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老獪な男は、先を見据える

『役目、大儀』、ソドムは深緑の巨竜ゴモラに近づき心話を用いて労をねぎらった。ゴモラは巨体をソドムに向け、頭を大地すれすれまで低くして、狭い範囲にしか届かない心話で応える。


『なんのこれしき・・・暴れたりないくらいです』と、竜王相手だと口調が丁寧である。


『うむ、頼もしいな。だが、人間は侮りがたい・・・油断は禁物だ。追い詰めると、竜特効武器などを開発しだして、こちらが狩られる側になりかねんぞ』と言ってソドムは、ほたほたと竜の鼻のあたりを触った。


『ははっ!肝に銘じておきます』ゴモラにとっては そのようなこと百も承知であったが、竜王の機嫌を損ねないために、あえて知識をひけらかさなかった。なりはデカいが、さとく優しい竜である。


『それはそうと、このような小競り合いなどせずに一気に敵勢力を滅ぼしてしまえば、穏やかな生活が送れるのではありますまいか?』ほんの少し迫るようにゴモラは前に出た。


『むぅ』 ソドムは煮え切らない様子だ。


『竜王山脈のみならず、各地の竜と その隷下の亜人が協力致せば人間など恐るるに足りません。・・・我ら竜はともかく、人間から迫害されし亜人たちは竜王様が立ち上がるのを心待ちにしておりましょう』


『かもしれぬ。だがな、大陸を支配したとて良いことばかりではない・・・』


『と、申しますと?』


『支配出来て満足なのは最初だけだ。支配者になるということは管理者になるということでもある。問題が生じれば いちいち対応しなくてはならないし、対応がマズいと批判を浴びて反乱の危機もあるだろう。それらを差し引いて、すべて支配者の思い通りにいく世の中だとしでも、美食美女に溺れても飽きるだろうし、自分の意向に沿った行動・言動ばかりするイエスマンばかりでは つまらない』


『そういうものですか・・・』


『人の理かもしれんが、飽きるようにできているのだ人間は。現状に満足せぬから閃きもするし、争いも絶えぬ。であるに支配者として奔走するよりも、切磋琢磨して新しい発明やら発想が生まれる群雄が割拠している状態のほうが楽しかろう。だから、俺は滅びない程度の武力を持った小領主のままでいい』

(帝国にはくさびを打った。あとは・・・連邦を沈黙させ、財を増やすのみ。色々あったが、今度こそバラ色のフィナーレだな・・・)


 ゴモラは器の小ささに言葉を失った。


『欲が少ないというか、達観していると言いましょうか・・・』と、言葉をひねり出しソドムの出方を伺う。


『何を言っている。お前とて、挑んできた冒険者を生かして帰すどころか、財宝を分けたりしているそうではないか。根絶やしにすれば楽なものを・・・ハッハハ』と笑うソドム。


『ええ、確かに・・。なるほど、なんとなく理解できました。ああ、もう一つ・・・そろそろ山の皆にお姿をお見せいただけないでしょうか。一応、ここ何年かは休眠期で寝ていることにしておりますが、眷族たちが寂しがっておりますし、不在が続くと人間たちにもなめられかねません』


『いや・・、この身も忙しいのでなぁ。もう、お前が竜王でいいんじゃないのか!?俺はこだわらないぞ』と、得意の丸投げをするソドム。


『何をおっしゃいますか!私など千年早いというものです』と、ゴモラは目を見開いた。


『そんなものか。わかった、いずれ顔を出そう』



・・・・・などと心話でやりとりしているソドムの後ろに出羽守がいた。熱燗の準備ができたと伝えに来たのだが、距離が近すぎて心話が伝わっていたのだ。

 話の内容から、ソドムが竜王だと察して腰を抜かしていたのだが、両者の会話が終わりそうなので「たった今来た」と思わせるために、立ち上がり わざと無遠慮に話しかけた。歴戦のつわものだけあって肝が太い。

(まさかソドム公爵が竜王とは!まかり間違えば皆殺しにされるところであったわ!仇敵・・いや、災害である竜王と分かった以上、最大限の接待をせねばならん)


「ソドム王、熱燗の準備ができましたぞぉ~。今夜は冷える、さぁさぁこちらへ・・・」と染み渡るような笑顔で語りかける出羽守。


 あまりの自然さに、心話を聞かれたなどと疑いもしないソドム。

「かたじけない。ああ、出羽守殿・・・あの魔獣にも酒を飲ませてやってはくれぬか。それと、竜に一樽」と、コカトリスと竜を指さした。


「承知いたしました」と、にこやかに了承する出羽守。内心は、竜の酒盛りのつまみに兵が食われないかと不安だ。



 ソドムは、出羽守が人が変わったように親切にしてくるため逆に警戒し始めた。

(もしや・・・気が変わって暗殺するつもりか・・・?酒が過ぎて、損得ではなく感情で乱心されては厄介だな。・・・ここは適当な言い訳をして退散したほうが良い)


「おっと!いかん。作戦終了したら即帰還することになっていたのだったー!民や兵たちが我らを心配して待っている・・・・急ぎ帰らねばならん」一礼して、レウルーラ達を呼びに足早に歩きだすソドム。


 立ち去ろうとするソドムの手を出羽守はガッシリと掴んだ。


「お!?お待ちくだされ!美酒のみならず美味い肴に・・・」と、言って身を寄せて小声で

「呼んでおりますぞ、十人もの美女を。それがしが奥方を歓待しておる隙に、お好みの者を連れてお遊びください・・・」出羽守も必死である。相手が竜王ならば、大和帝国の存亡がかかってるといってもいい。


「できる訳ないだろう!浮気がバレたら殺されてしまうではないか!」青ざめたソドムはこらえたような小声で叱責した。

「それに、私は妻を愛している。他の相手など考えられん」と言って手を振りほどいて離れ、レウルーラ達に帰還するように伝え、自らも黒い魔獣にまたがり早々に立ち去った。


 兵たちは暴風が過ぎ去ったかのように、呆然と見送った。散々暴れたと思ったら、和睦して酒盛り・・・かと思えば、急に帰るのだから物の怪にでも化かされたような気がして、互いに顔を見合わせていたそうな。



 出羽守は己の浅はかな考えを後悔しながらも、冷静に状況を整理し竜王への対抗策を思いつき ほくそ笑む。

(そうか!竜王だと思わずに、人間相手だと思えばいい。たとえ倒せなくとも弱体化もしくは操ることは容易。さらに領土欲がないのなら、攻め込まれる心配もない。最後に笑うのは、この儂よ・・)




 後の話になるが、出羽守はソドムをおとしいれるために、次々と手の者を差し向けてギオン公国を脅かすことになる。


 その手口とは、美女を送り込み逆ナンさせるというシンプルなものだったが、これにはソドムも苦しめられた。己の欲との戦い、妻への背徳感と死の恐怖、時には強引に迫られるためレウルーラの誤解を招き大変な目にあうのだ。

 抜かりない出羽守は、女が身ごもった場合に親族としてソドムを操れるように、送り込む刺客は半年の教育の上、自らの養女にしているらしい。さらに悪辣なことにソドムの好みを学んで、刺客の容姿や性格なども どんどんストライクゾーンに近づいてくる。


 終いにはソドムに惚れている女に声をかけ ぶつけてくるので手が付けられない。それも、宮廷魔術師レウルーラの魅力と実力に負けないくらいの者をである。老獪ろうかいな出羽守の策謀により、武力を用いずとも、最強の竜王が将来窮地に陥ることとなる。

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