第5話
お久しぶりです。
やっぱり進みません。
夜中まで起きてるのは美容の大敵よ! とアイリ様に叫ばれた為、適当な部屋で一晩過ごさせて貰い、翌朝。起きて、辛うじて場所を覚えている部屋、昨日の夕飯の際に食堂として使わせてもらった広い部屋へと向かうと、既に話し合いがヒートアップしていた。当然、朝早いのはアイリ様とウェールズさん。ギルディアさんは見えないし、声も聞こえないのでまだ眠っているのだろうと想像できます。正直その寝顔を拝みに行きたい気持ちは山々ですが、恐らくそんなことしてるとドン引かれるのでやめましょう。
「おはようございます、お二人共」
「ん、鮎炭か。おはよう」
「あら、中々早いわね? おはよう」
「え、今何時なんですか?」
「えーっと……六時くらい、じゃないかしら?」
「なんでお二人共もう起きてるんですかね!?」
どうやらお二人共、元々朝は早い人だったらしくほとんど朝日が登ると共に起床したらしい。お年寄りですかね。いや恐らく、私やギルディアさんが呑気に寝ていただけで、普通転移とかしたら寝られなくなる、と非難めいた視線が突き刺さります。いや、そう言われ……言われてないけど、そんな目をされましても、私何処でも寝れる体質なので枕とお布団と世界が変わったくらいじゃ睡眠時間変わらないんですよ。と、口を開きかけたところ、少し離れた場所から二人ではない、別の男性が私に声をかけてきた。ナンパではない。
「鮎炭様、おはようございます。朝食はもうお食べになられますか?」
「あ、ローエルさん、おはようございます。食べます!」
アイリ様の執事さん、赤茶髪イケメンのローエルさんですね。アイリ様にとって私達は友人のようなものだ、と認識しているらしく、こうして丁寧に対応をして頂けているのが有難い。しかしそんな思考中、食い意地が張ってるなとか呟いた声が聞こえましたが無視。人間、朝起きたら朝食食べたいでしょう、普通。むっとしてウェールズさんを睨むと、彼はこちらを見てすらいませんでした。
一発くらい、マジな感じのスキルぶち込みたいのですが。
「あ、お話の続きどうぞ? 私朝ごはん食べてますので」
「あら、そう? なら、結構なこと話してる自信はあるから、少し聞き耳立てていて頂戴」
「了解です」
どんな内容話してたんでしょーかね。まぁ、聞き捨てならない台詞がウェールズさんから出ていたような気もしますが。
「……で、世界的なことはギルディアが来るまで置いとくとして、お前のこの覚え書き、一通り目は通したが……お前の未来に救いよう無くないか?」
「そう言われたって、私の役割は主人公が攻略対象との好感度を上げていく途中、全てのルートで出てくるライバル系キャラなのよ? 誰のルートであれ、バッドエンドなら邪神にいつの間にか殺されてるし、ハッピーエンドなら追放、幽閉、処刑どれでも有りよ。未来なんて言葉、考えたくも無いわね」
早速もう訳が分からないのですがどういう事? 内心で首を傾げつつ朝ごはんを待っていると、私の目の前に、かなり大量の紙束が置かれた。食べろというのか。
「見てみろ」
「あ、はい」
ヤギさんになれという訳では無いらしかったのでちょっと安堵する。私は見たことないのだけれども、なんか普通の紙っぽくないこれは恐らく羊皮紙、というものでしょうか。全部を持つのは少々重いので、テーブルに置いたままぱらぱらとめくって眺める。
それはアイリ様の、この世界に酷似したゲームの記憶と、それに対してのこの世界の考察だった。
ゲームの名前は『セブン・シグナル』。七人の色々な設定を持つイケメン達との恋を謳歌する学園ファンタジーのノベルゲームらしい。私はちょっと聞いたことが無いゲームです。
そのゲームの主要登場キャラは9人。
主人公で滅多に居ない光の魔法に適性を持つユリカ(デフォルトネーム)。
リナリア王国の正統派王子様(ヤンデレ)、アレフ・リナリアース。
超絶イケメン騎士団長の息子(人が良すぎる幼馴染)、リック・トライザード。
偏屈天才魔法使い(ヒキニート)、サイファール・グラン。
人間を見下すエルフの王子(ツンデレ)、ランハルト・ユグドリア。
ナチュラル強者過ぎて人の心が全く分からない竜人族(天然バーサーカー)、ギデル。
奥手にも程があるド変態狼男(ストーカー)、ターリス。
最後に数百年を生きる大賢者にして教師のハイエルフ(何故か攻略対象にされたお爺ちゃん)、ウェルナハル・ルナリット。
そして、我らがご主人様、(ゲーム内では)権力を無駄に持った超嫌な奴のアイリ・ヴァレントリア、様。
()内もアイリ様が書いていたそのままになります。
既に濃いメンツしか居ない、救いは無いのか。
まぁそんな事よりも気になり過ぎる事が、その後に書いてあったのですが。読み上げましょう。
注意!
全ての人物のルート、一定好感度を超えてから選択肢を間違えてしまった場合、相手が邪神を自身の身に召喚して世界を滅ぼし、強制バッドエンドになる。主人公の行動を見て、万が一を起こさせない為にある程度の誘導必須。
……なんじゃそら、って誰もが思うはず。私も思う。世界を滅ぼす邪神がなんで乙ゲーに関係あるんでしょうかねぇ!?
「どこのRPGですか」
「残念だけど乙女ゲーなのよね」
「なんでそうホイホイ邪神とか召喚してしまうんですかね……それも全員……」
嫉妬で世界滅亡。人が良すぎるところを利用されて騙され世界滅亡。ヒキニートが魔法にのめり込みすぎて世界滅亡。古より伝わる結婚の儀式が実は邪神召喚の儀式で世界滅亡。強者を渇望しすぎた挙句邪神を呼び出し世界滅亡。満月の夜に凶暴化した所を利用され邪神の依り代にされて世界滅亡。元より邪神を召喚する為に魔力を集めていて更生が出来なかった為世界滅亡。
……どうしようも無くないですか? え、だって、無理ですよねこれ? 何処をどう考えてもとち狂った奴らしかいないじゃないですか?
その学園に希望はあるんですか?
そっと羊皮紙を閉じてアイリ様へと渡そうとしたところ、重いのでウェールズさんに横からぶんどられ、そこからアイリ様の前に戻されていた。紳士である。
その代わりと言っては行けないのだろうが、朝食のパンとスクランブルエッグ(らしきもの)、野菜(のようなもの)が入ったスープが私の前に置かれた。置いてくれたのは当然、ローエルさんである。勢いよく振り向くと、ローエルさんは眉を下げてしまった。
「ご都合がよろしくありませんでした?」
「そんな事ないです! いや、ありがとうございます、って言おうと思いまして」
「なら良かった」
はわぁイケメン。ニコニコしてるイケメン見ると心が癒されます。それが更に執事さんであるならば破壊力は倍ですね。他の職でもイケメンであればそれだけで破壊力あるのは言ってはならない。
「んむっ、美味しーです! 想像していたよりかなり美味しいですね」
「私は最初に食べたご飯、味が薄いと思ったのよね。もう慣れたけど、良くそんな喜べるわね」
「我が家は全員薄味派だったからですかねぇ」
「どーうでもいい情報ね」
「人が喜んでる目の前で否定しくさった癖して何をおっしゃいますか!?」
アイリ様は私のことが嫌いなんでしょうか。いやきっとそうに違いない……そうでなければこのキツいご対応に説明が付かない……泣いてよろしいでしょうか。ダメですかそうですか。
「お嬢様、人の好みとこの世界の料理を軽々しく貶さないでください」
「もっと言ってくださいローエルさん」
「何よ味方が出来たからって」
「お嬢様」
「……悪かったわよ」
「ぐうかわ許します」
「うっざいわねコイツ」
少しふてくされながらも、ちらりとこちらを見て謝るお嬢様が可愛すぎて全私が即座に許してしまったのはやはり必然と言えましょうか!
「……ところで、普通に会話に混じってたが。ローエルはヴァレントリア長女の事を知ってるのか?」
ウェールズさんの言葉に、あ、と私も気付く。ローエルさんは先程、『この世界の』という表現を使っていた。普通に考えればそんな言葉は浮かばないはずで、それはつまり、彼がアイリ様の事情を知っている、ということを意味するのではないかと。
当然の如く彼の前で色々と話をしていたけれど、そもそもその時点でおかしいと言うのは気付くべきだったのでは無いだろうか、とは言わないでください。現代女子高生はそこまで深く考えて生きてません。
「えぇ、お嬢様より直々にお話を伺いました」
「えっ、転生系統で珍しいですねそれ!? アイリ様!?」
「……まさか、信じるとは思わなかったのだけれども」
苦笑いするアイリ様の後にローエルさんを見ると、彼は段々と、何やら物騒な──物理的にではなく、精神的な意味で──蕩けた瞳を晒していた。彼自身そうなっている事に気付いているのかいないのかは、恐らく気付いていない寄りで考えた方が合ってそうです。
「お嬢様ご自身が、この世界ではない別の、全く異なった世界の記憶をお持ちになられている事は伺っております。その話を聞いた瞬間に私は悟ったのです……これこそ、運命なのだ、と」
この人が実はやばい人だな、と私達が悟ったのも、多分このタイミングだと思います。マイワールドに没頭し始めたローエルさんからそっと視線を外し、アイリ様を見れば、首を横に振られ……あ、そうですか、この人もう手遅れなんですか。
「ステータスも、魔法もない世界で生きてきたお方がこの世界へ生まれ落ちた。そしてその方が私の主であるとなんて! 正しく運命! 初めてお会いした時、齢五つで高度な影魔法をお使いになられたお嬢様に、何よりも驚愕したのはまだまだ鮮明に思い出せます。どうしても、と旦那様に懇願してお嬢様付きにして頂けた事こそが私の現在を定めたと言っても過言では無いでしょう。その内、お嬢様からの信頼を畏れ多くも頂けた私はお嬢様の真実を教えて頂き、お嬢様の覇道の道を影に日向に手助けする事こそが使命だと、その時になってようやく分かりました。故にお嬢様が慣れぬこの世界の事については、私がお嬢様の分までも学んでおります。勿論、賢者と呼ばれるご老公方にはまだ敵いませんが、追い越せるのもあと数年と言ったところ。主であるお嬢様の目的はまだ定まっておられないようではありますが、それも時間の問題。学園等という小さな世界には収まらないその器量を発揮し、新たな国を作り上げる事だって造作もなくやり遂げられる事でしょう! 私はそのような未来を信じております。別にその時お隣に侍らせて頂きたいという訳ではございませんが、ただ貴女の為に私の力を震えるならこれ以上のことはございません。私が求めるのはアイリお嬢様の栄光ある未来のみでして」
「ローエル、黙りなさい」
「お嬢様? しかし、まだ半分程も」
「いいからやめてくれるっ!?」
真っ赤になってしまったアイリ様に怒られたローエルさんがすごすごと下がる。やりすぎなんですね分かります。
普通のイケメンだと思ってたのに普通に普通じゃなかったこの残念感どうしてくれる。
「……申し訳ございませんでした」
「あのまま続けられてたらまず私が羞恥で死ぬところだったわ……」
「軽いな貴様の命」
「過大評価に過大評価を重ねて崇拝されてみればいいじゃない! 分かるから、分かるから!!」
既にアイリ様涙目。正直可愛いですっ……て、こんなんアイリ様にバレたら可愛くキレられてしまう。
とは言えローエルさんの話を聞いた感想なんて流石異世界、くらいしか出てこない。だって、あんまり話自体は聞いていないのだから。食べながら概要が分かるくらいには聞き流していたと思うのだけど、別に私が当事者な訳ではなく。第三者であるという一点でなあなあな理解をしているに過ぎないのは何となくわかるけれども、それでもそれを踏まえてアイリ様の側に立って考えることは出来なかった。理由としては考えたくないという拒否感が挙げられる。
「大変そうですね!」
「完全に他人事!」
いやいや、完全に他人事ですから。微笑ましい主従は見て楽しむタイプなのです。
「……悪かった。主に俺が脱線させたのが悪かった。だからいい加減話を戻してくれ頼むから」
ついにウェールズさんから吐かれたのは、降参の言葉。私はだんだん脱線させて、違う話にすり替えるのは得意なのだけれども、止めてくれる人がいないと延々と話が終わらない。そのことを長年の付き合いでよくわかってくださるウェールズさんがようやく話の進行に支障しか出ないと私のことを止めてくれた。
「ああ、そうね。良い加減戻しましょう。何の話をしていたかしら」
「記憶吹っ飛んでません……? ほら、確かこっちの世界のご飯についてでしたよね?」
「貴様も吹っ飛んでるじゃないか。ヴァレントリア公爵令嬢が書いたこの世界に対しての覚え書きに関しての話し合いをしようとしていただろう。まあギルディアもまだ起きてはいないが。ローエル、あの馬鹿叩き起こしてきてくれ」
「ええ、承知致しました」
「私の執事なんだけど!?」
人様の執事さんを問答無用で使うウェールズさんマジパないっす。
人を使うのが彼の性なのかもしれない。
だからなのか、彼のギルド、いつも統率取れた動きしてくるんだよなあ……サーバー一位の最大手誤字ギルドの癖に。本当は高貴なる騎士団にしたかった癖に。何故その名前でギルドに誇りを持てるのか分からないが、まぁ所詮名前は名前、という事だろう。ロイヤルナイツって片仮名で呼べばそれっぽく聞こえてしまう事も原因の一端と思われる。
ローエルさんが部屋を出てギルディアさんを呼びにいくのを見送った後、残った我々三人は二人が来るまで少し話し込み、現状の再確認をする。おかしい、時間がかかり過ぎじゃないかと頭の隅で思いつつも、現状整理を行ってしばらくした頃、何やら大きな音が別の場所から響いて来て、その少し後にローエルさんがギルディアさんを連れて戻ってきた。
何故ギルディアさんの髪の毛が焦げているのかは……うん、私が聞くことではありません。ただ一つ、ローエルさんは案外武闘派だと言う新たな属性を知った。ことにする。
「あ゛ぁ、クソっ……俺ぁ朝よえーんだっての。起こすんじゃねーよ、それも燃やして」
不機嫌そうに毛先の焦げた頭を掻きながら入ってきたギルディアさん。しかし彼を燃やした張本人は優しげな笑顔のまま、何の悪気も無いと言うように悪意たっぷりの台詞を吐き出す。
「ウェールズ様とお嬢様より、重要なお話があるとのことでしたので」
「オメーらかよ!! 知ってたけど!!」
「私は濡れ衣なんだけど!?」
「いえ、お嬢様もそういった顔をなされてましたので」
「そこで要らない気を効かせなくても結構よ!!」
早速阿鼻叫喚。居るだけで騒がしいと言われる私が喋っていないのにこの惨状、ギルディアさん流石です。と言うかローエルさんも何だかんだノリが良い。
「軽めの朝食ですが、食べられますか?」
しかしまぁ、一応執事さんはいつでもお仕事中ということで、直ぐにギルディアさんのお世話へと意識を向けていた。それ以外にも向けてはいるのだろうが、私ではそういったものは分からない。
「ん、貰うわ」
「どうぞ」
「あれ、早くねぇ!? ちゃんとあったけーし、なんなのお前」
「至上の主に使えます一介の執事でございます」
「おい、大丈夫か頭」
早くもローエルさんの本性が現れていた。ギルディアさんが一瞬で白けてしまったのが面白い。いいぞいいぞ、もっとやっちゃえ。そしてドン引きされてしまえ。おっと既にされていた。
「ギルディア、貴様が食べ終わったらこの世界に関して話す。早く食え」
「お前さ、寝起きに対して何言ってんの?」
「そうよ、結局話進んでないのよ。早くしなさい、命令よ」
「何なの!? 前までこの役、鮎炭だったろーがよ!!」
「そこで私に振らないでくださいってば!?」
イジられるのが私だったと言いたい訳ですねギルディアさん。私そんなにいじられキャラだと思われてる訳ですね。これはどうにかしてクールでかっこいいお姉さんキャラを確立しなければ未来がない! あ、一番年下なの私だ! 厳しい!
年下のクールっ娘はあんまりかっこいいイメージが湧かないのでちょっと道のりが厳しい。そもそもクールドジとかそんな変なキャラ確立してしまったらもう戻れない。誰か、私に道しるべをください。全力で縋ります。
そんな無駄なことばかり考えている私へ視線が集まっている事に気付いたのは、ギルディアさんが、出された食事を平らげた後の事。マイワールドに没頭すると周りが見えなくなってしまうのは私もだという良い教訓を得られた気がする。いつも通りウェールズさんの視線により氷点下レベルで私の体温は下げられてしまったので、大人しく謝ろう。
「すみませんでした」
「これだから貴様は」
「親みたいなこと言わないでください!?」
あれが親子漫才だ、なんて言ったギルディアさん、聞こえてますよ。そこのアイリ様、親子だったのね……とか驚かないでください、親子じゃないです。ローエルさんの笑顔が消えて唖然としてるけど違いますからね。
「「親子じゃない!」」
「ほーら、な?」
一人でケラケラ笑い倒すギルディアさんを無視して話を始めるのは当然の流れだと思って欲しいし、何ならこっそりスキルで足元を凍らせておいてあるのも常識的な仕返しの範囲内だと思う。
「おっ、あぁ!?」
立ち上がろうとした瞬間にずっこけるギルディアさんから視線を外して証拠隠滅は図りました。
皆、喋りすぎなのでは。
10/24 ()がルビになってしまっていたので訂正。