第6節
~登場人物紹介~
道上 準貴:本作の主人公、高校一年生。イケメンだがオタク。
石川 彩音:二年生の先輩。北高の普通科に在学。
※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません※
すっかり遅くなってしまった夕方頃、道上準貴は五稜郭駅のホームで後悔をしていた。
「今日、タイムセールで卵八十八円だったのに・・・。忘れてた」
決してパソコン部に入部してしまったことを後悔していたわけではない。確かに反強制的ではあったが、入部したのは俺の意思だ。そうではなく、スーパーのタイムセールがあったのをすっかり忘れていたのである。彼のよく通うスーパーは、上磯駅からほど近いところにある。スーパー、というより少し規模の大きい商店の方がニュアンス的には近いかもしれない。そこで本日はタイムセールが行われており、目玉商品は安売り卵、十個入り一パック八十八円だ。商店ということで、品揃えが豊富なわけでなく、数にも限りがある。もちろんそれだけ人も少ないので、劇的に混み合うというわけではなのだが、できるだけ彼はタイムセールがあれば、開始と同時にお店にいるようにしていた。
「今五稜郭駅を出て三十分後・・・。残ってるかな、卵」
卵はどこのスーパーでも比較的、安売りの目玉として使用されがちなものだが、一度安いのを買ってしまうと、普通の値段の卵を買うのを躊躇ってしまう、そんな主婦の病のようなものに俺はかかってしまっている気がする。
「卵が無くてもいいから、とりあえず寄るだけ寄ってみるか。そういえば醤油も残り少なかったっけ」
今日買う予定の食材をスマホのメモ帳でチェックする。今日も帰ったらお米を炊いて、晩飯を作ろう。そう予定を立てていると、やっと、五稜郭駅に電車が滑り込んできた。今日は少しばかりダイヤが遅れているとのことだ。彼が、素早く電車に乗り込む。しばらくすると電車がのんびり、焦る様子もなく五稜郭駅を後にする。なんで今日に限って、と彼は後悔したが、もう遅い。パソコン部への入部で少し時間をとられすぎた、と今更ながら反省する。明日から活動すると部長さんは言っていたが、一体、なにをするのだろうか、少しばかり考えてみたが答えは出なかった。この時間帯の電車内は、当然学生が多い。ちらほらとスーツ姿の人やおじいさん、おばあさんも見かけるが、基本的には北高や他校の制服を着た生徒たちだ。学年はさまざまだが、車内に見知った顔はいないようだ。たまに、中学校の同級生や、野球部だった頃の先輩などが電車に乗り合わせていることがある。一人の場合は大抵、席に座り、ラノベを読むのが日課である。彼がラノベを読んでいるとスマホがブルっとサイレントに震え、メールの着信を知らせる。送信者欄には「父」と表示されている。本文はというと、
「晩飯不要、自分の分だけ作って食べてくれ」
簡潔な文章だ。格別これを冷たいとは思わない。自分もまた「了解」とだけ文字を打ち込み、返信する。男同士のやりとりなんてこんなものであろう。もし彼女になにか報告され、「了解」なんて返したら『なんでそんな冷たいの、私のこと好きじゃないの?』などと言われそうだが大丈夫。俺にそんな彼女はいない。彼女いない歴=年齢の人間にそのようなスキルはないのである。そもそもスマホには親父と、祖母と、遥を含めた中学校の同級生、と何故か母の連絡先ぐらいしかないので、そのようなメールが来ることは恐らくない。母の携帯番号とアドレスは何故か消していない。消してもいいし、むしろ母親の携帯は既に解約済みで、送っても返事は帰ってこないのだが、何故か消せずにいる。もしかして、まだ何か思うところが自分にはあるのかもしれない。
「そんなまさか」
ぼそっと独り言を言った後、彼はスマホの液晶を切る。これは中学一年生の冬に買ってもらったものだ。理由は「アプリのゲームをしたいから」だったが、親父も生前の母親も、連絡は取れた方がいい、ということで、これを持たせてくれた。中学校にスマートフォンの持ち込みは禁止だったが、帰りの遅かった父と母との連絡でたびたび使っていた。そのほかにも中学校の同級生同士でメールやメッセージのやりとりもあり、当時からなくてはならない存在となっている。スマートフォンの継続使用は二年を突破し、見た目は少しボロボロたが、まだ使える、という理由だけで使い続けている。
上磯駅に到着後、速攻で電車を降り、駅に停めてあった自分の自転車ですぐ近くのスーパーに急ぐ。もう卵は半分あきらめていたのだが、何故か急がずにはいられなかった。
目的地に到着し、自転車を停め、急いで店内に入ると、なんと、まだほんの少しだけ卵が残っていた。
「御一人様2パックまでか、じゃあ2ついただくとしよう」
卵は晩御飯のほかに、昼ごはんのお弁当のおかずなど、色々と用途があるので、彼はいつも二パック買うようにしていた。しかし、二パック目を取ろうとしたとき、右側からにょきっと手が伸びてきた。
「・・・・・」
「あ、どうも」
相手はというと、同じ北高の制服を着ている怖い女子高生だ。というのも、恐らく一年生ではないと思われる身なり、スカートはだいぶ短く、ばっちり化粧をしている。髪は校則では恐らくグレーゾーンの茶髪で、頭の横で束ねられている、サイドテールだ。そして彼女の制服は、胸当て(内襟ともいう)が外れていた。しばらく(怖くて)固まっていたら、その女生徒から声をかけてきた。
「私、大家族なんだよね、弟と妹もいてさ」
よく見るとカゴには既に一パックの卵と大量の食材が入っている。先ほど、売り場には残り三パックの卵があり、お互いが一パックずつカゴの中に入れたため、この残りのものが、最後の一つである
「あ、そうですか、うち二人家族なんでどうぞ」
大家族なら仕方がないか、というのとその眼力に気圧され、あっさりと卵を譲ってしまった。
「サンキュー」
と言い残し、彼女は卵コーナーから去っていった。一体あれはなんだったのだろう。セーラー服からのぞく深い綺麗な谷間が印象的だった。しかし、あのスカートの長さって本当に見えそうで見えないんだよな、なんでなんだろう。売り場を回り、醤油と必要最低限の材料を買い、レジで会計を済ませる。その後、夕飯のことについて考えながら駐輪場に向かうと、そこには先ほどの女子高生が大量の買い物袋と倒れた自転車を見て呆然としていた。誰かが倒したのか、それとも風で倒れたのか。勇気を出して声をかけてみる。
「あの、大丈夫ですか?」
「もうやだー、きみも直すの手伝ってくれる?」
「自分のも倒れてるんで、直しますけど」
「じゃ、一緒に直そっか」
結局、『一緒に』と言ってたものの、自分が駐輪場にあった倒れている自転車を全て(といっても数台だが)を元の体制に直した。その間彼女は買い物袋を両手に持ち、その場で立って見ているだけだった。最後の自転車を直し終わると、彼女は既に自分の自転車のサドルに跨っており、
「ありがと、一年生。じゃーね」
と言って再び去っていってしまった。あの人は、一体俺が来なければどうしていたのだろう。まぁ、買い物を袋たくさん抱えていたし、仕方がないか、と思いながら、俺は卵を割らないように、そっと自転車を家まで走らせた。