忍び寄る魔の手
死霊の館に火を放ったハンドレット伯爵は、裏につないであった部下の馬を追い立てて痕跡をなくし、帰路に就いた。
(これで小娘は、なんらかの原因で焼死したということにできるだろう。宮廷魔術師の犠牲は無駄にはしませんぞ!公爵達を長逗留させてる間に、連邦王都に使者を遣わして離間させ、公国を滅ぼしてやるわ!)
伯爵が思うに、ソドム一行は騙しやすいというか、扱いやすい。
餌を与えると、すぐさま食いつくような連中だった。
腹心のアウズンブラを失ったのは痛いが、彼より授けられた策を用いれば、うまく出し抜けると信じている。
アウズンブラを亡くした悲しみと、これからの責務を考えて馬を打たせていたが、つい本音をつぶやく伯爵。
「というのは、建て前で・・。いやぁ、わしは大陸一の富豪にして領民も大いに潤っているから、もはや大陸に覇を唱える気も必要もないんだがのぅ。なんとなく宮廷魔術師の熱意に押されて野心家の設定になっていたわけで、酒池肉林の生活を捨てて賭博性のある覇権争いに身を投じるというのは・・・どうであろう・・。かといって、わしを信じて小娘に惨殺された彼らの死を無駄にするわけにもいかぬ。さて、どうしたものかのぅ」と、全てが面倒くさくなりながら、馬に揺られていた。
館から遠ざかり、振り向いても黒煙しか見えなくなった頃、厄介な男と出会ってしまう。
心配して駆けつけたソドムであった。
伯爵は呆けた表情から、慌てて切羽詰まった顔へと切り替え、ソドムに向かって馬を走らせた。
「大変です!ソドム公。件の館が突如燃え出しました。中にはまだシュラ殿がぁぁぁ!」と伯爵は すがるようにソドムに訴えた。つまり、助けを呼ぶために自分は館を離れたとアピールしたのだ。
「なんと!炎に・・・!」
確かに、道の先に黒煙が見てとれる。さすがのソドムも驚いた。シュラは魔人として物理攻撃には強いが、光魔法と火には めっぽう弱い。
そして、自分が助けに行くにしても、同じく魔人なので燃え盛る館に突入するわけにもいかないからだ。竜王としての炎抵抗力を差し引いても、ソドムは常人より火に弱い。
(あっの!トラブルメーカーが!よりによって俺が苦手な火災に巻き込まれるなんて!・・・待て待て、ここは冷静に対処しなくては)
「・・・。まあ、私が何とかしますので伯爵は宴の準備をお願いします。はっはは、楽しみにしておりますぞ」と、悠々とすれ違い館に向かうソドム。
伯爵は、馬首を返し「さすがは剣聖ソドム公。臆病者の私なんぞ慌てふためいて、何をどうしたらよいのか わかりませなんだ。何もできない者が行っても足手まといでしょうから、仰せ通りに宴の支度をして待っておりますぞ」と、やや未練がましく後を追うフリを交えて言った。
実のところソドムには、自信も根拠もない。ただの強がりだった。
ハンドレッド伯爵も、そこは見抜いている。
燃えさかる屋敷に侵入することは不可能に近い。
天窓から救出しようにも、今更 壁を登れるはずもなかろう。水で消そうにも、川から大量の水を運ぶ手段もない。
(まあ、大見得切った以上は火に飛び込んでいいただけるのでしょうな・・。今さら「助けて」などと恥ずかしくて言えるものではなし。うまくいけば、ソドム公も非業の死を遂げられるかもしれん。歓迎の宴から祝賀会に切り替えたほうがよいかな?)
遠ざかるソドムの背を見送りながら、含み笑いする伯爵であった。
悠々と馬を進めるソドムは、チラリと後ろを見て伯爵の姿がないことを確認すると、鞭をあげてシュラのもとへ向かった。
やがて燃え盛る館も見えてくる。
完全に二階部分まで火の手が回り、絶望的な状況であった。
だが、諦めの悪いソドムは僅かな可能性に期待して、館近くまで馬で乗りつけざまに飛び降りた。
着地しながらも、もうもうと燃える館からシュラを救出する方法を考えている。
・・・だが、毎度毎度 状況を覆す閃きがあるとは・・限らない。
ダメ元で扉を蹴破る覚悟を決めた。火に弱いソドムは、救出どころか心中になるかもしれない決断であるが、現実的にそれしか思い浮かばないので仕方がない。
(王だ、邪神だといっても、俺は大事なものすら守ることができないというのか・・。いや、なんというか暗黒魔法は本当に役にたたねぇよな!魔術師の破壊魔法や召喚が使えれば、壁ごと壊したりできるというのに・・・・・今さら勉学を怠った過去の自分をなじっても詮無き事か・・)
そう思いながら、助走をつけて門に飛び蹴りをする態勢にはいった。
「あ・・・」
ソドムが走っている最中に、轟音と共に館が崩壊した。
不自然なくらい全ての外壁が内側に向かって倒れた。まるで、中の者を圧死させようとしているとしか思えない倒壊ぶりであった。
走るのを止め、立ち尽くすソドム。
あまりに酷い状況なので、「夢ではないのか?」と何度となく思った。そして、どのような表情をしていいかわからない。かつて竜王や悪魔王と対峙した時も絶望を味わったものだが、身一つで逃げる選択肢はあった。今回は、そうはいかない。火に分け入って、瓦礫をどけて救出せねばならない。
それ以前に、生死不明どころか本当に中にいたかもわからないのに、命を懸ける必要があるのだろうか・・・とソドムは考えていた。
(そうだ、きっと夢だ。いくらなんでも、シュラがこんな死に方するものかよ・・)
信じたくないソドムは、ヨロヨロとふらつきながら燃える館の周りを歩いた。
ハンドレッド伯爵は、結局ソドムの無様な姿見たさに引き返し、馬を降りて木に隠れながら、途方に暮れるソドムを見てニヤついていた。
(公爵は炎に飛び込まなんだか。そこらへんは冷徹なのかもしれんな。とはいえ、あれほどの腕利きの護衛を失ってショックなのは間違いない。ん?なにやら人影が・・)
伯爵は館の後ろ側に数人の人影を見つけ、ハッキリと確認するため手前の木に素早く移動した。
ソドムも館裏に黒装束の男たちを見て我に返り、借りてきた剣に手をまわした。
こんな僻地で遭遇するなど敵以外なにものでもない。
人数は10人、武装は共通して手甲鉤。ソドムはピンときた。
「貴様ら、魔王十爪か!!」と、一喝。
その声に反応し、男たちは一斉に退いた。
そして彼らが元居た場所には、シュラが横たわっていた。
遠めに見て、意識はなさそうだった。
ソドムは男たちを殺すことより、シュラの安否確認を優先し、刃を向けて牽制しながら彼女に近づいて、ほたほたと頬を叩いた。
だが、シュラの反応が弱い。
一瞬焦ったソドムであったが、経理のタクヤ流にしないと起きないと気がつき、
「バシッ」っと手のひらをシュラの顔面に思いっきり振り下ろした。
顔に紅葉のような痕がつかんばかりに。
「~~っ痛ってー!なにすんだよ!このエロバカ公爵!!」そういって、シュラが跳ね起きる。
「ちょ、気絶してたんじゃないのかよ!じゃあ、顔叩く前にブラの中に手をいれてたのもバレてたのか!」
(なんてこったい、起きないのをいいことに一線越えてしまったのがバレていたとは。今までは遠慮がちに服越しに触っていたのだが、・・・・)
「え?ついエロバカ公爵って言っちゃっただけなんだけど・・・テメェ・・調子に乗ってそんなこともしていたのかぁああああ!?」
シュラは怒りで周りの男達や焼失した館などには目もくれず、立ち上がってソドムの襟首を掴み、片手で持ち上げた。契約上おさわりはいいのだが、無抵抗の状態を直に触るのは承知した覚えがない。
「ぐ、ぐぅぅ。ま、まて、それよりも見てみろ・・・魔王十爪が・・そこに」苦し紛れというわけではないが、怒りの矛先を変えようと必死のソドム。
若干、シュラの方が背が高いので、持ち上げられたソドムの足は地をかすりながらバタついている。
「あ!?」、そういえば何かウロチョロしてたよな と思い出したかのようにシュラは黒い集団に目を向けた。
(捕り逃がした獲物じゃん)
あっさりとソドムを解放したシュラは、剣を構え腰を低くして、今にも飛びかかりそうな戦闘態勢になった。
「で、エロバカ。アイツら一人にいくら出せるの?」
「おい!略すとこ違うだろ!」
「ごめ、バカ」、シュラは左手を少しあげ謝意を示した。
「・・・」、言い争っている場合でもなく、小娘相手に大人げないのでソドムはグッと耐えた。
「待て、何事も剣でカタをつけるのは良くない。見たところ山賊とは訳が違う。まずは、交渉だ」、ポンポンとシュラの肩を叩き、したり顔のソドム。
冷静になってみれば、鮮やかな退きざまは ただ者ではない。
その気なら気絶していたシュラを殺すこともできたはず。
そもそも状況的からして、煙に巻かれて意識を失っていたシュラを助け出したのかもしれない。・・と、二人は思い始めていた。
シュラの殺気があっさりとおさまった。
「アイツら、あたし達になんかしたっけ?」
「・・・してないような。元々お前が 気配がする とか騒ぐから迎撃しようとしてたはず」
「え!?いや、昨日はあたしの部屋に勝手に入ってたよ、魔王十爪たち」
「俺とレウルーラの部屋な。お前こそ勝手にベッド増やしやがって」
「護衛のプロ意識ってやつなの!」などと、二人は揉めはじめる。
かと思えばシュラが戦利品の自慢をはじめた。
「てか コレ、吸血鬼から奪い取った破魔の剣よ。炎が出てメッチャ格好いいんだから。凄いっしょ!」とニコニコしながら魔法剣を見せびらかすシュラ。
秋の空のようにコロコロ変わる気性だが、可愛げがあるので憎めない。
ソドムはマジマジと見て、やや大げさに喜んでみせた。
「おお、本当にお宝があったんだな!よかったじゃないか。しかも、吸血鬼相手に勝つとは」
人の喜びを我がことのように喜べる器の大きな男である。
(吸血鬼といったら、俺ら魔人の上位互換ではないか。魔法攻撃に加え、各種耐性が高く、戦鬼並の再生能力もある魔物・・俺なら絶対タイマンはないな。まあ 大方、業界あるある「自分にとって脅威になる武器を近場に置く習性」で撃破されたといったところか。アンデットが【破邪の剣】所有するか普通?理解できん)
「ふふん。世の中、うまい話もあるのよ」
「だろ?許可した俺の英断に感謝しろよ」と、ソドムは手柄話をすり替えた。
器が大きな男ではないかもしれない。
「はぁ?反対してたじゃん」と、シュラが再び食ってかかる。
付き合ってられないのか、黒装束の男達は顔を見合わせて、立ち去ろうとした。
それに気がついたソドムは 切るように叫ぶ。
「待て、貴様ら!今しがた ここで何をしていたのだ?昨日の侵入についても説明してもらおうか。言えば悪いようにはせん」ソドム、珍しく威厳ある発言をした。
シュラは横に立ち、剣を自分の肩にトントンと当てて威嚇している。
魔力が切れているから大事ないが、炎を発する魔剣ということをすっかり忘れているようだった。
・・いつの日か、痛い目・・ いや、熱い目にあって学ぶことにはなるだろう。
黒装束の男達は どよめいた。
「アンタらが置かれている状況わかってんの?返答次第では・・・・ってことよ?」あごを上げてシュラが言う。
殺気はないが、「できれば抵抗してややこしくしてくれ」という期待がこめられているようだった。
観念したのか、一人が重い口を開いた。
「確かに・・・気配を気取られた我らに非はあります」
「ただ・・・・お言葉ですが、お館様達も自重なさっていただきたい!」黒装束の男の声には怒気が感じられる。
「えっ?」ソドムとシュラは同時に聞き返した。
「えっ?ではありますまい。これまでの道中、浪人・傭兵・騎士崩れ・大盗賊団に・・・罪なき村一つ・・・200人ほどの埋葬や証拠隠滅、情報操作、おまけにベッドメイキング・・・我ら10人、超過勤務もいいとこですぞ!」
他の男も、それに続いた。
「さよう、取りこぼされた騎馬盗賊も我らが処分いたした。ただでさえ、魔王うんぬんと行く先々で言いふらしている輩がいるのですから、ヘタに目立つと連邦王国まで敵にまわすことになりますぞ。聞けば、魔王の特徴が黒髪に深紅の眼と・・お館様に近いので、尚更 慎重に旅をしていただかなくては困ります」
一方的に言われた二人は呆然とした。シュラは左肘でソドムを小突いて小声で確認した。
「ねぇ、魔王十爪・・・ってアンタの配下なの?てか、こんな部隊があるの知らなかったんだけど・・」
「ん・・・」ソドムは必死に記憶を辿った。
が、いまいち思い出せない。緊張をほぐすため、シュラの尻を触ったが、結果は変わらない。
※さて、ソドム公爵が思い出すまで黒装束の男達について解説しよう。彼らは縄跳一族の忍で、主な任務はソドム王の護衛・周辺諸国の情報収集である。上忍である縄跳家・当主 縄跳茂助が経営者だとすると、下忍である彼らは使用人(実行部隊)としてギオン公国につくしている。
十人一組、一ヶ月ローテーションで任務にあたり、例えば シ組が護衛・ノ組が各地に散り情報収集・ビ組が里に帰って休みをとる、といったシフトになっている。
一般職より休みが多く、有給申請も通りやすいので離職者は少ない。
ちなみに、給料は兵士の二倍という高待遇。
・・・!反射的にシュラに叩かれ、ソドムの脳裏に過去の一場面が頭を掠めた。
十年以上前だろうか、自館にて 縄跳茂助を筆頭に配下の忍びがズラリと片膝をつき、「縄跳一族、家をあげて忠誠を誓いまする」などと言われたことを思い出した。
その時はゲオルグと深酒していて記憶が曖昧なのだが、諸々の手続きはタクヤに丸投げして、杯を酌み交わしたような気もしないでもない。
隠密ゆえに「気配を消して精進せよ!」などと無茶苦茶なことを言ったような・・・言った。
(あ~、そうか。気配を消して仕え続けていたのかぁ・・。人に任せると、些末なことは頭から放り出すクセがあるとはいえ、すっかり忘れていた。ここはひとつ、忠誠度を下げない為にも・・下げてから持ち上げるとしようか)
「まあ、何だな・・・。この娘に気配を気取られるようでは精進不足。だが、諸々の後処理は大儀。お前たちの言い分はもっともである、戦争以外での殺戮は控えるゆえ、許せ」ソドム、少し頭を下げた。
ソドムの謝罪に男達は恐縮してしまった。
「出過ぎたことを申しました。別段、謝罪が聞きたいわけではありませなんだ。前例のない過酷な一週間でしたので、ついつい恨み言を申した次第」
ここにきて、ようやく聞き覚えのある声だと確信したソドム。
「後日、里に顔を出すから無礼講でまた酒を飲もうぞ。なぁ、茂中」ソドムは、親し気に近づいて黒装束のリーダー格である茂助の弟の肩に手をのせた。
もしや忘れられてるのでは?と少し不安だった忍達はソドムの言葉に感動した。
中には、むせび泣く者すらいた。
上忍と違い、活躍が見えにくい下忍の仕事はまさに「耐え忍ぶ」ということだ。
待遇面もありがたいが、それ以上に主君に目をかけてもらっているという事実が嬉しいものなのだ。
この感動的な場面を遠望している者がいた。ハンドレッド伯爵である。
昨今小耳にはさんだ魔王十爪らしき者どもと、深紅の眼をもつソドム公爵が親しげに話しているのは遠目にでもわかる。
伯爵は、音を立てぬよう場を離れ、馬に乗って城へ急いだ。
「間違いない、魔王はソドム公爵!護衛のバカ強い女戦士、召喚士の妻、闇に潜む手下ども・・・・ヘタに動けばコチラが殺されるだろう」
「大いに歓待して足止めし、連邦に伝えなくては!
・・・それにしても、宮廷魔術師の先を見る能力は神がかっておる。自分の死すら、予測の範疇だったわけだしのぅ」魔王の正体にも驚いたが、全てを見透かしたかのような故人の先見力には感服した伯爵であった。
(あとは・・連邦の目立たない宮廷魔術師アジールには警戒しろ・・・か。それほどの人物には見えなかったが)




