序章
夜明け前、一人の少年は平家物語冒頭の部分を思い出していた。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり…。
全てにおいて平穏なものはない。物とは全て生まれては必ず滅びゆく運命だ。それは人も時代も同じだ。
少年は全てを失った。浅葱色の空が燃え尽きていくように、全てを。
平穏な日常、友人、家族、それと同等に愛おしい仲間、恋人。その全てが、時代の崩落と共に彼の手からこぼれ落ちた。
全ては避けられる運命だったのだ。あの日、寒空の下で刀を向けられたことも、愛刀に出会ったことも、不思議な光に導かれたことさえも。
動乱の時代、愛刀を手に血を流し、人に斬られ人を斬ったことも。
全て運命だった。その過去に後悔はないと思い、少年は暁の空の色にも似た色をした自身の愛刀を撫でた。
「どうした?」
背後から男に声をかけられた。この男も少年と共に全てを失いつつも、動乱の時代を共に戦い抜いた男だ。
「思い出しちまうか?その刀を見ると」
「…平気だよ。それに、後悔なんて何一つしてないんだから」
「そうか…」
男が呟くと、少年は立ち上がった。
間も無く、二人にとって避けられぬ最期の戦いが幕を開けるのだ。
例え血塗られた過去だろうと、人を殺め恐れられた過去だろうと、その全てを受け止める。それが少年の決意なのだ。
「もう夜が明けるな」
「ああ。もう、避けられないんだな」
「覚悟は、出来ているよな?」
「…もちろん!」
暁の光が、空を照らし始める。
もう間も無く始まる。時代の崩落と共に、彼らの最期の戦いが。
先に逝った者達のためにも、背を向ける訳にはいかない。少年は大きく息を吸った。
「行くぞ…」
「…ああ!」
少年は力強くそう言うと、鞘から刀を抜いた。
これは、後に『暁の化け物』として恐れられる一人の少年が、新撰組と運命を共にした物語。