破綻の足音
確かにそうだ。階段に罠があれば他のルートを探すのは自然なこと。
だが、特別な突起もない石壁を登ろうと思うだろうか・・・。
もしも、鉤縄を引っ掛けて登ろうとしたら・・・のために、床の一部が崩れやすい仕組みにはしてあるのだが、よじ登る・・のは想定外であった。
二階の黒い棺桶に潜んでいた吸血鬼姿の魔術師アウズンブラ。なにやら様子がおかしいので、這い出て 一階を見下ろした時に、シュラと目が合った。
コスプレも慣れたもので、手や顔を白く塗り、作り物の牙をつけて、黒服に黒いマント(内側は赤)という本格派。
この館ができた当初は、台詞を噛んだりしていたものだが、今はトラブルにも動じない。
完全に役に入っていて口調と声色まで変わるアウズンブラ、ヴァンパイアになりきっていた。
「我が眠りを妨げる愚か者!死をもって罪を償え!!」そう言って、呪文を唱えて【魔法矢】をシュラに放った。低級魔法で牽制にしかならないが、魔術師以外への脅しとしては十分だった。
それを合図に、入り口そばの広場で死体のフリをしていた兵士達がゆっくりと立ち上がる。
こちらも、ゾンビの特殊メイクを自分たちでしており、薄暗い屋内ではコスプレと気づかれることはない。姿勢、歩き方、表情、文句なしだ。
吸血鬼の魔法攻撃とゾンビの緩やかな襲撃で、予想外の動きをする者やモタモタしている者を、階段に追い立てる作戦であった。
ゾンビ役の兵士は精鋭なので、うっかり戦闘になってしまうと、腰に付けている剣で獲物を惨殺してしまい、愉しみもあったもんじゃないので、あくまでもトロく歩きプレッシャーをかける程度に止めるのが肝心である。
「ま、魔物め!」シュラは、光をまとった魔法の矢を横に転がり魔法をかわし、二階のヴァンパイアを睨みつけた。
そうしている間にも、動く死体が血肉を求めて近づいて来ている。
「あ!それが【破邪の剣】ね?」と吸血鬼の腰に差してある剣を指さした。
「・・・・・・これか・・?なるほど、宝欲しさに来たわけか」、アウズンブラは鞘ごと剣をもってマジマジと見ながら言う。
「これは、斬った相手を燃やす強力な魔剣でな・・。お前のような小娘になど、持つ資格などないわ!」
余談ながら、魔王系の連中は 自分の迷宮に強力な武具や、己の苦手なアイテムを安置したがるのは理解に苦しむ。
結果、それにより討伐された話など枚挙に暇がない。実に不思議な習性である。
シュラは鼻で笑った。
「はん!資格ぅ~?何言ってんの?アンタを滅ぼし奪うだけなの、コッチは。わかる?」
吸血鬼は右手を前に出し、ゾンビ達を制止させた。
「威勢がいいな・・。気に入ったぞ娘よ。私は今・・血に飢えていない・・・、ゆえに戦う気はない」
「・・・」シュラは、つまらない展開になって言葉をなくした。
「そこでだ、その勇気と身のこなしで罠がある階段を上りきり、みごと二階に辿り着いたのならば、この剣をくれてやろう・・」
「ん?ん~」
「どうだ?できんのか?できないなら、早く帰れ!」と、挑発してみせる。
「わかったわ、ダルめだけど付き合ったげる」と言って、ため息ながらにストレッチを始めた。
(ゾンビ10体と吸血鬼1体くらいなら倒せそうだけど、外にいる伯爵を巻き込みたくないし・・。まあ、くれるっていうなら、それにこしたことはないか)
「うむ、せいぜい気を付けることだ、人の子よ」などと、少し優しい。(頼むから、罠の空白状態を見切ってくれよ・・。その隙が最大の仕掛けなのだから)
そう、この罠群は伯爵と共に作り上げた自信作。
何度となく調整をしては、試験的に上ったことか。筋肉痛の日々が昨日のことのように思い出される。
とくに、壁から炎が噴き出る罠 数か所の発動テンポをずらすのには苦労させられた。
下から順に吹き出し、下から順に消えることにより、炎がない瞬間を順次作って、走って上りきれる隙を作った。
上の前後している鉄球の隙も調整し、階段を走ろうが・二段飛びしようが「必ず踏む」階段の踏み面を割り出し、そこに重さで作動するスイッチを設置した。
この階段のスイッチを踏むことにより、前人未踏の四連コンボを狙える計画である。
ついに、苦労が報われる時がきたのだ。
シュラは、階段まで歩きながら、罠を観察している。一段目の前にあるガラスの拷問器具が目にはいったが、「転げ落ちたら、硝子少女にハマるってことかな。
てか、落ちるなんてありえないし」と思いながら、階段の火と鉄球のタイミングを見ている。
「いける!!剣はいただきぃ~!」
シュラは、罠のわずかな隙を見つけて勝利を確信した。五回に一回だが、鉄球についていくようにダッシュで上れば、火に焼かれずに済むことを発見したのだ。
シュラは、次のタイミングまでの間、吸血鬼を指さし
「見てなさい、驚かせてあげるから!」と挑発返しをする余裕すらあった。
アウズンブラは、気がついてはいない・・・・。
勝機を逃がしたことを。
今すぐにでも、棺桶に隠してある杖と魔導書を持ちだし、爆炎魔法で始末すればよかったのだ。たとえ才能がなく一回しか使えなくとも、人間十人は殺せる威力なのだ、火に弱い魔人シュラならばイチコロ間違いない。
後に、身をもって学ぶことになるのだが、ソドムやシュラの「敵は速攻叩く」という実戦主義を来世に活かしてもらいたいものである。