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ジャンルスロットで楽しい毎日を (コメディ)

「何……これ……」

 俺は我が家唯一の居間に置かれた謎の機械を指さした。この疑問を持っているのはどうやら俺だけではなかったらしい。下の弟と上の妹も首をかしげていた。一方で得意げに笑う姉二人組。



 畳八畳の居間、真ん中に鎮座しているそいつは何とも言えない怪しい雰囲気を醸し出していた。

「ジャンルスロットよ! 深夜の通販番組でやってたの! ちょー面白そうだから皆でやってみようよ!」

 と下の姉『美穂』が声色高く言う。それに同意するのは上の姉『千代』だ。

「ああ、いい買い物をしたな。これでしばらく退屈せずに済むぞ」

 退屈って、姉さんたちもう二十七と二十五じゃないか。ちゃんと働いて家にお金を入れてほしいんだけど。上の妹『花蓮』が十一で下の弟『浩太』が八。大学行きたいと言われた時にお金があるようにしておきたいと俺は考えているのだが、姉たちはそんなこと意にも介していないらしい。まあ言っても無駄なので言わないけど……。



 と、とにかく、ジャンルスロットとやらを詳しく見てみよう。居間の中央に鎮座しているソイツをひょいと持ち上げてみた。手の中で捏ね繰り返す。

 なるほど、全体は長方形だ。大きさはコンパクト、両手で持てるぐらい。ふむ、重くはない……小学生が持つには苦労するぐらいかもしれない。スロットらしく箱の外側にレバーが付いていてコインの投入口も近くに空いており、賞金出口と書かれている穴もある。スロットを揃えれば賞金がもらえる設定なのかもしれない。そして切り抜かれた箱の三つの窓にそれぞれリールが付いている。リールに書かれているのは「恋愛」とか「ミステリー」とかで。確かにジャンルが書かれていた。



 うん、まあいい。ここまではいい。確かにそれっぽく仕上がっている。ただこの箱、上手く細工されているが、大きさやさわり心地が非常になじみ深いものとそっくりだ。ようするに安っぽい。そこら辺のスーパーマーケットや下手すればコンビニでも売ってそうだ。

 俺はそいつをぐるりと回し、リールが出ているところの反対側を見た。油性マジックでむちゃくちゃに消されていたが書かれている内容はまさしく


『ソ トでや らかなティ シュです』


「……」

 俺の手元を覗き込んできた花蓮は途端に身震いはじめた。肩を叩いて落ち着かせる。

「いいか花蓮、怒っちゃだめだ。怒ったら面白がってなお調子に乗る」

花蓮はコクリと頷いて、大きく深呼吸をした。俺をその様子を見ながら自身から溢れ出そうになる怒りを抑えつつ、糞馬鹿な姉たちに問う。

「……姉さんたち、これ幾らだったの?」

「安かったんだよ~」

「ほんの三十万ぐらいだな」

「さん…………じゅう…………まん…………」

 俺は丁重にジャンルスロットを置くと、急ぎ足で玄関先まで戻る。厳つい釘が刺さったバッドを拾い上げて再び居間に入った。「おう!釘バット!」と浩太が喜んでいる。

 見てな浩太、今から馬鹿姉たちに説教という名の物理攻撃食らわすから。



 俺はなるべく低い声を出して威圧しながら、釘バットを見せ付けるように振り回す。

「言い残すことがあれば聞くが……」

「ま……待てぇ! 話し合おう!」

「まだ将来有望な私たちを殺さないでくれぇ!」

「将来有望とかよく言えたね、ニートの癖に!」

 そういうと千代姉がムッと顔をしかめた。

「ニートで何が悪い。親の脛を齧りまくれる金持ちの家庭に許された上級職じゃないか!」

「どっかで聞いたことある! あと、うちのどこを見てそれが言えるのマジで! 明日のご飯代レベルでピンチなんですけど!」

「いざとなったらイナゴの佃煮で乗り切ろう!」

「うわ、でたよ! 何回目だよその手!」

 できれば虫を食わなくてもいい生活がしたい。と考えていたらパーカーの裾を引っ張られた。花蓮が丸い目を輝かせながらこちらを見上げている。



「イナゴの佃煮!」

「好きなの!?」

「大好き!」

「マジで……?」

 俺は思わず肩を落とした。花蓮がキラキラした目でこちらを見つめてくるので、クセで頭を撫でる。気持ちよさそうにほわっと微笑んだ後、ぎゅうっと腰にしがみ付いてきた。

「あー僕もー」と言って浩太も反対側からしがみ付いてくる。両親が常に出払っているこの家庭において、この二人の親代わりは俺なんだ。甘えたいのだろう。



「花蓮、浩太。ちょっと待っててくれな。今日の晩飯。うまいもんたくさん作ってやるから」

「うん!」

「兄さんありがと!」

 ……かわいい、癒される。よし、わかった。今日はうまい佃煮を作ってやろう。

 さてさっそく活きのいいイナゴ取りに行ってこようかな。その辺の田んぼにでもいるだろ、あと山に入って山菜取りと米が足りなくなってきたから近所の農家さんからいただいてこなければ。



「あー待ってぇ良太!」

 美穂姉がズボンを掴んで俺の動きを封じる。がっちりと封じる、お……重い。絶対言ったら殺されそうだけど。

「ええい離せ! ズボンが落ちちゃうだろうが!」

「いいじゃん、ポロリもあるよ!」

「ねえわ! 需要もねえわ!」

「……」

「花蓮、なんでガン見してるんだ?」

 困惑を含めて問いかけると、花蓮は顔を真っ赤にして首をものすごい勢いで横に振った。

 そんなに必死で否定されると逆に怖いんだが。



 ……まあ、いっか。とりあえずこの姉を何とかしなければ。

「今からみんなの夕食を取りに行かなくちゃいけないんだよ。離してくれ」

「せめて一回だけ! ジャンルスロットやってるところを見て行ってよ!」

「えー」

 面倒くさい。

 夜は夜でコンビニのバイトが待っている。さっさと夕飯の調達をしてきたいんだが。

 ちらりと壁にかかっている時計を見ると、十四時ちょうどだった。あと一時間は余裕がある。


 

 ……少しだけジャンルスロットに興味もあるが、それはそれ、これはこれだろう。俺にはやるべきことがある。引いては家族のため(馬鹿姉たちは除く)、明日の飯のため(馬鹿姉たちの飯はない)。しかし、美穂姉の放った一言で俺の意思はあっさりと覆ることになった。

「うまくいけば三十万取り戻せるんだってぇ! 私たちに付き合ってよぉ!」

「よし付き合おう!」

 飯? ノンノン。 今は金だ!


 俺は颯爽と居間の中心、ジャンルスロットの前に陣取った。

 しかし、やる気マックスな俺の様子を見て、急に姉達が静かになる。

 え、何? なんでそんな井戸端会議する主婦みたいなポージングでこちらを見ているの?

「え、私と付き合うの? 良太、あんたシスコンだとは思っていたけど姉に手を出すつもりだったの?」

「マジかよ、ひくわー」

 違げぇわ、どう考えたらそうなるんだ。

「え? 兄さんは姉さんたちともう……。ううん、絶対に負けない!」

 花蓮、お前は一体何と戦っているんだ?

「おやつまだ~」

 もうつっこみ入れるの疲れた。

「早く話進めてくれないかな!!」



 ***



 居間の中心に置かれたジャンルスロットを前に、俺たち四人は正座していた。玩具とはいえ、一個三十万する高額なものだ。礼儀は必要だろう。浩太はおやつが出ないと分かるや否や二階の寝室に引っ込んでしまった。

 一番端にいた千代姉が説明書を読み上げる。

「ジャンルスロットを行う際は、二人から三人のチームに分かれてから行ってください。百円玉を入れて、レバーを引きリールを回します。三回レバーを引いて止めてください。ジャンルは十個です。同じジャンルを揃えられると賞金出口から五万円出てきます」



 なるほど、これが美穂姉の言ってた『上手くいけば三十万取り返せる』ということか。

「もし揃わなかった場合は出たジャンルを混合した世界に飛ばされます」

 ………………は?

「え? 混合? 飛ばされるってどういうこと?」

 俺がそう聞くと、千代姉は腕を組んでしばらく悩んだ。

「……ん――――――」

 首をぐるりと回し、今度は反対側に回す。やがて何か閃いたように手を打った。

「わからん」

「おいおいおいおい! 何も解決できてないじゃん! 本当に大丈夫かよ!」

「まあ、今流行のVRかなんかでしょ?」

「雑だな!!」

 ……ってかVRってなんだ? 話からすると食べ物ではなさそうだが……わからん。。『飛ばされる』に掛かっているとするとロケットかな? ロケットといえば行きつく先は。

「なあ美穂姉」

「なに?」

「まさか、こんなことで宇宙に行けるとは思わなかったよ。いい買い物したな」

「は……? え……?」

 まさか、もう個人でロケットに乗れる時代が来るなんて、時代は進んでいるんだな。



「それじゃあさっそく」

 美穂姉は千代姉と手をつなぎ、千代姉は花蓮を捕まえていた。

 捕まえる、まさしくその表現が正しい。得体のしれないものに恐怖し、逃げようとしていた花蓮を腹から抱え込んでいる。

「――――っ!」

花蓮は暴れているが、悲しきかな、体格が違いすぎるため、逃げられないようだ。

 顔を真っ赤にして、目尻に涙まで浮かべている。っていかん眺めている場合ではなかった。

「コラバカ姉共! 花蓮を泣かすなよ! 事と次第によっちゃ、さっきおいてきた釘バットで……」


 ――――――ちゃりん。


「……って聞けよコラァ!」

 美穂姉は俺の言葉に耳を貸そうともしてくれない。もう百円を投入口に入れ、レバーを引いていた。力の抜ける独特な音楽と共にリールが高速で回り始める。

 そのリールを見て美穂姉はにやりと不敵に笑って見せた。

「舐めんなよ百円程度で回せるスロット風情が……。こちとら、パチスロで全財産かかった目押し勝負とかしてきてんだよ」

 うん、聞かなかったことにしておきたい台詞だった。


 

 あきれ返った俺の顔を見て千代姉はキリっと眉間にしわを寄せた。自信満々に言う。

「大丈夫だ、良太。私たちはパチスロで五十万摩った姉妹として有名なんだ。いつもそのパチンコ屋に行くとみんな喜んで迎え入れてくれるぐらい有名になっているぞ。どんと任せとけ!」

「任せられる要素が一個もないんだが! 要するに何もかも駄目じゃねぇか!」

「失敗したっていう経験は得ている」

「うるせぇよ! 馬鹿姉貴たちは何もかもお粗末なんだよ!」

「だーもう! うるさくて集中できない! 姉弟喧嘩なら余所でおやり!」

 どうせ当たらないのに、一生懸命目押しをしようとしている美穂姉に噛みつかれた。もしかしたらうまく揃うのかもしれないし、ここは黙って見ておこう。……あとパチスロに使ったお金の件は後でしばく。



 美穂姉は真剣な眼差しで回るリールを眺めていた。腰を低くし、リールに目線を合わせて。

その様子は昔ひたむきに勉強していた美穂姉の過去を思い出す。ここ最近は也を潜めていたが、美穂姉は、集中力だけ、人並み外れている。

「今日は、ノッてるな」

 と馬鹿相棒様も好調さを解っておられるようだ。

 なるほど、素人の俺でも感じるこの気迫。これを美穂姉はパチスロで学んできたのだろう。

 美穂姉の左手がレバーに触れる。そして目がカッと見開かれて連続でレバーを引いた。

 ガシャンガシャンガシャンと固定されたのを、後ろから覗き込む。


【恋愛】 【ライトノベル】 【百合】


「一個もあってないじゃん! なんだったのさっきの流れ!」

「殺気出すなよ~」

「オヤジギャグ禁止! 婚期が遅れるよ!」

 突っ込んでいる場合ではない。改めて、止まっているリールを覗き込み、決まったジャンルを確認する。


【恋愛】 【ライトノベルス】 【百合】


 もう早速嫌な予感しかしないんだけれど。

「こんなジャンルで大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

 親指を立てて微笑む千代姉を俺はジト目で見つめた。

「揃わなかったら、飛ばされるんじゃなかったっけ?」

「うむ、そうなるはずなのだが。特に何も起きないな」

「ええ、ロケットは? ちょっと楽しみにしてたのに……」

 ――直後。

 焦点が定まらず、目の動きを制御できなくなった。立ちくらみにあったような感覚に落ちいる。

 しまった、これが飛ばされるということらしい。

 見ると、もうすでに美穂姉と千代姉は畳に倒れていて、あとは俺だけのようだ。姉の手を逃れて僕の下へ必死になって駆け寄ろうとする花蓮が見えた。こんなことならさっさとイナゴ取りに行けばよかったと後悔する。

 ――これ終わったらすぐにイナゴ取りに行くからな。

 視界が、暗転する。



***



 ぎぃやあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!



***



「兄さん大丈夫!?」

 目を開けるとそこにいたのは花蓮だった。様々な試練を乗り越えて、俺はどうやら現実世界に帰ってこられたらしい。胸から色々なものが込み上がってきて、映る世界がぼやけ始める。

 ジャンルが決定したときに近くにいた三人。俺、美穂姉、千代姉は【恋愛】【ライトノベルス】 【百合】のジャンルが混合した世界に意識を飛ばされていた。でもあの世界であったことは絶対に説明したくない。


 それだけは……勘弁させてもらいたい……。



「兄さん? なんで泣いてるの?」

 花蓮のごもっともな疑問が思わぬところでトリガーになった。

 さっきの世界の不満が爆発する。

「なんだよあれ! なんなんだよあれ! 『全ての女を虜にする。見よ、これが私のチートスキル【美女神ノ抱擁】(ゴッドオブビューティイルミネーション)』って! イルミネーションどっから出てきたんだよ! チートスキルって自分で言ってるし! チートスキル持ちの俺TUEEEE系小説はライトノベルの代表じゃないから! そこ間違えて作ってる所からしてこれ造った人たちのジャンルの認識かなり適当だから! あと『百合』だからって女の子全員に『お姉さま』って言わせればいいわけじゃないから! 『お姉さま』って言ってるだけで特定の女の子を特別視している描写が全くないからただのお嬢様学校に成り下がっちゃってるんだよ! そんなの『百合』じゃないから! 最初のニアミスで『綺麗な人』とか『あの子かわいい』とかそういう描写も一切なしでいきなり『好きです』!? これ造った人『百合』ジャンル舐めてんのかよ! 『とりあえず女の子絡ませとけばいいか~』みたいなこと考えてんだろ! しかもなんで最後にタコ出てくるの? ほんとに意味わかんないんだけど……しかも何故女の子じゃなくて俺を……なんで姉さんたちは助けてくれなかった……」



 おろおろしている花蓮を尻目に、俺は立ち上がった。

 意識が戻ってきているだろう戦犯姉たちに、ヤケクソ気味に二発ずつ蹴りを入れる。

 「ぐぇ」とか「ぎゃあ」とか悲鳴を上げるが多分全く効いていない。俺の蹴りぐらいでどうこうなる体はしていないんだこの阿呆たちは。

 俺は涙がこぼれないように天井を見上げる。

「あの……兄さん……?」

「花蓮、だ、大丈夫だ。とにかく……」


 ……しばらくほっといてくれ


 姉たちにパチスロの件をシバくのも、イナゴを取りに行くのも忘れて、俺は部屋の隅で体育座りをする。

 「兄さん」

 花蓮の憐みを帯びた声を背に受けることしか、今の俺にはできそうになかった。


 組み合わせって結構好きなんですよ。数学の組み合わせは嫌いですけど。

 掛け合わせることで今までなかったものを作れるってすごく楽しくないですか? 数学の組み合わせは嫌いですけど。

 カップリングとかめっちゃ好きですもん。数学の組み合わせは嫌いですけど!

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