なかったことに・・
「これはこれは、ソドム王みずから陣中見舞い痛み入る・・・」出羽守は、太刀を納めて部下に攻撃中止を命じ、微笑んだ後 深々と頭を下げた。
普段は憮然とした表情だが、笑うと どこにでもいる老爺のように見える。帝国軍としては、圧倒的戦力で囲んでいる以上 飛び込んできた阿呆の さえずりくらい聞いてやる余裕がある。それとは対照的に、部下の余憤はさめやらないのだが。
生命線である兵糧を焼かれたので、たとえソドム王とギオン公国を滅ぼしても、その後 連邦相手に戦い続けることは至難であり、本国から物資が届く数か月の間 のらりくらりと決戦を避けねばならない。
であるなら目の前にいる阿呆を逆に利用できまいか・・と、出羽守は考えはじめていた。王であれ大名であれ、為政者は結局のところ実利を取るものだ。
ソドムとて、それを承知で現れた。今のソドムを殺しても意味はない。ギオン領が連邦に併合され、それを橋頭保に連邦が進軍しやすくなるだけのことである。食料のない帝国にとっては厳しい戦いになるのは目に見えていた。
儀礼上、馬?から降りるソドム。
「ギオン王ソドムである・・・」と、尊大に言い放った割には、出羽守の手を取るように歩み寄り、頭をあげるように促した。
一応ソドムは貴族(公爵)というより独立した国王、出羽守は大陸駐屯部隊の総督であり大名なのだが皇帝の臣下なので、ソドム王が格上になる。
ただ、公国独立以降 総督である出羽守に対して「攻め込まないで下さい」という意味の上納金を納めていたわけで・・、何とも言えないところだ。
「月山出羽守若宮でござる。いやはや、夜襲が陽動で・・・まさか後方の兵糧が焼かれるとは思いもしませんでしたぞ・・・。じゃが、戦で竜を使うなどと卑怯ではありますまいか?」と、唸りながら悔しさを滲ませた。
「待たれよ。先に魔術師を投入し、我が街を焼いたのは貴公であろう」
「それはそうだが、人の争いに竜を連れてくるなど古今例がない。毒刃を使うがごとし・・・、騎士道・武士道をご存知ないとみえる」
「はっはは。あの竜は、宮廷魔術師が召喚したもの・・・いわば魔法。そちらの爆炎魔法と大差はなかろう。そもそも、初戦での爆炎魔法で我が軍の士気が下がり、戦の最中にも関わらず 私自ら連邦王都へ赴き宮廷魔術師を招へいした。その間、我が軍は誘い出されて大敗・・・要の戦鬼兵団はその方らのお家芸・猛毒が塗られた兵器にて皆殺しにされたのだぞ。私は危うく帰る国がを失いかけた・・・」突き放すような辛辣な口調でソドムは反撃した。
そう言われると ぐうの音もでない出羽守。
(こちらとて竜が使えたら迷わず使うのだがのぅ。慎重すぎて勝機を逃したのかもしれん・・・強引に攻めれば、魔術師が来る前に勝負はついたということか・・)
「それがしは慎重すぎたようですな。悔やんだところで兵糧は戻ってはこぬ」内心、舌戦では敵わないと思う出羽守。
ソドムは図々しく近くの足軽に飲み物を所望した。なんとなく断れない雰囲気に、足軽は水の入った竹筒を取りに行く。
「実は和睦に来たのだよ、出羽守殿。いや、不可侵同盟と言うべきか」そう言って、水を受け取りゴクゴクと飲むソドム。
余裕ぶってはいるが、殺気立った敵兵の囲まれ胸中穏やかではない。全力で奮戦しても、二万の軍勢には敵う筈もなく、せいぜい二十人道ずれにできるかどうかなのである。相手が賢明だと信じたかった。
(やべぇ、さっきの弓兵を殺さなきゃよかったぜ・・。狙撃を邪魔するだけならケリで十分だったんだよなぁ。食料は焼き尽くす、部下を殺しまくる・・・これで交渉などと・・我ながら頭おかしいわ)
当然ながら出羽守の目は点になった。戦う前であったのならばわかる。だが、竜や小娘と共に散々暴れてから和議を提案してくるとは・・ちょっと何言ってるのかわからない。
「不可侵同盟」という発言が気にかかったが、小国ごときと同盟など笑止千万・・・物笑いの種にしかならないと思いなおした。
「はて、当方には何一つ得はなさそうですな・・・・」出羽守はゆっくりと後ろに下がり、交渉を終えることにした。
侍達が二人の間に割って入り、出羽守の周りを固める。退却するにせよ、王の首を持ち帰れば本国の印象も、少しは良くなるだろうと皆思っている。
ソドムは相手方の様子など気にもせず、雲が消えた夜空を見上げた。
「おお、月が見える・・。同盟の明るい未来のようだ、今宵は月見酒でもいかがかな?」などと呑気なことを言っている。
出羽守はつられて見上げたが、月などよりも夜空を遊弋している巨竜が気がかりだった。いや、遊弋などという甘っちょろい飛び方ではなく恫喝に近い。
今まで目の前のソドム王の事ばかり気にしていたが、上空の竜に関しては何一つ打開策がないことを思い出し戦慄した。
仮に公国を撃破しても竜は健在なわけであり、またもゲリラ的に陣営や占領地を強襲してきたならば防ぎようがない。
そう、国を失った彼女らは必ず そのように復讐してくるであろう。
さらに、後に来る帝国の輸送船を強襲して、兵站を断って大陸駐屯部隊を飢えさせ、連邦を呼び込み殲滅させることもできる。また、海を渡り帝都を焼き払うのも有効で、そのような事態を招いた出羽守は切腹を免れないだろう。
たかが小国のために いつ終わるとも知れない襲撃に怯えるのは割に合わない。
(今は和睦もありかもしれん・・・。竜相手に人間が得意とする炎や矢など通用せぬ。氷結魔法ならば対抗できるかもしれんが、高等魔法であり連邦でも扱える術者が数人と聞いたことがある。しかも、敵陣営の魔術師を探し出し招へいするのは難しい・・・。いずれにせよ、竜への対抗策が整うまでの時間稼ぎとして和睦するのは悪くない)
上空で威嚇するように飛んでる竜であるが、実際はシュラのリクエストに応えて絶叫系アクロバット飛行をして遊んでいるだけだった。だが、地上にいる者たちには そこまでわからない。
巨竜ゴモラも見かけによらず まんざらでもないようで、急上昇からの急降下 錐揉み回転、急旋回に宙返りなどをしてシュラとレウルーラを「ワー、キャー」言わせて楽しませていた。
楽しさに気を取られていたシュラは、レウルーラが{高所からの攻撃実験}のためにポーチにいれて持ってきた「釘数十本」を預かってたものの、その存在を忘れていて、逆さまになったときに ちゃんと押さえていなかったために うっかりバラ撒いてしまった・・・停戦状態にもかかわらず。
「あ!あぁぁぁぁ~」バラバラとこぼれ落ちる釘に成す術がなく、「ま、いっか」と簡単に諦め レウルーラの失笑を誘った。
下にいた連中にとっては一大事であった。雨の音とは違う、金属のぶつかり合う乾いた音と、土に釘が刺さる音と同時に叫び声が上がった。「な、何事だ!」「痛!上からか!?」と、不幸にも釘が命中した兵が騒ぎ出す。
さすがに鎧を貫通する威力はないが、肌の露出した部分に当たれば怪我をするようだ。それがたまたま出羽守近辺に落ちたのだから堪らない。交渉が決裂気味とはいえ、まだ思案している出羽守にとっては、脅し以外の何ものでもなかった。
「ぬぅぅ、小賢しい真似を!」出羽守は落下物が目に入らぬように、腕を額に当てながら止むのを待つ。
(やはり、どうにもならぬ。ここは不可侵同盟とやらを受けて、時を味方につけるしかあるまい。・・にしても、腹立たしいことよ)
ソドムはとぼけて「はっはは、気の短い連中で申し訳ない。ああ、言い忘れた・・・兵糧は返すことはできないが、今宵 兵糧を焼失した件はなかったことにはできる」と謝罪と譲歩案を話した。
「なかったことにしたとて、兵糧は戻らぬ」と不機嫌に言い放つ出羽守。
「その通りだが、この事実を連邦には伝えない。今回、夜襲に参加した公国の者には口止めしてある。もちろん、援軍である連邦軍には「ただの夜襲」としか言っていない。つまり、兵糧不足で継戦能力がないと知られれば帝国は滅びるかもしれんが、露見しなければ膠着状態に持ち込めるであろう」ソドムは恩着せがましく言った。
出羽守は頷きながら今後の戦略を考えている。兵糧不足をひた隠しにして本国からの支援を待ち、進軍準備が整ってから不可侵同盟を結ぶギオン公国を通過させてもらい、二十万もの大軍にて連邦に侵攻して滅ぼす。
喉に引っ掛かった小骨のような公国は、竜対策が万全になるまで放置しても問題ないと判断した。幸運にも竜に有効な武器もしくは、優秀な魔術師を得られれば、早めに始末しても良い。そうでなくても、大陸を統一してしまえば、どうとでもなるだろう。
公国とは、闇の大神殿と連邦の10年戦争のように、戦ってるふりをして連邦の油断を誘うか・・、と結論を出した。
「・・・・わかり申した。不可侵同盟、お受けいたす。互いに攻めぬことを約束し、民間の交流ももとに戻そう」渋々折れた出羽守。公国を攻め落とせぬならば、交易を復活させ食料を得たいと思ったし、交易で成り立っているギオン公国も歓迎すると知っている。
「ただし、ギオン王と宮廷魔術師の誓紙を頂きたい。口約束では子供の使いになってしまうのでな」いくら全権を任されているとはいっても、和睦するからには本国に報告しなくてはならないのだ。
「承知した」と、ソドムは松明を足軽から借りて、振り回してゴモラ達に降りるように合図した。出羽守は、側近に不可侵同盟の文言を書かせてから、自らの名前を書いた。
ゆっくりと羽ばたきながら地上に着地する巨竜。砂ぼこりに目を細め、ソドムは意味深なことを言った。
「この契約が、私より そなたの国を救うものだといずれわかるであろう」
「それはそれは・・・かたじけない」と、心にもない返答をする出羽守。喉元過ぎればなんとやら・・・、時期が来れば滅ぼすつもりである。それも、遠い未来ではない。
竜から降りたシュラは、空を飛んだ楽しさを必死になってソドムに伝えた。
文言をチェックし、署名するという重要な場面でも「そうか、それは良かったな」と、ソドムは根気強く聞いている。
やがてレウルーラが降りてくると、ソドムは手を携え出羽守に紹介した。
兵たちは、停戦したとはいっても、竜を畏怖しており、遠巻きに様子を見ている。
「こちらは、宮廷魔術師にして妻のレウルーラ。お見知りおきを」
「レウルーラと申します。戦とはいえ、貴国には多大なる損害を与えてしまい申し訳ありません」と、丁重に謝罪した。
長い黒髪、白い肌、赤くエロいレオタードに黒いコート・・・・大和帝国の者たちにはドストライクだったようで、和睦したとはいえ殺気立っていた兵が、別人のように にこやかになった。
ある者などは、ソドム王に床几を勧めなかったのに、レウルーラには素早く差し出し、またある者は火鉢を持ってきて前に置いた。
気難しい出羽守とて例外ではなく、
「いや、謝ることはありませんぞ!戦は時の運、昨日の敵は今日の友といいますからなぁ!」と身を乗り出して言った。そして、部下に酒宴の準備を命じた。
「今日の敵は今日の友になってしまいましたけれど・・」と、レウルーラは融和ムードに合わせて返答し、誓紙を受け取り署名した。
「あ~なんのなんの。どうでもいいのですよ、終わったことなど。ささ、凄腕の竜姫もこちらへ」とシュラを呼ぶ。
(よくみれば、この娘も元気が良くて可愛らしいではないか)、と すっかり機嫌が良くなった出羽守。
「おっちゃん、あたしの一撃を受ける止めるなんてやるじゃん」などと、シュラにタメ口叩かれても、にこやかに応じている。
署名を終えたソドムは、労うためなのか、巨竜の方に歩いて行く。他の者に話を聞かれても面倒なため、聞こえる範囲を狭めた心話でやりとりを始めた。




