5.悪魔と天使と天災
動揺のあまり身動きが取れない。
いや、上に女の子が乗っかってるから俺が動いたらこの子が落っこちてしまうわけであああでもこのままだと俺が色々ヤバいことになってくるぅぅ!
パニックの波に呑まれていると、女の子が身じろぎした。そしてゆっくりと顔をあげ、首を傾げてこちらを見ている。超絶至近距離で。
こんな状況にもかかわらず、思わず俺はその子に見惚れた。いやだって、アイドルも裸足で逃げ出すんじゃないかっていうくらいの美少女だ。目を閉じていた時の顔も一瞬だけ確認してはいたが、改めてそう思いしげしげと見つめ合ってしまった。
髪は淡いブロンド、同じ金色の長い睫毛に縁どられた大きな青い瞳、小さな唇は花のような薄紅。まさに天使。
……でもって顔を上げた事によりとても豊かな谷間もチラッと見えるぅぅぅぅ!!
思わずぐきっと音が鳴りそうなくらいに首を捻って視線を逸らした。筋を痛めそう。
しかし悲しいかな、俺にはガン見する度胸も平静でいられる度量もない。仕方ないじゃないか、彼女いない歴イコール年齢だぞ?
誰にともなく言い訳めいたことを考えていると、「あの……」と女の子が俺に声をかけた。なので、チラッとだけそちらを見る。あくまでチラッとだ!
「とう、さま?」
あどけない表情でそう問われ、俺は再びフリーズした。
とうさま。父。オトン。
三段活用でその言葉が脳に染みわたり、全身の力が抜けていった。ついでに妙な気もどこかへ失せた、まさか見た目年齢もそう変わらない女の子に父親扱いされるとは。せめてお兄様が良い……。
「いやー……俺は君のパパではないかな。てか、いったん起きて背中向けてくれる?」
そう言うと、彼女は素直に従ってくれた。その間、俺は目を閉じていた。断じて薄目で見ていたりはしなかったぞ。柔らかく毛先がウェーブした髪がお尻を覆うくらい長かったので、それで俺を惑わす麗しい顔としなやかな肢体は見えなくなる。
ちょっと、いやかなり惜しい気もするけど、俺は紳士だ。うん。
でもって、着ていた黒いロングジャケットを後ろから羽織らせた。G様に会った時は普通に俺の服だったのに、いつの間にやらファンタジーな恰好になってるな。げ、なんか微妙にへそ出しだよ。
「はー……。わっけわかんね、何でこんなことに……」
誰か説明してくんろ、と思ったとたん、美しい夕焼け(さっきより日が沈んでいるので、どうやら夕方だったらしい)にたちまち暗雲が垂れ込め、遠雷がゴロゴロと音を響かせた。そして、ピシャン! と稲妻が走る……!
「うわああぁぁっ」
情けないと言いたきゃ言え。なんせ今俺たちがいるのは平原のど真ん中で、冗談抜きに雷はヤバイのだ。マジでどうすりゃいいんだよ、伏せ? 伏せるのが正解?
『ふ、いくら妾の前とは言え、そこまでかしこまらんでもよい。おぬしをこの箱庭へ招いたのは妾じゃ』
慌てふためく俺の頭上からとつぜん降ってわいた、禍々しくも魅力的な女の声。お次はいったい何なんだ。