竜王の裁き
ミシミシと木々がきしみ、ダダーンと倒れる音が、夜の森に響く。
それと同時に、地震のような揺れが、シュラ達のいる宿にまでとどいた。
竜王ソドムが怒りにまかせ、ヤブ蚊のごとき賊を捜しているのだ。城のような巨体で、歩くたび轟音と共に、地形が変わっていく。
不可侵領域である竜王山脈麓に村を発見したソドムは、牙の隙間から炎を覗かせながら、皆殺しに向かった。
その心境を人間で例えるならば、夜の寝室に蚊が飛び回り 腹が立って、ベッドから起き上がったら・・顔の位置に忌々しい蚊柱が・・・、イライラを通り越し、殺意が溢れ怒り狂った状態である。
殺し尽くさないと気が済まない。
宿から逃げおおせた忍者3人と待機していた7人の合わせて10人は、竜王の暴走に慌てた。
彼らは王都からの道中、ソドム公爵を遠巻きに見張っていたので、ソドムが山賊達に変身してみせた時から正体は把握している。
かつての大戦で、対竜王戦を想定していた大和帝国軍が完膚無きまで叩きのめされ、10万の死傷者がでたのは伝説でなく事実だ。
忍ごときでは、止めることはできないのは わかりきっていた。
これから犠牲になる地元住民には悪いが、ほとぼりが冷めるまで身を隠すことにして、目的を達した彼等は夜の森へと消えて行った。
宿「フォレスト」で待機を命じられた護衛達は、食事を再開するように言われても、自らの不手際で公爵夫妻に迷惑をかけてしまったと思い、食べる気分にはなれなかった。
足手まといと言わんばかりの待機命令は、正直キツい。
そんな最中に、外の騒がしさだ。
「何だか、外が騒がしいどころじゃないわよ!」木々が倒れる音と、地震のような震動に、ラセツは危機感をもって立ち上がる。
ラセツはいつも下ろしている青い前髪を両手で後に流し、自ら頬を叩いて気合いをいれた。
「もういい!命令違反だろうが、レウルーラ様を捜しに行くわよ!」
「そうこなくっちゃね、団長」、そう言ってアテネと芦間が、ラセツの武具を手渡す。さっき二階の自室に立ち寄って持ってきておいたのだ。
「あなた達・・」、言葉に詰まりながら、礼を言ってラセツは装備した。
その決意を打ち砕くように、外の轟音と震動が続く。
「ま、まずは現状の確認が先決」、震動からして、巨大生物が歩いている光景が頭に浮かぶのだが、見てみないとわからない。食堂の中でも一際大きい窓に近づき様子を見ようとするラセツ。
ドロスが肩を掴んで彼女を止めた。
「あれは、嵐ですぜ。心配ないですわ」
「さっき露天風呂で星空が見えたんだぞ。嵐なわけない!」
「・・とにかく、嵐です。ソドム王の命に従い、大人しく食事してたらいいんです」言い聞かせるように語気を強めた。
(おそらく旦那が竜王に変身した・・。ただ、彼女達には知られたくない理由があるから、ここにとどめたはず)
「そ~よ、美味しいから食べなよ」、命令に忠実なシュラは、恐怖や焦りとは無縁で、旨そうにチキンカツを食べている。
「ていうか、お風呂にルーラっちがいないって、ホントなの?」
「いなかったわよ、脱衣所にも浴場にも!」
「ん~、簡単に捕まるとは思えないのよね。争った形跡や血痕は?」
「なかった!お湯の中まで確かめたんだから!板壁、岩風呂、石像、以上!」
「・・・石像!?」、シュラのみならず女傭兵達も食いついた。
「ん?石像よ・・」ラセツはピンときていない。
「そんなん なかったってば!どんな石像だったの?」
「え・・、女の人と大きなニワトリだったかな。ニワトリの尾が蛇で気持ち悪かったナ」
「絶対なかったから、そんなモノ」とシュラの発言に傭兵達も同意した。
ラセツは内心「え~!」と驚き、敗北感をおぼえたが、確かに不自然な石像だった気がしてきた。
一応、店主が補足した。
「うちの温泉は素朴さが売り、余計な装飾はありません」
(石像置くほど、資金はないんだが)
「ルーラっちは、魔術師だから・・・自分を石化して危機をやり過ごした・・とか?」、自らの推理に酔いながらビールを飲み干すシュラ。
「魔法は詳しくないけど、石化なんてできるのかしら・・」首を傾げるラセツ。
見計らったように浴場方面からのドアが開いた。
「正解!シュラちゃん、やるわね!」と言いながら、レウルーラがトリスと一緒にドアから現れる。肌寒いので、いつもの黒コートを羽織っていた。
心配していた面々が驚いて立ち上がる。
「ぶ、無事だったんですね!」ラセツが真っ先に駆け寄って喜んだ。
「だから、そう簡単にやられないって言ったでしょ」言葉とは裏腹に安堵しているシュラ。
「石像になってやり過ごすのは、私らしくない奇策だったけどね。で、ソドムはどこ?それに外が騒がしいけれど」外の様子を見ようと、轟音のする方角の窓に向かうレウルーラ。
浴場から来るときは様子がわからなかったので、気になってしかたがない。
それを阻止するように立ちはだかり、ドロスは笑顔で説明した。
「何でもありません、酷い嵐が来てまして。旦那・・いや、ソドム王は外の空気を吸いに行っただけなので、すぐに戻るはずです」
「あなた、言ってることがメチャクチャ。ここに来る時、晴れてたのよ」
「だいたい 嵐の中、外の空気を吸いに行くわけないでしょ。そこをどいて!」
ドロスは、よわって顎髭をかく。
(そりゃそうだ、自分でも何言ってるかわからんからな)
なんとか なだめながら小声で経緯を説明した。プラスして、私見を述べる。
「奥様がさらわれたと思い込み、怒り狂っているようでして、もはや手に負えないかと・・」
「何人たりともソドム王を止めることはできますまい」
「・・世界三強の竜王ですものね」
「・・・ご存知でしたか」
「本人は打ち明けてくれなかったけど、知ってたわ」
だが今は、答え合わせで喜んでる場合ではない。
「暴れている原因が私なら、早く無事を知らせて正気に戻さないと、ここも踏み潰されるかもしれないわよ。竜にとって人間なんて虫みたいなものらしいから」そう言いながら、レウルーラはトリスを見つめる。
ドロスは、止めても無駄だと諦めた。
「下手に逃げても、逆に足を引っ張るかもしれないので、俺達はここに待機してますわ」
「そうね、私に任せて!」レウルーラは長い黒髪を紐で束ねた。
(とはいえ、難易度は高いか)
人間でさえ虫の雄雌がよくわからないのに、巨大な竜王に人間の女・しかも妻だと認識できるのかはわからない。そして、怒り狂っている竜が対話に応じるかどうか・・・。
いざという時のため、機動力は必須だった。
「トリスさん、一緒に来てちょうだい」そう言ってレウルーラは外にでた。
「は、はい!」
(あ、また馬代わりに・・)
外に出てすぐ、暗がりにもかかわらず竜王が視界に入る。かなり離れているはずだが、間近にいると錯覚してしまうほど巨大だった。
一歩一歩は、ノッソリしているが、歩幅が家数軒分なので存外速い。
豊かな森林も、竜王が通った場所は木々が倒され土はめくれ上がり、荒れ地と化した。
恐ろしいのは、大業火。通常の竜は、灼熱の炎吐息を吐き出すのだが、竜王の場合は業火球を吐き出し、それが着弾すると爆発炎上する。
しかも、個体が大きいので火の玉も大きいわけで・・先の大戦では一撃で百人の死傷者がでて、何発か打てば火の海になり、焼死者の数は跳ね上がったらしい。
そして今、小賢しい開拓村に大業火をくらわせたところであった。
火球は村の中央で大爆発し、木造家屋は吹き飛び、炎が燃え広がり、ものの数分で村は滅びた・・たった一撃で。
人の焼ける嫌な臭いが、風に乗ってレウルーラ達にとどく。二人は、顔をしかめた。
「こ、これが竜王・・!」絶句するレウルーラ。ハッキリ見えるわけではないが、民家を焼き払ったのはわかる。
震えた両手を顔にあてた。
(素晴らしい!)
村人への心配や同情ではなく、喜びが勝るレウルーラ。
さすがはソドムの妻、完全に狂気の魔術師だ。
竜王の規格外な強さに歓喜した。更には、変身できるが制御できてないのも、またいい。
制御できないということは、マスターしていないのだから、内心ライバル視しているソドムから大きく水をあけられたということにはならない。
つまり、竜王に変化したソドムを魔法で制御できるようになれば、その力を共同で行使したことになる。命令する側ならば、こちらが上といえる。
それが可能か?というと、今すぐは無理だが、召喚魔法の術式を制御部分のみに特化すれば、理論上は可能とみている。
ソドムに負けないため、大天使召喚の研究しようと思っていたが、竜王を制御する魔法の方が研究が早いと思えるし、実戦での詠唱速度と魔力消費も半分で済むだろう。
レウルーラは両手に握り拳をつくり、
「フフフ、竜王使い・・悪くないわね」と呟く。ただでさえ強力な竜王を、召喚魔法より素早く投入できる究極の協力。
(魔術師界で、並ぶもの無き功績ね)
トリスは、レウルーラの横顔をチラ見して・・村への同情などはなく、己の魔法探究にしか関心がないことに衝撃を受けた。
「トリスさん、変身して私を乗せて」
「了解です」感情を抑えて、返事する。
トリスが変化動作をしている間、レウルーラは魔法で制御する以外に「今」ソドムを止める方法を必死に考えている。
竜王ソドムは、村を滅ぼしてスッキリしたが暴れ足りず、近場の建物を探すうち、結局 後ろの宿フォレストに狙いを定め引き返してきた。
当初の動機を忘れ、ただムカつく人間を殺すことしか考えていない竜王であった。