死の宴
ガランチャ城は小ぶりながら、城壁は厚く、門は鉄製の 武骨で堅固な城である。
だが中に入れば、天窓もあるため存外明るく、大理石の広間を赤い絨毯が貫き、天上から舞い降りたかのような優雅で緩やかな螺旋階段は、天へ召されると錯覚するような美しさだった。
階段の手すりやドアノブ、シャンデリアなどには金銀がふんだんに使われ、かといって無機質というわけでもなく、日の当たる場所には観葉植物がある。
窓は美しいステンドグラス、そこから差す光は神々しく、見れば見るほど城内はこの世の楽園をおもわせた。
城に入った一行は、その豪華さに言葉を失った。
本当は贅沢好きのソドム、足を止めて感心しながら眺めている。
(これだよ、これ。王ならば、このくらい豪勢な城が欲しいものだ。レウルーラとシュラ、数人のメイドと執事がいれば完璧だな。料理は俺が作ればいいわけだし、護衛もいらないから、節約して3人暮らしでもいいか)などと、自国民そっちのけの妄想に浸っている。
女は好きだが、妻を失ってまでの漁色家になるつもりはない。
たまに、シュラを弄れれば不満もない・・。王のわりに、望みが小さい男である。
宴の席に、ソドム夫妻と護衛のシュラのみならず、従者扱いのドロスと吟遊詩人トリスまでも招かれたのは意外であった。
おそらく、二人の男は ぱっと見 戦力外と思われたのだろう。
案内され、ハンドレッド伯と宮廷魔術師が待つ部屋に入るソドム達。
部屋には長いテーブル、その上に燭台と料理が並び、奥にはハンドレッド伯爵が座り、その横に杖を持った宮廷魔術師アウズンブラが立っていた。
また、長テーブルの反対側には、踊りや演奏ができるスペースがある。
執事達は6人。兵がいないのは、敵意がない事を表している・・つもりのようだった。
伯爵は微笑みながら、一行を値踏みしている。
まずはソドム公爵・・・黒い衣服に貴族の赤マント、薄汚いバンダナを目深に被っている。しかも、帯剣していない。貴族・君主としても不合格な出で立ちである。
公妃レウルーラ・・・女魔術師だからか、ハイレグワンピースにコートを羽織るだけの刺激的な衣装。だが、魔術師の杖は持っていない。
吟遊詩人・・・銀髪の美青年、警戒すべき特徴はない。
中年従者・・・総髪に無精ひげ、小剣とナイフの使い手のようだが、山賊にしか見えない。
護衛の女戦士・・・バカなのか、武器も盾もない。しかも、鎧は貧弱な革製。
以上の印象から、
「カモがネギを背負って、鍋を引きずりながらやって来た」と楽観視した。
歓迎の微笑みも、いつしか歓喜の含み笑いになってしまっていた。
魔術師アウズンブラは、主とは違い、鋭い目つきでソドムを観察した。
(!!? やべー奴キター!!魔力は ダダ漏れするほど膨大、しかも虹彩は真っ赤じゃねーかよ!嘘だろ?こんなん初めて見るわ!邪神か魔王に違いね~~!!アカン、死んだわ)
アウズンブラは、内心焦り狂っていることを微塵にも感じさせない笑みで一行を席に座るよう促した。
ハンドレッド伯達は、上座を公爵に譲り、下座に座り直した。
借金まみれとはいえ、連邦一の爵位であるソドムは、礼を言いながらも、当然のように上座に座った。
レウルーラも、当然のようにソドムの上に座る。
隣の席に座ったシュラは、なんだか面白くないので、ソドムにもたれかかった。
いくら格上でも、初対面で女をはべらしながら座られると伯爵も腹立たしく思った。
(ぐぬぅ、貧乏人が調子に乗りよって!その女どもを奪い取って、ギタギタにしてやるわ!)という怒りが、目に宿っている。
アウズンブラが小声で主にささやく。
「伯爵様、ソドム公爵は危険です。奴自身が魔王なのかもしれません。ですが、早急に事を構えず、予定通り じっくり戦力を削れば、討ち取ることも出来ましょう。今は堪えてくださりませ」と青ざめた顔で具申した。
その言葉に、伯爵は一世一代の大芝居をする覚悟を決めた。
公爵と魔王を葬るのは、元々の計画なのだ。多少事情が変わったがやることは同じ。まずは、歓待して機嫌をとるべし。
「褒め殺し」は伯爵の特殊スキルと言っても過言ではない。なにせ、一介の商人から愛嬌と太鼓持ちで貴族にまで登りつめた男なのだ。用心深いソドムとて、掌で踊らせられかねない。
「いやいや、このような田舎城に よくぞ寄ってくださいました。私は公爵様の大ファンでしてな、街を見てお気づきでしょうが、ミニスカ無税をマネてみたり、見よう見まねで政を行っております。まさか、直にお話しできる機会が訪れるとは、光の神には感謝しかありません。是非是非、心ゆくまで ごゆるりと滞在してくださいませ」と、伯爵は細い目をいっそう細めて歓迎した。
「お気づかい、痛み入る。だが、正直 伯爵領の豊かさに舌を巻きましたぞ。こちらこそ、ご教示頂きたい」と、ソドムは珍しくまともな事を言った。
いや、領地経営に感心したのは事実で、教えを乞いたいのも本心であった。
レウルーラは、魔術師学院の同期アウズンブラに気がついた。
「アウズンブラさん、お久しぶりです。こんなに豊かな領地の宮廷魔術師をしているなんて、羨ましいわ」
「レウルーラ様もお変わりなく。私のような凡才風情を公爵夫人に覚えていていただき、嬉しい限りでございます」と、ギオン公国相手に暗躍して、大打撃を与えたアウズンブラは白々しく受け答えをした。
(お変わりなく、ってマジで変わってねーな、この魔女は!てか、よく見れば・・召喚の腕輪付けてるし!!魔導書と秘薬がいらないトンデモアイテムじゃねーかよ!魔王並みに やべー奴キター!)
公爵夫妻の想定外な危険さに、アウズンブラは心が折れそうであった。
シュラは、自分も挨拶しなくてはならないと思い、
「でもホント、コウモリ伯と町の人は世界一金持ちじゃね?」と、ストレートな発言をした。
場が凍りつく。さすがに「コウモリ」という蔑称を本人の前で言うバカは今までいなかった。
「わっはは、おだてないで頂きたい。木に登ってしまいますぞ」と、伯爵は怒りを抑えて卑屈な発言をしてかわす。いや、抑えきれず小刻みに体が震えている。
「え~!豚みたいに太ってるのに木登り得意なんだぁ」と、感心して 後で一緒に競争しようと持ちかけるシュラ。
「え、ええ。いいですとも。今度・・ぜひ」と、先延ばしにして伯爵はしのいだ。
さすがの伯爵も、額に青筋が浮き出た。
(こんのぉ~小娘がぁ!調子に乗りよって!硝子少女にブチ込んで、なぶり殺しにしてやる!)と、伯爵は心で絶叫している。
※硝子少女とは、人を模った内側に無数の針がある棺桶状の拷問器具・鋼鉄処女をコウモリ伯が改良したもの。
伯爵特製の硝子少女は、棺桶のように仰向けではなく、座った状態での使用となる。
押し付けられて、座ってしまうと針付き蓋が閉じる仕掛けで、悪趣味にもガラス製。両面の針が刺さり苦悶の表情をガラス越しに鑑賞できる名品。
ちなみに、針は動脈や急所を避けるよう設計されていて、血を噴き出しながらもがき苦しむ様を長く愉しめるようになっている。
この器具を自慢したいところだが、さすがにキチガイと公表するようなものなので、残念ながら関係者以外知るものはいない。
後の愉しみを思えば、今の屈辱など水に流すことができた。
「おっと、せっかくの料理が冷めてしまいます。お話は食べながらいたしましょう」
伯爵は手を合わせ、光の神に祈りをささげた。君主でもあるソドムも形式上、祈りをささげる。
料理は、連邦王国のフルコースと違い あらかじめテーブルの大皿に盛りつけてあり、好きなものを自分でとるスタイルであった。鳥の丸焼きなどのサーブする必要がある料理は、執事に取り分けてもらう。
ソドムは、乾杯もそこそこに、積み上げられたロブスターを鷲掴みして、素手で解体し始めた。こんな高価なものを内陸で食べれるとは思ってもみなかったので、期待値は高い。ちなみに、ナイフフォークでは困難な料理は、素手で食べるのはマナー違反ではない。
当然、手は汁で汚れ不快になるのだが、手を洗うためのフィンガーボール(小さめの器に水が入っている)が各々に準備されており、気持ちよく食事を継続できる配慮がなされていた。
もちろん、シュラは期待を裏切らず・・・飲料水だと思って飲んでいるのだが。
ソドムは、肉料理・魚料理・スープなど一通り食べてから、おもむろに席を立った。そして、皆を置いたまま小一時間帰ってこなかった。
ハンドレット伯爵は、歓待が失敗したのかと焦りはじめ、アウズンブラに目配せした。宮廷魔術師は、「最高級の食材を使っているので問題はない」と主をなだめる。
伯爵は、ハタと気づき・・・・急ぎ半裸の美女の舞を準備するように指示を出した。
(忘れていた、色気が足りなかったのだな!考えてみれば、いつもの妻たちでは物足りないのは道理)
そして、艶やかな半裸の衣装を纏った美女数人が集まり、舞と音曲を披露し始めたころに、ソドムが戻って席に着いた。
伯爵は脂汗を拭きとってから、笑顔でソドムに酌をして、自慢の踊り子たちを紹介した。踊り子は一人一人名乗りながら、ぎりぎりの一枚を脱ぎ捨てセクシーなポーズをとった。
(どーだ!これが見たかったんだろぉ!?そして、夜は好きな子を連れて行っていいよ~んってメッセージィィ、伝わるよねぇ?男の子だもんなぁぁぁ)
これには、ドロスたちもたまらず身を乗り出してしまう。
使用人の一人が、伯爵からの言伝をレウルーラに聞こえないようソドムに耳打ちする。
だが、ソドムは遠くを見つめている感じで儀礼上 気づかいに頷くだけであった。
本当は隣に座ってもらって色々と話したり、チャンスがあれば夜を共に過ごしたいのだが・・・、レウルーラの手前、どうにもならない。どうにもならないなら、視界から外して 諦めるほかなかったのだ。
(俺は間違っちゃいねぇ!だが、妻をキープしたまま他の女に手を出せる方法があるのならば・・・いや、レウルーラは勘がいい上に賢い・・・やはり無理だ。そして、レウルーラを失うなんてありえん)
ソドムは邪念を振り払うかのように頭を振り、レウルーラを弄りながら、伯爵家の料理に対する批評を始めた。
素材そのままでシンプルすぎるだの、味が薄いだの、色彩が乏しいなど・・・けっこうボロクソに指摘したものだがら、接待上手のハンドレッド伯も怒って立ち上がった。
「いくら公爵様とて、言っていいことと悪いことがあるのではないでしょうかぁ~!!」
あまりの激昂ぶりにシュラですら言葉を失った。招待されて、直接ダメ出しは、さすがにないだろう・・。
暴発した主を見て、アウズンブラは両手を顔に当ててふさぎ込んだ。逃げ去る口実をつくってしまったのだから。
ソドムも負けじと立ち上がり、二度手を叩いた。
それを合図に、伯爵のコックたちが部屋に入り、テーブルに並べてあった料理と同じ食材をアレンジしたものを皆に配り始める。
「そこで、私が料理指導して作り直してもらったわけだ・・・・さあ、ご賞味あれ!!」芝居がかったソドムらしい演出だが、伯爵は怒りを忘れ美しく盛り付けられた料理を食べいく。
「これは・・美味い!同じ食材でここまで違うものなのか!?ロブスターには、殻でダシをとった濃厚なソースがとても合う!鶏もテリヤキソースの味がしっかりついていて皮はパリッと中はジューシー・・・・」などと称賛と解説を延々と続ける伯爵。
「作り方は教えてある、連邦の宮廷料理を毎日味わえるはずだ」
ハンドレッド伯は嬉しさのあまり、立ち上がって太った体でソドムに抱き着いた。
「ありがとうございます~!私は貴方様を誤解しておりました!ずる賢く冷酷で色狂いなど、全てはデマだったと確信いたしました!美女には眼もくれず、我がコックたちに料理指導してくださるとは!」
「いやいや、こちらこそご無礼を・・・キモいから離れてくれ」、謙遜しながら、さりげなく本音を言うソドム。
よほど嬉しかったようで、アウズンブラがやっとこさ引きはがして席に戻したほどであった。
つい、ソドムの魅力に惹きつけられそうになった伯爵だが、アウズンブラに情を捨てるように耳打ちされて、ようやく我に返った。
伯爵は、踊り子たちに酌をしてまわるように指示して、ドロスとトリスには好みの女を選ばせて、別室に移動させることに成功した。
アウズンブラは、自らの研究室に同窓であるレウルーラを案内し、釘付けにすることができた。
彼の宮廷魔術師としての報酬は莫大で、高額な魔法の品や、自分では扱えない秘宝までもコレクションとして所有し、一流の実験設備も整っていたので、物見の平面水晶を開発したいレウルーラには最高の環境であったのだ。
レウルーラは、美女達を選んでいたドロスのように、目を輝かせて秘宝を見て回った。
さて、ソドム公爵であるが・・・妻から解放され、踊り子二人を両側にはべらして上機嫌で酒を飲み、自慢話をはじめている。
残るは、高級食材に がっついてる護衛の女戦士・シュラのみ。
伯爵は、結構な量の飲食をしているソドムとシュラに、食後の一服に茶を点てようと席を立った。
これにはソドム公爵も恐縮し、「そのようなことは、使用人にでも・・」と言ったのだが、自らが客人に茶を点てたいとの伯爵のこだわりに根負けした。
伯爵は、お湯の入った金縁の白いティーポットと大和の茶碗を2つ、それと抹茶が入った瓶をトレンチごとテーブルに置いた。
茶器も作法もあったもんじゃない、全くの我流である。
伯爵は姿勢を正し、抹茶の うんちくを語りながら、茶筅で茶を点てた。
作法がわからないので、それぞれに茶を渡すつもりのようだ。
なんとなく・・茶道に通じるものを感じたソドムは、
「ほぅ、裏千家ですかな?」などと適当な事を言った。
(ハッキリ言って、茶道の「さ」の字もないが)
どうせ、見たこともない茶道に憧れて、小耳に挟んだ知識を頼りにした我流だろうが、褒めれば喜ぶと思ったのだ。
「・・・」、伯爵の手が止まった。
表情が緩み、
「左様、おわかりですか」
「このご時世ですので、大和帝国の茶道を直接習うわけにはいかず、大和の師匠から文にて指導していただいてる次第です。果たして、これが正式なのかどうか・・・お恥ずかしい限りです」と、ハンカチを取り出し額の汗を拭いた。
(油断ならぬ、裏千家まで見抜くとは)
「いや、私とて詳しいわけではありませんがな、ハッハハ」と、ソドムは笑った。
(まあ、茶道は裏千家が主流だ。言えば、当たるわな)
シュラは優雅な雰囲気に浸って、行儀良く座り直し
「お茶の事はわからないけど、いい香り」と、目を閉じて言った。
いつぞやのセレブモードに突入したようである。
横でソドムは、「せっかくだから、正装させてやればよかったな」などと、親らしいことを思って見ている。
仕上げに、懐から取り出した小瓶の白い粉末をすくう伯爵。
僅かに手が震えている。
「これが私のオリジナル配合、整腸作用のある薬草粉末です」
と、白い粉を茶碗に入れ、素早く点てた。
お湯が余ったのが勿体ないと思ったのだろうか、使用人にティーカップを持ってこさせて、同じものを その者に下げ渡した。
茶を受け取った使用人は、その場で飲むのをはばかり、部屋から出て行き、そのまま帰ってこなかった。
伯爵は、対面の二人に茶碗を差し出し、目を閉じる。
アウズンブラが部屋に戻り、片膝をつき、小さな声で主に話しかけた。
「伯爵様、使用人が通路で吐血して死んでおりましたぞ・・」
伯爵は、薄目を開けて謀臣の肩をゆっくりと叩きながら言った。
「見ておれ、今に こやつらも そうなる・・」
アウズンブラは、すぐに状況を理解した。
(毒殺とは、お気の早い)
こそこそ話している最中にも、ソドムとシュラは美味そうに茶を飲んでいる。
伯爵と謀臣は、緊張して固唾を呑んでいる。
致死量を飲んだことを確認したコウモリ伯爵は、立ち上がって存念をぶちまけた。
「ソドム公、我が領の豊かさは竜王の縄張りの無断開発、その鉱物資源と木材を大和帝国へ横流しして稼いだものでしてな。最初は恐る恐るでありましたが、竜王が気づかないのを幸いに限界まで開発して巨富を得ることができました。昨夜、竜王に露見したので・・・関係者は焼き払って、残念ながらこの事業は撤退しましたが、官民合わせての財力は大貴族にも劣りませんぞ。もっとも、独立国である公爵様と違い、連邦に知られようものなら、上前をゴッソリはねられる危うい商売でしたがな。がっははは」
もはや、ソドム公爵は死者同然。今まさに死ぬのなら秘密を知られてもかまわない。さらには、毒を盛ったと伝えてから、死後に妻を凌辱すると言って憤死させるのも面白かろうと伯爵は思いついた。
「次のプランは、大和帝国と交戦中である貴公にとって代わって、連邦・帝国間の交易の中継地として荒稼ぎさせていただき、土地を買い取り 兵を増やし、連邦を・・いや、天下をも・・・ん?」
話の半ばでソドムの呼吸は弱くなり、鼓動も頼りなくなって、ついにはテーブルに「ドサッ!」と突っ伏した。シュラも、その様子を見ながら・・胸のあたりを押さえたまま同じく突っ伏した。
それを見下ろしているコウモリ伯は、しゃべり足りずに苛立った。そして、ソドムとシュラの所まで歩いていき、おもむろに二人の髪を掴み、頭を持ち上げた。
「おやおや、まだ話は終わっていませんぞ。シャッキとしていただかないと困りますなぁ!え~!!」と、意地悪く二人の顔を覗き込み、その頭を前後に激しく揺すった。
アウズンブラは、そんな主を見ても平然としている。死を前にした者をいたぶるのは今に始まったことではなく、嫌いではない。
(さて・・・、あとは残りの三人を始末するだけだな。レウルーラが大魔術師だろうが、狭い室内で兵に囲まれれば、どうにもなるまい。これで、主の覇業も大きく前進するというものだ)
白目を剥いているソドムが、力なく応じた。
「・・・すまん、せっかく腹を割って話していただいたが、どうにも・・・眠気に勝てなくてな・・」と、両手で頬を「パンパン」と叩いて首を振った。
シュラも意識が戻った。
「ああ・・・、突っ伏すのがマナーだと思って、真似したら寝てた・・」と、両手を上に伸ばしてから欠伸をした。
伯爵は、掴んだ二人の髪を撫でながら そっと離し、二歩三歩と後退りする。
(えええええええ!!!なんで死なんの?眠り薬じゃなく、猛毒だぞ!)
狼狽して、すがるように謀臣をみた。
アウズンブラとて、なぜ平気なのかはわからない。使用人が しっかりと死んでいることから、猛毒なのは間違いない。
(深紅の眼・・・人間ではないから毒が効かないのかもしれん。ここは、当初の計画に戻って 女戦士を誘い出して抹殺するのが最善)
「お気になさらず。きっと、旅の疲れと食後の眠気でございましょう。夜の宴まで、ゆるりと休まれてはいかがでしょうか?」
伯爵も平静を取り戻し、
「それがよろしゅうございます。さぁさぁ、お部屋まで使用人がご案内いたしますので・・・」とソドムの肩を揉むしぐさをして退出させようとした。
「ああ、そうそう。夜の宴では、騎士団長達による勇壮な【剣舞】をご披露いたしますので・・。もちろん、踊り子たちに酌をさせますぞ」と馴れ馴れしくソドムの背中を押した。
「それは楽しみだ。至れり尽くせり、しかも商売の秘密まで明かしてくれるとは・・・、私は 良き友垣を持った」と、ソドムは上機嫌で部屋を出た。
ソドムについて行こうとしたシュラをアウズンブラが引きとめた。
「戦士・シュラ殿。ほんの少しお時間よろしいかな?」
「ん、何?もう、食べられないけど・・」
「ま、まあお掛けください」と座るように促した。
すっかり心を切り替えた伯爵は、さりげなくシュラの横に座り、相談という形で話しかけた。
「シュラ殿の活躍はかねがね聞き及んでましてなぁ・・。不甲斐ない我が兵に見習ってほしいくらいでして」
「ふぅん」、さっきから 興味ない話ばかりで飽きてきたシュラだが、超金持ち相手なので仕方なく聞いてあげている。
「で?」
伯爵は、またも汗を拭き シュラの顔色を伺いながら話を続けた。
(いいぞぉ!この生意気さ、態度の悪さぁ!イラつくほど、あとの拷問が楽しめるというものだぁ!!)
「実はですな、街郊外の館に魔物が棲みつきまして・・・。情けない話ですが、討伐隊は返り討ちにされてしまい、意気地のない我が兵は行きたがらずに困っているのです」
「へ~」興味がなくて、頭の後ろに手を組むシュラ。
「そ、そこでですなぁ・・シュラ殿にサクッと退治していただければと思いまして」
「ふぅ~」
「も、もちろん報酬はタンマリお支払いいたします」
「いくら?」
「金貨1枚(大和帝国10万円)」
「臨時収入としては、まあまあね」だが、その程度の案件なら 自己解決できるはず・・と、さすがのシュラでも引っ掛かった。
伯爵は、警戒されてることに気がつき、値段を上げて勢いで釣ろうとする。
「実は私、戦う女性を直に見てみたいので、連れて行ってくださるなら護衛費として、合わせて金貨10枚をお渡ししましょう」
「えっ!ホント!?」シュラは目を輝かせ、態度を改めた。
「じゃ、あたしの必殺技みせちゃうから!バンっていってバーンみないな!」
「おお、それは心強い」終始笑顔の伯爵。
(かかった!どうせ殺すのだから、いくら報酬を釣り上げてもおなじこと。まあ、武器くらいは貸してやろうか)
アウズンブラもシュラを誘導するため一肌脱いだ。
「あの館には、【破邪の剣】があると聞く。もし手にしたのなら、所有権は貴女のものですぞ」
「え!?マジでラッキー。ちょうど、魔法の剣が欲しかったのー!そのために、お金欲しかったわけだし」、と完全に術中にはまったシュラであった。
「館にいる程度の魔物なら、晩御飯前には片付けられそうね。公王にことわってから、すぐ行くね。ちょっと待ってて」
そう言って、シュラは小走りで部屋を出た。
シュラが出ていき、二人は笑いを堪えるのに苦労した。
「いやはや、上手く行き過ぎましたな。主の演技力には感服いたしました」
「宮廷魔術師こそ、小娘の扱いがお上手でしたぞ。がっはは」と、つい笑ってしまった伯爵。
「では、私は精鋭10人と共に館で待ち伏せしております。いつものように、吸血鬼のコスプレにて」
「頼みましたぞ。ゾンビのコスプレ兵は、あくまでも待機で・・。罠で倒すのが醍醐味ですからな」
「心得ております」そう言い残し、アウズンブラは先に城を出て、死霊の館へと馬を走らせた。