黒の魔王との戦い
黒魔王の城。
その内部には神殿のような美しい建物があり、その中を水が巡っていて癒しの空間になっていた。
警備兵などは居ないが、あちこちに監視カメラがあり、警戒は怠っていないようである。
綺麗な建物と水の流れを見ながら、ハッサクとサタラは内部を駆ける。
「やけに湿気てるな。水の空間か」
「内部も美しいわね。この城の支配者はナルシストね」
「サタラの城なんて、ただの洞窟の一部だったもんな」
「コラ! それを言わないの! ……別にいいんだけどね♪」
相変わらず自分でツッコむサタラに微笑んだ。
進む内部も青で統一されていて、少しづつ気温が下がる感じがした。
二人は更に奥へ進んでいく。
カチッとハッサクの作業靴が、何かを踏んだ瞬間、
「うほっ!」
ビュッ! ビュッ! 左右の水溜まりから、白い液体が飛んできた。
「くっ!」
液体はハッサクの左肩と背中をかすった。
シュゥゥゥッ……と当たった部分が溶けた。
溶けたグリーンのツナギの肩部分を確認しつつ、
「監視カメラで見てるんだろ!? つまらない事してないで出て来い黒魔王!」
天井で赤いランプを灯す監視カメラに向かってハッサクは言った。
すると、キュイーンと一台の監視カメラがハッサクの方を向いた。
「クンクン。私はこういうゲームが好きなのよ。第一に、勝手に進入してきたのは君だろう? 私に会いたければ無線で仲間と連絡を取りつつ、このゲームをクリアするしかないわよ」
黒魔王である音声の主は何かを嗅ぐようにそう言うと、ブツリと音声は途切れた。
ガシャン! と、鋼の剣を投げ監視カメラを破壊した。
「やってやろーじゃねーか!」
拳を突き出すハッサクは決めポーズを取った。
すると、サタラが投げた鋼の剣を指差していた。
「……あれ、どうやって回収すんの?」
「ガーン! 高すぎて届かない!」
「あ、でもアンカー使えば――」
頭を抱え落ち込んだが立ち上がるハッサクに、左右から大量の爆発水風船が襲った。
ブオオオオオッ! と空間は水蒸気で満たされる。
※
黒魔王の城最上階――。
モニターだらけの無機質な部屋。
そのモニターをメガネに反射させながめている黒髪の長い黒セーラー服の少女がいる。
その少女は匂いを嗅ぐように鼻をヒクヒクさせていた。
「……クンクン。だいぶ登ったようだね。だが、次のステージは今までとは違うよ」
ソファーで横になっている、黒い髪を撫でる妖艶な少女は言った。
※
黒魔王の城・十五階。
水浸しの仕切りの無い広大な階にハッサクとサタラはいた。
爆弾水風船をサタラの火炎魔法で防いだ余波で鋼の剣を回収したハッサクはナイト・クロソーズからの連戦で疲労が隠せずにいた。
「はあっ、はあっ、ほんとトラップが多いな……」
十五階まで上がってくるまでの間、色々なトラップに翻弄されていた。
塩酸の水鉄砲、水風船の雨、バケツの水をかぶる、ローションがしこんである坂、何故か猫の大群に襲われる……など他多数。
濡れて重くなったツナギの上半身を脱ぎ、腕の部分を腰に巻いた。
「よしっ! 後、半分!」
「オッス! おらマゴゴソラ!」
ハッサクは気合を入れ、サタラは最近読んでる、漫画の主人公のマネをした。
二人は階段を駆け上がった。
その後も様々なトラップをくぐり抜け、ハッサクとサタラはついに二十五階にいた。
今までの階よりも気温が低く、不気味な感じがする。
周りを警戒しつつ、進んでいく。
すると、中央にバケツ一杯分くらいの水溜まりがあった。
ズズッ……とその水溜まりは、意思を持つように動いた。
「今度はどんなトラップなのか?」
「これは……」
水溜まりの前でサタラはハッサクを制した。
『……』
その水溜りは上の方に向かって伸び始め、やがて人の形に変化した。
蠢く水はだんだんと輪郭が浮かび上がっていく……。
「これは……私!?」
変化した水溜りは、サタラとそっくりな姿になった。
黒魔王の魔力で生み出され士その赤い髪の魔王の水分身は言う。
「私はアナタ。アナタは私。はたして自分自身を倒せるかしら?」
ウォーターサタラはそう言い、攻撃を仕掛けた。
それに驚くハッサクは、
「ガーン! 相手がサタラじゃ攻撃しずれーし!」
「確かに戦いずらいけど、敵は敵よハッサくん!」
ガッ! ガッ! ゴッ! 左右の拳をサタラはガードし、間髪入れず繰り出される右足を左の膝で受ける。が、ウォーターハッサクは右足を地面に着けずに左足を繰り出した。
ドゴッ! とサタラはもろに脇腹に喰らい、ズザァッ! と床を転がった。
「どう? 自分にやられる気分は?」
「どうもこうも無いわよ、偽者が!」
ウォーターハッサクの挑発に、脇腹を押さえつつサタラは立ち上がった。
その姿に薄ら笑いを浮かべたウォーターサタラは両手を広げた。
すると、カチカチカチッと全身が凍り始め、フリーズサタラに変化した。
「……これで防御と攻撃力が増した。死んでもらうわ」
その隙をつき、ハッサクは鋼の剣で切りかかった。
ジャキ、ジャキン! と多少、氷が削れるくらいで大きな傷は付かない。
すかさず左手の拳を叩き込んだ。
ドゴッ! とフリーズサタラの腹が少し砕けた。
そこに全力の拳を繰り出す。
「でやっ!」
「セイッ!」
ハッサクが拳を叩き込むと同時に、バキッ! とフリーズハッサクの蹴りを喰らった。
吹き飛ばされたが上手く受身を取り、構える二人はフリーズサタラを見据える。
相棒の反応が鈍い事を感じたサタラは言う。
「私をコピー出来ているのは外見だけみたいね。動きやしぐさもまるで別人よ……て事は、やはり、この城の主が操っているだけのお人形さんね」
天井の監視カメラに向かってハッサクは言った。
フリーズサタラは、まるで核心をつかれて怒ったかのように暴れだした。
ドゴッ! ドゴッ! ボウンッ! と高速の拳をサタラは回避し、フリーズサタラの拳が床を砕いていく。赤い髪を揺らす学生服の少女はハッサクの参戦を制止した。黒魔王に操られる傀儡は自身の拳が砕けているのにも関わらず、攻撃をやめない。
「さっきより攻撃が単調よ、おバカさん!」
ザッ――とサタラは下にしゃがみ相手の拳をかわすと、目の前の穴の空いた腹部にじゃんけん、パーをかました。ボフッ! フリーズハッサクは吹き飛んだ。だが、すぐに体制を立て直し動き出す。
「バイバイ」
フリーズサタラに背を向けたサタラは、上の階に向かって歩きだした。
それにハッサクも続く。
「何をした……身体が熱いわよ!」
自身の腹部が熱くなり触り始めたフリーズサタラは様子がおかしい。
氷で覆われた腹の中には小さな炎が灯されていた。
それはフレアボムの爆発魔法――。
「まさか、これはフレアボム?」
気付いた時にはもう遅く、ズゴーーンッ! という音と共にフリーズハッサクは暴散し、炎に包まれ消滅した。サタラはハッサクが拳で空けた相手の腹の中に、フレアボムの魔力を仕込んでいた。それがフリーズハッサクを暴散させた。
ハッサクとサタラは黒魔王であるクロシュタインの間へ進んでいく。
※
その光景を見ていた黒魔王クロシュタインは長い黒髪をかき上げ言う。
「次は私が直々に相手になるしかないようね……。はたして、この私のテリトリーでたった二人の君が勝てるかな? まがい者の勇者よ……」
複数のモニターを見つめ呟く、黒セーラー服の少女は椅子から立ち上がる。
そして、背もたれにかけてあった黒カーディガンを羽織った。
艶やかな黒い髪をサアッ……とかきあげ、モニターだらけの部屋を出る。
モニターに映るハッサクとサタラはとうとう最上階付近まで迫っていた。