第4話
今回より、第1章となります。
視点は鮎炭さん。
夢を見ていたのかもしれない。
憧れていた人達に出会えたなんて、そんな素晴らしい夢を。
***
浮いているような感覚がする……気がする。頭も、感覚も、とりあえず自分自身の何もかもがぼんやりとしすぎてよく分からないけれど。
そこでふと思い出すのは、覚醒する前のこと。私は確か、ゲームのアバターと同じ姿になって、ドラゴンをあの人達と一緒に倒して、そして……えっと。だめだ、この先が思い出せない。あの建物からは出られたんだろうか? それとも、意識を失ってそのまま死んでしまったのだろうか。
……まさかとは思うが、夢オチ、とか。
「ん、ぅ……」
一応、体は自分の意思で動かせるみたいです。ただ、重いというか、だるいと言うか、上手く動かせない? やっぱり死後の世界とかなのかな、等と考えながら瞼を上げることもせずにゆっくりと腕を動かすと、急に何か衝撃が私の手首に襲いかかって来た。
「ひんっ!?」
「起きたか!?」
「みゃあ!?」
いきなりの大声で変な声が出たし、びっくりしすぎて瞼もしっかり上がってしまった。すごい顔をしてしまったかもしれない。待ってください、恥ずかしさで死んでしまいます。
ところで、誰がなんて言ったんですか、聞いてなかったです。
「……元気そうだな」
少々呆れ気味な低い男性の声がしたと思うと、私の目の前に金髪で、人を殺してそうな程にキツい目つきの青年の顔が現れた。
わぁ、すごい、イケメンだ。あ、いや、そうじゃない。
「……………………えと、うぇ、あ、うぇー……るず、さん?」
「随分と認識に時間が掛かってるな? 頭に不具合でもあるのか」
ぐいぐいと顔をそのまま近付けて来るウェールズさん。
ちょ、近い近い近い、近いです。ごめんなさい、そう叫べるのは心の中だけなんです。実際にこんな凄いイケメンの顔が近いなんてそんな事案は罰ゲーム以上に色々と緊張で体が持たないんです。
当然、口から出るのはそんな言葉ではなく。
「ぁ、う……ぅあ、へ……ひぇ……」
等と間の抜けた言葉にもならない声である。自分でもびっくりしてます。どんだけ緊張してるんだ。
「……大丈夫か?」
「あ、そ、の……だ、だいじょ、ぶ、です……」
嘘です。大丈夫じゃないです。でも仕方ないじゃないですか、口が裂けたって貴方のせいですとか言える訳もない。ウェールズさん
が怖いとかそういう理由ではなく、ただ単純に、彼に否定的な言葉を掛けたくないだけです。自分の好きなものに否定的な言葉をかけたくないのは大体、万人共通じゃないかな。ほら、クズ(褒め言葉)とかは例外。
「そうか、なら良かった」
ふぅ、と息を吐きながら、彼は私の横辺りにある椅子か何かに座ったようです。かなり大きな音したんだけど、大丈夫かな。
上半身だけを起こしてウェールズさんを見ると、彼は心底疲れたように背もたれのある椅子に寄りかかっていた。あ、死んでないから平気ですね?
と、ここでようやく気付く。
あ、私、ベッドに寝かされてる? 浮遊感はその為か。私は生粋のお布団派だよ。そして、ここ、どこかの部屋だ。しかも、木造建築。現代においてあまり見られなくなったようなやつ。ログハウス? 分からない。思考が横道に逸れるのはいつもの事なので、大目に見ていただきたい。
「……あの、ここは?」
つまり私が言いたかったのは、ここが何処だってこと。あの建物の中なのか、外なのか。もっと言うならここは恐らく地球ではないのだけれど、どんな世界なのかということ。
「……まず大まかに言うと、地球ではない異世界らしい。だが今のところ、GCOの世界でもない。細かく言えば、リナリア王国という人間の王が統治する国の侯爵家、ヴァレントリア家の別邸だ」
知らない単語が凄い勢いで出てきてとても困惑しました。
しかし、ウェールズさんは真っ直ぐな目をしているし、こんな所で嘘をついて彼になんの得があるか分からないので恐らく本当のことなのだろう。
「わ、私の知らないところで……かなりお話進んでません?」
「否定はしないな。状況やばいぞ、聞きたいか?」
「理解まで時間かかりそうですけども、お願いします……」
彼の説明により、本当にかなり話が進んでいると分かった。数回同じ話をしてもらってようやく理解出来た程に進んでいた。
まず、恐らく私はドラゴンが居た部屋で大きな蜥蜴に噛み付かれ、毒が回って動けなくなったところで連れて行かれていたらしい。その辺全く覚えていない。
そして彼等──ウェールズさんとギルディアさんが大蜥蜴を倒してくれたおかげで私は救出されたものの、毒が治らないので回復させながら、建物の外に広がっていた森を抜け、街道へと出たらしい。
街道へ出た後、彼等は近くを通った馬車を(物理的に)止め、事情を話したところ奇跡的にこの毒について知っている人が乗っていたので、治してもらうためにこの別邸まで来たらしい。
これ絶対こんなサラッと話して良い内容では無いんじゃ無いだろうかと思わないでもないけど、まぁ、いいか。
「助けてくださったのはどこのどなただったのですか?」
「ヴァレントリア侯爵家の長女、アイリ・ヴァレントリア」
「あ、貴族のお嬢様」
「そうだ。で、貴様を助けて貰った代わりに暫く、ヴァレントリア家の護衛を勤めることになった」
「護衛」
「より正確に言うなれば、アイリ・ヴァレントリアの手駒だ」
「お嬢様の」
「そう言えば、貴様が起きたら大事な話をするとか言っていたな」
寝起きにこれ以上何を詰め込みたいというのでしょうかそのお嬢様は。やめてくださいそろそろキャパオーバーです。オーバーヒートで再度寝込みます。
頭を抱えたい私には特に触れず、ウェールズさんが立ち上がって部屋から出ていこうとしていた。その、アイリさん? アイリ様? を呼びに行こうというのだろうか。うーん、ちょっと寂しい。
「……あ、聞き忘れてました。私、どのくらい寝てました?」
「5日だな。死んだかと思ったぞ」
「わぁお」
結構ぐっすり寝させてもらったようで。
出ていこうとする彼をこれ以上引き止めるも悪いので、流石に黙る。一瞬ウェールズさんが振り返って来たので手を振ったら即そっぽを向かれてしまった。解せない。そのまま出ていってしまった彼の背中をジト目で眺め続けてやりましたとも。
ぱたん、とドアが閉じられた後に考えたのは、ウェールズさんの服装のことだった。なんと言うか、見たことの無い服装だったからやけに新鮮だったのだ。そもそも普段から彼のアバターは重厚な鎧だったし、この世界で出会った時もすぐに鎧へと着替えていた。だから、今さっき着ていたような……なんと言ったら良いか、軍服? の様な軽装姿は見たことない。何で軍服なのかは謎だけども、暗めの緑色にとても映える金髪だからより至高だった。延々とかっこいいポーズとってもらって写真撮り続けたい。
そうやってイケメンに思いを馳せているうちに、どうやらお嬢様が来たようで、この部屋に一つしかないドアがノックされていた。
「入るわよ?」
可愛い声だ。ちょっと強気そうな、幼めな声。もしや天使がそこにいるのでは無かろうか。どうぞ、と言えば、すぐにドアが開けられ、入って来たのは3人。我等が軍服ウェールズさん、あと戦闘装備よりも厚着をしているギルディアさん、あと……
「す、すごい、ツインドリル初めて見ました」
「素直すぎるご感想どうもありがとう」
まかかこの感想で怒られないとは思わなかった。
全体的にゆるふわウェーブな金髪で、横髪だけをくるっくるのドリル……お姫様カールというのか。そんな髪型の少女がでっかいの2人とともにこの部屋に入ってきたということを伝えなければならないのに何をやっているんだ私は……いや仕方ない。致し方ない。割り切ってください。
「私の名前はアイリ・ヴァレントリア。一応、貴方の命を助けたってことに……なるのかしら、私」
「まー、あんたが居ないと薬の材料わかんなかったしな、命の恩人で良いだろ、恩売っとけ」
「ギルディアさん、人が買う恩ですよそれ」
「俺じゃないなら良いな!」
「宜しくないです宜しくないですー!!」
「……話、進めても良いかしら?」
「「あ、どうぞ」」
大きなため息を吐くアイリ嬢。ごめんなさい、私達ゲーム時代から世界チャット私物化しては掲示板で【世界使うな】上位三枡糞野郎ばっか【うるさすぎ】とかいう謎板立ち上げられてしまうくらいにうるさいから……
「ありがとう。じゃあ少し黙っててね」
はーい、と間の抜けた声を私とギルディアさんで出すと、アイリ嬢は先程ウェールズさんが座っていた椅子に腰掛けて、ちょっと面白い爆弾発言をかましてきた。
「実は、私には日本という国で生きていた前世の記憶があるの」
「んぇ?」
「鮎炭、まずは黙っておけ」
「……了解です!」
一応彼等にも話を聞く気がある。と言うか、彼女に助けられた私がなんで1番ふざけているのかと怒られても良いところ、怒らないのが優しいですね。
さて、異世界、転生、日本と単語が揃っている。これはもはや王道のアレではないだろうか。そうアレ、ソレですよソレ。
「……で、私の記憶にこの世界と類似したものがあって、それが乙女ゲーなんだけど」
あ、そうでしたか。そっちでしたか。
「展開読めました」
「展開分かった、もう良いぞ」
「よっしおつかれー解散!」
「あんたら本当に人の話聞く気ないわね!? まぁ予想通りだと思うけど! てか本当に転生して来たのねあなた達も!?」
アイリ嬢が何か言ってますが気にしない。
私が予測したのは最近人気な、異世界転生悪役令嬢バージョン。主人公が悪役令嬢になって、将来的に訪れるはずの没落から逃れる為に頑張るお話が多い。基本的にとても面白いジャンルなのでオススメです。
で、恐らく彼女は乙女ゲーの悪役令嬢なんだろう。そう言えば、ちょっと彼女は目付きが鋭い。それが判断材料になるかといえばならない気はするけれど、乙女ゲーをやらない私でもこの子は気が強い子だなって思える造形をしているアイリ嬢なので、むしろぴったりなんじゃないだろうか、とちょっと失礼なことを考えてしまう。
「別に、お前が望むのなら協力は惜しまないぞ。そもそも俺達はこの世界について何の知識も無いし、お前みたいな者に保護されるなら、それはそれで最善のひとつだろうしな」
ウェールズさんがすぱっと色々割り切った発言をかましてくださった。全くもってその通りです。ギルディアさんも頷いているので、私達3人とも彼女の下に付くことに異論は無さそうだ。
ちなみに、アイリ嬢は眉間に皺を寄せて考える人のポーズを取っています。
「どうやって説得しようか悩んだ私が馬鹿みたいじゃない……」
完全に呆れられておりますね。ダメだこいつら、と言いたそうな気配を感じる。いやまぁそんなの、言われ慣れてるんでいくらでもどうぞと思いますが。
「……一応確認したいのだけれど、本当に良いの? 私がどうなるかは今のところ分からないし、大冒険とかしばらくさせてはあげられないわよ?」
大冒険? と、ギルディアさんが首を傾げた。ちなみに、ギルディアさんの言い方はかなりガラの悪い言い方だった。
ギルディアさんは分かっていないようなので私の考えをとりあえずお伝えしましょう。恐らく私と彼女では認識に誤差がある。
彼女は私達が主役になりたいと思ってる。
私達……と言うより私は、彼女が今は主役だと思っている。
どちらを主として見るかで、オタク的には物語の趣向が違う。悪役令嬢のお話にそこまでの冒険要素は無いし、私達のように戦える体で異世界転移するようなお話に学園モノとか貴族のゴタゴタ的な要素は薄い。
要は彼女、戦えるんだから戦いたいんじゃないの?と言いたいわけだ。
「すみません、戦闘狂様方と一緒にしないでください。出来れば農耕民族として暮らしたい程の隠居思考なんですよ私」
「逆に何を言ってるのかわからないわよ!?」
うまく伝わらない。言葉を交わしても意思の疎通は難しい。
「……えーと、兎に角、私は大冒険したい訳では無いですって事です。私を助けてくれた貴女の為に時間を使うくらい、惜しくはないですよ」
命を助けられたのなら、正直永遠の忠誠を誓うレベルだよね。私はまぁ彼女に忠誠を誓えと言われれば誓いますけども。
……でも、彼等は違うよね。
「なので、私は一生貴女のお傍に居ろと言われれば居ます。けど、お二人は勘弁してあげてください。心が未だ少年のままなので、ずっと誰かの下に居続けるのは、恐らく無理……」
「「喧嘩売ってんのか?」」
「こ、怖!!」
違うと思って発言したのに思い切り睨まれるこの仕打ち、酷くないですかねぇ? 言った通りの事を思った迄なのですが。
そもそも、助けられたって言うのは私だけで、彼等は違うはずだ。なのに、私のせいで彼等まで彼女の下につくと思われてしまっているので、そこを先に訂正しようとしたのに。
「大体、貴様一人で放っておけばろくなことにならないだろうが。今回、お前を一人にした俺の責任もあるしな」
「子供ですかねぇ私は!?」
「実際ガキだろ、なーに大人ぶってんだよアーホ」
「この成人二人組のこの態度!!私、新しい法律上で言えばもう成人ですからね!?」
「まだ施行されてないからなそれ?」
ここまで子供扱いされて黙るのは女というか色々と廃るような気がしてならない。一応言っておきましょう。私は、18です。高校生です……が丁度卒業しましたので今は学生ではないです。ほらもう立派な社会人で大人だと言って良いのでは無いでしょうか? な訳ない? 誰だそんなこと言ったの! 高卒就職組ですが何か!?
「人の厚意を踏みにじり過ぎでは?」
「こっちの台詞だ、ばぁかが!」
「バカって言う方がバカなんですよ、おバカ様!!」
互いに威嚇しあって罵り合って、遂には遊び始めた私とギルディアさん。いやしょうがない、だって雰囲気軽くしないと、私我慢ができない。でもバカって言った方がバカなんだって言うのは自然の摂理ですよね?
「何をやってるんだ貴様ら……」
呆れた声がかけられていますが気にしない。既に私達の会話が遊びの域に入っていることには、ウェールズさんも恐らく気付いているでしょう。こうなったら私とギルディアさんはいつまでも喋っていることも覚えている事でしょう。その上でこの絡む気のない声量はつまり……めんどくさがってますね。働かないと話が前に進みませんよ? 進まないのは私のせいなんですけども。
「アイリ・ヴァレントリア。どうにか出来ないか」
「何で私に聞くのよ……むしろ貴方がどうにかしなさいウェールズ」
「出来ると思うか?」
「何でちょっとドヤ顔してるのよ腹たつわね!?」
ほらもうあっちもちょっと面白そうになってる。
結局のところ私達のテンションがいつも通り、という事を確認できた以上の収穫のない時間の浪費になってしまったこの後数時間を後悔するのは、まだまだ先のことでした。