勇者英霊
大いなる聖剣・ビッグソード。
そこは果てしない霧に包まれ外部から内部を伺う事は出来ない。
そこは本来勇者のみが立ち入れる空間であり、過去の勇者の英霊である勇者英霊が祀られている。
勇者英霊は七つの大罪である暴食・色欲・強欲・憤怒・怠惰・傲慢・嫉妬を司り、ブレイブワールドの安定と平和を影ながら支えている。
それを見つめる勇者と魔王の二人、ハッサクとサタラは巨大な聖剣を見上げる。
そして、ハッサクは背中のエクスカリバーの重みを感じながら堅く言った。
「よし、行くぜサタラ。暴走する勇者英霊とフェイを倒して平和を取り戻すぞ」
「いやっぽう! ゴー! ゴー! ゴー!」
二人はビッグソードエリアへ足を踏み入れる。
そこを包む霧は勇者を導くように晴れた。
周囲は白に統一された神殿のような作りになっており、異様な静けさが満ちていた。
二人は冷たい冷気が流れる空間を歩く。
無言で緊張状態のハッサクは全神経を空間に広げ、いつ敵の奇襲を受けてもいいように準備していた。
「油断するなよサタラ。フェイのワープもあるし、勇者英霊の暴走で俺達を襲うかもしれない」
「そうだね。何か寒いし、幽霊とか出そうだよね。いかなり……わっ! とかね」
「うわっ! 驚かすなよサタラ! 別に幽霊なんて怖くないがここは慎重にならないとならねーんだぜ?落ち着けよ」
「もしかしてハッサくん幽霊怖いの? ねーねーねー?」
ツンツンツン! とサタラはハッサクの脇をつつく。
マジかよ! と脇が弱いハッサクは逃げ回るがサタラの両手はハッサクの脇を離さない。ゲラゲラ! とハッサクの奇声が空間にこだまし、やがてそれは収まった。大汗をかくハッサクは地面に座り込みブイサインをするサタラに呟く。
「……これ絶対フェイにバレてるぞ? せっかく静かに侵入出来たのによ」
「まーいいじゃない。どうせフェイはどっかで私達の事を見てるだろうし向こうはワープがある。来る時は来るし、いつ戦いになってもいいように無駄な緊張はほぐしておかなきゃね」
ハッサクはここに侵入してからずっと緊張していた堅さをくすぐる事により解消してくれたのであった。
微笑むハッサクはそれに感謝する。
「サタラ……サンキュー」
「当然でしょ!」
「フフフフ。勇者と魔王。汝等の関係は見させてもらったぞ……」
『誰!?』
ふと、二人は振り返ると幽霊であるゴーストがふわふわと綿飴のように浮いていた。
やっぱり幽霊いるの? こんなはずじゃ無かった! と思う二人は互いを前に出して何とかゴーストに関わり合わないようにする。サタラにチンコを握られ、ふとゴーストの前に出てしまったハッサクはゴーストと対峙した。
「……お、おう。俺がハッサクだ。後ろの赤い髪の女は魔王サタンヒュドラ」
「知ってるさ。私は君達がここに来た時から見ていたからな。私はゴースト。ビッグソードの管理人さ」
ビッグソードの管理人を名乗るゴーストは微笑んだ。そして、いつの間にかハッサクとサタラの周囲は霧に包まれていた。
『!?』
完全な濃霧になる空間に二人は戸惑う。霧で視界が死んだ事に焦る二人を嘲笑うようにハッサクはゴーストが分裂しているのを見た。
そして、無数のゴーストの囁きがハッサク達を襲う。
「勇者よ……魔王を捨てて楽になれ。この霧の重みは魔王によるもの。魔王といる限り勇者としての力は半減する……」
「うるせぇよ。行くぞサタラ」
ハッサクはサタラの手を握りまっすぐ進む。
直接的な攻撃の意思が無い事を感じるハッサクはゴーストが精神攻撃をしてきてると感じて相手をしない事にした。己が信じる道を真っ直ぐ行くように濃霧の中を進む。本当にこれが正しい道なのか? とサタラは疑問に思ったが、ハッサクを信じる事ですぐに疑念は消えた。そして二人にまとわりつくゴーストは言う。
「フフフフ。今の道は地獄への道だぞ? 落ちたら最後。死が待っている。勇者とて死ぬ地獄の穴だ」
「そうか。だけど俺達は行くぜ。俺は勇者と魔王が一緒にいられないという歴史は変える。その為に自分と仲間を信じて前に進む。それだけだ」
「それがダメだというのだ。修羅の道は地獄への近道。歴史は変わらない。それは君の時代とてそうだっただろう? 諦めろ。全ては摂理で決まっているのだ」
「そっか。その摂理ごと変えてやるよ。勇者じゃなくて一人の男として納得いかねー。好きな女といるという当たり前の事が出来ないからこんな過去の勇者を死んでも縛り付ける勇者英霊とか、七つの大罪を受ける魔王を選定して生贄にするとか起こるんだよ。アホ」
強固な意思を持つハッサクの歩みは揺るがない。サタラはひたすらにハッサクについて行く。ゴーストはひたすらにハッサクを闇に堕とす言葉を吐くが、ハッサクの心は乱れる事はなかった。そしてそれはやがて止まった。
「どうやら終点だ。我が道を迷い無く行くがいい勇者よ」
「おう。行くぜ……?」
振り返ると、人一人しか通れない一本道を歩いていたようだ。
それにハッサクは息を呑む。
「うおー! あぶねー! ちょっとの迷いで地獄に落ちて死んでたぞ!」
「ハッサくんを信じてついていって良かった。ん? 粒子?」
シュワァァ……と赤い粒子と共に一人の金のマントをしたハイレグ美女が現れた。
その背後には白い祭壇があり、異様な霊気が立ち込めていた。
構えるハッサクとサタラは敵の美女を見つめる。
「やっと来たわね勇者ハッサク」
「来たさ。まずはお前と戦うのか?」
「いえ、まずは勇者英霊との戦いに臨んでもらうわよ。いでよ過去のブレイブワールドの勇者の霊・勇者英霊よ!」
ブオオオオオオオオッ! と白い煙と共にフェイによって解き放たれた七人の勇者英霊が現れた。
七つの大罪を司る勇者の英霊。
暴食・色欲・強欲・憤怒・怠惰・傲慢・嫉妬を体現し、新しい勇者が現れ死んだら七つの大罪を司る古い勇者英霊と交代する。本来ならばこのビッグソードエリアから動く事はなく各々の場所にとどまっているが、フェイによって生身の身体を得て動き出していた。
ククク……と笑うフェイは言う。
「この勇者英霊は動くわよ。歴史を変える貴方を倒す為にね」
フェイはこのビッグソードを探索してる最中に勇者英霊達と出会い、歴史を変える新たな勇者を魔王と共に葬り去らなければならないという事を言われていた。
今までの歴史を変えるという事はこのブレイブワールド全体も変わる可能性があるという事。その危険性を指摘する勇者英霊達はハッサクを始末する事を考え、フェイを利用しこのビッグソードまでおびき寄せる事に成功した。
「……勇者が勇者を始末か。やってくれるなフェイ」
「これは勇者英霊達が考えた計画よ。私が貴方を始末したいわけじゃないわ」
嘘つけ……と思うハッサクは霊気が立ち上る祭壇を見据えた。
ブオオオオッ! と青白い閃光が発し、勇者英霊達がハッサク達に襲いかかってくる事になった。
よっしゃ! とグリーンのチートパワーを全開にするハッサクは言う。
「俺が勇者としての新しい道を行った以上、起こる事の一つなんだろ? なら解決してやるよ。ここで七つの大罪を俺の力で鎮静化させれば歴代の勇者英霊達もゆっくり眠れるだろ」
ハッサクは自分の力でこのブレイブワールドの歴史の一つを変えようとしていた。
これは魔王と勇者が一緒に過ごすという異様な事態を解決する為に必須な出来事であった。
目の前の七人の一人。
初代から嫉妬を司る最古参の勇者英霊のおかっぱ頭の女は言う。
「我々と戦い、勝てたらお前の願いは叶う。しかし、歴史は変わらない。勇者と魔王は手を取り合わず、魔王は悪としてブレイブワールドの犠牲であり続けるのよ。それがブレイブワールドの摂理」
そして、ハッサク達は一人目の勇者英霊のテリトリーへと誘われた。