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冥土の土産

 ギオン公国と対峙している大和帝国の陣は、深夜ということもあって静まり返っていた。月は雲に隠れ、闇は深い。


 後方の兵糧ひょうろう部隊近くの陣幕、大将である月山(つきやま)出羽守(でわのかみ)と側近達は鎧姿で床几(しょうぎ)に座り、杯を傾けながら静かに釣れるのを待っていた。目指す大魚・ギオンの軍勢が夜襲を仕掛けてくるだろうと待ち構えているのだ。


 今のギオン公国は蛇に睨まれた蛙・・・援軍を合わせたとて、数倍の帝国軍を前にしては、街に立て籠もるほか なす術がない。


 であれば、公国は士気が低下することを恐れ、兵を鼓舞するため 小さくとも勝利を手にしたいと思うはずで、寡兵で大軍を打ち破るためにも夜襲してくる可能性が高い。


 帝国としては、ノコノコ出てきた所を待ち伏せて叩けばケリがつく。より確実性と殲滅力を増すため、出羽守は一つ手を加えた。

 偽の本陣を前線方面において、油断しているとみせかけ、勝利の可能性をチラつかせておいたのだ。さらに、前線の兵には序盤負けたフリをするように言い含めてある。偽の本陣目掛けて敵が突入してきたならば、両翼の羽黒・湯殿の部隊が退路を断ち、包囲殲滅する作戦であった。


「このような小国で随分時間を費やした・・。兵糧さえあれば、駐屯軍十五万をかき集めて すり潰すところだがのぅ」と、初老の出羽守はボヤいた。


「城攻めには十倍の兵が必要ですからな」と、側近の一人が常識論を言う。大陸に進駐している帝国軍には兵力があっても兵糧がないので、今回 動員できるのは二万が限度であった。


 ここ数日、街の封鎖が徹底されて間者からの連絡が途絶えたため、連邦の援軍が撤退していることを彼は知らない。知っていれば、即座に攻めかかっていることだろう。



 静かに酒を飲みながら、出羽守は思った。我ら大和帝国が大陸の北東を支配して十年。実際は不毛な寒冷地を取ったにすぎず、本国からの物資がなければ兵を養えない。その本国が凶作となり、我が軍の兵糧が不足しはじめていることを連邦も知って、持久戦の構えをとっているのは明白。今思えば・・・連邦の古狸は、わざと実りなき地を占領させ、機をうかがってたのかもしれん。


「ギオン領を橋頭保きょうとうほとし、決戦を避けつつ小戦をして春を待つのだ。さすれば、本国からの援軍と大量の兵糧が運ばれてくる。それを機に大攻勢に出れば、大陸を制圧するのは容易たやすいであろう」と部下たちに今後の展望を伝える出羽守。


「本国では兵糧を送るために、皇族までもがあわひえで食いつなぎ、大陸侵攻を支えてくださるそうな・・・。ゆえに、必ず勝たねばならぬ」



 出羽守が大局に思いをはせている時、遥か前方で火の手が上がった。おそらく、偽の本陣に火矢が射かけられたのだろう。出羽守は杯を捨て、立ち上がる。


「来たか!ヨシヨシ!伝令兵、手筈通りに負けを演じろと伝えてまいれ!」と命を下した。簡単に撃退してしまうと敵将・主力部隊に逃げられて戦が長引く。現場は重々承知しているだろうが、肝心要の事なので、つい念を押してしまった。


 大和帝国の偽本陣は襲撃に狼狽し、算を乱して逃げはじめた。両翼の軍は夜襲を知りながらも、敵が懐深く入り込むまで、寝入って気がつかないというていで静まり返っている。


 そして、敵情が出羽守に伝わった。


「敵軍は火矢を放ち、歩兵が槍で一突きしてきましたが、すぐさま退いた模様」


「何!?餌だけ食われたか・・」暫し考える出羽守。


「この策に引っ掛からないとは、公爵が帰還しているのかもしれぬ。各武将には、「追うな」と伝えよ!」

(ちと、面倒なことになったかもしれん)


 しかし、彼の命令を待たず各部隊は追撃し始めてしまう。小国の弱兵ごときと侮った武将達は功を焦り、我先にと動くのも無理はない。


「包囲が完成しないうちに追いかければ、それこそ敵の思うつぼ。必ずや伏兵がいる!頭を小突いてでも引き返させろー!」と側近に怒鳴る。彼らは雷に打たれたように各部隊に飛んで行った。


 夜間の戦闘は同士討ちの危険もあるため、軍の立て直しが急務であった。秩序さえ戻れば、偽の本陣が焼かれただけなので損害は少ないと思い、出羽守は床几に座りなおして星をあおいだ。雲で所々星が隠れているが、隠れているが・・・・隠れているが?なにやら大きな影のせいで、不自然に星が見えにくいことに気がついた。


 その大きな影は竜に見えた。竜と言えば、十年前の大陸侵攻を破綻させた竜王の存在が頭をよぎる。帝国の者ならば、十万の将兵が殺された悪夢を忘れはしない。以来、竜王を刺激しないよう竜王山脈には近づかず、眷族である竜とも交戦せぬようにしてきたほどだ。


 肝が太い彼ですら、見上げたまま硬直してしまっていた。不審に思った側近が、同じく見上げてみて・・・硬直した。



 その大きな影はみるみる降下して、本陣の地面すれすれに飛びながら炎吐息ブレスを吐いて上昇し、後方にある兵糧部隊のもとへ飛び去った。砂塵が炎の熱で高く舞い上がる。燃え盛る炎で、この陣幕だけが朝を迎えたように明るくなった。


 とっさに伏せた出羽守は辛うじて助かったが、土を払いながら振り向けば、火だるまになってわめき散らす数十人の部下たちが目に入った。中には竜王との戦いがフラッシュバックして恐慌状態の者までいる。遠ざかる竜の背には人が乗っており、向かう先は兵糧部隊の方角。せめてもの救いが、竜王ではなかったこと。それならば、倒せないまでも追い払うことはできる。


「公爵め、竜を戦争に使いよって!我が軍の兵糧を焼き払う魂胆かぁぁぁ!!」と遠ざかる竜に叫んだ。怒り狂いながらも、迎撃すべく精鋭騎馬・百名を編成して急行させた。帝国の騎馬兵は和弓の扱いにも長け、精鋭ならば魔法で矢を強化できるので、多少なりとも対抗できる。


 騎馬兵を送り出しても出羽守の怒りは収まらず、床几を蹴り上げながら

「なにゆえ、本陣がバレたのだ!?なにゆえ、兵糧の在りかがわかったのだ!?いや、それ以前に空からの攻撃は卑劣極まりない。これでは、いくら軍で守っても意味がないではないか!」などと、戦争では通用しない自論をブチまけている。


 ぜぃぜぃとした荒い息遣いを整えようと、彼は少し膝を曲げ その上に両手を置いた。ふと前を見ると、赤い鎧を着た小娘が前に立っていた。その小娘は見下ろしながら言い放つ。


「冥土の土産にぃ・・・教えてあげるわ!」


 教えてくれるのはありがたいのだが、この状況で なぜ小娘が戦場にいるのか理解できない出羽守。


「か、かたじけない・・」としか言葉がでなかった。


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