第5節
~登場人物紹介~
道上 準貴:本作の主人公、高校一年生。イケメンだがオタク。
喜田川 友哉:主人公の親友。黒縁メガネ。読み方は『ともや』
池田 万理子:1年E組のクラス担任。情報教科担当。
※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません※
俺たちの所属する、五稜郭緑陵北高校は一年生から三年生までがそれぞれ七クラス、というだけあり、校舎自体が比較的大きい。一階には玄関や体育館、購買、職員室などがあり、二階が三年生の教室、三階が二年生の教室、そして俺たち一年生の教室が四階にある。特別教室は各階に配置されており、家庭科室や美術室、音楽室や生徒会室、あと商業科の生徒が主に使うコンピュータ室も様々な階に設置されている。一応コンピュータの教室には、それぞれに名前(実習室一、実習室二、あるいは総合実践室、LL教室など)がついているのだが、数が多すぎて一年生の今はどのPCがどのように違うのか、全く理解ができない。先生は「まぁ、三年生になればわかるようになる」と言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか。不安になりながら、四階のE組の教室から、二階に下がり、ぐねぐねと廊下を歩き、部室らしき教室に到着する。
「着いたぞ、部室だ」
そこには「コンピュータ室」下に小さく「パソコン部の部室はここだよ、新入部員大歓迎!」と書かれてある。そんなのを見ていたら、池田先生がドアを開けて入ってしまう。
「おーい、聞け、新入部員だ」
「(俺はまだ仮入部だけどね)」
俺はそんなことをつぶやきながら先生の後に続き部屋に入った。そこはパソコンが設置されている部屋のなかでは小さめな、約十数台のコンピュータが置いてある教室だった。前にはホワイトボード、そこには女の子らしい丸っこい文字で「パソコン部へようそこ」なんて書いてある。中にいる先輩たちを見る限り、全員女生徒だ。
「うわ、未婚の先生が男連れてきた」
「あの池田さんが男子生徒と一緒にいる」
などと皆が口を揃えて言う。生徒に「さん」付けで呼ばれるって、先生としてどうなんだろう。
「うるさい、私の結婚の話はやめろ、それより新入部員に対して挨拶はないのか」
「あー、私が部長の吉田です。よろしく~」
「ども、副部長の鳴海です」
と、とても軽い感じで挨拶してきたのが、パソコン部の部長さんと副部長さんのようだ。部長さんは、長い髪をバレッタでまとめ、頭の高い位置で留めてある。メガネをかけていて、とても優しそうだ。副部長も優しそうな笑顔に細いカチューシャ、おでこが出ていて髪を後ろでまとめている。二人とも靴は一つ上の学年を示す赤色のラインが入っている。ちなみに今年の一年生は青、三年生は緑となっている。
「こいつが、二年で部長の吉田だ」
「部長って、普通三年生が務めるんじゃないんですか?」
友哉が当然の質問をする。この時期の部長って通常は三年が務めているはずだ。疑問に思い、友哉と俺は先生の回答を待つが、先生は少し困った顔をする。
「あー、三年の部長はいるにはいるんだが、五月に入って一度も顔を出していない」
「四月だって、一度も来ませんでしたよー」
二年生部長の吉田さんが先生の情報に追加する。
「もう五月だし、あの野郎は近々、部活引退だ。だから二年の吉田がちょっと時期は早いけど部長を務めてるわけだ。吉田は比較的部室に顔を出してるから適任だったんだよ」
「なるほど」
友哉はちゃっかり納得しているが、本当にこれでいいのか?パソコン部ゆるすぎない?
「てなわけで、二人をよろしく頼む、吉田」
「わかりました~」
っておい、俺はまだ仮入部だって、と言いたいところなんだが、少し嫌な予感がするので、先生に尋ねてみる。
「もしかして、男子生徒『いなくはない』って言ってたのは、そういうことなんですか?」
「??? あぁ、そういうことだ。先代部長がいなくなれば、男子はいまのところ喜田川と道上だけだ」
やはりそうか、喜田川もハトが豆鉄砲喰らったような顔をしている。そうなると俺が入らないと、喜田川は男子一人か。よかったな、ハーレムじゃないか。
「おい、それはさすがに辛いよ、女の子多いのは嬉しいけど、男子一人はさすがに辛いって、道上も入ってくれるよな?」
「いや、俺がいたところで、二人でもだいぶ気まずいぞ、今からでもやめたらどうだ?」
「それはダメだ、入部届にはきちんと印鑑も押してあるからな」
ひどいよこの先生。というか喜田川も大事な書類に簡単に印鑑押したらダメだよ。お前、将来多額の借金とか抱え込まないか今から心配だよ。でも俺の入部届は印鑑押してないからなぁ、どうしようかなぁ、などと考えていると、隣で喜田川が泣きそうな顔になっている。
「・・・。頼む準貴。数少ない男同士だろ」
「わかったよ。さすがに男一人じゃ可哀想だ」
「よし、決まったようだな」
と、先生が邪悪な笑みを浮かべている。もうこの人の言うこは信じないようにしよう。俺が一応、先生に別な質問もしてみる。
「ちなみに、あと入部希望者はいるんですか?」
「私が声をかけた、うちのクラスの女子二人と、男子はいまのところ他にはいないな」
「まぁ、パソコン部って、商業科の生徒が中心だからね、男の子あんまり入ってくれないんだよー。ここ最近は、募集期間ってのもあって、たまに見学には来てくれるんだけど、女の子しかいないって分かるやいなや、君たちと同じような反応して、断られちゃうんだよね」
吉田先輩が追加で説明してくれた。こう聞くと、少し申し訳ないことをしたような気がするが、俺たちは入部することが決まったためか、先輩たちも少し嬉しそうだ。いや、嬉しそうに見えて実は迷惑なのかもしれない、と思うのは、今はやめておこう。
「道上の入部も決まったことだ、何か部活動について聞いておきたいことはあるか?」
「普通、順番が逆だと思うんですけど先生。ところで、この部活は基本なにをする部活なんですか?」
見たところ、格別なにかに取り組んでいるといったわけではなさそうだ。
「答えてやれ、吉田」
「はいー、パソコン部は基本的に部員が集まらないので、決まってやることはないんですが、そうですね、パソコン得意になってもらって、出来ればワープロ大会なんかに出られたらいいなー、と思っています」
「キーボードでの早打ち大会みたいなもんか。そんな大会があるんですね」
「喜田川は授業を見てる限り、あまり機械に慣れているという感じはなかったな、それをうちの部活で初歩的な部分も含め、色々教えてもらうといい。早打ちはその次で大丈夫だ」
「お前、学校のパソコンの電源の位置もわかんなかったもんな」
「うるせぇ、それを言うな」
ユーチューブで動画を見ているのを自慢している時点で察してはいたが、こいつはどちらかというと機械音痴の部類だ。コンピュータを使用する授業で、たまたま俺はこいつの隣だったのだが、教室に到着するやいなや「電源ボタンってどれ?家にあるのと型が違うから分からん」と言い出したのは本当に驚いた。こんな奴がうちのクラスいたのだ。しかし、今の時代、スマートフォンで用は足りてしまうため、コンピュータの使用頻度は確かに昔に比べると減ってしまったのかもしれない。以前に遥が、「キーボードで文字を打つより、フリック入力をした方が早い」と言っていた気がする。
「道上はパソコンは得意な方だな? 初回の授業、退屈そうにしながら、色々喜田川に教えているのは見ていたぞ」
「授業自体は退屈でしたけど、隣が機械音痴すぎて、忙しかったですね」
「どういう意味だよ」
初回の授業はとにかく退屈だった。これがマウスで、これがディスクトップで、これがキーボードで、インターネットはこれで、という話を池田先生から長々と聞かされた。こんなの知らない奴がいるのか、と思っていたら、こいつが隣で一生懸命ノートをとっていたことにまず驚いた。そのあと、先生の指示で、「ワードを起動して、一番上に自分の名前を入力しろ」と言われ、彼に「ワードってなんだ?検索するのか?」なんていう質問をされ、さらに驚いた経験がある。とはいえ、俺は、パソコンが得意と言っても、大したことはできない、スピードには少し自信はあるが、あとは並の高校一年生程度のものだ。しかし先輩が、尊敬の眼差しをこちらに向けてくるので、こちらも少し恐縮してしまう。
「道上くんはパソコンマスターなんですね」
「パソコンマスターではないですよ、普通の高校一年生です」
ここで先生が余計なことを付け加えてしまう。
「恐らく道上なら、スピード検定一級は余裕だぞ」
「えぇ、私より凄いじゃないですか、部長としてプレッシャーですね」
「頑張れ部長、副部長として応援はするよ。私はもう無理だ」
「勝手に話を進めないで下さいよ」
後で彼が自分で調べたところ、スピード検定というのは様々な細かな規定はあるものの、おおよそ十分間で千文字以上の文章をキーボード入力できるということを意味しているらしい。
「道上くん、負けませんよ・・・!」
「お手柔らかにお願いします」
と準貴は再び恐縮する。しかし部長さんはその後、にっこりと笑って
「それでは改めまして、お二人とも、これからも一緒に頑張りましょうね。よろしくお願いします」
「はい」
と二人が同時に返事をする。女性に「よろしくお願いします(ハート)」なんて言われると少しドキッとしてしまったが、基本的には、ここはパソコンの苦手な人向けの部活、そしてあわよくば早打ち大会に出てみようという感じらしい。そしてやはり活動の成果にはさほど重きを置いておらず、池田先生の言うとおり、「さまざまな生徒たちの受け皿」的な意味合いが大きいのかもしれない。
「さて、こんなところか、私はこれから会議があるのでこれで失礼する。いずれうちのクラスの女子二人とも顔を合わせることになるだろう。二人はどうする? 少し遊んでいくか?」
「遊ぶって・・・、そうですね、じゃあもう少しだけ」
「そうか、じゃあ適当な時間になったら閉めて、吉田、いつもどおり鍵、お願いするぞ」
「わかりました」
そう言い残し、池田先生は部室を後にした。
その後部長さんに誘われ、一時間ほどキーボード入力の速さと正確さを測定し、スコアを競う、よくわからないゲームのようなもので遊び、結果は大敗した。「まぁ慣れもあるから」と部長さんはフォローしてくれたが、部長さんの手は目にも止まらぬ速さでキーボードを叩いていた。友哉なんて「人間の手じゃねぇ」などとつぶやいていたくらいだ。その後、先輩たちは、「もう少し残って遊んでいく」といっていたので、二人は先に帰ることにした。
「また遊びに来てねー」
「はい、お疲れ様です」
二人は先輩たちに見送られながら、部室を後にしたのだった。玄関までの渡り廊下で、友哉が口を開く。
「数人いたけど部長さんが一番可愛かったな」
「先輩方に対して可愛とか言うのは失礼だろ。まぁ、否定はしないけどさ」
などとくだらない会話を繰り広げながら、二人は学校を出た。その後「また明日」と言って友哉と別れた後、家に帰るため五稜郭駅へと向かうのであった。