退路の安全を見に行かせる。
「数はわからないけど、完全に待ち伏せされてる」と、先行した侍の芦間が事務的に伝えた。
※侍の鎧は板金鎧より防御は劣るが、軽く動きやすいので、斥候向きの防具である。
林を抜けた先は平原が広がっており、そこに山賊達が展開している。
200人近くいる山賊達からすれば、ご馳走が運ばれてくるのを待っているような感覚で、身を潜めたりもせず、談笑したり ふざけあって時間を潰していた。
首領ドロスも その中にいて床机に座って酒をあおっている。
彼の策は、挟撃を少し変化させたもので、獲物の背後から騎馬5騎で奇襲して林道から追い立てて、その先の平原で待ち構えたドロス本隊200が絡め捕るというもので、戦いというより余興に近い。
なんの娯楽もない田舎の男達への慰安であって、女相手の戦闘など闘技場でも見物しているようなものだ。
騎馬から逃げて来た女達を、一気に叩かず、試合形式で 同数の部下を挑ませて観戦するつもりでいる。
その後のお楽しみもあり、飽きたら売り払うことができるので、3度美味しい獲物に皆も湧き立つ。
退路を確認しに行った軽装傭兵のアテネは、馬蹄の轟きに気づき、直ぐに報告した。
戦力はわからないが、挟撃を確信したラセツ。
騎馬相手には逃げ切るのは難しいので、正面にいるバレバレの待ち伏せをしている一団を撃破して、逆にこちらが平原に展開し 馬車で街道を塞ぎ、弓で騎馬を迎撃することにした。
「ロープを膝の高さで左右の木に巻き付けて、騎馬を足止めしよう。その間に正面突破するわよ!」とラセツが指示を出した。
「了解!」と、部下達は慣れた手つきで木にロープをくくりつけていく。
ピンと張られた数本のロープに、馬が足をとられて転べば、なかなかの損害を見込める。ロープに気づかれても、時間稼ぎにはなるだろう。
ラセツの読みでは、待ち伏せしている山賊は、10人いないくらい。
騎馬との挟み撃ちされたら脅威だが、片方づつ相手にするなら、勝算があるとみている。
ラセツは、これから戦闘になり身辺を騒がせる旨を公爵に伝えた。
「賊の待ち伏せを突破します!お呼びするまで、馬車から出ないようお願い致します」
「うむ、よろしく頼む」、せっかくの護衛だから働いてもらうつもりのソドム。
彼女達が勝っても負けても、天敵である魔術師の有無が分かれば それでよい。避けるべきは、いきなり爆炎魔法をぶっ放されることくらいなのだから。
「ラセツ~、あたし達も手伝おっか?」、と暴れたいシュラが提案するも
「丸腰のお姉ちゃん達は、大人しくしといてちょうだい!」と、断られた。
(まったく。まるで状況がわからない素人は、のんきなもんよね)
「こらこら・・餅は餅屋。プロに任せなきゃダメだろぅ」と、ソドムがシュラをなだめた。
「ちょっと!餅が服屋にあるなんて思ってないからね!」なんかバカにされたのかと勘違いしてシュラが怒る。
「(・・わけがわからんが)ああ、悪かった。まあ、妹さんに任せてみよう。
いざという時は、俺らが出るまでだ。その時は、誰が一番敵を倒したか競争しようじゃないか」と、シュラの機嫌をとるソドム。
「あ、面白そう。ルーラも殺るでしょ?」
「いいの?ドラゴン召喚したら私が勝っちゃうわよ?」
「大丈夫、その前に終わらすから!」、シュラは自信満々だ。
ラセツは、彼等のやりとりが理解できない。
(バカなの?いや、まずは目の前の敵を倒さなくては)
奇襲する側の騎馬は、追い立てるのが任務であるから、足止めされても関係がなかった。ロープが張られているのを見て、あっさりと停止した。
追っ手が来ないことを幸い、ラセツ達は一丸となって細い街道を抜けて平原へ出た。
待ち伏せから 弓での一斉射撃を警戒して、先頭には重歩兵アズサが盾を構えて進む。
ラセツ達 旭日傭兵団の基本戦法は、アズサが敵の攻撃を引き受けて、アテネが弓で敵の頭目か弓兵を仕留める。怯んだところに、ラセツと芦間が突撃して乱戦に持ち込み 切り崩す。
この連携ならば、倍の敵にも勝つ自身があった。
そして、平原に出る一行。
この時 初めて二百もの敵中に躍り込んでしまったと気がついた。
さすがの傭兵達も、数の違いに絶望する。
「こ、これは・・」、ラセツは言葉を失う。
(こんな大山賊なんて聞いたことがない。旭日傭兵団、不名誉にもエロバカ公爵の護衛で全滅するのか・・)
ソドムは御者のトリスに命じ、窓から戦いが見えるように馬車の方向を変えさせた。
「どうやら 敵は なかなかの策士らしい。トリス、戦いぶりをしっかり見ておけよ」
「はっ、承知致しました」
ギオン公国には、軍を率いる人材が少ない。この機会にトリスに戦いを学ばせるつもりだった。まあ、トリスに才能がなさげなら別の人間を選ぶだけのことなのだが。
ソドム達に山賊の頭領らしき男の声が聞こえてきた。
「おーい、俺たちは見てのとおり山賊だー。あんたらを無事に通すつもりもない。だが、騎士道精神で、そっちの護衛4人と同数で戦ってやるから、せいぜい楽しませてくれよー!」と、無精ヒゲのドロスが明るく声をかけた。
それに合わせて、腕自慢の山賊4人が前へ進み出る。いや、腕自慢は自称であり、やんちゃな目立ちたがり屋のほうが的確かもしれない。
「よっしゃー!遊んでやるぜ、姉ちゃん達!」
「うひょー!」
「俺一人で十分じゃね?」
「まずは、兜を剥ぎ取らないとテンション上がらねーな」
と、女子からのポイントを下げまくりながら山賊4人は近いてくる。
身なりは汚いが、シュラ同様に財を預ける相手がいないため、皆が手や首に貴金属を身につけていた。馬車の窓からシュラが見ていて興奮する。
「見て見て~。アイツら、お宝満載だよ!」、シュラからすれば、山賊は獲物にすぎない。
「おお!いい軍資金になるなぁ。賊は斬り捨て御免、罪悪感もわかないから、殺りやすいし」、とソドムも楽しげだ。
なんのコメントもないが、レウルーラは含み笑いをしている。
冴子の魔法ばかり目立って、自分が軽んじられてる気がしていたので、ド派手に竜王を召喚して、天才ぶりを見せつける いい機会がきたと思っているのだ。
一方、ラセツ達は深刻だ。もしも、敗北したら どうなるかわかってるいるし、覚悟もしていた。
だが、希望の光もなくもない。この酔狂な山賊が、騎士道精神とやらで4人づつ来るのならば、一定数倒した辺りで中央突破か、首領を倒すなどの逆転の目はある。
それに時間を稼げば、巡回の兵が見つけてくれるかもしれなかった。この土地の兵を殺したとなれば、領主が本気で山賊討伐をするのは分かりきっているので、山賊は逃げ散るしかないはずだ。
※だが、巡回兵はしばらく来ない。なぜなら、ドロスが手を回して、兵達は巡回途中で町娘に誘われて寄り道しているのだから。
意を決したラセツは剣を抜き、
「旭日傭兵団、突撃~!」と叫びながら青い髪をなびかせて駆けていく。