怠惰の英霊ヤモーダ
無数のベッドが床だけではなく天井や壁にまで置かれる寝室の空間。
その異様に眠気を誘う空間で寝ている一人の青髪の幼女がいた。
その名は怠惰の勇者英霊ヤモーダ。
勇者と二人の魔王は完全に寝てる敵らしきパジャマを着た幼女を観た。
ハッサクはどう考えても寝てる敵に対して呟く。
「おい、あいつ寝てね?」
「寝てる寝てるー! 枕投げつけてやろうか!」
「くすぐれば起きるでしょ?」
どう起こすか無駄に盛り上がりそうな二人を制するクロコは言う。
しかし、本気で寝てるなら早く倒してしまえばいいと思った。
「先に倒せばいいんじゃない? 勝てばいいがルールでしょ?」
「奴が単純な戦闘において勝てばいいというルールならそれでいいだろうが、あいつはそんな感じじゃないな」
勇者英霊を相手のルールに則り倒さないと先に進めないルールを思い出し、三人は必死にヤモーダを目覚めさせる。くすぐり、騒音、オナラを嗅がす、甘い物の匂いで釣る……などの行為を仕掛けたが、どうにも青髪の幼女ヤモーダは目覚めない。
「こいつは世界の神ゴッドの方がマシかもな……いや、奴は寝てるだけで災害が起きそうなだけヤマーダの方がマシなのか? まー、起きろヤモーダ!」
無駄にストレスを貯めるハッサクは三十分ほどしてヤモーダは目覚めた。
青いパジャマの襟を正し、アクビをしてコーラを飲んだヤモーダは言う。
「疲れただろう。食事を楽しむといい」
すると、ヤモーダの魔法で大きなテーブルが生み出されパーティ会場で出るような彩り豊かなメニューが召還された。やけに落ち着いているヤモーダを見るハッサクは白銀の髪の髪であるアイス大好き幼女・ゴッドを思い出した。
「幼女の癖に固い話し方だな。神のゴッドとは大違いだぜ」
すると、サタラとクロコが言う。
「早く食べようよハッサ君。うがー!」
「そうね。体力を回復させるにはいい時間だわ」
二人は食事をしだしハッサクもそれに続く。
ヤモーダは何も言わず食事を始めた。
『……』
双方共にただ目の前の食事を楽しんでいるだけであり、まだ戦いは始まっていない。
やがて、眠い・だるい・帰りたいという感情がハッサクを襲った。
「んー眠いな。食後は眠いぜ」
「……! 何だ、寝てないのか?」
間一髪でライトはヤモーダの刃を白刃取りした。
食後の眠気で一気に攻めようとしていたヤモーダは驚く。
「人間の怠惰は食後が一番かかりやすいのだ。それをお前は克服しているのか?」
「克服なんてしてねーよ。ただデザートがないからまだ満腹じゃないだけ」
「満腹じゃないから怠惰にならない……か。ならば夢の中で怠惰になってもらおうか」
「夢の中だと? だからお前はパジャマ姿なのか」
「そうだ。怠惰とは夢の狭間で紡がれるものなのだ」
すると、うとうとするクロコが言う。
「そんな場合じゃないでしょハッサク。相手に合わせてるとこっちがやられ……」
バタリ……とクロコは寝てしまう。
「あっ! クロコが寝た……あー、私も眠い……」
サタラも寝てしまい、魔王は二人とも寝てしまう。
どうやら今の食事には夢の世界に入り込む薬が入っていたようだ。
それをヤモーダは言う。
「食事に混ぜた薬は効かなくても、この空間の粒子は怠惰を助長するのだ」
「なん……だと……」
「お前も堕ちるがいい。夢の中へ――」
その言葉と共にハッサクは夢の中に堕ちた。
そこは異世界に転生する前の学生時代の世界だった。
そこにはゲーム、学校、友達――同年代との日々があった。
久しぶりの感覚に戸惑いながらも、ハッサクはすぐにクラスメイトと溶け込んだ。
ハッサクは今の自分を忘れ、怠惰のヤモーダの罠にかかってしまう。
元の世界に帰りたいというハッサクの心の奥にある多少の思いをつくヤモーダは笑う。
「さて、勇者も落ちたか。しばしの観察と行こうかね」
ヌヌヌ……と眠るハッサクの鼻の穴からハッサクの夢の中に侵入した。
※
鬼瓦学園の生活を満喫するハッサクは毎日を楽しく生活していた。
流行のゲームやスポーツの話。かわいい女の子やファッションの事で盛り上がる普通の学生としての日々にハッサクは疑問を抱かず生活している。そのハッサクには白樺という親友がおり、白樺とバカをするのが日課であった。
その白樺とハッサクは週末に他校の白樺の知り合いが集まる合コンの話を昼休みの食堂でしていた。
「合コンか。いいね」
「お前も早く童貞卒業しろよ」
「あたぼーよ! 俺は次こそキメてやるぜ!」
「毎回そう言って失敗してるよなお前」
「ガーン! 確かに!」
ハッサクは最後に残る福神漬けを見た。
それはハッサクの嫌いな食べ物である。
「……」
ふと、カレー皿にモリモリになる福神漬けが頭の中でフラッシュバックする。
同時に、白樺という人物はもっとバカという事を思い出す。
露出狂と呼ばれる白樺が無意味に裸にならない日々が続いているのがおかしく思った。
食堂の周囲を見渡すと、生徒達は無言で食事をしていた。
鬼瓦学園の生徒は、こんなに静かな学園では無い。
「あれ? 福神漬け嫌いだったか?」
その白樺の言葉に答える。
「福神漬け……好きだぜ」
ハッサクは福神漬けを食べた。
そして、瞳を閉じて顔を抑えた。
その手にはグリーンのオーラが満ちていた。
「そろそろチャイムが鳴る。教室に戻るぞハッサク」
昼が終わり教室に戻ろうとするが止められる。
瞳を開けるハッサクはパンパン! と顔をはたいていた。
その顔はすでに勇者である少年に戻っている。
「お前、白樺じゃねーな?」
「いや、俺は白樺だぜ?」
「違うな。俺は福神漬けは食わないんだ。だからこそ福神漬けを大量に乗せてくる。お前は周りから急かされた時にちょっとしか乗せなかった。本物の白樺ならビンごとぶち込んでくる。全裸のままな」
「全裸でビンごとだと? あっ……」
二人は焦りと勝利の笑みに分かれた。
白樺に化けていたヤモーダはうろたえた。
拳にオーラを溜めるハッサクは言う。
「あいつは俺に容赦しねぇんだよ。何かおかしいと思ってたけど、やっと思い出したよ。あんがとよヤモーダ」
白樺に化けるヤモーダに一撃をかまし、ハッサクは目覚めた。
そして、夢から目覚めるヤモーダに言う。
「もう夢は効かない。俺はこの世界の勇者ハッサクだ!」
「貴様は昔の友との生活を本当に捨てられるのか? もう二度と会えない友だぞ?」
「そうだな。あんな露出狂で面白い奴はいないさ。でも、俺も白樺も他人だ。同じ道は進めない。俺は俺にしか出来ない事をする。白樺はいつか逮捕されるかも知れないが、それはそれでいい。あいつの面白さと明るさは他人を幸せにする力があるからな。俺は俺の世界の人間を幸せにするだけだ」
本心では白樺との日々は楽しく、いつまでもバカをやっていたい。
しかし、今の自分が勇者である前に一人の人間としてこの世界の人間と関わり、必要とされたいという気持ちがハッサクの怠惰に潰される感情を消し去った。
完全に過去と今の現実を見つめているハッサクにヤモーダは微笑んだ。
「よし、お前は良くやった。あの二人の魔王はまだ甘い。怠惰に負けぬように励むべし」
ススス……と抱き枕に抱きつくヤモーダは消えた。
そして二人の魔王を起こし、ヤモーダのベッドの中から何かがモゾモゾとした。
そして、白銀の幼女が寝ているのを発見する。
「白樺……服は脱ぐものじゃ……! ここはどこじゃ! ワシはゴッドじゃ!」
呆れるハッサクは言う。
「ゴッド……何でお前がいるんだ?」
「のほほっ! ワシは神だからじゃ!」
「暇だからだろ?」
「そうじゃ! ……あ!」
しまった! という顔のゴッドは知らん顔をする。
そして、ハイレグ女王フェイが攻撃してきたからケツに蹴りを入れてやった事を自慢してきた。
「のほほっ! ワシもたまには真面目に動くさ。こういうのをメリハリという。メリハリのギャップで女の子ゲットだぞ!」
「メリハリとギャップか……なるほど、メモしとこう」
ハッサクはモテる教えをメモした。
そしてゴッドは神として観察すると言い動向する。
本当は迷路のようなビッグソードで迷子になっていた事を話した事でハッサク達はゴッドの本心を知る。そして、アイスを食べたい! とわめくゴッドをなだめながら次の空間へと進んだ。