第8話
お久しぶりです。
「アイリちゃん、ここではそれは内緒よ? お忍びで来てるの、ロクシエラと呼んでちょうだい」
おったまげたなぁ。まさか本当の本当にこの国の王様の奥様、つまり王妃様だなんて。
お嬢様、これ知ってたんじゃないですかねぇ。この時期のこの領に、王妃様が遊びに来てるって言うの。やらなければならないことっていうの、私は聞いてないけれどももしかして、王族関連で何かがあるってことなのではなかろうか。
もしかしなくてもこんな所に王族が居る時点で厄介事が起きそうな予感。
「……分かりましたわ、ロクシエラ様。でも、どうしてここに?」
「アレフに王宮の外を見せたくて、ヴァレントリア領に向かっていたところだったのよ」
「ええ、それはお母様から聞いておりました。まさかそういった理由だなんて」
「ふふ、リリアナに呼ばれたの。子供を混じえて、お茶会をしないかって。ヴァレントリア領でやるのは私の我儘なのだけれども」
我儘で他領にまで出てこれるんですか王妃様!! 等と余計なことは言わない。人には色々事情があるよね。
ところでさ。
「……何か用がおありでしょうか」
ウェールズさんの台詞に飛び上がる程の反応を見せてくれた、お嬢様と同い年くらいの男の子。彼が結構敵意の篭った目でこちらの男性陣をじろじろ見続けていたのだ。
何かしただろうか彼らは。
「……っ! 父上よりもかっこいいからって、母上をたぶらかすんじゃないぞ!!」
何もしてなかったわ。完全に濡れ衣ですわこれ。この人達かっこいいのは分かるけど、君も十分将来有望そうなイケメンなのでその父親がかっこよくないってのは有り得ないと思うのだが。
「……は?」
「えぇ、存じ上げております」
「かかっ、純情だなぁ」
こちらからの反応は三者三様。呆けたのはウェールズさんで、笑顔で完璧に対応したのはローエルさん、ギルディアさんはもはやおっさんが楽しそうとしか言えない。
しかしその、ギルディアさんの反応が少年の反感を買ってしまったらしく、少年はギルディアさんへと詰め寄っていく。
「ふざけてなんかないんだからな!? 俺は父上から直々に母上を任されたんだ! 悪い虫から守らないといけないし、母上の目が他に向かないようにしないとならない!」
「過保護かよ」
ギルディアさん、神経逆撫でしまくっている。
気付いて無いのかな、その男の子、王子様だと思うんだけど……
「んだよ、お前のオヤジは、嫁一人だって釘付けに出来ねーくらいの甲斐性無しかよ。お前から見たって俺より良いとこすらねぇのか?」
あぁまったく、性格が悪い。
そういった言い方、私も良くされた。男の子になんて、効果てきめんだろうに。分かっていて、全部分かっていながらも自分が上に立つ為に子供をからかうのだ。
本当、付き合う人選ぶよなぁ。あ、いやそうでも無いな、この人ちゃんとからかう人選ぶから。
「そ……そんな訳ないだろ! 父上は誰から見たってすごい人なんだ!」
「なら、それが答えだろ。自慢のオヤジに自信持てや」
ぽんぽん、と男の子の頭を撫でるギルディアさんには微妙に悔しそうな男の子の表情は見えてない。いやぁ、酷い。そんなにいじめてたら年頃の男の子には反感持たれて当たり前なんだよね。
さすがおっさん、若者の心情何のその。
「ギルディア」
「おう」
「馬鹿か貴様は」
「い゛ったぁ!?」
いつ出したのか、ウェールズさんが手に持っていたハリセンでギルディアさんの頭をぶっ叩いた。
良くテレビから聞こえる音が響く。
「けっ……こう、痛てぇなそれ!?」
「当然だろう。最大限強化してある上にこっそり【巨神の腕輪】を装備しておいた」
「殺意しかねぇ!!」
STRが五十%上がる代わりにDEFとSPDが百%ダウンする究極の脳筋装備、遊びでもそれを装備されて殴られたら私のDEFだと死んでしまう。しかもそのハリセン、いつぞやのイベントのネタ武器ですよね? その中でも一番レアリティ高くて攻撃力高いやつ。
「と言うか、そいつはこの国の王子だろう。そんな雑に扱うな、近付けなくなって利用出来なくなったらどうする」
「素直すぎるお前もお前だよ」
「……隠しても無駄だろう」
ウェールズさんからの睨むような視線に、また王子様らしき男の子が反応する。あれ、何かその子に関して聞いてます? 私何も聞いてないんですがそれは。
「《魔眼》とか言ったか。実物を見るのは二回目だな? 随分とまた……」
ちょっと!
私何も聞いてないんですけども!?
話についていけない! そこの暇そうなギルディアさんもそっちにかかりきりになってないでこちらへ話を通してください!!
「──美しいな」
「ちょっとそれ見せてくださいよ!!」
ウェールズさんがまず真っ先に美しいとか気障っぽいこと言うんだから、当然それは美しいものに決まっている。見たい見たい、と王子様の正面に回り込んでみたところ。
「う、わ、ぁ」
瞳の中に魔法陣的な複雑な紋様浮かんでるじゃないですか〜〜〜!!!
すごい、金髪碧眼美少年の、その碧色の瞳の中に三重くらいに積み重なった魔法陣がクルクルと回っているのが見える!
ええええなにこれファンタジー最高!!
「……至高と言うべきかなんと言うか声すら出ないんですけどもあのその魔法陣はかっこよすぎではないですかね? いや悪いことは無いんですけど尊過ぎて全私が拝み倒したい欲に駆られるのですが? 神様仏様お母様お父様皆々様こんなの生み出してくださってありがとうございます……はーお美しい」
要するに美しいと言う一言に凝縮される私の感想。語彙力が足りなくなってしまう。
お人形さんのように可愛い男の子の瞳に魔法陣が浮かんでるとか萌え&萌え! 正しくここは楽園では?
「誰かこの不敬者どうにかしなさいよ。アレフ殿下が困っていらっしゃるじゃない」
「いいのよアイリちゃん。とっても褒めてもらってるじゃない」
「ロクシエラ様、そういうことではありませんわ……」
あっ、男の子が逃げてしまった。お嬢様と話をしていた王妃様の後ろに隠れてしまって、顔を半分だけ覗かせてこちらを伺っている。
もうその瞳には魔法陣が浮かんではいなかった。
「母上ぇ……!!」
「あらあら。アレフ、褒めてもらっているのだから、お礼を言わないと」
「だってあいつ危ない目をして!」
「よく分かりましたね!?」
「やっぱりそうだったんだ!!」
なんて阿鼻叫喚。いや阿鼻叫喚なの私と王子様だけだ。
終わりの見えない騒ぎの終止符は、始まりでもあったウェールズさんにより、
「あいたぁ!?」
……私の頭への手刀と言う形で打たれた。
相当痛い。ステータスを覗き見ると、なんとHPが三割も減っていた。そりゃ痛い訳だ。そこいらのボスよりも圧倒的に痛い攻撃である。
「《魔眼》とは、瞳に現れる固有のスキルの総称だ。見ることで効果を発動する、相当珍しいが相応に強力、代償がある場合があると言った特徴がある……そうだったな、ローエル」
「ええ、よく覚えておいでで」
「私その説明受けてないのですが……?」
「貴様がハイテンションで馬との会話を楽しんでいた間に話してた事だからな」
「自業自得でしたね!」
人の話はちゃんと聞いた方が良いという素晴らしい例である。
ところで、その話はどうして今したのだろうか。
「この国の王子……アレフ殿下は、《魔眼》を持っている。それも、相手の心を読む系統だ。違うか?」
そんなとこまで聞いていたんですね。
人の話にはしっかり耳を傾けると心から決意する。適当に生きていては重要な情報を逃してしまう。目の前の可愛いシロさんよりも優先しなければ……いや、そんなことは無いな。やっぱシロさん優先で大丈夫だ、ウェールズさんが後から解説してくれるし。
しかし、そんな話は王子様の信用等到底得られるものではなかったようで。
「っ……! 母上、やはりこいつら危険です!」
「……アレフ、そう怯えないの。知っているのなら、貴方に近付く訳が無いじゃない」
逆にめちゃめちゃ警戒されてしまっている。
ウェールズさん、それ逆効果過ぎませんかね。
悟っているような王妃様の態度も気になるし、茶化さないように黙っているしかないな。
「読めるようなら読んでみろ。それしきで化け物扱い等する訳ないだろう。心を読まれたところで不都合になる様な情報……いや、それしかないな……?」
「良い所だったのに残念過ぎるわね貴方」
間違ってはないけどね!
どこまで、どう読めるのかは知らないけれど、転移してきたってことやレベルのことが知られたら大問題なのである。自分から口を滑らせなくてもバレちゃうのは怖い。
私は厄介事に巻き込まれたくないんだって言うのには、もう遅そうだけれども。
「ロクシエラ様、私の護衛が不躾で申し訳ございません。実力しか確かではない者達で……」
「さらっと人間性に問題があるって言われてんぞ」
「ギルディアさんギルディアさん、流石にここは黙る場面ではないかと」
「貴女もよ!!」
「黙ってたじゃないですかぁ!」
「鮎炭は喋るだけで空気が弛緩するからな、仕方ない」
「喧嘩ですか? 売ってます? 特売セールしちゃってますよねぇそれ、是非とも買わせていただきたいのですが?」
「いいから貴女は馬車を置いて来なさい! 放置しないの! 邪魔じゃない!」
あ、忘れてた。
渋々、宿の隣にある駐車場のようなスペースに居るようシロさんに伝えて移動してもらい、放置。結局放置になるのは仕方がない。
そして全員で何故か宿の奥へと歩いていっていたので、はぐれないように着いていく。ふざけたような空気感では無いので今は真面目モードなのだろう。少しくらいは空気読みますよ、私だって。
「昨日はこの宿に泊まらせてもらっていたの。あそこなら人に話を聞かれることも無いから、少しだけ皆さん付き合ってくださる?」
答えはイエス一択である。美しい金髪に黄色の瞳の妙齢の人妻の魅力に抗える奴が居るだろうか? 無理だと思う。是非とも誰もいない二人だけの部屋で好きなだけその壮大な丘に顔を埋めさせて欲しい。
げふんげふん。
「勿論ですわ。貴方達、こ・ん・ど・こ・そ! 失礼の無いように、隠し事無く答えるのよ!」
「いえっさ!」
「黙りなさい!」
何故。私だけいつも黙れと言われなければならないのか。
まあ原因として自分のふざけた態度が挙げられるのは分かっている。ただ、それがやめられるかどうかは別。シリアスムードとか真剣モードは苦手なんだよね。終始ギャグで、楽しく生きたい。
「この人数だと狭いかしら……」
「お気になさらず、ロクシエラ様。色々と非公式の場ですわ……そうしないといけません」
「そうねぇ……」
そうこう言っているうちに、どうやらお部屋に着いたようだ。
お嬢様に続いて中へ入ると、普通に広かった。これでよく狭いとか言えたな。
「……やっぱり、狭いんじゃないかしら?」
「大丈夫ですから!」
そんなに箱入りお嬢様アピールはいらないですよ? 可愛いけれど。とてつもなく可愛いけれど、普通にこの部屋は広いので安心して欲しい!
「じゃあ皆、座って座って」
「ロクシエラ様、彼等は立たせますので」
「えぇ、分かっているわ」
遠慮なくお嬢様の後ろに我々三人が立たせてもらう。ローエルさんはお茶を入れに行ったのだが、メイドさんぽい人と揉めている。あれ王妃様のメイドさんなのでは……いや、何も言うまい。
今の私は人妻の魅力に身を捧げた。お嬢様からの許可も降りてるから彼女の言いなりになっても大丈夫だ、問題ない。
「何を聞きたいのでしょう、ロクシエラ様」
「急にごめんなさいね、アイリちゃん。でも教えて欲しいの。アレフの瞳について、何処で知ったのかを。このことはまだ、リナリア王も知らないのよ」
そんな重要な情報が私達に漏れてて良いのでしょうか。良くないような気しかしない。
我々の情報源はローエルさんだけど、お嬢様自身は多分、前世から知ってたはず。で、そのお嬢様から聞いてローエルさんも知っているのなら、どう言い逃れるのだろうか。
最早言い逃れる前提で考えていたのだが、お嬢様は挙動不審な様も一切見せはしなかった。
「私の執事、ローエル。彼からですわ」
そんな堂々と私は嘘つけないなぁ、とぼんやり思うが、どうやら嘘では無いらしい。
「母上、嘘では無いようです」
嘘発見器が隣にいるの、便利だね!
てゆーか私はそれ忘れてたんで、がっつり嘘ついて誤魔化すんだと思っていた。そうだ、心が読めるなんて凄い力を持った子がそこにいるんだ、嘘をつくのは悪手でしかないな。
心から嘘を言える場合とかはどうなるか分からないが、お嬢様多分そういうのは苦手そう。な、気がする。
「ローエル、来てちょうだい」
呼ばれたローエルさんは、揉め事も一時中断して急ぎ気味にこちらへ来て、一回王妃様達に頭を下げてからお嬢様の隣に立つ。
奥では揉めていたもう一人の人、メイドさんが嬉しそうにお茶を淹れていた。
「お嬢様、ここに」
「見せて差し上げて」
「承知致しました」
ローエルさんがゆっくりと顔を上げると、王妃様と王子様が目を見開いた。
何何、私にも見せて欲しい。……が、我慢。大人しくすると人妻に誓った。
「貴方も……!?」
「はい。私の《魔眼》は人々のステータスを見抜く瞳。以前お見かけした際に、不躾ではございますが使用させて頂きました」
ローエルさん、あんたもだったんかい。
ステータスを見抜くのはステータスが実装されてるこの世界だと、相当強いのではないだろうか。何せ戦う前から相手のスキル構成分かるんでしょ? PvPは分からないから相手が強く思えるのに、反則だわ。
「彼から聞いて、アレフ殿下の《魔眼》の事を知りました」
「……そう。《魔眼》持ちは滅多にいないし、実害を感じなければ察知するのも難しいものね」
そういうのは、普通不敬で首飛んでたりとかあるんじゃないだろうか。無いのかな?
バレなければ良いのか。でも、あそこまで魔法陣輝かせてたらバレそうなものだけど。
「やっぱり理由は、王に近いこの子に近づく為かしら」
王妃様の視線が変わった。
これまではゆるふわっぽい優しい視線だったのに、急に見定めるような、厳しい視線へと変わったのだ。
子供を守るため、ということだろうか。
お嬢様はどうだろうかと横目で見るが、真っ直ぐに王妃様を見つめている。うんうん、お嬢様って本当に肝が据わってるよね。
「そういった野心が無い、と言ってもどう信じていただければ良いのか分かりません。ただ私は、この国が、ヴァレントリア領の民達が、平和であれる王に与するのみですわ」
見た目12くらいの女の子がそれ言っちゃうのでしょうか。
それもっと壮年のおじ様とかが言う台詞なのではないでしょうか。
それが本心の女の子、寂しくないのかなぁ。いや、アレが本当に本心なのかどうかも怪しい。
よくある事だ、何かやらなければならないことがある場合、それを自分の望むことだと思い違いをして盲目的になってしまうというものも。
嫌だねぇ、見た目だけでも年頃の女の子がそんな洗脳されたような思考なんてさ。
「ふん、口では何とでも言える!」
噛み付くように、王子様が叫んだ。
こっちはこっちでひねくれてるなぁ、心が読める故の人間不信入ってそうだぞ。
あーもう、ややこしい子供達ばかりだな。自分の年齢は棚に上げるとして。
いいじゃん、何も考えずに……って訳には行かないけど、子供の本分は遊んで食べて、寝ることでしょう。大人がこれを守ってやらなきゃ行けないのに、どうしてこうなっているのか。
「えぇ、何とでもお取りください。現状、第一王子であるアレフ殿下に与するのは王の世代交代を考えると一番争わずに行ける道だとは考えておりますので」
「……随分、大人びた事を言うのね。本当はどう思っているのか、私にも話してはくれないのかしら」
最早王妃様すらも苦笑い。だがそのお嬢様は恐らく貴女と同い年くらいだ。精神的に。
「と、言われましても」
「そう……アレフが好きとか言ってくれれば、喜んでお嫁さんにしたのに」
「母上!?」
色恋での味方は結構危ないですよ王妃様ぁ!
つーか私レベルのシリアスブレイカーさんがそこに居ない? ねぇ、私喋っていいかな?
「脱線ひでぇな」
「……こういうお方なのよ」
「おぉ神よ! 何故私は許されないのか!」
「腹立たしさが違うな。やはり大人びている方が天然も見れたものだ」
「天然アホの子ドジっ子の全創作美少女が泣きますよ!」
泣き真似を披露してみる。
が。
「美少女は自分を美少女とは言わん」
「可愛いとこ以外は認めらんねぇな」
「ちょっと! 可愛いなら美少女では!?」
この私、鮎炭さんのアバターにケチつけると申すか。宜しいならば戦争だ。
あ、別に私自身に自信がある訳ではない。ただ、アバターとして作ったこの鮎炭には自信がある。そういう事です。
「ふふ、うふふふ! 面白い人達ね、アイリちゃん!」
「……申し訳ございません」
「あら、怒ってないわよ? むしろ紹介して欲しいくらいだわ! お固い人じゃなくて、もっとこういう気さくな護衛が欲しいのよ!」
やだ、スカウト受けてます?
お嬢様からの視線が痛いので応じはしませんが、ちゃんと自己紹介くらいはするとしましょうか。
読んでいただきありがとうございました。
ゲームばかりやっておりますので次の更新は不定期です。
お楽しみに。