第八子 知っていた
「ゲルモ、謀反にございます!城内の西にて、100人余りの兵を率いて反乱!」
どういう……こと、なのだろうか?
訳が分からないと、半分トロけている脳では理解が遅れる。
ゲルモとはあまり会うことはない。
ギルガが会うことを固く禁じているのもあるし、ゲルモ自体が私に会ってくれない。
けれどこの10年余り…私は一度もゲルモを忘れたことはない。
「っち、あのハゲ達磨が……早急に始末しろ」
ギルガが苛立たしげに小姓にそう言い捨てた。
「え?そんな…」
思わず呆然となる私に気づき、ギルガはすぐにいつも通りの優しげな笑みを張り付けてこっちを向いた。
「大丈夫ですよ母上、何も危ないことはありません。さぁ、安全な東ノ御殿に行きましょう」
そういったギルガの顔はやはりとても優しくてとても美しく……
あぁ、本当にギルガはゲルモを……。
「ゲルモが危ない!」
「母上!!」
私はギルガを突き飛ばし、ドアの外へと走った。
後ろで誰かが発狂している声が聞こえるが、私は構わずに走り続ける。
「はぁ……はぁ……ゲホ」
久しぶりに走ったから肺が追い付かない。無駄に長いドレスのせいで足がもつれる。
ぇえい!!このドレス鬱陶しい!破ってしまえ!!
ビリリと破いてそこら辺に捨て、西へと向かった。
「ゲルモ!!」
西の間へと飛び込んでみると、中は修羅場であった。
沢山の人が切られ、沢山の人がゴミのようになっている。
「キヌエ!?キヌエなのか!?」
修羅場の中でゲルモが私に気づいてこちらへと近寄る。
「こっちは危ねぇえ!!そっちに寄れ!」
そういってゲルモは私を引っ付かんで人気のない場所へと移動させられる。
「なんで来たんだ!?俺のことなんてもう忘れたのかと……」
「一日足りとも忘れたことなんてないわ」
愛してる人を忘れるものか。
私はゲルモを愛している。私なんかを綺麗だと、勿体ないと初めていってくれた。
大好きな人だ。
「だからゲルモ……ゲルモは逃げて!!このままじゃ殺される!」
「何をいってるんだ!?そんなことは出来ない!」
ゲルモは痩せきった腕で私の手を振り払う。
「俺はやらなきゃ行けないんだ!!いけない理由があるんだ!!いいか!?ハルトを殺したのは……ギルガだぞ!!」
「知ってる」
「はぁあ!?」
ギルガは私の言葉が信じられないという顔をして酷く歪めた。何をいってるんだと……まるで理解不能な未確認生物をみる目を私に向ける。
「知ってたよ……あの子、知りすぎだもの…ハルトと同じ死に方してる人も多いし……家臣の中でも噂があったから」
「じゃあ何故今まで黙っていた!?どうして何も言わなかった!君主生母の地位や贅沢がしたい訳でもないだろ!!」
ゲルモは怒りを私にぶつける。
そりゃそうだ。私だって逆の立場であれば同じことをするだろう。
けれど……それでも……。
「母……だったから」
だから、私は黙っていた。
「村では仮腹仮腹と揶揄され、大量に子供を孕んで産んで……けれど障ることも声をかけることも許されなかった!」
網袋を被らされての出産。
乳を絞り取られるだけ。
愛のない性交。
「やっとだ!やっと私は子供に触れた!愛せた!母になれた!あの柔らかさ、匂いが……ようやく私のものになったんだ!」
初めて触れたハルトの感触を今でも私は覚えている。
こんなにも弱々しいのが、私から産まれたのだと驚いた。
あぁ……ようやく私は母になれたのだと思った。
「もうギルガしかいなかったんだよ……そして……ギルガがそんなかとをする訳がないと……信じてやるのが母の役目だって」
「キヌエ……」
けれど……それは違ったのである。
私がやったのは母として信じることではなく、自分の為に見てみぬフリをしたのだ。
仮腹というコンプレックスを隠す為に……ハルトの死を踏みにじったのである。
本当ならば……まだ何も力のない頃にギルガを殺すべきだった。何が何でも。
それが今、増長したギルガでは殺すことはほぼ不可能だ。
「ゲルモ、逃げるんだ!!今のギルガには太刀打ち出来ない!もう兵だって殆ど死んでいる!お前まで死ぬな!」
「キヌエ……だが!」
首をふろうとするゲルモを必死で説得する。
「頼む!!生きてくれ!」
必死で……必死に懇願する。
「死んでいった兵に申し訳がたたないというなら、いっそもう死んでもいい。私と一緒にな!」
一緒に死んでやってもいい。
その言葉を受け、ゲルモはゆっくりと息を吐き……。
「一緒に逃げよう」
そう言ってくれた。
「あぁ、逃げよう!」
どこへだって付いていこう。
どっか遠いところで畑でも耕して静かに暗そう。
そこで互いに歳をとって、長生きして死のう。
「許さない」
ブシャリと前が真っ赤になった。
「え?」
理解の遅れた脳を無視して視界を動かすと……ゲルモが真っ赤になっていた。
その後ろにギルガが笑っていた。