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タフ・ネゴシエーター

 黒き鱗に深紅の瞳、怒り狂った竜王ソドムが夜の森を蹂躙(じゅうりん)する。


 目指すは、ランプの灯火が窓からもれる、人間の建物。射程に入り次第、消し飛ばすつもりであった。


 養女であるシュラや、もしかしたら妻がまだいる可能性などは、まるで頭にない・・。



 そもそも、妻を誘拐した犯人を追いかけて「建物」から出たのだが、人間に対する憎悪が(まさ)って、殺戮本能に支配されていた。


 強大な存在になると、人間だった頃の記憶は薄れるらしい。


 もっとも、ソドムが正々堂々と竜王を倒すほどの実力があり、暗黒魔法【変化トランスフォーム】での取り込みに成功していたならば、竜王に変化した時の記憶や行動も違っていただろう。



 要は器が小さかったのだ・・。



 その自覚があったが故に、今まで変化を避けていたソドム。

 


 そして今、最愛の妻を奪われて、後先考えずにブチ切れた結果が、この有様だった。



 竜王に対して人間の武器・魔法が効いたという文献はない。むしろ、全く歯が立たなかったという話は山ほどある。


 そんな絶望的強さを持つ竜王(ばけもの)の暴走は、もはや災害だった。

 ソドムが取り込む前の竜王も、聡明とはほど遠い暴れ竜だったので本質は変わっていないが、竜王山脈に踏み入る者を撃退するにとどまっていた。



 竜王ソドムの場合、人への憎しみによって、大陸を焦土と化すだろう。



 

 大陸の存亡は、新妻レウルーラの双肩にかかっていたのである。



 

『~で、奥様。どのように竜王を鎮静させるのですか?』


 コカトリスに変身し、レウルーラを背に乗せたトリスが心話で聞いた。くらあぶみもないため、背中の羽毛を握り締められて痛いのだが、我慢している。



 レウルーラは、話しかけられて、ハッと我に返る。



 口から炎を覗かせながら迫り来る黒竜に心奪われていたのだ。


 底響きするような低い心話が、微かに伝わった。

『許さぬ・・妻なき世など滅べ・・』



 圧倒的体躯、その怒りは空気を震わせるほどで、逃れられない世界の終末が形を成して近いて来るかのようだった。

 


「俺が魔獣に変身したときには世界が終わる」と、ソドムがシュラに言ったことがあるようだったが、大袈裟ではなく、その巨体と魔力そして大業火リーサルフレイムがあれば可能かもしれないと感じていた。



 そして何より、報復のために世界を滅ぼすというのが、嬉しかった。


 世界と自分が等価値などと、最高の愛ではないか!


(だけど、私は無事に生きているし、人生は続く。世界を壊されては困るわね)


 レウルーラは、現実に思考を戻した。

「術式を変えれば制御できるんだけど、研究には時間が必要なの」


『どのくらい時間を稼げばよろしいので?』



「そうね、数か月かな」



『・・・』



『無理ッスよ!あんなん数か月も野放しにしたら、大陸は焼け野原になりますってば!マジ、やべーっすよ!』トリスは心話で必死に訴えた。鳥らしく、相変わらずの無表情で。


「私だって神様じゃないんだから、いつもポンポン解決策が浮かぶわけじゃないわよ!」

(まずは、話しかけるしかない!)


「ダメ元だけど、声が届く距離まで近いてちょうだい」


『わ、わかりました・・』

(あ、死ぬかも・・)

 

 レウルーラを乗せたトリスは、真正面を避けて側面に回り込み、併走した。木片や土砂が飛び散り、一定距離を保つのは難しいが、やるしかない。



 レウルーラは大きく息を吸った。

 

 そして、

「ソドム~!!私は無事よ~!!もう、怒らなくていいから、人間に戻ってぇぇ~!!」と、叫んだ。



 だが、木々が倒れる騒音にかき消され、竜王は反応しなかった。



 まあ、そんな気はしていた。



「トリスさん、あなたの心話で引き止めて!」

 声がダメなら心に直接伝えればいい。


『は、はぁ』


 トリスは緊張した。しくじって逆鱗に触れたら、プチッと潰されかねない。


 心話範囲を拡張し、竜王に届くように念じるトリス。


『あ、あの~、レウルーラ様は無事ですので、どうかお怒りを鎮めてください!』と言った瞬間、もしもの為に距離を離した。

 


「・・・・」徐々に竜王の歩みが遅くなり、ピタリと止まった。かといって、レウルーラの方を向くわけでもない。



 騒音が止んだので、レウルーラがもう一度 語りかけた。



 ここに至り、ようやく妻の無事を認識したソドム。怒りの炎は消え去っていく。



『奥様、やりましたね!怒りが収まったようです』安堵して歩みを止めるトリス。



 ホッとして、レウルーラはコカトリスから降りた。



「・・・でも変ね。人間に戻らないわよ?」


『個体的に強い魔獣になると、下等生物である人間に戻りたくなくなるんです』


「そ、そうかもしれないけど。何か方法はないの?」



『う~ん。人間がダンゴ虫になりたいなんて思いませんよね?説得なんてできませんよ』



「な、何かないかしら!?」諦めきれないレウルーラが食い下がる。



『力で屈伏させる・・・』


 トリスは閃いた。


『もしくは・・・変化したばかりなので、人間だった頃の楽しい記憶や将来の展望を話せば、人間に戻りたくなるかもしれませんよ!』



「それだ!」レウルーラはビシッとトリスを指差した。




 さっそく説得を試みる。



「ソドム!さあ、早く宿に戻りましょ。名物トリプルチーズチキンカツが待ってるわよ」



 竜王ソドムは正気に戻ってきた。

(ああ、食事の途中だったな。レウルーラも無事だったし帰るとしよう)



 だが、ただでは転ばないソドムだ。あえてトボけて、レウルーラの出方をみることにした。



 動きがないので、不安げにヒソヒソ相談するレウルーラとトリス。


『いい線いってるとは思いますが、切り口を変えてみたらどうでしょう?』


「例えば?」


『直近の記憶。楽しげなアレです』


「ん?」


『寝所での営みを・・』と言いかけたトリスの頭に回し蹴りするレウルーラ。


 後頭部を蹴られ、脚を伸ばしたまま、「ドゥ」と倒れるトリス。



「あ・・」 話の品の無さに、反射的に蹴りが出てしまったことに後悔し、心話での交渉手段を失ったことにも後悔した。


(いや、だからこそ!気絶したことにより、聞かれる心配がなくなった。下ネタ全開できるではないか!)


「必ず人間に戻してみせる」という覚悟でレウルーラは叫んだ。



「さっきのソドム、凄かったわよ!影武者シャドウ・サーバントも、いい仕事してたし!戻って続きをしましょ」 顔を赤らめて言い放つ。



 ソドムの脳裏に、先ほどの記憶が甦る。白い絹肌、サラサラの黒髪、しなやかなくびれなどが恋しく、いてもたってもいられない。


(いや、まだだ)


 普通ならば、コロリといくのだが、粘って更なる条件を引き出そうと、頑固に変身を解かなかった。



 なんとなく手応えを感じたレウルーラ。

(弱かったか。もう一押しして決着つけるしかないわね。長引いてシュラちゃんに見られると、色々と面倒になるし)



 完全に恥を捨てた。


「あなたが遠慮してやらない***も全然していいのよ!むしろやって!体*だって冒険してもかまわない!」


一拍おいて・・


「私はいつでもウェルカム!我慢しなくていいのよ!」


 ゼイゼイと荒い息遣いをして、へたり込むレウルーラ。全てを出し切った・・ある意味。




 ここまで言われては、強交渉人タフネゴシエーターソドムでも折れる。直ぐさま変身を解いたのであった。




 黒竜の存在が霧散して、黒い服に薄汚れたバンダナを巻いたソドムが夜の森に佇んでいる。


 月明かりに照らされた新妻を目にすると、真っ先に駆け寄った。


 そして、二人は抱きしめ合って互いの無事を喜んだ。



 並んで座り、まずはソドムが謝った。制御できない竜王になって暴れことと、早とちりした己の不甲斐なさを。



「もういいのよ。世界より私を選んでくれて嬉しかったし。竜王を取り込んだのは偉業よ。制御魔法を研究するから、いずれ暴走を止めることができるはずよ」



「そ、そうか」

(竜王になれても、思い通りにならないなんて恥ずかしくていいだせなかったからなぁ)


「ソドムが詠唱も魔力消費もなしで竜王に変身して、私が制御魔法を駆使する・・、最強の夫婦ね」、にっこりとレウルーラが微笑む。



「それはいい!この強大な力・・どうしたものかと悩んでたんだ。竜王の力があれば連邦や帝国の顔色をうかがわなくていいのか!」

(尻に敷かれ管理されることになるが、それも悪くない・・)


「そう、真の独立よ!」


 

 夫婦は月を眺めながら立ち上がり、手をつないで帰路につく。




 腰掛け代わりに使った、気絶しているコカトリスをおいて・・焼失した名も無き村のことも忘れて・・・。

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