騎士のプロ意識 パネェ! ★
翌日の朝。
恒例行事のラジオ体操をしている間に男の容態が急転した。
それまで苦しそうだった息が、随分と楽な呼吸音に変わったのだ。額の汗も気がつけば浮かぶこともなくなった。
「ん・・」
男の意識が戻ったようだ。ちょうど塗り薬を用意していたところで
「気がついた?なんか飲む?」
尋ねると、男はぼんやりした眼でこちらを向いた。
「・・水」
「水だね、分かった」
掠れた声だがしっかりと要求してきたので、もう大丈夫だ。
上半身を支えてコップの水を飲ませると、男は一気に飲み干した。
「腹減っただろ?後でスープ持ってくるよ」
峠は越えた。思わず笑みがこぼれる。
いやぁ~本当によかった。
「俺は・・」
男は己の首に手を当てそこにあるはずのないものに、思案気にこちらを見てくる。
「ああ。邪魔だったから首輪は外したよ。ないと寂しい?」
もちろんジョークであるが、ちょっといただけなかったかな?
男もまた苦笑いを浮かべて軽く首を振り、そして深く息を吐いた。
「・・生きている」
「死なれちゃ困るからね、思わず頑張っちゃった」
あ。でも君のお値段は果実一個分だからね!薬代のほうがその十倍以上かかってますが。ははは
そのまま、男をゆっくり起こし薬の交換を始める。やはり剥がす時相当痛いのか、苦悶の表情を浮かべ低く唸る。
それでも傷口はだいぶ綺麗になってきている。所々新しい皮がうっすら膜を張っていてその下には肉も盛り上がって、男の生命力の高さに少し驚いた。
「あっと。下のほうは自分で薬ぬるかい?」
一応。まぁ同性ではあるけど。やっぱねぇ~~。
「ああ」
そう言う男に薬の瓶を手渡す。
自分で処理できるならそれに越したことはない。その間、私はスープの支度をしよう。
男はお椀を片手にゆっくりとスプーンを口に運んでいる。
まだつらそうだが、右腕は何とか動かせそうだ。
「俺はアルバート・レイ・コンフォードという」
自分から名乗ってきたので、私も自己紹介を。
「セルシオ。狐族」
全てに(らしい・・?)と注釈がつくのだが、敢えてそれは言わないでおく。まぁ、言ったところで疑問だらけで誰も答えられないしね。
「俺は・・・買われたのだな?」
奴隷として・・・と小さく呟くのが聞こえた。獣人は概ね耳はいい。
「まぁね、つい買っちゃったよ」
ヘラっと笑うと、アルバートも微かに苦笑した。
「助けておいてから殺すのか。殊勝だな」
「え?まさか!すごく苦労したのになんで殺さなきゃいけないんだ、ご冗談でしょ」
「しかし。多くの男の奴隷は・・」
アルバートはそれをずっと見てきたのだろう。
「剣士でしょ?なんで捕まっちゃったんだ?」
ん?と顔を上げる。
「俺はラフォング王の第二近衛騎士団部隊長を務めていた。王を逃がすために囮になったのだ。もちろん死ぬ気でいたのだが・・」
(うはぁぁ、本物の騎士様だよ。やばいね)
アルバートは話しながら後頭部を撫でて顔を歪ませた。
「不意打ちをここに食らった。気がつけば檻の中だった」
「切るための武器じゃないからなぁ・・獣人のは。当たり所が悪かったら即死できちゃうんだろうけど」
「いっそ死ねれば良かったと思う。まあ・・今更だが」
確かにそんな身分の人が奴隷にされると判ってて捕まるようなへまはしないだろう。それこそ死んだほうがましだというものだ。
アルバートは「おいしかった」と言いながら苦笑を浮かべる。
私は盆を下げると、飲み薬用意して彼の元に戻り、それを渡した。
「匂いが」
文句を言いながら一気に飲み干す。かなりまずそうだ。しかめっ面でしばし固まっているアルバートに、思わず笑ってしまった。
「まあ。逃げたいのなら逃げてもいいよ。但し人のいる場所はここからじゃかなり遠いと思う。何せ大陸横断になるからね。見つかったら今度こそ死ねるとは思うけど」
「・・・そうか」
「この先生きるのも死ぬのも自分で選べばいいよ」
私の言葉にえらく驚いた様子で「なんで自分を買ったんだ?」と訊いてくる。
「死なせるには惜しいと思ったから」
アルバートはじっと私を見つめてくる。言葉の真意を測っているのかもしれない。
「うまく言えないけどね。あの中でアルバートだけが僅かに生気を失っていないように見えたんだ。それだけ」
自分でのよくわかっていないので、言葉に困って笑って誤魔化す。
「・・俺は・・セルシオ殿の奴隷だ」
そう言ってコップを返してきた。
「生かされた以上、俺は身勝手で死ねない。この恩は身をもって代えさせて頂こう」
アルバートは、どうやら奴隷になっても騎士であり続けるつもりらしい。
(うわ~超かっこいいんですけど。絞殺したくなるほどイケメンっぷりなんですけどぉ!)
「セルでいいよ。私もアルって呼ぶから」
「自分の呼び名などどうでも構わないが、主に対してそれは困る」
と堅苦しいこと言いながら、身を横たえた。そうするように促したからだが。
「じゃぁ、百歩譲って殿はなしね!獣人にはそういう呼称は存在しないからね」
「ではセルシオ様」
「却下!」
びしっと指を突き立てて抗議する。だがアルバートの顔は更に歪んで困惑した様子。
「セルシオさん・・」
「却下パート2!」
パートってなんだ?と眉が寄った。
「だって私がほしいのは奴隷でも下僕でもなくって、相棒なんだよ!この違いわかる?!」
「・・相棒、ですか?」
私はアルバートの枕元に立ったまま、背中の弓を取り出し、自慢げにそれを見せた。
「狩りに前衛壁職がほしかったのだぁ!」
わっかるかなぁ?と鼻息を荒くした。すると初めてアルバートが気持ちのいい笑顔を見せた。
久しぶりに気分良く村に向かう。
リアへの手土産に兎のような鼠のような(ビーラットというらしいことが判明)を8匹狩って持参した。もちろんさばいてないが。
「おお~くれんの?」
「もちろん、いつもお世話になってるしね。ただ1匹はさばいてもらったら持って帰るので、そこんとこよろしく」
「了解」
笑いながら「相変わらずさばけないんだね~」と言われたが、事実なのでへっちゃらです。
リアとともにリアの家に行き、お決まりの家族総出での焼き肉パーティをする。
「ところで例の奴隷はどうなったの?」
リアに聞かれたので思わず親指を立てて
「何とか元気になってくれたよ!」
とにこやかに返した。
クーリィ
大型野生動物。一角獣。体長2~2,5M 体重650~1000㌔
大陸中の森、山間部に分布。北部では長毛種。南部は短毛種とバライティに富んでいる。獣人の誰もが大好き。捨てる部位がないほど。セルシオは頭ぶっ飛ばしてますが、角も高価。
美味しさ★★★★★(セルシオ基準)