7.俺の名は
「えーと。貴女様がこのファルカリオンっていう世界を創った神様ってことですか?」
『正しくは、その一柱といったところかのう。創成を行った神々は四柱、それぞれにつらなる眷属を生み出した。人間、妖精、天使、そして我が眷属たる魔族じゃ』
「なるほど……って、この世界にも人間いるんすね……」
ということは、文化もそれなりな生活を送れる可能性がある。はー、マジ助かった。どんな凄惨な一生を送ることになるのかと。まぁ、全種族間で諍いが無ければの話だが。やっぱ悪魔って忌避されんのか?
『そなたはもともと人間であったのぅ。にもかかわらず人を見守る神の一柱を殴りたいというのが最後の願いであったとか。まこと可笑しな男よ』
御機嫌に笑う魔神様のお言葉に過去の自分を殴り飛ばしたくなる。それが原因でこのザマなのだ。泣きそう。
「悪魔として転生しちゃってますけど、別に他種族と争ったり滅ぼしたりするのが使命……とかは無いですよね?」
もしそうなら世を儚みそう。流石に自害とかはしないけど、多分引きニートまっしぐらの人生を選ぶだろう。マジ泣きそう。
『そうじゃのう、己の微々たる力を誇示しようとする愚か者も確かにおるが、妾の本質は不羈奔放、混沌。何者にも囚われぬ力の奔流。それらをそなたら眷属も備えておる。つまりは、自分の生きたいように生きればよいのじゃ』
「はぁ。放任主義なんすね……」
言い換えれば、魔神様はその愚か者も野放しにしているのである。おそろしや。ゆえに魔神とされているのだろう。
「……ってことはやっぱり悪魔は他種族に嫌われてそうじゃねーか! 俺とばっちり! 悪い悪魔じゃないよ!?」
『ふむ、そなたは調和を望むか。それもまた波乱を呼びそうじゃのう。面白い』
「人の不幸を喜ばんでくださいます!?」
悪魔や!! って悪魔の総大将だった。くそう。
『悲観的になることもあるまい、そのためにあの御仁がその天使を遣わしたのじゃろう。まぁ、本来は天使の生命力を秘めた卵そのものを媒介にするためだったのじゃろうが』
はっ そういえばあの娘のことも一切合切ナゾだらけだったよ。天使?
『ふむ……卵から孵ったばかりで精神は未だ幼いが、天使としての力はまぁまぁじゃの。妾がそなたに与えた力との均衡も常時であれば取れそうじゃ。これなら何ら問題あるまい』
いや、一柱で納得されても俺は何ひとつとして状況が飲み込めていないのですが。
『では、そなたに妾からの餞別じゃ。この世界においてのそなたの真実の名……"エリュ・フェンガリ"の名を授けよう』
”エリュ・フェンガリ”。その言葉……いや、俺に与えられた新しい名前を耳にした瞬間、心臓がドクリとひときわ大きく脈打った。血が、力が、光が全身を巡っていくような感覚に襲われる。酩酊にも似た、くらっとするような、けれど熱くなるような、奥底から何かがみなぎるような感覚だ。
「”エリュ”……」
与えられた名を口にしようとすると、魔神様はその先を口にするな、とばかりしなやかな指を口元に当て俺の言葉をさえぎった。
『良いか、この世界において真名はその者の魂そのものじゃ。みだりに口にするものではない、捕えられればそなたは生殺与奪の奴隷も同然じゃ。そなたらほど多大な影響は受けぬが、妾とて名を明かしとうない』
げ、なんつー厄介な法則。
「適当にニックネームでも名乗らんと駄目なのか」
エルとかエリックとか、そんな感じか?
『ふふふ、それが良かろう。では妾はそろそろ行こうかのう。その娘にはそなたが名を授け世話をするが良い、そなたがこの世界に生み出したのじゃから』
「は? え、ちょっと待っ……!!」
『妾は常にそなたを観察……もとい見守っておる。大いにこの生を楽しむが良いぞ』
俺の制止もむなしく、魔神様は行ってしまわれた。蠱惑的な美女は暗雲と共に空気に掻き消え、残されたのは、真っ赤に染まる綺麗な夕焼け空と、新しい名前を貰っただけの俺と、名無しの天使(?)ちゃん。
「……パパどころか、俺はオカンだったのか……?」
すでに返事をするものは無く、馬鹿げた問いかけだけが草原の風に乗って虚しく響くのみであった。