4.ハッピーバースデー
洗濯物のようにもみくちゃにされながら、それでも俺は目を薄く開いていた。何が起こっているかわからなくなる方がよっぽど怖い。
おそらくそれは正しかったのだろう、突然、進む先に違う景色が見えたのだ。ただし。
空の上ぇ!!?
朝焼けか夕焼けかは不明だが、金色がかった雲と、ほんのりピンクに染まりゆく青空が眼前に広がっている。嘘だろ、このまま空中に放り出されるのか!?
覚悟を決める間もなく、それは現実となった。ひやりとした空気が肺を満たし、バラ色に燃える太陽の光が俺を照らす。---そして始まる自由落下。
「どぅわぁぁぁぁ!!」
眼前に地面が迫りくる。このままだと潰れたトマトみたいになる!!
ぐっと全身に力を入れると、背中の筋肉がピクリと動いた気がした。そして、ばさりと風を切る羽音。そうだ、俺には翼があったんだ!!
ふぬぉぉと謎の雄叫びをあげさらに力を込めると、落下速度が弱まり、やがて静止した。あっぶね、あと六メートル程でぐちゃべしゃってなるところだった……!
ふいーと一息ついて、はっとする。そういや、渡された卵をずっと手にしたままだった。
握りつぶして割れたんじゃないかと慌てて確認したが、小さなひびひとつ見当たらなかった。ほっとしつつも、その頑丈さに呆れてしまう。
「孵化できなかった天使の卵、か……つまりコイツ死んでんの?」
しげしげと観察する。一見普通の鶏の卵だが、よく見ると金と銀の細かな光の粒子が散りばめられている。簡単に割れそうな手ごたえもないし、卵型の宝石のようにも思える。
ちょんちょん、と卵のてっぺんを黒い爪の先で突いてみる。すると、ぱきり、と小さな音がして卵に亀裂が入った。げ、もしかしてやっちまったカンジ? というかすでに限界だった?
そう思ったところでもう手遅れだ。亀裂が広がり、パキン! と硬質な、それでいて澄んだ音が響き渡ると、目くらましのような閃光がほとばしった。そして、なにかが全身にのしかかり、そのまま落下が再開されてしまう。今度ばかりは成すすべなく背中から地面に激突した。
「……いってぇ……」
強かに背中を打ち付けたが、思ったほどのダメージは無さそうだ。普通の人間なら重傷に違いない。今この瞬間だけは悪魔で助かった。
……てか、なんだこれ、なんかこう、程よい重量感とすげー抱き心地抜群の何かが腕の中に収まって、俺に伸し掛かってんですけど。あったかいし、花? 香草? めっちゃイイ匂いする。
「ん……」
ほぼ無意識で抱きしめると、その『何か』が小さく声をあげた。甘く涼やかな、澄んだ声だ。
はっとして力を緩めて目を開き、俺は愕然とした。
なんということでしょう、見知らぬ金髪美少女が俺を押し倒しているのです。……生まれたままの姿で。