ソドムの教育
朝になった・・・。ギオン城1階 炉端居酒屋 祇園は、普段の和やかな朝ではなく、魔王が連邦南端から西のハンドレッド伯爵領にまで進出し、村を襲撃したという話で持ちきりだった。
それとは逆に、連邦王都付近で邪教徒の反乱があり、それを魔王が主導していたという情報も入っていた。
後者の話には信ぴょう性を裏付ける事柄が一つ付随しており、連邦王国が件の魔王の目撃情報から「好色魔王」と公式に呼び名が決まったと言うのだ。
ソドム達三人は、店の奥に陣取って朝食をとっていた。
ソドムは昨夜の疲れで、イスにもたれてコーヒーを飲みながら、オーダーしたスクランブルエッグとベーコンを待っている。レウルーラは、ソドムの膝上に乗る体力がなく、普通に座ってカフェオレを飲んでいる。
シュラだけは元気で、パンにテリーヌを挟み込んだ粗末なサンドにかぶりつき、牛乳で流し込んでいた。
「あのさ、さっき廊下で茂助さんから聞いたんだけど、魔王の呼称が決まったんだってぇ~」と含み笑いしながら言った。
「ほう・・、当ててやろう。ビビリ魔王とかだろ?」
「ん~ん。好色魔王だって」と笑いながら言うシュラ。
「何それ!かっこわるいわね」と、レウルーラが疲れを忘れて笑った。
「てことは、大したことなさそうだな。スケベ大王やエロ魔人とかと同列のただのバカ野郎って話か。連邦も手出ししない手ごわいヤツかと思って損したぜ」ソドムはダルそうに体を起こし座りなおした。
「そうね、私たちを追うように魔王の噂が聞こえてくるから、一戦交えるつもりではいたのだけれど」
「俺は、賞金がかかるまでは戦うつもりはなかったがな」
「結局、魔王十爪と思い込んでたのは、ウチの忍だったっていうオチだったし。アンタが早く教えてくれれば、ややこしいことにはならなかったんだけどね!」と、睨みつけるシュラ。
「そ、それは・・・国家機密だからな・・・」
「じゃあ、温泉宿で魔王と戦ったっていうのは?」
「・・ああ、あれは竜王がハンドレッド伯爵の無断開発に怒ってひと暴れしていてな・・。おまえに話すと、会いたいだの結婚したいだのはじまるだろうから嘘をついたのだ。すまん・・」ソドムとレウルーラはバツが悪そうに目をそらす。
「ふ~ん・・・」拍子抜けするほど、シュラの反応が穏やかだった。
今回の旅で、初めてドラゴンを見て竜と結婚するなど現実的ではないと改めて思ったようだ。巨竜ゴモラですら人間の何十倍もあるのに、それより大きな竜王が人間に興味を抱くとは思えなかった。わかっていたが、人間のパートナーを探す決意をしているシュラであった。
「まあいいや。それよりお願いがあるのよ」シュラはニンマリとしてソドムに向き直る。
「・・・・なんだ?金はないぞ」
「借金まみれのアンタからじゃなく、帝国からお金をむしり取りたいの。今回の焼き討ちの途中で、あたしを敵本陣に落としてほしいのよ!」
「あ?」
「敵を混乱させるのと、あわよくば大名を人質にとって一攫千金ってわけ!」暴れるそぶりをしながらシュラはアピールした。
「ダメだ、危険すぎる」ソドムは一蹴した。
レウルーラは、このバカみたいな作戦をまじめに検討し、
「危険ではあるけれど、兵糧を焼き払った後にシュラちゃんを拾いに来ることはできると思う。それと、民は英雄を欲するもの・・・大手柄をあげて箔をつけるのもいいかもしれないわ」
「ん、しかし・・本陣には何千人と敵がいるのだぞ。いくら竜を使った夜襲とはいえ、忠誠心のある者は逃げずに交戦するだろう。仮に百人相手にするとして、体力がもつまい」と、ソドムは常識的な心配をする。
「そこは・・・バーンってぶん殴って、回し蹴り食らわせて!」と、シュラは興奮して立ち上がり、見えない相手と戦い始める。
「無理だろ・・」とソドムはバッサリと却下した。シュラはしょげて、椅子に座る。
「私はいけると思うわ・・。人の理を捨てればね」
「それは、吸血を解禁するということ・・だな?」
(レウルーラ・・・あいかわらず無茶苦茶なことを・・)
「そう、血を吸えば体力回復できるし、物理耐性で武器は効かない。もちろん、サムライの武器強化魔法には気をつけなくてはならないけれど、基本的に回避すれば善戦できると思うの。吸血行為は、接近戦での噛みつきという ていに見せる必要もあるわね。あくまでも、魔人とバレないように戦ってもらうのが絶対条件よ」
「演技は任せて!全部かわすのは難しいから、盾もってく」
「そうね、念のためソドムも補佐で降りたら?」とチラリと夫を見るレウルーラ。
「え!?てか、俺は・・・やっぱ行かないことにする。全体の総指揮をとらねばならんのでな」と、急にしどろもどろになるソドム。
「は?何言ってんの?自分から言い出したんじゃない」
「作戦上、あなたが残らなくても大丈夫なのよ。戦鬼兵団なき公国では、私たち三人が強力な駒なんだから、囮になる意味はないわ」と、二人して反発した。それはそうだろう、昨日皆の前で偉そうに宣言したのだ、何を今さら臆したというのだろうか。
「ちょっと、事情があってだな・・」とソドムは落ち着きがなくなってきている。
「事情・・ね・・」レウルーラは、疑いの目を向けながら考えている。
(この感じ、嘘をつこうとしているわね。考える時間をあげちゃだめ)
「大丈夫、他には聞こえないから・・・言ってみて」
嘘が苦手なソドムは観念して、ぼそぼそと話し始めた。
「わ、笑うなよ?」
「ええ」
「実は・・、俺・・高い所が苦手なんだ・・・。吊り橋なんかでも足がすくんで動けなくなるし、それを通り越すと自暴自棄になっちまう」と高所恐怖症を打ち明けた。
「ええええ!!竜王なのに高所恐怖症なのアナタ!?」レウルーラは必死に笑いを堪えて聞いた。
「こ、こればっかりは・・・克服できん」
「・・・・」プルプル震えながら、レウルーラは竜王について考えている。
(確かに前回の変化では、飛び立たず歩くだけだったわ。伝え聞いた飛行している竜王は常軌を逸した暴れ竜と聞く。なるほど、竜のくせに高く飛べないのか。それは恥ずかしいことね)
「と、ともかく俺はゴモラ召喚の魔力を貸したら別行動するからな」
「わかったわ、私たちは上空で待機して、アレックス殿下が夜襲を仕掛けると同時に敵本陣めがけて降下。炎の吐息で攻撃して、シュラちゃんを降ろしてから、兵糧を焼きに向かうわ」
「決まりだ。遠見の水晶で地形や配置は把握していると思うが、念のため時間ぎりぎりまで帝国の軍議などを監視しておいてくれ。こちらの目論見が筒抜けだとしたら、逆にそれを利用するという手もあるからな」
「了解」と、レウルーラは事務的な返事をした。王と宮廷魔術師という関係上の会話では、ソドム王の威厳を損なわないよう夫婦といえど「御意」や「了解」といった言葉を使うようにしている。犬時代のクセとはいえレウルーラがソドムにベッタリで常にイチャついているように見られているのだ、せめて言動くらいしっかりしないとマズいと思っているわけだ。
そんな夫婦の会話から取り残されたシュラ。虚空を見つめ、動かなくなっている。会話の途中で、ありえないワードが出てきてからというもの思考が停止していた。
(竜王?今、公王に対して「竜王なのに」っていったよね?え、エロバカ公爵が・・竜王様なの・・?)
「え、もしかしてアンタが・・」口をパクパクさせながら、ゆっくりとソドムを指さすシュラ。
「あ・・・」夫婦して、重大な秘密をベラベラと喋ってしまったと気がついた。しかも、一番バレると厄介な人物に。
嘘が苦手なソドムではあるが、デマカセは得意で
「そう!俺がロープを準備してやる。竜の背に乗るのは、馬とは大違いだぞ。振り落とされたら即死だからな!」
「・・・うん、ありがとう!」勢いに負けてお礼を言ってしまったが、会話を引き戻すシュラ。
「・・・で、ひょっとしてアンタ・・・」
「あ・・・、アンタッチャブル!!魔物が恐れて触れることができないほど強い伝説の勇者になりたいのよね、シュラちゃん。それには、防具を新調しなくっちゃね!さ、鍛冶屋行きましょ!買った後は簡易的だけど魔法で強度を上げてあげるわ!」誤魔化す為とはいえ、もはや何を言ってるかわからないレウルーラ。
「え、いいの!?あっ、ついでに破邪の剣の魔力をチャージして。なんか、持ってた吸血鬼が親切にチャージ式だって教えてくれて・・」と、腰の魔剣を申し訳なさそうに取り出して見せた。
「あ~、簡単簡単。そうよねぇ、肝心な戦いで炎がでないんじゃつまんないもんね」
「でしょ?今回はこれでド派手に暴れてみせるんだから!闇夜を炎で切り裂いて、飛び蹴りで木っ端みじんにして・・あ~楽しみだな~」鼻歌混じりで戦を夢想し始めるシュラ。レウルーラは、なんとか煙に巻いたとソドムに目配せして、シュラの両肩を押しながら鍛冶屋に向かった。
二人が去った後、運ばれてきた朝食を食べながらソドムは素に戻り溜息をついた。
(結局、作戦上 竜召喚と水晶での索敵が全てであり、宮廷魔術師なしでは勝算はなかった。だが、いつもいつも宮廷魔術師頼みでは、これからの難局は乗り越えれぬ。もっと戦力が必要だ)
「茂助!」と、忍の頭領を呼んだ。
が、いつものサプライズがない。
「茂助ぇ!」声を大きくして呼んでみると、
「こ、これに・・・」とカウンターの客に扮していた茂助がヨロヨロと歩いて来た。
「申し訳ありません、全身筋肉痛で・・なんとも・・」
「昨夜は付き合わせて悪かった」昨晩、人数合わせのため寝室に茂助を呼び出したソドムは、首のあたりをかきながら謝った。
「何故あのような事をなさったのですか・・・」茂助は一礼して、ソドムの向かい側に座った。
「すまん、私の不徳の致すところだ。適齢期になればわかるだろうと、性教育をしていなかったのだ」と、ソドムはことの経緯を話した。
「なるほど・・・、それで合点がいき申した。【男女が枕を交わし汗をかく】というのを枕投げと解釈していたわけですな」
「うむ、まさかルールを明確にしてチーム戦で枕投げするとは思いもしなかった。終いには枕越しなら打撃OKになって、ただの殴り合いになっちまったがな」と、ソドムは苦笑い。
「あれはあれで楽しゅうございました。決戦前日にやることではありませんが」と心底楽し気な表情をしたかと思うと、また疲れ果てた顔つきに戻る茂助。
「お、おう。最後のマウントポジションになったシュラの連撃は完全に反則だった。全然枕投げるモーションしてないから、偶然殴ったとは言えないからな」
「ええ、アタッカーとディフェンダーを分けたのはいいのですが、審判がいないとグダグダで」
「性教育は 虫の交尾を例えに教えたことがあるのだが。ハプニングバーのマダムにでも頼むとしよう。・・・そんなことより、ゲオルグ達 戦鬼が全滅したなどと、どうにも信じがたいゆえ、人を派遣して調べてくれ」
「承知致しました」
(捕虜の言によれば、重装備のトロールに致命傷を与えた敵兵器には、猛毒を塗布されていたと言う。毒をくらえばトロールの再生能力も発揮できなかったはず。信じたくないお気持ちは察するが、今回ばかりは・・)
「よろしく頼む」そう言って、ソドムは朝食を再開した。湯煎で丁寧に仕上げられたスクランブルエッグを口に運び、少し視線を茂助に戻した時には、彼の姿は消えていた。




