余りモノの人の奴隷って、果実一個分?
うにゃらら~~♪
「それ、1,2,3!」
今朝も気持ち良くラジオ体操をして顔を洗うと、さっそく弓を片手に森に出てみた。
いつものように果実と卵を見つけては朝食代わりに済ませ、何か獲物はいないかなぁとぶらぶら歩いていく。
まぁ草やら蔦やら激しく生い茂っているけど。
問題は、弓はあるけど肝心の矢がないことだ。
だが魔法を使えるという事実を知ってしまった為何とかなるのではないかと、淡い期待を抱いてる。要はイメージと絶対にできるという気の持ちようなわけで。
と。遠くのほうでガサリと音が聞こえた。自分の耳がその方角に向かって大きく動き、音の出所を探り始める。
そろそろと森の中を移動し、少し開けた場所に牛のような鹿のような大型の獣を発見した。
音をできるだけ立てないように注意しながら背中の弓を取ると、狙いを定めて弦を引いていく。引きながら『矢』のイメージをする。
頭の奥がしんと静まり返り、体中の熱が右手に流れていくような感じがした。
すると光の粒子が次第に集まり、それがやがて輝く光の矢の形を取り始めた。弓が勢いしなり、限界まで引き絞った弦がキリキリと音を立てる。
「ハ」
詰めていた息が履き出ると同時に光の矢が獲物の頭を吹き飛ばした。
「ええええ?」
頭を失った獣はぐらついた体で数歩動くとそのままどっと倒れるのが見て取れた。
まさかの高威力に、さすがに驚く。
あわてて駆け寄って確かめるが、やはり頭部は木っ端みじんに吹き飛んでいる。
「すげぇ~~・・」
いや、自分がやったんですけどね。
(さて・・)
更なる問題が。
倒れている巨体を前にしゃがみこんでしばし悩む。
「う~~ん」
そうです。自分ではこんな獲物はさばけません。エグイです、気持ち悪いです。
しかもグロです。不可能です。
「絶対・・吐く」
食べるほうは間違いなく大好きなんだけどね・・。
後ろ足を両肩で抱えると、そのままずるずると引き摺って村まで運んで行くことにした。
お・・重い。
だが初めての大物だ。絶対に売ってお金にする。
気持ちはあるけど、露店の猫お姉さまのところまで持って行ったときには完全にへたばってしまった。
「こりゃ大物だね~」
引き摺って持ってきた私に呆れたような笑顔で迎えてくれた。
「買い取って・・ください」
息が切れてまともに話せない。
「さばいて持ってくればもっと楽だったろうに。そのまま持ち込むなんて」
「す、すみません・・。さばくの苦手で・・」
大笑いされ、かなりへこんだ。そりゃもうズブズブと・・。
結局片モモ肉だけ受け取り、他は買い取ってもらった。毛皮と食べられる部位と合わせて17500ルト。金貨17枚に銀貨5枚という大金を手に入れた。
それをどうやって聞きつけたのか、リアが嬉しそうに駆け寄って来る。
「焼き肉?」
お目当てはどうやらこのモモ肉らしい。
「一人じゃ食べきらないからね」
そう言って笑うとリアが自分の家に案内し、両親他を交えて盛大な焼き肉パーティと相成った次第。
「魔法忘れていたくせにいきなり魔法で矢を作るなんて」
無謀だと言いながら笑われた。だが「出来る気がしたんだよ」と不貞腐れると、すごいね~とリアの両親から感心されてしまった。
普通はそこまですぐに使いこなせるものじゃないらしい。
帰りにリアの両親と幼い子供たちの盛大な見送りを受けた。
「今日はごちそうさま。チビっ子達も喜んでた」
嬉しそうなリアに「いいよ。いろいろ教えてもらった恩もあるんだから」と返すと、助かるよと笑っている。大家族は大変だよなぁ本当。
「そうそう。明日3年振りに奴隷市が立つんだと」
「奴隷市?」
ここは南東の最奥のド田舎だとリアが教えてくれたのに、こんなところにも奴隷商人が来るのかと驚いた。
「大きな街をいくつも経由して、残りモノがあったらここに来るんだよ。まぁほとんど来ないけどね。下手すりゃここまで1カ月以上かかるんだよ?そこまで残るって相当残念な奴隷だけだし」
何の奴隷だろう?
「奴隷?人に決まってるじゃん」
え?
「人の奴隷?」
「そうだよ。戦争やってるからあっちこっちで生き残った人を捕まえて奴隷として流すんだよ」
リアはなんでもないように言う。
・・・人の奴隷。
「私も見に行こうかなぁ」
本当は見たくない。だが興味はある。そして何より気になった。
「俺も一緒に見に行くよ」
そう言ったリアの笑顔に少しだけ胸が軋んだ。
昔は獣人の奴隷が人の世界では普通に行われていたという。だから、獣人の世界では人の奴隷が普通なんだと予測がつく。
分かってる。
どちらが悪いとかどっちが先だとか、そういう問題じゃない気がする。
私は奴隷そのものが、なんだかとても辛かった。
翌日、奴隷商人が来るであろうという時間に合わせて村に降りた。
村の中はいつも以上の賑わいを見せていた。こんなド田舎に奴隷市が立つなど、滅多にないことだから、すっかりお祭り気分なのだろう。
道を挟んで露店も多く出ている。
私はリアと合流して、串焼きの肉を食べたり雑貨屋を覗いてみたり露店で冷やかししたりと、市が立つまでの時間を楽しみながら潰していた。
「あの馬車の中に奴隷がいるんだよ」
リアがこっそり教えてくれて二人でちょっとだけ傍まで見に行ったが、中はもちろん見えない。ただ近づくにつれ異様な悪臭に鼻を摘む。
「不衛生なんだよ」
「そうなの?」
売り物なのにどんだけ酷い扱いを受けているんだか。
「こら!こっちに来るんじゃねぇよ!あっちに行ってろ」
商人と思しき恰幅のいい狸おやじに追い払われ、その場を離れるしかなかった。
陽がやや傾きかけた頃。
村の中央広場でカランカランと鐘が鳴った。
市が立った合図だ。それを聞きつけた人々がわらわらと簡易テントに集まっていく。そのほとんどが冷やかしの見物人だという。中には折り合いがつけば買う気もあるらしいが。
「もう少し経ったら人もいなくなるよ」
テントの出入り口の前。少し離れたところで様子を伺っていたリアが笑って言う。
「だってあの中、物凄い悪臭で皆耐えられなくなるからさ」
実際ものの30分もしないうちに人の波は引いていく。そうしてリアを伴って、私は中へと入っていった。
簡単に作られた台の上に鉄製の小さな檻が3つ。その蓋をあけて中にいた人を立たせている。
真ん中の30代ぐらいの薄茶色の髪に鳶色の瞳の貧相な女性。左隣に10台中頃と思える赤毛で緑の目の少女。これまたガリガリに痩せた貧相すぎる子。右隣には少し離して30代かもしれない金髪碧眼の男性。
さすがに残っただけのことはあるかもしれないほど女性陣はお世辞にも綺麗とも可愛いとも思えない。
ただ、全員一糸まとわぬ姿のまま後ろ手に縛られ、その口にはがっしりと猿轡が噛まされていた。
リアが鼻をつまみながらこそっと言う。
「舌を噛み切らないように猿轡を外さないんだって。食事は顎を押えて流し込むだけらしいよ」
え?
目にしみるほどのアンモニア臭が堪らない。
多分見るからに排泄物は垂れ流しだ。足元の檻の大きさは腰位置もないところから、相当窮屈な姿勢を強いられていたのだろう。
3人ともあばらが浮き、生気を感じられなかった。
しかも男性は右腕にけがをしており、そこが膿んで腐っている。熱も出ているのか全身汗をかき体がふらついている。
「こっちの女はいくらだ?」
2メートルは優に超えるマッチョな熊族の男が少女を指す。
「残り物ですし2000ルトで」
「高すぎだ」
商人を相手に交渉を始めたようだ。まだ女性2人のところには数人客がたかっているが、右端の男には全く目もくれていない。
リアは臭いに耐え切れず、片手の合図をして足早に出て行った。
「男は人気なんだね」
すぐ近くに立っていた小柄な熊族の男に聞いてみた。
「まぁね。働かせるにも獣人ほど力もなければ持久力もないし、女ほど従順でもなく反抗的だし。使いどころがないっていうのかなぁ」
確かに獣人に比べれば身体能力では人は遠く及ばない。ではなんで男も売っているのか分からない。
「それでも使い道あるから売ってるんだろ?」
「ああ。剣の試し切りにね。後は殺したことがない若者に度胸試し用ってとこかな」
な・・なんと。それじゃ消耗品ではないか・・。
「こいつ怪我してるじゃん。試し切りに使うにしても切って死んだのか怪我で死んだのか分からないだろ?だからいつまでも売れ残っちゃってさ。困ったもんさ」
私は男をじっと観察している。
こちらの話に全く関心も示さず、ただ空を見つめているがその瞳は僅かだが光を失っていないように見えた。
「ここで最後って聞いたけど?」
「ああ。また売れ残ったら殺すだけさ。生かしておいても得なんか欠片もないし。後腐りがないよう今夜〆ちまうのさ」
自分の命が風前の灯だというのに、ふらつく体を支えながら宙を睨みつけたようにじっとしている。
まあ、このまま生かしてやると言われたほうが地獄かもしれないが。
「狐の兄ちゃん。こいつ買うかね?」
誰にも求められず、無残な姿のまま死んでしまうのかと思うとやり切れない気分がした。
全裸にされ糞尿にまみれ、折りたたむように小さな鉄檻に閉じ込められ、自決さえ許されず。その上このまま殺されるだけの身の上って。すでに奴隷ですらない。
「いくらで売ってくれる?」
「いくらでもいいぞ。餌代かかるだけだしな」
殺すのも手間だと言わんばかりの商人に
「じゃ。50ルトで」
森で取ってくる果実1個分の値段だ。
「かまわんよ」
え?マジで?果実1個分だよ?余り物だからってそんなんでいいのかよ・・。
あっさり商談が成立。私は商人に50ルトを支払うと、男を貰い受けた。
男を台の上から引きずり降ろし、その場で猿轡と縛っていたロープを外した。両腕が自由になり男は少しだけ安堵したように息をつく。
「舌、噛み切ろうとしないでよ」
念を入れると微かに頷いたような気がする。まだ生きる望みを少しは持っていそうだ。そう見て私は幾分安堵を覚えた。
買ったはいいがその場でいきなり自決されては後味が悪いし、何より私の精神ダメージが・・。
男の首には首輪とそれを繋ぐ鎖があり、引っ張りながら男を連れて往来へと歩き出した。
(どれだけ遅いんだよ・・)
何度も振り返っては溜息がこぼれる。何せ亀より遅いかもしれない。
と。男の右腕の傷。多分切られた痕なのだろうか。膿んで腐って更にちろちろとウジが動いているのが見え、見ているこっちが気分悪くなりそうだった。
左腕の肩近くには奴隷の焼印だろうか。そこも焼かれた形のまま酷く化膿していた。
げっそりとやせ細った身体は熱のせいか少し赤みを帯びていたが、元より薄汚くなっていて肌の色自体がくすんでしまっている。
「薬買わなくっちゃ」
男が素っ裸なせいか、獣人の女共の好奇な目が突き刺さるが気にしないでおこう・・。
奴隷をつれたままいくつも並んでいる露店を覗き込む。
「その傷にいい薬があるよ」
いろいろ気にしながら歩いてる私に、露店のおばさんが声を掛けてきた。
奴隷の傷を治してまで使う奇特な獣人はいないが、そこは商売人だ。売れればいいのだと割り切っているしたたかさが素晴らしい。
「これが化膿止めの塗り薬ね。こっちが・・」
説明を聞きながら傷の対処方法まで伝授してもらい、大量の薬を押し付けられてしまった。うまく乗せられたのはわかってはいるが、これはちょっと。
でも助かったのも事実だ。
う~~ん。
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