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玄夢集  作者: 青葉台旭
5/13

路上で目覚めた少年の話(その5)

「ほう?」

「この御方(おかた)に、ずっと私を守って頂きたく思います」

 それを聞いて、父親がクックッと含み笑いを始めた。

「そうか『守ってほしい』か……なるほど、これは良いな……少年、どうだ?」

「どう……と言われましても」

「我が娘……我が科学力の結晶、人工人間第二号……ミヨ子の望みをかなえてやってくれるか?」

「は、はあ……」

「私は、このミヨ子を、自分の全知性・全科学力を動員して(わず)かの欠陥も無く『造り上げた』つもりだったのだが……正直に言うと、まだまだ未完成の所もあってな……人工人間は、その生命力において、どうしても()()()()()に劣る……ひとことで言えば『ひ弱』なのだ。だから、過酷な世界で生きて行くためには守護者が必要だ……どうだね? 我が娘の守護者になってはもらえないか?」

「守護者、ですか?」

「そうだ」

 少年は、テーブルの向かい側に座る和服姿の少女を見た。少女は思い詰めた表情で少年を見返していた。

「わ、わかりました」

 思わず、少年は答えていた。

「そうか……なら……」屋敷の主人が少年に言った。「たった今から、君のことを守男(モリオ)と呼ばせてもらうよ」

「えっ?」

「勝手なようだが、我々としても……私も娘も、君をいつまで『名無しの権兵衛』にしておく訳にはいかない。何であれ、何らかの呼び名をもって、君を呼ばなくちゃいけない。他に良い名前を思いついたら、その時は言ってくれ。それまでは取りあえず『モリオ』と呼ばせてもらう」

「そんな……」


 * * *


 それから三人は、黙って食事を続けた。

 食事が終わるまで、話をしようという者は誰も居なかった。

 やがて三人の皿が空になり、三人ともナイフとフォークを皿の上に置くと、ミヨ子がスッと立ち上がって、順番にテーブルの上の食器類を厨房に下げた。

 すべての食器が厨房に下げられたのち、代わりに熱いコーヒーの入ったカップが三人の前に置かれた。

「いろいろと、不思議に思っているのではないかね? モリオくん」

 コーヒーを(すす)りながら、佐多博士が言った。

 少年は、モリオという名前で呼ばれることに違和感を感じた。しかし、どのみち名前は必要だろう。博士の言う通り、少年自身が代替の名前を思いつけないのなら、取りあえず、その名前を名乗っておくしかない。

 博士が言葉を続けた。

「なぜ、自分は森の真ん中で目覚めたのか? なぜ記憶が無いのか? ここは何処(どこ)か?」

「ええ……まあ」

「その全てに答えられる訳では無いが……ここは……この世界は、な。モリオくん……()()()()()()()()なのだ」

「えっ……そ、それは一体(いったい)

「文字通り、言った通りの意味だよ。この世界は、誰かが目を閉じで寝ている間に想っている夢なのだ」

 モリオは、何を言ったら良いか分からなかった。あまりに馬鹿馬鹿しかった。


 * * *


 博士は、右手に持った自分のコーヒーカップをじろじろ見ながら言った。

「このカップも、ティースプーンも、皿も、テーブルも、壁紙も、電球も……この部屋、この屋敷、この森……この世界全体が、みーんな、誰かの見ている夢なのだ。

 いったい誰の見ている夢かって?

 さてね。

 それは私にも分からない。

 何しろ、この私自身が、その夢を見ている誰かの『夢の産物』なのだからね。

 私も、モリオくんも、人工人間第二号……ミヨ子も、この世界で息をして、食事をして、考え、誰かを好いたり嫌ったりしている人間全てが、夢の産物なのだ……人間も、動物も、植物も、鉱石も、全部、ね。

 証拠を見せろって?

 そりゃあ無理な話だ。

 良いかい、モリオくん。

 ある理論を証明するためには、その証明しようとする対象物以外の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだよ。

 分かるかね?

 ある定理を証明するには、既知の別の定理が必要なように……

 検事と弁護士のどちらが正しいかを判決するためには、検事でも弁護士でもない上位の第三者、つまり裁判官が必要なように……

 裁判官の正しさを証明するのに、刑法が必要なように……

 刑法の正しさを憲法が保証しているように……

 ……それが正しい事だと証明するためには、常に、別の『既に正しいと証明された何か』が必要なのだよ。

 しかし……しかし、だ。モリオくん。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 世界そのものが夢でないと、誰が証明できるのだ?

 世界そのものを証明するためには、『世界の外側』に行かなくちゃならん。しかし、われわれ人間が……いや、人間であろうとなかろうと、世界の内側に居る存在が、世界の外側に行くことなぞ永遠に出来んよ。

 もし出来たとしたら、そこはもはや『世界の外側』ではない。それは『てっきり世界の外側だと思っていた内側』だよ。

 え? では、なぜ、私は、この世界が夢だと思うかって?

 それは『直感的』としか言いようが無い。

 私は、この森の広い一軒家に(こも)って、もう何十年も研究に明け暮れている。その成果が、ここに居る『人工人間第二号』……ミヨ子なのだが……それはそれとして、私にはこの屋敷に来る以前の記憶が全く無いのだ。

 気がついたら、この屋敷の実験室に居た。

 気がついたら、人工人間の開発に没頭していた。

 自分の名前も分からなかった。

 知っていたのは、自分は日本人の男で年齢が四十五歳という事だけだ。

 不思議な事に、生活する上で最低限必要な知識や、人工人間の研究に必要な科学知識はあるのだ。

 ただ、自分に関する記憶だけがスッポリ抜け落ちているんだ。

 じゃあ、佐多三吉博士というのは何だ、と思っただろう?

 そうだ。

 私が便宜上、自分自身に付けた『仮の名』さ。

 本当は『名無しの権兵衛』でも何でも良かったんだが、それじゃあ、あまりに格好が悪いだろう?

 だから自分で適当な名前を付けた。

 それから不思議ついでに、もう一つ。

 私は、さっき『何十年もこの屋敷に住んで研究を続けている』と言ったが、あれは嘘だ。

 いやいや、嘘とは言い切れないが、本当の事ではないんだよ。

 本当は、ね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何しろ、私は、いつまで経っても見た目が変わらないんだからね。

 ()()()()()()()

 四十五歳で、この屋敷で一人目覚めて以降、それから何日も何百日も何千日も研究に(いそ)しんでいたというのに、全く見た目が変わらないんだ。

 そりゃ、最初は日数を数えていたさ。

 しかし、三千数百日……およそ十年を超えたところで()めてしまったよ。

 何年たっても私は(とし)を取らない。

 何年たっても屋敷は、古びて来ない……まあ、最初から相当古びていたんだが……それ以上、老朽化が進行しない。

 そんな不可解な現象を目の当たりにすれば、私みたいな分からず屋の偏屈博士でも『コリャ、おかしいぞ』と気づくってものさ。

 この世界は……世界そのものが、どこか変だ、ってね。

 それで仮説を立てたんだ。

『この世界は、誰かの見ている夢の中だ』という仮説を。

 もちろん、証明なんて出来やしない。

 私の直感以上の物じゃない。

 しかし人間、時として理屈より直感を信じなきゃならんこともある」

 そこまでを一気に話し、佐多三吉博士と名乗る男は、カップの中の冷えたコーヒーを一気にグビリッと(あお)った。

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