魔王十爪
シュラ達、二階制圧チームは階段を登り、忍び足で通路を進んだところ・・・・誰もいないはずのソドム公爵夫妻の部屋から布が擦れる微かな音が聞こえた。
内部は、ベッドが二つ・クローゼット・テーブル・イス2脚と窓があるくらいの簡素な部屋と記憶している。
窓にはベランダなどはなく、侵入しにくい造りなので、無警戒だったのが、そもそもの失態だった。
シュラは右手を広げ、停止するよう合図をし、片膝ついてドアに耳をあてた。・・・足音からして、2~3人なので勝算はある。
そっとドアノブを回し、鍵がかかってないことを確認する。
突入を決意し、コクリと頷いてみせ、右手の親指から順に折り曲げ、カウントダウンし始めた。
作戦は、シュラがドアを開け、アテネが弓を放つ。怯んだところに、芦間が突入して、一目散に窓を目指し、逃げ道をなくする。後はシュラが殴り散らして、最後の一人はタックルして生け捕りにする予定だ。
すべての指を曲げ終わり、握り拳になったと同時に、ドアを荒々しく開け、決め台詞を言い放つ。
昔みた、紙芝居のパクリだが、悪党を退治するときに言ってみたかった。
「ひとぉ~つ、人の世の生き血をすすりぃ!ふたぁ~つ、不埒な悪行三昧、みぃ~つ・・・」
(あ・・?これって公王とあたしじゃん。だぁ~ダメ、却下やり直しー!)、勝手に結論にいたり頭を振る。
仁王立ちで余計な台詞を言うものだから、アテネの弓と芦間の突入のタイミングがズレた。
この状況で前口上とは、傭兵達も予想していなかった。即席チームのほころびが・・・てか、シュラが悪い。
「ちょ、邪魔!」照準が定まらず、アテネからクレームがはいる。シュラのせいで、突入直後に もつれて渋滞してしまい、相手に更なる余裕を与えてしまう。
部屋には黒色の忍び装束を着た男達が3人。手には手鉤(手甲鉤)を装着している。よく見れば、窓の縁に鉤縄が引っかけてあるのがわかる。それで下からよじ登ってきたのであろう。
※手甲鉤・・忍びの武器、手に装着する鉄の熊手。接近戦と木登りなどの用途だが、リーチがないので扱いが難しい。
彼らは襲撃に驚いたものの、戦う意思はないようで、[お開き、解散ですよ]といった感じで、粛々と開け放たれた窓に向かった。
モタついたために逃走を阻止できないと思ったシュラは、舌打ちしながらダメもとで芦間と共に突進する。やはり、シュラが悪いが自覚はない。
その時点で賊2人は飛び降りて、夜の闇に消えてた。
最後の一人を逃がさぬため、アテネが矢を放つ。
「痛っ!」、残念ながらシュラの後頭部に当たってしまう・・。
青ざめるアテネ。今まで傭兵稼業をしてきて、味方に誤射したことはないし、頭に当ててしまうなどと、あり得ない。
悪夢でも見ているのか・・と思い自分の頬をつねっている。
「ちょっと、何すんのよ!当たり所が悪かったら死んでるわよ!」シュラは振り向きプンスカ怒る。
「普通、死ぬんだけど・・。やっぱり、悪夢みたいね・・」
・・・謝らずに、ほっぺたをつねっているだけのアテネに、シュラは怒りを覚えた。今にも殴りかかってきそうである。
悪夢なのか、それとも今から悪夢が始まるのか、パニック状態のアテネ。
とりあえず、謝りそびれたことに気づき、「ご、ごめん」と素直に謝った。
気が済んだのか、シュラは一瞥くれただけで、最後に残った男に走り寄り、
「どぉ~りゃ~!」と、タックルして脚をつかんだ。
「やった!」、傭兵二人は歓喜の声を上げた。
が、つかんだと思ったのは、忍び装束を着せられた椅子の脚であった。
「【空蝉の術】か!?」、芦間は忍術の知識に明るいほうだが、こんな術に引っかかるとは思ってはいなかった。
(敵ながら天晴れ)、直に見て感心した。
忍は振り向きもせず、躊躇なく窓から飛び降りた。
その男は落ち際に鈎縄を外し、土足であがった窓の縁を器用に布で拭きながら逃げ去ったから憎めない。
「ちょ、ちょっと!待てぇ~!」と、窓まで追いかけたシュラだったが、間に合わない。自分も飛び降りようと思ったが、踏みとどまった。
魔人としての物理耐性があっても、飛び降りる練習をしたことがないため、重症を負う可能性があると判断し、諦めたのだった。
逃げ去った忍者に追いつくことは難しい。
アテネは、部屋が荒らされていないか、罠を設置されていないかを、クローゼットの中やベッドの下までチェックした。
「部屋には問題ないわよ」
芦間は、森の方に逃げ去る賊を見ながら、
「やはり、こちらは陽動かもしれない」と、一応リーダーっぽいシュラに言った。
シュラは、捕り逃がしたことを悔しがっていたが、芦間の言葉で ハッと我に返った。
「囮だったなんて小賢しいわね!」、そう言って血相変えて階下に走り出す。
もはや、音をたてようが関係なかった。逆にうるさいくらいが、下の襲撃者へのプレッシャーになるはずだから。
レウルーラに敵襲を知らせに行ったラセツは、敵と遭遇することなく浴場に辿り着き、慎重に女子脱衣所を覗き込んだ。
棚には脱衣用の籠が並び、そのうちの一つに、レウルーラの黒いコートだけ残っていたが、本人の姿は見当たらない。
(おかしいな、下着とかがない)
異変を感じて身を隠したと思い、岩風呂に向かい捜してみるも・・・見当たらない。
岩や石像、後は お湯。隠れる場所など無かった。板壁も、よじ登った痕などもない。
念の為、湯の中も確かめたが・・いない。
胸中、不安になるラセツであったが、仮に さらわれるとして、衣類を着るように促すだろうか。
そんな紳士的な輩が、拉致などしないはず。どうにも納得いかないが、報告のために食堂に戻ることにした。
ソドムの心境を考えると、何とも嫌な役回りになってしまった。
「ああ、そうか」などとはいくまい。暇があれば、嫁の躰を弄ってた公爵だ、怒り狂うに違いない。
(も、戻りたくない・・。なんでこんなことに)
憂鬱ながら、足取りを重くはしていられない。早く報せて、対処すれば救出できるかもしれないのだから。
襲撃対策本部でもある本館1階の食堂に、シュラ・ラセツ姉妹からの報告があった。
2階にいた忍者3人を捕り逃し、公爵夫人は行方不明・・・最悪だ。
ソドムは、肩を落とし・・・やがて、怒りに震える。宿の主が気をつかい水を手渡すと、それを一気に飲み干した。
かと思えば、
「ああ、そうか」と、返事は軽い。凍りついたような真顔になり、皆に指示を出した。
「危機は去った。皆は食事を再開しててくれ。私は、外の空気を吸ってくる。戻るまで、外出しないように」と言って、捜索のためについてこようとしている者達を手で制した。
シュラは異変に気がついた。ソドムが自分のことを「私」と言うときは、公的な場など感情を切り離す場合であり、本心を隠している時なのだから。
「あたしも行く!」そう言ってソドムに駆け寄るも、断られた。
「わからないのか?ここで待機していろ。命令だ」無表情で命じた。
眷族として、命令は絶対だ。シュラは着席して、やや冷めたチキンカツを頬張りだした。
「だ、旦那・・」身内であるシュラに、突き放した発言をする公爵をみて、ドロスでさえ絶句した。
ラセツも一言いいたかったが、ドロスに制止される。もはや、何を言っても無駄なのかもしれない。
ソドムは思う、女を取引に使おうとする卑劣な奴が、美人で神もち肌のレウルーラに手出ししないはずがない。時が経つほどに、その確率は上がり、頭のおかしい奴なら殺しかねない。
だが、夜の野外で見つけだすのは至難。
やりたくはないが、火であぶり出すつもりだった。魔獣に変身し、火炎弾で人の集まるところ、隠れやすい場所を焼き払う。
怒りにかられたソドムは、救出の可能性など二の次で、破壊衝動に支配されていく。
暗黒転生による悪影響で、炎耐性が弱まっているため、火炎弾を吐くたびに火傷してしまうのだが、もはやどうでもよかった。
矮小なる人間に戻りたくなくなる、という懸念も気にしない。
命より大切な妻を失ったのだ。そんな世界はいらない。
野外に出たソドム、魔獣に変身する動作をはじめる。
「灰燼と化せぇ!」憤怒の形相で、手をグルリと回し、「トゥ!」とジャンプした。それと同時に、黒い霧がソドムを中心に発生し、急速に拡がり・・霧が晴れると、超巨大な竜が姿を現す。
黒光りした鱗は、たった1枚でも人の頭程はある。その黒鱗で構成された竜は、かるく城くらいの巨大さ。
深紅の瞳、鋭い牙と爪、腹にかけての鱗の色だけは赤銅色・・・まさに、泣く子も更に泣く・・・竜王であった。
宿を背にして変身したため、まずは遠目に見える開拓村を焼き払うことに決めた。竜王山脈麓に村を作るなどと、万死に値する。怒る竜王は、火炎弾の射程にはいる距離までノッソリと歩きだした。
心の片隅で、シリアスな場面にも合う変身ポーズにすればよかった・・と後悔しながら。