10.容疑を否認します
この状況、何気にヤバくないか。荒れてる様子もないし雰囲気良さげな村だと思ったけど、そんな排他的な村だったのか?
「冒険者じゃないな、ちゃんとした装備も無しにこの辺りをうろついてるなんて怪しさが服を着たようなやつらだ」
「ホントに人間か?」
あ、完全にこっちの落ち度だった。しかも正体ほぼバレそうなんすけど。
「村長、どうしますか」
村長と呼ばれた五十代くらいの男が厳めしく腕を組んでこちらを睨んでいる。ただの農家には見えないな、明らかに武闘派の鍛え方をした体格だ。
「ロゼッタ婆を呼んで来い、順番に調べて貰おう」
すぐに袋叩きにするつもりはないみたいだな。隙を見て逃げた方が……
そう考えた俺の耳に、小さな悲鳴が飛び込んできた。
「ヒナ!! おい、何するつもりだ!!」
俺の後ろに立っていたヒナの腕を、いつの間にか二人の若い男が両脇から取り押さえていた。手荒に扱われてはいないが、それでも身動きがまったく取れないのだろう。不安げに俺を見ている。
くそ、出遅れた!
「お前も動くなよ、でないと娘の身の安全は保障しないぞ」
鍬を構えた数名に牽制され、俺も動きも封じられる。睨みあっていると、黒っぽいローブに身を包んだ小柄な人物がゆっくりとこちらに向かってきた。
白髪の老婆……あの婆さん何者だ? なんか村人に特別視されてるっぽいな。
「ロゼッタ婆、怪しいやつらが。……ひょっとしたらひょっとするぞ、昨晩大事な家畜を殺したのはこいつらかもしれん」
「魔物の仕業かと思ったが」
「悪魔崇拝者の黒儀式か?」
そんな声に婆さんは頷いて、それからこちらをじっと見据えた。
「ちょ、待て、俺らは別に……!」
焦って体が前のめりになったが、それ以上動くなとばかりに鍬の先を向けられてしまう。たかが農具、けれど鈍色に光る刃先で殴られれば致命傷になりそうだ。俺は断片的な情報を頭の中で巡らせ、状況を整理した。
家畜が殺された、つまり村人にしてみれば財産を蹂躙されたに等しい。手塩にかけて育ててきたであろう生きた財産、それが昨晩殺され、日暮れ時にいかにも怪しい二人組がいた、ってところか。最悪のタイミングだ。
「確かに俺らは怪しく見えたかもしれない。でもこっちの言い分も聞かないで断罪しようってのか」
「言葉なんざ必要ないからね。やましいことが無いなら大人しくしておきな、坊や」
婆さんはそう言って、俺に近づき手をかざしながら何やら呟き始めた。……何の呪文だ、いきなり爆発とかしないだろうな。あと距離感おかしくないか、顔が近いぞ婆さん。
そして数秒経過。
全っ然、なんにも起きない。かと思ったら、婆さんは突然「ふにゃごわはッ」と謎の言葉を発した。プルプル震えながら細い目を限界まで見開いている。顔怖い。せめてもうちょい離れてくれ。近い。
「……あ、あ、あ、」
そう呟いたかと思うと婆さんはじりじりと後ずさって俺から距離を取り、そして地面に尻をついた。
「婆さま!?」
「さてはコイツが何か……!!」
「み、皆下がるのじゃ……とてもわしらの手には負えぬ! よ、よいな……けして逆らってはなら……ぬ……」
「うわー!! ロゼッタ婆ぁー!?」
「息してないぞ!?」
がくり、と身を横たえた老婆に村人が群がり、蘇生しろ、いやお前やれと人工呼吸役を押し付け合っている。わからんでもないが薄情な。色んな意味で阿鼻叫喚。
……別に俺悪くないよな? 初対面の婆さんの死因にはなりたくないぞ。