第6話
転んでぎゃあすか喚いていたギルディアさんは置いておくとして。
「頭が痛いな」
アイリ様と情報を整理していくうちに、私達は余計訳が分からなくなってきていた。最初に目覚めた後、そしてアイリ様に出会った後、たった二回だけしか世界を把握する術は無かったのだが、それだけでも十分に色々混ざっている事が分かっている。最早ゲームベースの世界だと考えない方が早いかもしれない。
「私が知っているのはこの世界が乙女ゲームの世界だと言う事よ。国名や学校名、後は人物名が一致しているわ」
「俺達が知っているのは、この世界がオンラインゲームのシステムを流用しているという事だ。ステータス関連、自分のメニューやそれぞれのインベントリまで完備されている」
アイリ様とウェールズさんが互いの言葉を聞き終えた後にため息を吐いた。
そう、混ざっているのだ。私達が困惑しているのはその事で、世界観としては完全に乙女ゲームなのだが、システム面がオンラインゲームのそれ、と言ったら良いのだろうか。私たちにそれぞれにしか見えないステータス画面があるように、この世界の人々にも同じものがあるらしい。
好感度も見えない世界でどうやって対象を攻略すれば良いのだろう。あ、アイリ様は攻略しなくていい側だった。
「インベントリ、って何?」
アイリ様に、少し不審そうな表情で聞かれた。知らないのか、と言う顔をする私の両隣の男性お二人にローエルさんが反応しかけているので何とかしなければならない。
インベントリは私達のようなオンラインゲームを良くやる人には身近な言葉だけれど、乙ゲーやもっと緩めなRPGなんかをやっている人にはあまり身近ではないという事を学んで欲しい。全てが全てインベントリで表されている訳では無い。
と言うか、この世界の人にはインベントリ画面は無いのか。基本的な話は合っていたんでびっくりした。
「ええと……RPGのどうぐ画面、アイテム欄と言えば伝わりますかね?」
「ああ、そういう事ね。それなら分かるわ」
うんうん、と頷いてくれたアイリ様だが、その後即座に首を傾げ、また少しだけ青くなって声を荒らげてしまった。
「てことは、もしかして!」
「あぁ、集めたアイテムは全て入っているぞ? 俺達は廃人とか呼ばれる部類に入っていたしな。この謎の腕輪の効果で色々と異世界では出したらまずそうなアイテムばかり収納したギルド倉庫も使えるはずだ。まだ使用した事は無いが」
言った後、ウェールズさんが以前に見た事のある青い液体が入った瓶をインベントリから取り出したようで、アイリ様に投げ渡していた。と言うか、それはいつぞや遊んでいたエリクサーでは? と半目でウェールズさんを見ると、「ちょうど良いところにあった」と悪気の欠けらも無い目で言われた。いやそれ結構な入手難度なんですけども……10本手に入れるの結構大変だったんですけども……私のじゃないからいいか。
「ローエル、分かる?」
「……話でしか聞いたことはありませんが、どんな難病もどんな怪我でも、死んでさえいなければ立ち所に直してしまうという伝説として伝わる秘薬に、このような美しい青い液体のものが」
随分な評価をされているエリクサーさんである。確かに死んでなければHP全回復するけども、伝説の秘薬とまで言われるかと言えば……もっと入手の難しいアイテムもある為、そうでも無いような気がする。むしろステータスを一時的に全て上昇させるアイテムの方が作るの面倒だったはずだ。こっちは私一つしか持ってませんしね。
アイリ様が頭を抱える中、不意にぎしりと音を立て、ウェールズさんが椅子の背もたれへと寄りかかった。無言の注目しろアピールである。
「俺達はそれぞれ10本以上所持している。不味いか?」
その端的な言葉の意味を、アイリ様はちゃんと分かってくれたようで、眉間をおさえながらぽつぽつと呟いてくれた。
「そうね、かなり不味いんじゃないかしら。伝説の薬でしょう? ローエルでさえ伝説としてしか知らないのなら、それが数十本単位であるのが問題ね。国、商人、教会と……何処に知られたとしても大混乱と争奪戦、権力の象徴に祭り上げられるまで行くかどうかって所ね」
権力の象徴とまでなる物なのか、と驚いて開いた口が塞がらなくなってしまった。これはもしや、他も軒並みレアリティが高くなってるとか、そういった事象が有り得てしまうかもしれない。アイリ様からの結構真剣な視線を受け取り、迂闊にインベントリ内のアイテムを使用しないことを心に決める。他のお二人も真剣な表情なので大丈夫だろう。表情は、であるが。
「そう来るとなると……この世界の平均レベルは分かるか? 下手をすると俺達のレベルだけ馬鹿みたいに高いなんて事故が起きかねんぞ」
「その自信何なのかしら。ローエル」
「はい。食事をするだけで経験値は入りますので、一般的な農民であれば二十から三十、貴族ですとより良いものを食べる傾向から六十程、騎士等直接魔物と闘う職業の者は八十程でしょう。冒険者となると上から下まで幅がありますし……記録に残っているこの世界の最高レベルとしては、三百年前の勇者が生涯を掛けて上げたレベルが百五十、と残されています」
「え」
思わず声が漏れてしまった。むしろもう驚きすぎて声が出ない。
あわあわ、と声の出ない私やウェールズさんに代わり、ギルディアさんが初めに声を出してくれる。
「……俺はこの三人じゃレベル低くて、んでも三百二十三、これくらいあんぞ」
アイリ様達が固まりましたが完全に事実。
だって私、もうそろそろ三百五十越えられますし。
「暇な学生さんにかかればレベルくらい、三百四十七にもなりますよ!」
「堂々とした廃人宣言乙。……俺は三百二十九だな」
GCOは、レベルを上げてスキルポイントを得て、阿呆みたいな数があるスキル系統の中で所得したいスキル系統にポイントを割り振ってスキルを得る。そんなキャラクターの育て方をするゲームだった。確かにレベルが上がればステータスも少しは上がるが、それは副産物程度にしかなっておらず、とにかくレベルを上げてスキルで殴るゲームとして話題になっていた。
……のだが、何を間違えたかかのゲームにはレベル上限が無く、際限なくレベルを上げられるため、実質全てのスキルを所得できるという果てなき夢を探求出来る仕様になっていた。そのせいもあってプレイヤーのレベリング技術は恐らく他のゲームの追随を許さない程に上がっていたのもある意味特徴の一つだとしておく。無数のレベリング方法が確立され、どれが最高効率かを検証し、ただひたすらにレベリング技術に人生を捧げた者が居た結果である。w〇kiに書いてある初心者指南も八割方レベルを上げろって記事だった。勿論私もレベリング技術は上の方だと自負出来るので、“古代の遺跡で帰れない一日十時間限定レベリングツアー(セーブ・ログアウト不可)”なんて恐ろしい題名の付いたレベリング方法は私が発案したものだ。極一部のニートさんにしか受けなかったけど。
「どうしよう、心強いって感情よりも、厄介なもの拾っちゃったって感情の方が強いのだけれど」
「扱い酷いですねぇ」
まぁ確かにそうだろうな、とは思うけど些かひどい。そりゃ、この世界基準で見れば私なんてレベル高すぎるとは思うが、レベル高いだけで、戦闘力としてはウェールズさんやギルディアさんの方が全然上なんだけど。私は基本的にサポート系のスキルばかり取っていたから、戦闘に使える攻撃的なスキルは彼等のように極めるレベルにたどり着いていないのだ。
「でも、私のポイントはいろんなスキルに割り振ってますので、単純に戦闘力として見るならウェールズさんとギルディアさんの方が高いですよ? 私の本領はデバッファー兼広域殲滅型アタッカーです」
「広域殲滅型とか嫌な予感しかしないから深く聞かないでおくわ。と言うか、それただ完全後衛なだけじゃないの?」
「まぁ、そうとも言いますが」
前衛の方が、やはり戦闘スキルは必要だと思っているので、私は彼等を尊敬している。あ、スキルって言っても、ゲーム内の、では無くて我々プレイヤーとしてのスキルの事。何せ私は後衛なので、精々が前衛よりもヘイトを稼がないようにするくらいと、バフデバフ管理と広範囲攻撃に巻き込まれたりしない位置取りが出来れば同じ事が出来る。
しかしウェールズさんみたいなタンクも、ギルディアさんみたいなメインアタッカーも、私には真似出来ない。ゲーム時代からずっと、彼ら二人は私の憧れなのである。だからこそ私も近付きたくてギルド作って、全力で遊んで、ようやく背中が見えたのだ。
たかだかゲーム、されど。そんな受け答えも何回したものか。
「個々の戦闘能力は最早置いておくとして。この世界においてスキルの所得はどうなっている? レベルを上げてポイントの割り振りという形そのままか?」
「えぇ、そうね。レベルを上げれば、自分に適性のあるスキル系統にポイントを割り振れるわ。後は、割り振ったポイントによって、スキル以外で出来ることがあったりするわね」
「スキル以外だと?」
またもや長い解説はローエルさんへと引き継がれる形で始まった。聞いていると、ゲームで遊んでる時には考えないような仕様の範囲外の部分のようだ。現実化するにあたって、不都合が出る部分に調整がなされている、というべきか。
受けた説明は以下の通り。
話していたのはスキルに関して。ウェールズさんが疑問に思っていた“スキル以外”というものが何なのか、という説明だった。
私なりの理解の仕方としては、例えば武器なんて持ったことの無い一般の人が《槍術》というスキル系統にポイントを割り振るとする。そしてまず最初に《二段突き》というスキルを覚える。これでスキルとして《二段突き》を使用出来るようになった。しかし、その人自身は槍が使えない。どう振れば良いかも分からない。そんな状態で生き物相手に槍を振り回したところで役に立つとは思えないが、そこでスキルの登場である。スキルにポイントを割り振っていけばいく程、スキルを覚えるだけではなくその武器の扱いが上手くなるらしいのだ。魔法系統のスキルなら魔法の扱い方が上手くなるし、生産系統のスキルなら料理や裁縫なんかも上手くなる。勿論、自分自身で研鑽を積むことは出来るし、スキルポイントを割り振った上で練習も怠らない方が良い。それでも、スキルポイントを二十くらい割り振れれば街の街道を歩くくらいならば通じる程度になるのだそうだ。まあ、あくまで街道のそばに良く出てくるスライム等の弱い魔物に勝てるというレベルらしいが。
「あぁ〜、だーから私達ドラゴン倒せたんですねぇ。納得です」
「普通にスキル使って戦ってたもんなぁ。そういや俺、格闘術とか習ったことねぇって」
「剣で斬る、盾で防ぐ……確かに何故か知らんが普通に出来ていたな。殆どスキルを使っていたから気付かなかったが、無意識下にそんな下地が出来ていたとはな」
スキルはスキルでまた別枠で、MPを使って普通に攻撃するよりも速かったり、強かったり、属性を纏っていたりするような事が簡単に出来る、という分け方が成されている。まぁ通常攻撃とスキル攻撃に差があって当然だよね。そしてMP切れでも使える通常攻撃だってあったっていいよね。私達みたいにレベル上げしすぎるとスキルでの攻撃が主体になるから、通常攻撃を失念してた。ヒーラーだってバッファーだってデバッファーだって杖で殴るくらいしていたはずだ。杖術スキルは魔法使いに必須だった。
そういった説明が終わると、今度はアイリ様が私達に、
「そこまでのレベルになると三人でドラゴンにも勝てるのね……どんなドラゴンだったの?」
私達が戦ったのはレッドドラゴンという、案外フィールドによく湧いて出た強めな魔物である。序盤のボスで中盤の後から雑魚に変わる感じの奴。亜竜を除けばドラゴン族の中で最弱の弱さを誇る可愛い餌だった。こっちでもあんまり変わってないどころか前よりも大幅な弱体化が見られる。
と、言う旨を伝えたところ。
「……うん、ごめんなさい。気軽に聞いた私が馬鹿だったわ」
ドン引きされました。解せない。
レッドドラゴンはレベル百程度ならパーティ組まないと狩れない程度の強さはあるけども、それでもドラゴン族の中では最弱だとは伝えた通り。単調な動きと、有効範囲の広くないブレス、そして何より他のドラゴンより一回り小さい体躯。うーん、弱い。あんまり長い間飛べないから上空からの攻撃とかもしてこないし。
と、そんな認識の違いから、また空気を読んだローエルさんの解説が入れられた。
「以前、ヴァレントリア領でもレッドドラゴンを討伐した事がありますが、その際は騎士団より五十人、冒険者より選りすぐりを二十人、計七十人で挑み、無事に帰れたのは四十人、約半分です」
「討伐自体は成功したのか?」
「ええ。そのお陰で損害分も補填は出来ましたが」
七十人というと、人数的には七十二人で挑戦する大規模戦闘クラスの敵だということだろうか。そんなもんエンシェントドラゴン、略して伝ドラとか、魔神とか、そういった相手位でしか行ったことが無い。まぁ本職のヒーラーが居るんで死にまくりながらのレイドボス戦だったという事を考えると、それくらいの犠牲が出るのは妥当なのだろう、とも考えられるが。
「雑魚いなこの世界」
「世界レベルで馬鹿にするのやめましょーね!?」
私が思っただけで留まった本心を暴露してしまうギルディアさんにはローエルさんもアイリ様も苦笑いなので、これまでの一連の流れから、私達が強過ぎるという感覚は同じなようだ。だからといって威張り散らしたりとかしたい訳では無いので、私個人としてはひけらかすのは是非とも遠慮させて頂きたい。アイリ様の想定通り、厄介事に巻き込まれる可能性が爆上がりする未来しか見えない。
で、だ。
そろそろ、その雑魚いこの世界で、現状のアイリ様は何をどうしようとしているのかを聞きたい。此処が乙女ゲームの世界なのは分かった。自身のステータスにはGCOのシステムが改変されて適用されてるのも分かった。私達が阿呆みたいに強いってのも、分かった。それで、アイリ様はどんなエンディングを望みたいのかはまだ聞いていない。彼女は主人公では無いらしいが、彼女なりに逆ハーエンドでも目指すのか、それともゲームの進行をなぞりたいのか、邪神降臨で世界破滅させてみたいのか。一体何がしたいのかを、どう協力すれば良いのかを私達は多分、まだ聞いていない。
「アイリ様、ちょっといいですか?」
「何かしら。そろそろ話のストック尽きてると思うのだけれど」
「もう尽きてるんですか早いですね!?」
ではなくて。
「……いや、まだ聞いてないことあるじゃないですか」
真剣に言ってみたのだが、ようやく皆さんに伝わった。こちらに視線が集まる感覚は慣れていないけど、これは絶対に共有してもらいたいことだから、頑張りましょう。
「アイリ様、貴女は一体、貴女が知っているようで知らないこの世界で、どのような結末をお望みですか。乙女ゲームならエンディング沢山あるじゃないですか、まぁ攻略する側はこちらでは無いのでこちら側に選択肢がある訳でもありませんが、それでも貴女はゲーム通りの展開を望むのか、それとも全てを滅ぼすバッドエンドにしたいのか、はたまた全てを拾いきるハッピーエンドを掴みたいのか。そういった、行動の指針が欲しいのですが」
一瞬だけ、アイリ様がきょとんと目を見開いて固まった。しかし彼女はすぐにそういえば、と切り出す。
「伝えてなかったわね」
そこから忘れていたらしい。
なんでこう、誰も真剣な雰囲気を察してくれないんですかね、泣いてしまいます。
「私はゲームの内容を踏襲せず、主人公の平民のキャラにより王子と結ばれることを防ぎ、リナリア王国が平常に発展することを望むわ」
「あっごめんなさい想定より遥かに現実的で貴族的でとても困惑してます」
「私が王子と結ばれたいとか言うと思ったの!?」
アイリ様のその言葉に私達三人とも頷くと、苦い顔をされた。
「良いのよ別に王子とかなんとか、顔が良いだけのヤンデレじゃないの。そんな人間的に不安定な人よりも、自分の故郷の方がずっと大切だわ。別にユリカがちゃんとした子なら王妃に推すのも吝かではないけれど、ゲーム通りのただの平民で、貴族世界に馴染めないのなら絶対に防ぐわよ。人間以外、獣人とかエルフを落とすのならまぁ、リナリア王国外のことだからどちらでも構わないわね」
自国の王子に対して結構辛辣なアイリ様。
ヤンデレは顔が良くないと成り立たないじゃないですか、顔が良いだけで得なんですよ人間は、なんて言えたらいいんだけどね。
祖国の為にとか言って自分のことを普通に犠牲にしそうな言動をド天然でぶちかますお嬢様に言える訳が無い。何処からそうなったのかは知らないが、やはりこちらの世界でそういった教育を受けてきた賜物なのだろう。恐らくだが内心ギルディアさんやウェールズさんも引いていると思われる。戦時中の日本教育でも受けたのだろうか。
「貴様がそう思うなら、俺達はその目的に沿うように動くとしよう。最悪、鮎炭がドラゴン十体くらい召喚して暴力で王座を勝ち取ればいい。その後善政でも敷いておけば国民からの苦情は出ないだろう。むしろ強くて優しいという好意的解釈すら望めるしな」
けどこんな最もやばい思考の持ち主がまさか身内にいるとは思わなかったし、この日のドン引きされたで賞は最後の最後でウェールズさんがかっさらってったのは言うまでもない。
一番立ち直るのが早かったのは、意外にもアイリ様で。
「……くれぐれも、過激に行動しないようにしてちょうだい。基本的には私に従ってもらうんだからね、勝手にしないでね」
一生懸命に釘を刺しておられましたとさ。
もっと話が進んだって良いんだよ?
という天のお言葉が聞こえないので全然進みません。