潜入、伯爵領!
宿代や食事代をぼったくる事で有名なコウモリ伯領を一気に突っ切るために、ソドム達は日が上がる前に、宿フォレストを発った。
暗がりなので、ソドムが竜王として暴れた跡は見えず、シュラ達からは あまり勘ぐられずに馬車は東へ向かった。
左右に森が広がる旧街道は、人通りはなく静まり返っている。
「あっ、トリスいなくね?」と、馬車の中のシュラが、朝食代わりのパンをかじりながら思い出した。
御者がドロスに代わってる時点で、気がつきそうだが・・。
いや、普段 居残りしてソドム賛美歌を歌わせられたりと別行動は珍しくないので、いつか うっかり忘れてくる気はしていた。
「あ・・」、ラブラブムードになって、夜道に忘れてきた・・とは言えないレウルーラ。
おそらくトリスは、目を覚まして逃げたと思われる。
「しまった!」、ソドムは便利な僕を忘れてきて悔しがった。
レウルーラは、あわてる様子がない。
「大丈夫よ、名前がわかっている下級魔獣は、いつでも召喚できるわ」とニッコリ笑う。
一生乗り物にする気満々で、公国に戻ったなら専用の鞍を発注するつもりだった。
歳のせいか、昨夜の揚げ物が胃にこたえて、朝食抜きのソドムは、皮袋の水をちびちび飲んでいる。
「それは便利だな。なにせ、馬の維持費はバカにならん」とセコいソドムは喜んだ。
「彼のリュートを聴けないのは寂しいわ。さっそく呼び出しちゃう?」
「うむ、馬車で聴くのも優雅でいいし、戦闘時に それっぽい曲を弾いてもらえば盛り上がりそうだしな」
「あ、それいい!レウルーラ、召喚して~」と、シュラがせがむ。
「じゃ、召喚わね!」と、馬車の中にもかかわらず、召喚魔法を詠唱し、外にコカトリスを呼び出した。
黒いモヤが現れ、晴れるなり、真っ黒な亜種コカトリスが現れたので、ラセツ以下 事情を知らない傭兵達は戦闘態勢に入る。
トリスは唐突に召喚された挙げ句、戦士に取り囲まれたので堪らない。
『な、なんすか?俺ですよ、一緒に旅した仲間を忘れちゃったんですか!?』羽ばたきながら、心話で訴える。
が、人間からしたら羽ばたき威嚇しているようにしか見えない。さらに実験好きのレウルーラが、石化ブレスを吐くよう命じた。召喚獣に攻撃命令を下したことはあっても、攻撃内容まで細かく指示したことはなかったので、試してみたかったのだ。
トリスは大きく息を吸って、心ならずも女傭兵たちにブレスを吐く。その口ばしから灰色の煙が勢いよく出て、鎧の重みで避け切れなかったアズサを覆う。
アズサは盾で防いだ姿勢のまま、石像と化した。
「・・・! おのれ!怪物め!」、傭兵隊長ラセツは恐怖を怒りに変えて、姿勢を低くして突進する。ブレスをかい潜り、距離を詰めれば勝機があると踏んだ。
第二波のブレスをかわし、左右に剣を構え懐に入った。
二刀をクロスするように振り下ろす、盾がない限り受けるが難しい必殺の袈裟斬り【広度諸衆生】を繰り出した。
だが、必中の間合いで・・なぜか空を切った。そして、魔獣は馬車近くに再度出現している。
「!?」
レウルーラは馬車から降りて、傭兵たちに説明した。
「ごめんなさい、このコカトリスは私が召喚したの。命令実験と再召喚による回避実験を実戦形式でやってみたくて・・」
謝罪の心は伝わるが、魔法実験好きが表情にでているので、ラセツは「はじまった・・」と観念した。
レウルーラは、魔獣コカトリスが人間に化けた姿が・・吟遊詩人トリスであると、逆の説明を付け加える。
なぜなら、人間が魔獣に変身する魔法は、ただでさえ禁忌である暗黒魔法であり、その中でも【変化】は秘術なのだ。言えるわけがない。
たまたまレウルーラ達の身辺で当たり前のように使われているが、一応・・、その存在が疑われるほどの秘術で、邪教徒ですら知らない魔法である。
旭日傭兵団には、ソドムの四刀流やシュラの物理耐性などの怪しげな強さを見られているので、魔獣を従えてようが、今更騒がれはしなかったが、仮にも秘術なので うやむやにしておいた。
魔獣が元人間の可能性があると世間に知れると、社会に混乱を招きかねないからだ。
御者は継続してドロス、その横に変身を解いたトリスが座ってリュートを弾いて馬車は出発した。アズサの自然回復を待たず、石像を引きずりながら・・。
程なくして、ガランチャ城にソドム公来着の報が入る。
警戒され逃げられるかもしれないと懸念していたが、意外にも無料飯と無料宿に釣られて、ノコノコと城に現れた公爵一行。
存外 愚かなので、ハンドレッド伯と宮廷魔術師アウズンブラは手を叩いて喜んだ。
城内に入れてしまえば、計略は八割がた成功といっていいだろう。あとは、料理するだけ・・・護衛の女戦士は、罠満載の趣味の館でなぶり殺し、美人の女魔術師は・・どうしてくれようかなどと、伯爵は妄想に浸りながら料理の並んだ宴席の間で手ぐすねを引いて待っている。
さて、公爵達であるが・・領内に入って直ぐにハンドレッド伯の使者たちに丁重に迎えられて、城へと案内された。
初めて訪れたエルドラドの街は噂と違い豊かで、ガランチャ城の壮麗さにも目を奪われた。
城に入る際に、「この先は伯爵の私兵が護衛につく」と切り出され、旭日傭兵団は倍の報酬を受け取り連邦王都へ帰還した。任務を放棄したわけでもなく、同じ連邦の貴族が引き継ぐのであれば、彼女らの後ろ盾である連邦魔術師にも迷惑はかからないと判断したのであった。
少し違和感を覚えたソドムであったが、彼女らの疲労と報酬を考えれば悪くなかろうと思い、異論は挟まなかった。
護衛といっても襲撃された時の矢避け程度にしか思っていないのだから、シュラの妹や情が移った者達より、無関係な伯爵兵のほうが気が楽というものだ。
旭日傭兵団と別れたソドムは、ボソリと本音を語りだした。
「悪口を言うわけではないのだが、ラセツの笑顔は・・・」と、チラリと姉であるシュラの反応を見ながら、
「汚いよな!」と笑いを堪えながら言った。
しばし沈黙するシュラ。
「・・・・・わかる!やっぱ変よね!!あははは!」と腹を抱えて爆笑した。
「だよな!?他人行儀の時はクールな微笑みなんだが・・な!」とソドムは笑いながらシュラの頭をバシバシ叩いた。
「ひひひ、ホントに!昔からツッコミたかったんだけど、途中で慣れちゃって忘れてた」と、笑いすぎのソドムにボディーブローするシュラ。
ここでレウルーラが止めにはいった。
「あなた達、そんなふうに言っちゃだめよ。本気で笑うと、口角が上がりすぎて歯茎がでて、見開いた目の横にたくさんシワができて、器用にも笑いながら眉間と鼻にシワが寄って、青筋が浮き出るなんて・・・ぶ、ブファ~!!ハハハハ!!」堪えてた笑いが、堰を切ったように噴出して、その場に崩れ落ちた。
いうなれば、怒り笑い・・・ストッキングを被って眼を剥いている顔、もしくは大和帝国の赤獅子舞のような異形な笑顔になるのだ、ラセツは。普段は、微笑む程度なのだが、心を許した相手には遠慮ない獅子舞のような笑顔をみせる。
初めて見たものは、あまりの表情に おふざけかと思ってしまうのだが、何度か目撃してるうちに、面白いが つっこむタイミングを失って、変笑顔を放置してしまう。そして、誰にもツッコまれないままラセツは成人したため、ますます指摘しにくくなり、今に至るのだ。
「ゴメン、笑いすぎたわ。でも、今さら指摘しずらいわよね」と、起き上がりながらレウルーラが言う。
「そうよねー、下手につっついたら傷つくかもしんないし。・・・・・おもしろいから、そのままにしとこっ!」と簡単にシュラは結論付ける。
「ああ、それがいい。あのギャップは最高だからな。ククク」と、ソドムの笑いは なかなかおさまらなかった。
そんなことより、ソドムにとっては試練というか・・・町娘達のハイレグ姿には苦しめられた。
ハイレグ無税という法があるのだろう、若い娘は胸を強調した服に、ハイレグ姿が当たり前で、若干寒いにもかかわらず、肌の露出を競うかのようにエロい姿で街を闊歩している。
本来ならば、ドロス達と一緒に綺麗どころを眺めて目の保養にしたいところだが、妻レウルーラの手前それができずにいる。
ソドムはぎこちなく前だけを見て、女には目をくれず歩き、目深に被ったバンダナの隙間からチラリと覗き見るにとどめた。レウルーラに ぞっこんではあるが、男の本能で・・・悪気がなくても道行く女をチャックしてしまう。
まして街中エロい格好で溢れてるのだから、仕方がないだろう・・と妻に言えたら、どれほど楽なことか。
このように性欲に苦しめられながらも一応ソドムも為政者、寂れてるはずのエルドラドの豊かさの源泉が気にかかった。
竜王の縄張りの隅っこをちょろまかす程度はありうると思っても、大胆にも10の開拓村を造り資源を大量収奪しているとは想像もつかなかった。