第三子 息子
なんでこうなったのだろうか。
「母上~!!だーいすき!!」
私に引っ付くネテロとの息子……ギルガの頭を撫でながら考えた。
ネテロの子を孕んだ私を待っていたのは、目眩がするほどの祝福であった。
「よかった!流石はキヌエだ!素晴らしい!あぁ……素晴らしいぞキヌエ……」
「やっと孫の顔が見れるのね……!素晴らしいわ!」
「世継ぎの懐妊だぁあ!!」
騎士様もネテロ様のお母様も飯使いも何もかもが私の懐妊に喜び、涙し、歓喜した。
すぐに捨てるというのに沢山のマタニティードレスを作られ、別に普通のでいいのに最高級の妊婦食を食べさせられ、ベッドまで新調された。
「な、なにこれ……」
たかだか子供を産むだけだろうと思っている私には訳が分からず、しかもゲルモや息子のハルトにすら会わせて貰えなかった。
毎日訳の分からない人達に挨拶をされ、ドレスを着せられ、身の回りのことを全てやられてしまい、もう逆に何かの嫌がらせなのかとすら思った。
「子供が産まれるまでの我慢だ……我慢」
この時、私は本気で思っていたのだ。子供さえ産まれれば私は用済みになると……
望まれているのは子供で、私は何でもないのだと本気で思っていた。
けれど、人生とはそうならない。
私は何故かネテロ様に気に入られてしまって側室となり、お世継ぎの母としての地位を持ってしまったのであった。
そしてギルガは最悪なことに、私になついてしまったのである。
「母上!!あのね!僕はとっても母上が大好きなんです!母上の自慢の息子となるように今日も勉学に励みました!」
7歳ほど成長したギルガは私にそういってきた。
ギルガは本当に綺麗な男の子である。瞳はパッチリとしており、唇はぷっくりだし、金の髪はフワッフワでネテロ様そっくりの美少年だ。
この子は何故か産んだだけの私に酷くなついている。
「あー……うん、そうか」
「剣術もかなり筋がいいとのことです!」
一生懸命喋ってくれるのはいいが……私はさっさと話を切り上げたい。
さて、どうしたものかと悩んでいると……。
「あら、仮腹さんじゃないの」
調度いい人達が来た。王妃と側室連合である。
王妃と側室たちはネテロ様の子供を孕むことは出来なかった。それならばまだネテロ様に種がないということで説明は出来たが、私が孕んでしまったので状況は変わった。
孕めない原因は自分達だったと証明されてしまった王妃と側室たちはさぞかし屈辱的であっただろうし、しかもネテロ様がハレムに行かなくなってしまったので更に屈辱になっただろう。
更にいうとハレムを作った騎士様本人がもういいと、大量に側室たちをリストラしてしまったのだ。あいつは本当に身勝手である。
「王の子を産んだからといって、王妃気取りかしら?側室になったからといってもやはり所詮は側室……身の程を弁えてはいかがでしょうか?」
「東洋の平べったい顔をして……」
今はこうして、残った側室たちをつれて私に嫌みをいいにくる。
王妃様は目鼻筋のハッキリした典型的西洋美女なのに……ネテロ様は何が不満なんだろうか。
「学がないなら何処かへいってくれるかしら?」
「貴女は子を産んだだけで育ては出来ないのだから」
そういえば王妃様はギルガの養育をしている乳母と内通していると聞く。なるほど、産みの母は諦めて育ての母となって王妃の面目はたつつもりか……
まぁ、それは助かる
「はい、そうですね。私は学も教養もない故に養育は出来ませんのでまったくもってその通りです、身の程を弁えず申し訳ございません。私は失礼いたします」
私は幸いとばかりにそそくさと立ち去ろうとする。
それをみて愉快そうに王妃様と側室たちは嘲笑していた。
「やだ!母上!母上!傍にいてよ!」
ギルガは私のドレスの裾を握るが……それを少し乱暴に振り払った。
「ごめんねギルガ」
私は名目上だけ謝り、王妃たちの嘲笑をBGMに悲劇のヒロインよろしく立ち去ったのであった。
私は早足で王宮の西にある、軍人が住む……しかも位の大きい部屋へと駆け足で入った。
バン!!と、開ければ中から8歳くらいの少年がこちらをみやって走ってきた。
「お母さーん」
「ハルト~!!会いたかったわ~」
平均よりも一回り大きいハルトを抱き上げて頬づりをする。あ~……プクプクほっぺが素晴らしい。
「あ~……本当にハルトは可愛いわね~ますますお父さんに似てきたんじゃないかしら?」
豚鼻に小さい目、大きな口は父親譲りである。
体も同い年の男の子より大きく力持ちで将来が有望だ。
「やぁ……キヌエ、お帰り」
ゲルモが元気なさそうに現れた。
ギルガを産んでからというもの、ずっとこんな感じに暗いのである。どういう訳かゲルモは、私がネテロとの子供を作ったからもう来ないと思っていたらしい。
「ゲルモ、愛してるわ……会いたかった」
「俺なんかになんでそんなことをいうんだ……お前は……世継ぎを産んだお部屋様だぞ……それにギルガ様だって……」
「何いってるの?あんなのはただの子作りだし、アレだってただの子供よ?一番愛してるのは……」
私はゲルモを抱きよせ、ハルトに頬づりをする。
「ゲルモとハルトなんだから」
「お母さん!俺も大好きー!」
「あぁ……俺も……愛してる」
ほんと……愛しい家族だ。
ゲルモは軍の総隊長となって高い地位を得、ハルトは健やかに育っている。
私の唯一の……かけがえのない家族。
家族たちとの団らんを終え、そういえばハルトとゲルモに渡すお菓子を北西の間……私の部屋に置き忘れたことを思いだして自身の部屋に向かって歩いていると……。
「母上!」
ギルガがいた。
しかもギルガは駆け寄ってきて、私に抱きつく。
「えっと……なに?」
「僕は分かったのです!母上はお部屋様として紅薔薇の間に住めばよろしいのではないでしょうか?」
キラキラとした目でギルガはいってきた。
いや、紅薔薇は王宮最高の地位の女性……王妃様の部屋だぞ。
「さすれば、僕や父上ともすぐに会えますし……ずっと一緒にいられます!なんでしたら南の御殿を作ってそこにすめば……」
「ごめんなさいね」
私は断りをいれる。紅薔薇?南の御殿?冗談ではない。家族に会えないだろうが。
ただでさえ今の部屋も結構遠いんだから。
「母上は……僕のこと嫌いですか?」
ギルガは泣きそうな顔でいってきた。
私は首をふる。
「いいえ……好きよ」
子供なのだ……嫌いな訳がない。
こんな風に慕ってくれる子を……嫌いになる訳がない。
ネテロとて……もう嫌いにはなれないい。子は愛しいし、その父を悪くは思えない。
けれど、ギルガを愛しいと思う以上に私はハルトとゲルモを愛しているのだ。
それだけだ。
「けれどね、色々と障害があるのよ……ほら、王妃様とか側室様とか……ね?……貴方の正式な母上であるユリア様や側室、乳母は私を嫌ってるみたいだから行けないわ」
嘘だ。本当はどうでもいい。
けれど、少しくらい利用するのは別にいいだろう。
「そうですか……」
ギルガはしょんぼりと俯いてしまった。
「ねえ……なんでギルガは私を慕ってくれるの?」
ぶっちゃけ、私はギルガに母親らしいことはしていない。
育児はノータッチだし、扱いもぞんざいにしているし、可愛がってもいない。
なのに何故コイツは私を慕うのだろうかと思って聞いてみたら、ギルガは頬を桜のように紅くして言った。
「母上が……何よりも美しいからです!だから、母上の自慢の息子となり、時には障害を潰し、愛されたいのです!」
キラキラと……無邪気に恋する子供の目でそういってきた。
親が初恋パターンか……無邪気で可愛いものだ。これをハルトがいってくれたら泣くだろう。
「あら……ありがとう。じゃあね」
私はお礼をいい、その場を立ち去った。
ギルガは無邪気で無垢で優しくて素晴らしい子どもだ。
次の日、王妃様と側室の何名かが食中毒によって急死したと伝えられた。
キヌエはぶっちゃけ性格はあまりよくありません。頭もあまり良くないです。価値観がぶっ壊れてますし、人の人生もよく壊してたりします。