第1話
はじめまして。
普段メモ帳なんかに書き殴っている者です。
名前はせんと読みます。くしではないです。
時間がかかっても、とにかく続きを書きたい、と思い投稿します。
書くスピードも展開も遅いですが、よろしくお願いします。
とある世界。
とある遺跡。
なんの変哲も無く、ただ世界中に沢山ある旧い超文明の名残りのその奥にある石室で、ある3人は目を覚ました。
「……ぅ、ん……?」
最初に動いたのは、3人の中では唯一の女だ。暗いが故に見えにくい、黒い髪を有しているようだ。ここがどこだか分かっていないようで、眠そうに目を擦りながら辺りを見回している。
「ん、あ〜ぁ……」
次に動き出した男は、暗い中でも目立つ銀髪をしているようで、上体だけを起こして大欠伸ををしている様が伺える。それでも完全な覚醒には至っておらず、そのまま体勢を変えて座り込み、いびきをかき始めてしまう。
「……硬……って、石か……」
目を覚ましてすぐにそこが石でできていると唯一気付いたのは、最後に動き出した金髪の男だった。彼の目からぼんやりと視認できる銀髪を腹立たしげにじっと見つめたあと、はっと我に返って叫び出す。
「いや、石!? と言うか誰だお前ら!? そしてここは何処だ!?」
よく通る、低い声が辺りに響く。それは、まだ完全には覚醒していなかった2人の覚醒を促すこととなった。
「……あっ、お布団じゃない!? ど、何処ここ!? 暗い!? お化け屋敷!? 誰だ寝てる間にそんな所にぶち込んでくださったお方はァ死にたいのか!?」
そして、当然のごとく先程の言葉がまだ意味として入って来ておらず、金髪の男と同じことを言いながら女が慌て出す。むしろそれ以上に喚き出す。その慌てた声で逆に冷静になった男達が、彼女を放置しようと決めるまでにそう時間はかからなかった。
「何処だ、ってことはおめーも分かんねぇのか」
「あぁ。あんたも分からないみたいだな」
「勿論お手上げだ。あの女くれー慌てふためかねーだけマシだと思え」
「同感だな」
「なんで私をダシにして貴方がたが仲良くなってるんですかねぇ!?」
仲間に入れてくださいよー、と先程の慌てようも何のそのとでも言うかのようにしれっと、女は少々幼めな言動で絡み出した。
ここまでが、他愛のない話である。
「……ん? このノリ、初めてな気がしないな……」
「俺も、なんかお前らと初めて喋った気がしねぇ」
男2人がそんな懐かしみを感じ、首を捻った。互いの顔は詳しく見えていないので、声だけで判別しなければならないが、そう聞き慣れた声でも無いような、もしくは少し違う声を聞き慣れていたかのような疑問を抱いてしまい最後の警戒心がどうしても解けないのだ。
「……あれ、分かってないんですかぁ?」
そんな手探り状態の2人の沈黙に、女が疑問系で少々小馬鹿にした様な声を出す。ムッとして2人が同時に声がした方を振り向くが、当然ながらその表情は伺えない。
「何だというんだ、俺とお前達は」
「自己紹介すれば一発ですよ」
「……いや、マジで思い付かねぇけど」
仕方ないですねー、と嬉しそうな女の次の言葉に、男達は言葉を失った。
「どーも、これなるはGCO全鯖ランキング第3位ギルド《北極星旅団》ギルドマスター、鮎炭さんその人でございます」
まさかの本名ですらなく、オンラインゲームのハンドルネームでの自己紹介である。
だが彼等にはそれで十分だった。それだけで全ての事情を察したのだ。
それだけで察することが出来る間柄だったのだろうということは、深い溜息で伺える事だ。
「……全鯖ランキング第1位、《高級なる騎士団》ギルドマスター、ウェールズ」
「んで分かったんだお前……あー、全鯖ラン2位、《白虎軍》ギルマス、ギルディアだ」
……そう、彼らは皆、同じゲームをプレイしていた知り合いだったのだ。
同じオンラインゲームで、別々のギルドで競い合ったライバルであり、ギルドマスターという役職の心労を分かち合う友人兼ゲーム廃人仲間の3人は、こうして何処とも知れぬ石室で出会った。
「はぁ……貴様等か……紛らわしい」
「紛らわしくねえよ? 俺等普通に他人だぞ?」
「良かったですねー、皆さんのヘドセ高品質なやつで。私が気付けなかったらどうなっていた事か」
「なあ聞いてっか? やだよ俺おめーらのツッコミに回んの、本当にさぁ」
自分の本名ですら無い自己紹介を、軽率にそのまま信じてこうして無警戒になってしまうというのは危機感が欠けているのではないか、と感じる者はこの中にはいない。ここで唐突にゲームの名前を出され、それに少しの思考の猶予も無く反応を返せるような嘘付きがいれば、それは相当高度な技術を持っている者に違いないが、そもそも彼等はお互いのノリで何となく気付いていたのだ、ゲーム時代3人でしか話していないチャット等も多くあり、周囲の者が思っていたよりも彼等はお互いの性格を熟知している。故に自己紹介に何の疑いも持たずこうして呑気に喋っていた。現状に問題が山積みだという事は頭の隅に放り投げて。
「てかここ暗く無いですか? ぼんやりと金髪と銀髪は見えるんですけどそれ以外がどうにも……」
「金髪と銀髪だぁ? そんな痛々しい髪色してるかっての」
「えー? いやいや、本当ですって。暗いからちゃんとは見えませんけど、確実に明るい髪色が見えますし私の萌えポイントは銀髪なので見間違えるはずないです」
「ふむ……どうやら急いで明かりを確保する必要がある様だな? 何か貴様等は持っていないのか?」
「萌えとかのたまってんのは突っ込まねーの? やっぱ俺がツッコミやるしかねぇの? あと何も持ってねーぞ俺は」
ギルディアが何も持っていないと主張すると、他の2人も同様の意を示し、いきなり手詰まりとなる。誰も何も所持していない状態での閉鎖空間と思わしい状況に、ウェールズは舌打ちを零した。
「使えんな」
「扱いひどくないですか!?」
「そう言われてもな……使えないものは使えないだろう」
「むっかつきますねぇぇ!? あいたっ!?」
ウェールズに向かってブーイングをかます鮎炭と、そのブーイングに反応し正確に鮎炭へとデコピンを食らわせるウェールズ。体力を消耗するだけの無駄な行為だと咎めるようなツッコミは今現在機能していない為、そのままぎゃあぎゃあと言い争う2人を尻目に、ギルディアは1人ため息を吐く。
「は〜、鮎、無駄だと分かってやってやがんな……ん、何だこりゃ」
騒がしい2人を視界に入れないよう──暗いので良くは見えていないが、それでも声が騒がしいために耳を背ける意味も込めて──顔を背け、そして背けた先で何かを見つけたのか、ギルディアが小さい声で呟いた。
騒いでいてもそこはそれ、彼等以外に音を出すものも何もない室内でのことであるためか、言い争っていた鮎炭とウェールズはすぐさまギルディアの方へと顔を向けた。まあギルディアからは見えていないのだが。
「何かあったのか」
「ギルさん何見つけました?」
「お前等はええよ。いや、こっち、えーと、右の端っこの方……多分、部屋のじゃ無くて視界だ。menuってボタンが浮かんでる」
視界の端? と疑問に思いつつ、鮎炭とウェールズも瞳を動かし右を向く。すると……あるのだ。
ぐっと右側へと視線を向けた、その下側に。人間としては画面に映るものでしか見慣れないような、半透明な緑地に白い文字でmenuと書かれた四角い空間のようなものが。
「うわ!? 何ですかこれ、ホログラム!? さわれないボタンとか生きる価値なし!?」
「……ほぉ……貴様等、注視すればメニュー画面が開くぞ。完全にGCOの画面だな。透けているから奥は見れるが、別に実在していて光っているわけでも無いらしい、光源としての期待は出来ないな」
「俺が最初に見つけたのに使いこなすのはえー。けどこれ分かったところでどうしろってんだろうなあ」
誰が最初であろうとも3人共すぐに操作方法を把握し見慣れた画面を見つめ、色々と弄り始めていた。そもそもが周回すら厭わない優秀なハムスター達にして無類のGCO好きなので、こんな何も無いところでメニュー画面だけを見せられたところで幾らでも弄っていられるのが彼等である。ピタリと言葉がなくなり、それぞれ自身のハンドルネームの記載されたステータス画面からオプション画面、チャット画面からインベントリ画面など全て、端から端までを確認している。中途半端に調べてからよりも、徹底して調べてから報告したいようである。ただしギルディアはそんなに我慢強く無いようで、段々と無音の空間で苛つきを募らせて唸り始めていた。
「う〜……ん……」
「うっさいですよおっさん」
「黙れクソガキ」
「うるさいぞ貴様等」
「ひえっ……」
「弱ぇな……」
ウェールズの言葉1つで完全に縮こまった鮎炭の声を聞いて、ギルディアが苦笑したように呟いた。事実であるので鮎炭に否定はできない。
「くっ……役に立てばもうすこし丸くなりますかね!? これだー! っ、《召喚・光源精》!」
鮎炭が叫んだそれは《召喚・光源精》という名の、GCOのスキルであった。暗い場所を照らす為のスキルで、メニュー画面を確認していた鮎炭が、習得スキルの欄にそのスキルがあることを思い出し、使用したのだ。とは言っても彼女はスキルの使用を選択しただけであり、その後のスキル名の詠唱は自身の体が勝手に唱えたものであったが。
本人すら意図して居なかった挙動で召喚されたのは光の玉。確かに光源ではあるのだろうが、暗さに慣れていた3人の瞳には、いきなり現れた光の塊は刺激が強く、一瞬で視界を奪われてしまう。
「まぶしっ!?」
「うおぉっ!?」
「っ! 貴様、タイミングを考えろ!」
しかし元々闇の住人な訳でも無い彼等だ。少し時間が経てば光に慣れ、お互いの姿形が視認できる程には回復していく。そして、周囲の状況の確認を何よりも最優先とした。
まずは、全員が似たような簡素な衣服を纏っているところが目に入った。手触りが悪い訳では無いのだが、そう良質でも無いような、素材そのままの色の半袖にズボン、といった感じの……例えるとするならば、RPGに出てくる村人の服装、だろうか。そのような服装で3人はその部屋にいた。
部屋の床も、壁も、照らされて見えるようになった天井も、全て石で出来ている部屋だ。しかも、どうやら古いようで、あちこちに苔が生え、ところどころ風化により丸くなっている。安全性が高いかもしれない、と考えたウェールズのような思考の人間はおそらくそう居ない。
パッと見たところ木製のドアのようなものが1つ、取り付けられているのが確認でき、この部屋からの脱出口があることに3人とも安堵した。
そして、彼等が一瞬目に入ってからあえて見ないようにしていた箇所に目を向けた。
それは外見的特徴、肌の色、髪型、その色、目の色であったりするようなもの。
それを公表する前に、1つ言っておこう。
彼等3人は、どうあがいても日本人である。ハーフでもクウォーターでもなく、ただ普通の日本人である。
「……可愛らしい、お耳ですね」
ギルディアを見ながら少々引きつった笑みを浮かべる鮎炭は、それはそれは長い黒髪の少女だった。白い肌が映える黒の中、瞳は紅く、神秘的にすら見えるがより神秘的なのは彼女の背後と頭上である。
背後にはもふもふとした9つの黒い尾のようなものが蠢き、頭上……というか、頭の上の方に生えている一対のピンと立った獣耳がたまにピクピクと動いていたのだ、神秘的と言わずして何という。ケモ耳少女という。
「おめーに言われたかねえな」
対するギルディアは褐色肌に銀色に所々黒いメッシュが入った短い髪の男で、翡翠色の瞳を細めて鮎炭へと苦笑いを向けていた。
彼の場合、鮎炭とは違い、丸みを帯びた獣耳と、しなやかそうにうねる銀と黒の縞模様の猫のような尾が存在している。こちらはなんと言うのか。ケモ耳男子で良い。
「ぶふっ……」
1人吹き出しているウェールズだが、彼は金髪にアイスブルーの瞳と、見ようによれば欧米の人種に見えなくも無い。だが忘れてはならない、彼も日本人である。
「アバターの姿ですか……本当に私鮎さんなんじゃないですか……つまり黒髪狐耳美少女、人生の春ってやつですね」
「まあ、GCOのメニュー画面ってことは、そう言うことだろうとは思わんでも無かったが……どんなラノベだ。あと自称は流石に痛いからやめておけ」
「あー最近流行ってるよなあ。こーゆーの、娘がかき集めてらぁ」
「お子さん2人いたんですか!?」
「二児のパパだぞ俺ぁ」
「気持ち悪いな……」
「至って真面目な顔で言うんじゃねえよ本当に」
段々脱線しているが、ともかく。
彼等の外見はGCOというゲームをプレイしていた際のそれぞれのアバターの姿を模されたものだったようだ。あまり驚いても、錯乱してもいないのは、もはや彼等にとってはその姿の方が慣れ親しんでいるからに他ならない。
「インベントリは……使えるみたいだな」
ウェールズが自身の前に青い液体の入った瓶を出現させたり、それを消したりしながらそう呟いた。
一応の補足だが、インベントリとはつまるところ所持アイテムの一覧を見れる機能のことである。3人ともハイエンドコンテンツに生きていた廃人なので所持しているアイテムも相当高価なものが多いのは余談だろう。ウェールズが雑に扱っているその瓶の中身は最上級の回復薬、エリクサーと言い、瀕死からでもHPを完全に回復できる超貴重品だ。流石にそんな性能のものをそう何十個も持っている訳では無いが、10個ほどは彼等全員持っている。個人でそこまで所持しているのはゲーム内の全員の所持品を見てもこの3人だけである。
「なら、装備の方も着替えられそうですね? 流石にこの村人服もアレなんで着替えますね……って装備画面からシュって一発でできない! あ〜このファンタジー衣装を自力で着ろって言われてますこれ!! つっら!」
鮎炭の目の前にどさどさと大量に落ちてきたのは和服。彼女は狐巫女風の装備を好んで着用していたために、こうして和装の強力な装備が整っているのだが、こうも目の前に無造作に出てくるとは思っていなかったのだ。それを見たウェールズやギルディアは少々同情的な視線を送る。が、他人事でも無いのですぐに眉間に皺を寄せていた。
「……マジか……なら、俺は鎧を着なければならんのか」
「俺のはどれも軽装だから楽……な、はずだ……良かった……」
神妙な顔をしているが、慣れない手つきで彼等はまず装備を整え始める。ここには今、偶然敵となり得るものがいないだけで、とにかく戦える体でその技術を持っている(らしい)のだからつまりはここは戦うべき敵がいる場所なのだろうと考えたのだ。
目を覚ましたらゲームのアバターの姿になっていたのだから、そのゲームの世界に来たと思うのは当然だ。
GCOというゲームは、既に10年程続くオンラインゲームである。その内容は至って変わったところもない。プレイヤー達は全員冒険者、と呼ばれる魔物と戦う職業に就き、様々な場所で起こる問題を1人で、あるいは仲間と、さらに多くの人々と、協力して解決するというものだ。それは数多くのゲームがそうであるように、剣と魔法が入り乱れるファンタジーな世界観のゲームだった。人々の近くに魔物という脅威が闊歩しており、戦うものに困らないような世界なのだ。
ここに敵がいないとは言い切れないのはそういうことである。人の生活圏がそう広くもないゲームの世界で、周囲に自分達以外の人間が見当たらない現状を、たとえ今は敵のようなものですら見えなくとも安堵できる場所だと思ってしまうほど彼等も平和ボケしている訳ではない。いや、ゲーム脳なだけだ。
「お、お、お!? わあ、みてください、勝手に帯が締まってくれま゛っ──」
「随分と締め上げられているようだな。こっちは特に問題はない。着づらいところはこうして自動で補ってくれるようだな。それに、やはりレベルとステのお陰か、こんな金属鎧を着ているのにそう重くはない」
「俺も、ステ上がってるからか体軽いわ」
「貴様は俺程重装備でも無かろうに。むしろ何故上を脱いだ」
「わたしは無視ですかああぁ!? ぐぉぉぉっ、まっ、も、じまらない゛ぃ……」
ちょっと女とは思えないうめき声を上げ、そのうちようやく体に合うように装備が最適化されたらしく、声が止んだと思うとそのまま床へと倒れてしまう鮎炭。
「ひぃ……結局ちょうどよくなるなら、あんなに締めなくても……」
何故か1人で災難な目に遭っているが、そこに向くのは同情の視線以上のものはない。むしろ先程のうめき声のせいで本当に女か? と懐疑的な視線すら向けられている。本人は何も気づいていないのが幸いである。
色々と大変な目に遭った者もいたが、全員がしっかりと自身の装備を身に纏った。
鮎炭は自身と同程度の長さの杖を持ち、ギルディアは己の手に棘のついたグローブをはめ、ウェールズは大きな盾と剣を持っている。それ等が彼等の現在の装備である。
「……貴様等、武器も持ったな?」
「おう」
「ええ……持ちましたとも……」
いつまでも同じ部屋にいる訳にもいかない彼等は、ようやく準備を整えて扉に手をかけた。
果たして此処は何処なのか、彼等は元の場所に外見込みで戻れるのか。
何もかもが、これから始まる──
「ちょっと、早く開けてくださいよ」
「……開かない」
「は?」
「この扉っ……古くなりすぎてて全く開かん……!!」
……出られたのは30分後、痺れを切らしたウェールズがその剣でぶった斬ったというのは完全な余談である。