やっぱ温泉はいいよなぁ~
「セルシオ。獣人とは・・獣の姿にもなれるものなのか?」
アルバートは精神的ダメージから復活を果たし、疑問を投げかけてよこす。そこは私も知りたいところだから訊かれても困る。
「私もついさっき知ったばっかりで」
串肉にかぶり付く私を睨んでいるが、こればっかりは困るよね本当。
「・・・」
そんなに真剣な目つきで見ないでほしい。自分でも自分が分からないんだから、どんなに問い詰められても答えようがないのだ。
「いやぁ~楽ちんだったよ、移動が。さすが四足、抜群の安定度でさぁ」
「なんで知らなかったんだ?」
ここは素直に白状したほうがいいだろう。この先どんなポカやるか分かったもんじゃないし。
「うーん。実はね。私は自分が狐族だってことを知ったの、最近なんだよね」
「はぁ?」
そこまで見事に呆れるか?
「記憶がね。色々目いっぱい欠如しているんだ。名前だって必要に迫られて適当につけただけで、実際の名前も知らない。だからね」
アルバートは困惑気な表情を浮かべている。
「私はいつか自分探しの旅に出たいんだ。アルの体調が整ったら。いいかなぁ?」
「いいも・・何も。俺はセルシオの奴隷だ。どこまでもお供しますよ」
そうだったのか・・とアルバートは呟いた。
「でね、今日。というか今さっき!なんと源泉掛け流し露天風呂作ってきました!」
いきなりの話題転換についていけず「はぃ??」というすっとんきょな顔で、咥えてた串肉をポトリと落としたアルバート。
「怪我にも肌荒れにも多分腰痛関節痛にも効く美人湯ですよ!」
すごいでしょ!と言いよる私に、何故かアルバートは後ろに身を引いた。
「温泉?」
「そう温泉!ごはん食べたら温泉三昧だ!」
夜間でも目が利く、獣の強みを如何なく発揮するよ、狐のほうで。
なんと今夜は残念なことに二つ月の満月だった。
明かりもいらないほど辺りは明るい。せっかく狐バージョンで素晴らしい身体能力を発揮できたのに、すごく残念だ。
しかし温泉に行くには最適な夜でもあった。
「着替え持った?タオル持った?石鹸入れた?」
まるで遠足気分で心身ともにわくわく感たっぷりな私に、アルバートはうんざりしたように言う。
「もう5回も同じことを言われているんだが・・全部あるとその度に言っている」
それらはすでに万能マントに包んである。
「ではっと。変転」
出発前までの時間、私はずっと素っ裸で待機していたので、落ちた服を心配する必要はない。
「さぁ乗って!」
「ああ。すまない」
「すっごい悪路だからね。はっきり言ってロッククライミングだからね。普通に踏破出来るところじゃないからね!」
一度滑り落ちた経験から思わず力を入れて叫ぶ。大事なことなので3回言ってみた。もちろん表現を変えて。
「ロ・・?なんだ?」
細かいことは気にしない。アルバートが背中に乗るのを確認したが、やけにグラグラして安定しない。
「馬ぐらい乗ったことないの?」
「かなり勝手が違うのだ。毛が多すぎて・・滑る。腰の座りが悪い」
さすがに馬は乗ったことあるらしい。当り前か・・。
「じゃぁ、毛をがっしり掴んで。がぶり付きでいいよ。滑落したら死体になるからね、きっと」
「わかった」
素直にアルバートがしがみつく。では出発進行だ。
「随分、早かったなぁ~」
なんか、30分ぐらいで来れちゃったような?とりあえず変転して湯加減を確かめる。
「途中で卵発見したのは嬉しいよね」
「その代わり酷い目に会ったんだが・・・」
木の上に鳥の巣を発見したのだが、昼間ならともかく夜では親鳥もしっかり在席中だ。卵を取るためにその親鳥と格闘したのは私ではなくアルバート。身体のありらこちらに擦り傷を受けたが、そんなものは温泉に入れば治ってしまうはず。
「温泉に入れば、傷も治るから大丈夫」
神妙な顔つきで「そうか?」と呟いてる、その頭髪に羽が数本突き刺さっているのは内緒にしておこう。
「お風呂上がりの温泉卵はきっと格別だよ」
私は卵5個を婦の袋に入れると、源泉が湧き出ている穴に投入し、傍の石で袋を固定した。
「いい湯だなぁぁ~~」
自作露天風呂にとっぷり浸る。アルバートは横で服を脱いで、湯船に静かに入ってきた。
「いい気分だね」
夜空の二つ月を眺めながら「風流だのぉ」と暢気に言うと、隣のアルバートは「熱い・・」と小さく文句を言っている。それでもほっと息をこぼし、やはり夜空を眺めていた。
「硫黄の臭いが漂ってこなければ、更に言うことなしなんだけど」
時折風が滞ったり逆風になると、地獄谷のほうから大量の硫黄臭が運ばれてきて、二人で咽る。でもそんなことは極稀で、基本的には軽い硫黄臭で温泉自分はすこぶる快適だった。
温泉はいいよなぁ~~。
リラックス効果満点だ。
「う~~・・なんだかなぁ」
・・・アルバートが温泉初心者であることを忘れていた。
「湯当たりでダウンとか・・。ど~すんだよ、帰り」
逆上せてひっくり返っているアルバートの傍らで、私は温泉卵を食べながら、月夜に向かって盛大な溜息をついた。
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