第2話
3人は今、石で出来た古そうな建物の中を歩いていた。
灯りはしばらく消えそうにない鮎炭の《光源精》で今のところは事足りているが、異様なほどに外の光が全く入ってこない建物内は、3人の気分を確実に削いで来ている。
「……ここ、部屋ありますけど……入ります?」
「これまでも何もない、ただの石室ばっかだったけどな……どこもかしこも、外ればっかでつまらん」
「だが、そもそも何の手掛かりも無いからな。端から見て行くしかあるまい」
建て付けの悪い扉に、ギルディアが体当たりをしてこじ開け、その勢いのまま室内へと突入した。
彼は室内を見渡すが、ここもなにかがあるわけでも無く、先程彼等が目を覚ました部屋と同じく、ただ何も無い部屋があるだけだ。少々遅れて《光源精》がやって来て室内を照らしてくれるのでもう一度室内を見るも、やはり結果は変わらない。
「だめだ、外れ」
「解散したいですね……」
「ログアウトは出来ない仕様だ、諦めろ」
「たんさくぞっこー、でーす」
これで16部屋目の外れである。ゲームの中では16回外れを引いたところで、諦めるようなことはしないだろう。だが、これは現実で、彼等は体を動かしてこの建物を探索しているため、いつも以上に疲労が蓄積しているようだった。
「あ〜……おっき〜扉が……さっきこれで何もなかったことがありましたね……」
「入るしかあるまいと言っているだろう、ギル」
「へーへ。ま、唯一のストレス発散だからな、これが!」
石で出来た大きな扉を見つけ、今度はギルディアも体当たりではなく、腰を落として拳を構えた。
これまでに数度、3人は扉を所得しているスキルで壊して侵入している。何故そんなことをしているのかと言えば、この体に慣れるため、というのが正しいだろう。戦闘するにはスキルの使用が必須で、そのスキルの使い心地等を確かめなければいけなかったのだ。これまでに判明している事実は、スキルはメニューから選択するだけでなく、その名を叫んだり、使いたいスキルをイメージしながら、それに合わせた動きをすることによって発動すること。魔法の無言での使い方は未だ見つかっていない。
「《スマッシュ》!」
そう叫び、オレンジ色の光のようなエフェクトを右の拳に纏ったギルディアは、その拳を扉へと叩きつけた。
爆音のような轟音が響いたその直後、扉には幾筋ものヒビが走り、そのままガラガラと崩れ落ちてしまう。半ば本能的に後ろに回避したギルディアは無事だったが、回避先にいたウェールズが無事ではない。
「おっわ!?」
「なっ……!?」
まさかこちらに来るとは思ってもいなかったウェールズが、何もせずにそのまま押し倒された……いや、のしかかられたと言うべきか。男2人で倒れ込んでいる様を口元を隠しつつ隠しきれずにニヤついた表情で鮎炭が見下ろしているのだが、幸いにも2人にはそんなものが目に入る暇がない。良かったな。
「おい、何故こっちに跳んできた……!?」
「咄嗟だったからよぉ、特に理由無し」
「だったらさっさと退け……」
悪い悪い、とギルディアは何となくの謝罪をしてウェールズの上から退いた。ウェールズも、こんな事故のようなものでそう怒り狂うような性格ではないため、あまり気にはしていないようだ。
さて、鮎炭は……と2人が周囲を見渡すと、彼女は既に、ギルディアが壊した扉の奥へと進んでいた。
「わ、お2人とも、なんかあります、ここ当たりですよー!」
ぶんぶんと手を振る鮎炭に、2人は苦笑いした。
大抵、他の者ならば2人がもたついている間に中に入り、戦利品を掻っ攫っていく。なのに、彼女は内部には入るも、何かがある、と待っていたのだ。
まぁ、何か、が良いものだとは限らないのだが、ウェールズとギルディアはその心配を無用とした。それ程までに、彼等は互いを信頼しているからだ。
「何がある」
「腕輪です!3つ!」
「装飾品か。呪われて無ければいいな」
「フラグ立てやめろって……お前それで前に3人一緒に呪われたの覚えてるだろ……?」
「レベルが半分になったくらいで何を」
「ハイレベルダンジョンでそんなんなってひいこら言いながら戻ったじゃないですか……」
3人で部屋の中へと進んでいくと確かに、3つの台座にそれぞれ、微妙に形状の違う腕輪が鎮座していた。警戒しながらそのデザインを眺めていると、3人同時にある事に気づく。
「あっ! うちのギルドのマーク!」
「これは……俺のギルドの」
「んでこんな所にあんだぁ?」
3人のギルドのマークが、それぞれの腕輪に1つずつ掘り刻まれていたのだ。何故だかは分からないが、それでも自分に縁があるものがここにある、というか、そのマークは自分達のものだ。ならば、これは自分達が持っていっても何ら問題は無い。そう考え、彼等はそれぞれ腕輪を通した。
「……何ともない、か。誰かステータス画面は見たか?」
「はーい、見ましたぁ。ええと、名称は【旅団の絆】。性能としては……《北極星旅団》ギルド倉庫の使用許可? ……と、後、《北極星旅団》ギルドメンバーとのチャット許可、らしい、です……が、これ、全員名称違うのでは?」
「だろーな。俺のは【軍部の絆】になってる」
「俺のは【騎士団の絆】だが……ふむ、効果は特にギルド名以外変わらんようだな。ギルドメンバーとのチャット許可が気になるが……安全を確保してから試すとしよう」
良さげなアイテムを手に入れたようだ、と少しご満悦な3人は、他にも何かないかとその部屋の中を調べて回る。3人一緒に探索するのでは効率が悪いので、鮎炭が光源精を追加で召喚し、それぞれの元に灯として遣わした。他の2人はそういった技能を覚えていないのかと言われれば、YESとしか答えられない。戦闘特化に育成してきた為、それ以外の技能をあまり覚えていないのだ。それでもギルドマスターが務まるものだ、というか、戦闘特化していない鮎炭がギルドマスターな方が珍しいのである。
「んー、こっち何もなーしでーす」
「俺もなんも見つからねぇ。ウェル坊、お前はどうよ?」
「その呼び方やめろ。……こっちに隠し扉があるぞ」
ウェールズの見つけた隠し扉は、普通に見るとただの壁にしか見えないが、一定の場所を押すと、かなり重そうな音で回転し、奥の通路が現れるものだった。何処の忍者屋敷だろう、と考えたのは鮎炭ただ1人である。
「NINJA……!」
「何を言ってんだおめーは」
「おい、行くぞ馬鹿共」
「俺も一緒くたにすんじゃねぇよ」
「私は馬鹿確定なんですか!?」
鮎炭の叫びに答えるものは居らず、完全にスルーをして壁を回転させ、ウェールズを先頭に、2人はさっさと隠し扉の先の通路へと進んでいた。納得の行かなそうな鮎炭ではあったが、1人で取り残される方がキツい、と小走りで2人を追いかけていき、壁の向こう側、通路へとたどり着く。その直後、彼等が通ってきた隠し扉は誰も触ってはいないはずなのに半回転し、元の位置へと戻ってしまった。
「ひゃあ!? や、閉じましたけどぉぉ!?」
「退路なし、上等じゃねぇか!」
「ビビるな鮎炭。うるさいぞ」
「これだから前しか見えない戦闘狂どもはぁぁ……」
「全く……世話が焼ける」
ウェールズとギルディアはとても生き生きとしてはいるが、実際には退路を断たれて平然としているのは難しいことだ。それが、元々はただの女子高生だった少女なら尚更。一瞬鮎炭を振り返ったウェールズは、すぐに前を向いてインベントリからマントを取り出して身に付けた。
「この裾でも掴んでいろ。それなら進めるだろう?」
「……ありがとうございます」
ウェールズのマントの裾を、鮎炭は握る。それを確認したのかしてないのか、ウェールズは無言で歩き出した。一番後ろから、ギルディアが微笑ましい、我が子を見るような目で見ていた。
「ほんと、おめーら付き合えば?」
「無理だ」
「否定早、酷くないですか!?」
「貴様は俺と四六時中一緒に居たいと思うのか」
「無理ですね」
「だろう」
「そーゆーところだよおめーらそーゆーとこ」
その他にも、他愛もないような雑談をしながら、通路の先にあった長い階段を登っていく。
軽く疲労を感じてきた頃、階段の終わりが見え、一番上へと辿り着いた3人は、その視線の先にあるものを見て固まった。
そこにあったのは、いや、そこに居たのは。
『Guruuu……』
顔だけでも人間程に大きい、西洋系の形状をした、赤いドラゴンだ。
それが、彼ら3人の前で生きていた。広い部屋の中で、羽を広げてこちらを凝視していた。
「……これは」
「へっ、ちーっとばかしビギナーにゃ厳しいんじゃねぇの?」
「……マジで帰りたいでーす」
テンションがだだ下がりな鮎炭に対して、当然男性陣のテンションは高い。ワクワクとドキドキが収まらずにニヤけた口元として表れていた。
しかし口元がちょっとだらしないからと言って動きが止まるわけではない。すぐにウェールズはメニュー画面を開いて2人へとパーティ申請を行う。この機能までもがあることを知らなかった鮎炭とギルディアが驚くが、パーティを結成する事自体に、特にデメリットはない為、そのまま3人のパーティが出来上がった。
「俺がタンクとして動く、ギルはアタッカーをやれ。鮎炭、貴様は基本バッファー兼ヒーラーをしていろ。回復スキルは?」
「くっそう、パーティも入っておいてなんですが私の呟き聞いてないなこの人!? あります、ありますよー! ただ、専門じゃないんで《ハイヒール》までしか使えません!」
「充分だ。後は耐火装備に着替えておけ」
「ひええ……やる気じゃないですかぁ……」
先程とは違い、手際良く鎧を着替えるウェールズと、身につけるものがそもそも少ないため、少量のアクセサリーの交換をするギルディアに背を向けた鮎炭は、深くため息を吐きながら赤色を基調とした派手な色の着物へと着替えている。一応恥じらいはあるらしい。
「自分で着るとなると、この着物派手派手って感じで……落ち着かないです……」
「なら別のにすればいいだろう」
「これが一番良い奴なんですよー! 流石に初見でそこまで舐めプするわけないじゃないですか!」
「うるさい輩だ……」
「そろそろ刺しますよ……?」
「はよ行こーぜ?」
ギルディアに急かされ、急いで散らかした装備をしまっていく2人。最後に全ての装備をしまい終えた鮎炭が、締めている帯にいくつかのポーション類を結び付けたのをウェールズは確認し、ドラゴンの前へと飛び出していった。
「《タウントハウル》!」
言葉の直後に、彼は吼えた。その瞬間、ドラゴンは敵意と共にウェールズを認識する。
それこそが彼の役割。タンク──もしくは、壁。そう呼ばれる役割を果たす為に、彼は一番に敵の真正面に飛び込んだのだ。敵の攻撃をすべて、彼で留めるために。
「あぁっちょ、せめて、バフかけ終わってからにしてくださいよ!? えぇい、《ディフェンス・アシスト》! ギルさん、《アタック・アシスト》、《スピード・アシスト》! クール終了後ウェールズさんにも掛けます!」
「頼んだ、《兜割り》!」
鮎炭が担当するのはヒーラーとバッファー。回復と援護の担当だ。本来ならば彼女は魔法攻撃系のアタッカーを得意とするのだが、この3人の中でタンクかアタッカー以外を務められる者が居ない為に鮎炭が兼任しているのだ。
そんな彼女が、スキルの名前を唱える度に、ウェールズへ、ギルディアへ、カラフルな光が飛んでいく。それを受けた2人は、自身のステータスにどのくらいの上昇補正が掛かったのかを自身の動きで把握して動き始めた。
「《疾風の構え》、《乱撃》!」
《疾風の構え》は、次の攻撃を一瞬で敵に近づいてから放てるというスキルで、ギルディアのスタイルである超至近距離アタッカーにおいて、ある意味最重要なスキルだ。どんな所からでも一瞬で攻撃範囲に近づけるのだから、ヒットアンドアウェイ戦法が成り立つ。
「っ……あんま、固くぁ、ねぇな!」
《乱撃》にて10回、ドラゴンの腹を連打した感想がそれである。自分の拳が壊れそうにはないということを言いたいらしい。
そうして一旦離脱しようとするギルディアに、ドラコンが攻撃を加えようと顔を向けた所で、ウェールズが《タウンティング》を発動する。ドラゴンのヘイトをギルディアより稼いだ為に振り向きざまに来た前足での薙ぎ払いを盾でいなして、さらにその懐へと入り込んでいった。
『GugyaaaaaaaaaAAAA!!』
「鈍いだけの蜥蜴に、負けるものか。《ペインソード》!」
ウェールズがその剣でドラゴンを浅く切り裂いた。すると、ドラゴンからは苦悶の声が漏れる。
『Giyaaaaaa!?』
名の通りに激痛、という状態異常を付与する《ペインソード》の効果は一目瞭然だ。苦しみもがくドラゴンに対してギルディアとウェールズが追撃の為にそれぞれ武器を、拳を振りかざした。
「《エンチャント・フリージング》! ……ああごめんなさい、全体化まだ所得して無いです!」
「じゃあ俺にはっ、どぉら! 別のでいい!」
「分かってまーす! 《エンチャント・テイルウィンド》!」
ウェールズには防御上昇のおまけ効果が付いた氷属性のエンチャントが、ギルディアには速度上昇のおまけ効果が付いた風属性のエンチャントがそれぞれ付与される。ちなみに、通常のアシスト系列のスキルとエンチャント系列のスキルの効果は重複するがエンチャント同士は上書きし合う。このような援護のスキルは効果時間がそれぞれ違ったり、乱発するとヘイトを稼ぎすぎてしまい掛け直すタイミングはシビアなのだが……
「《ディフェンス・アシスト》!」
本職では無い、と言っていた鮎炭はその時間把握を完璧にこなしていた。効果が切れる、その1秒前に完璧にスキルを当てていくのだ。なぜそんな事が出来るようになったのかと彼女に問えば、きっと「私がやれないと3人で遠足行けませんので」と答えるだろう。なぜ3人でギルドを建てなかったのかが疑問に思われる仲の良さである。
「鮎、回復!」
「《ハイヒール》! ギルさんは!?」
「8割!」
「6切ったら声かけてください! ブレス来たら──」
鮎炭が声を上げた直後、ドラゴンが口を大きく開いた。
「ブレス来るぞ!」
「だー!! 《バリアベール》! 完璧には防げません!」
「俺が止める!」
「「止める?」」
いつの間にやら、ギルディアがドラゴンの背に乗っていた。恐らく《疾風の構え》から何かスキルで移動したのだろう。そのまま走って首を伝い、角を蹴って飛び上がった。
「何するつもりだあいつ……!」
「輝く笑顔ですねー、ギルさん」
ドラゴンの喉の奥に燻る火に鮎炭が多少の恐怖を覚えながらも、半目でギルディアを見つめ、ウェールズはドラゴンのブレスを最小被害で食い止めるべく、自身に出来うる限りのバフを掛けながら自由落下中の彼を睨みつけていた。
「っくぜぇぇ!! 《重撃の型・激重貫》!」
そして、眺めていた2人にも、ようやくその行動の意味が捉えられた。
「グラビ撃て! 《堅牢なる誇り》!」
「もちです! 《グラビティ》《グラビティ》《グラビティ》《グラビティ》、《グラビティ》っ!」
ギルディアが落ちながら放ったのは、彼の持つスキルの中でも特異なスキルだ。ゲームの際は装備の重量が増せば増す程に威力を上げる攻撃だったのだが、その威力を上げる方法がもう1つある。それが、鮎炭が連呼したスキル、《グラビティ》。基本的には敵に使用し、重力の力でその動きを制限するものだったが、これを味方に使用する事で《撃重の型》系列のスキルの威力が増すのだ。
「沈めやあぁぁぁぁぁっ!!」
ドラゴンの口から炎が漏れ出した直後、ギルディアの拳がドラゴンの額を撃ち抜いて……床へと埋め込んだ。相当な衝撃が加わったようで、周囲の床までもが悲鳴のようにビキビキと音を立ててひび割れていく。
当然その様に頭を埋められては、口から吐き出すブレスも吐ける訳が無い。ドラゴンはそのまま、動かなくなった。
「うっわぁ、エグイですね、ロマン砲」
「グラビの後始末が面倒だからと誰もここまで重ねなかったからな」
……そう、先程の《グラビティ》による威力強化だが、欠点がある。実は《グラビティ》による付与効果、加重は敵にかければデバフ判定、味方にかけるとバフ判定になるのだ。
「うぉっ、体おっも!?」
「効果切れるまで我慢してくださーい」
強化効果であるバフなので、味方に対して解除の手段が無い。そのため、効果時間中はずっと動きが鈍くなってしまうのだ。
それを顧みずに《グラビティ》を重ねまくることをロマン砲、とプレイヤー達は表現する。
「つか、こいつ死んだのか?」
「さぁ? どうなんでしょうか、ゲームじゃこれくらいでは倒せないですけど」
「離れておけ、2人共」
「俺動けねぇ」
「誰だ5連グラビとか掛けた奴は」
「はーい」
床に頭が埋まったままのドラゴンの前で、かなりのんびりとしている3人であった。ドラゴンは動く気配もないが、それにしたって少々、いやかなり通常運転にも程がある。うち1人はドラゴンの頭の上に座り込んでいる。まあ動けない奴なのだが。その動けないギルディアの元へ、鮎炭が手を貸す為に寄っていった。ドラゴンの顔をよじ登るのが楽しそうなのは言ってはならないのだろう。ウェールズが睨んでいることも言ってはなら……いや、それは声に出して訴えてあげてほしいと思う。楽しそうにドラゴンの上で跳ねる彼女には何も届いていない。なぜ跳ねているんだとかは聞いてはならない。
「消えてドロップアイテムとかにならないんですかね」
「流石にそこまでゲームしてはねぇんじゃねーの?」
「おいそのドラゴン光ってるぞ、貴様ら離れろ」
えー? と、鮎炭とギルディアの声が重なった。
そんな2人が、突如として光となり消えたドラゴンから落ちるのは、もう間も無くである。
「いたっ!?」
「ぅお!?」
「だから言ったんだがな」
お話進めるのが苦手です。
いや、本当に。