クロコの罠
霧に覆われるヒュドラ大王ランドから少し離れた洞窟。
朝夜問わず人気が無いその場所に、金のマントをした赤いハイレグの女が一人たたずんでいた。
背中のマントに描かれるナスの絵がその女の怪しさをさらに倍増させている事に気付いてはいない。
その女はタバコを取り出し吸い出す。
「……」
スウゥ……とタバコの紫煙が空に散り、消えていく。
消えゆく煙の先に、黒いセーラー服を着たメガネの少女が見える。
その少女、黒魔王クロコは布に巻かれた剣のような物を持ち、女に向かって歩いていく。
「約束通り、エクスカリバーを全て持って来たわよ。これで私の願いを叶えてくれるわね?」
クロコはその女、ドラゴンランドの女王フェイに言った。
このフェイはソードランドに襲撃した時にワープする寸前にクロコに呼び出されていた。
とある聖剣を取引材料として――。
「予定通りね。そのエクスカリバーが本物なら私はこの世界で最強の支配者になれる」
フェイはクロコから布に巻かれた、エクスカリバーを受け取った。
そしてフェイは巻かれた布をはぎ取り、白く光るエクスカリバーにDKをかざした。
すると、フェイの左手からプシュー……と煙が上がった。
目を細めつつ、フェイはエクスカリバーを確認し始めた。
すると、精巧に造られた偽物の聖剣だった。
ご丁寧に刀身の部分は光るように加工されているが偽者には間違いない。
「……騙されたわね。このエクスカリバーは偽物よ。DKは勇者に関連するものを特定するパワーもあるの。このフェイ様を出し抜くのは不可能なのよ黒魔王」
クロコは唖然とした顔をし、自分が持ってきたエクスカリバーを確認した。
「確かに、偽物だ……。ハッサクの奴、エクスカリバーを狙っていると気付いていたのか……?」
「もう演技はいいでしょう? 黒魔王クロコちゃん」
「……!」
突如、フェイは邪悪なオーラを全身から立ち上らせる。
瞬間、エクスカリバーから無数の黒い水の雨がフェイに襲い掛かる。
「死になさい」
これを狙っていたクロコはとどめとして頭上からもメテオレインを叩き込む。
ズババババッ! と地面に大きな穴が空き、フェイの存在は消え去る。
暗殺に成功したクロコはこれでビッグソードの暴走する英霊のみを鎮めればいいと安心した。
「……これでワープ出来る存在は始末した。こんな手段はハッサクは望まないだろうけど、手段は選んでられない。新たなる転生者フェイは危険すぎる存在よ」
「ハントした者は裏切らないし裏切れないのは本当のようね。レディハンター……嫌な職業だこと」
「フェイ!? 生きていたの! 完璧によけきれないタイミングだったのに……」
クロコは完璧なタイミングで偽エクスカリバーに施した魔法を開放したのにノーダメージとは信じられなかった。無傷のまま平然ときわどい真紅のハイレグをくいこませるフェイは微笑む。
「エクスカリバーを渡される前からワープへの準備はしてたのよ。貴女はあのメンバーでは一番黒く汚い事をしそうなのは私をエクスカリバーを代価にして呼び出した時点でわかってるから」
「黒いわよ。黒魔王だからね」
メガネをくいっと上げるフェイは表情を変えず、淡々と言った。
すでに瞳が悪に染まるフェイはいつの間にか手に持つトランプを数枚投げた。
ドス! ドス! ドス! とクロコの身体に突き刺さり倒れた。
「トランプ? こんなおもちゃで!」
「遊戯こそ至高」
フェイは絶望的なダメージを受けたクロコに方に走り寄った。
すぐに魔法を使おうとするクロコの視界から敵のハイレグ女は消え去る。
ヒュン! とフェイはワープでクロコの背後をとり、
「マジック・トランプ」
高速で舞うトランプの空間に閉じ込められ、そのトランプはクロコに牙をむいた。
「ああっ……!」
黒のセーラー服が刻まれるクロコは、トランプで全身を刻まれ倒れた。
それを哀れに見据えるフェイは手に持つトランプを消し、一本の剣を取り出す。
「勇者の側近が自分から離れてくれて後が楽になるわ。時間がないから、サヨナラ」
「水分身よ変態女」
「!?」
フェイが剣を倒れるクロコに刺そうとすると、背後から黒魔王が迫っていた。
焦るフェイだったが、すでにワープをする準備に入っていた。
短距離ならワープ先へのイメージがいらない為に、ワープまでの時間は一秒もかからない。
殺意に沸くクロコとワープに入るフェイの瞳が互いを求め合うように見つめあい――黒い影が走った。
そして、二人の女が消失し少し先の場所にハイレグ美女が出現する。
その女フェイは周囲を見つめ呟く。
「ワープに巻き込まれた? 自分から……バカな女ね」
※
ワープに巻き込まれ死んだはずのクロコが目を覚ますと、見知らぬ簡易型テントのベッドに横になっていた。
驚くクロコは全身の虚脱感にやられて起き上がれない。
「生きてる? 確か、フェイのワープに巻き込まれて……」
日付を見ると、翌日の夕方のようである。
軋む身体に多少うめき声を上げ、周囲を見た。
ふと、誰がこの謎のテントまで運んだのかが気になったが、外から物音がするので無理矢理起き上がる。すると、そこには仲間であるスレンダー筋肉女。黒百合の騎士・クロソーズがいた。
「油断したな黒魔王。まぁ生きていてなによりだ」
クロコは驚きを隠せず、口を開けている。
ワープに巻き込まれるクロコが生きていた理由は、ギリギリで駆けつけたクロソーズに助けられのであった。ある程度のソードランドへの侵攻が終息し増援として駆けつけたクロソーズはワープに巻き込まれる寸前のクロコを助け、テントの中で休ませていた。
「腹が減っては戦は出来ない。どんどん食うといい」
簡易テーブルの上には、ソードランドでも食べた事の無いような豪華な料理が並んでいる。
とてもクロソーズが作ったとは思えない豪華な夕食を食べた。
見た目だけでなく味もいい料理にクロコは、
「本当にクロコが作ったの……? 有り得ないほど美味しいわ」
「フッ。ソードランドの騎士団連中の面倒を見てる内に、色々と料理を覚えたのさ。飯がうまけりゃ力もわくからな」
ナイフとフォークで優雅にクロコは食事を味わい、クロソーズは黙々とは少しこぼしつつも楽しそうに食べている。あらかた料理が片付きお茶や紅茶などを飲み始めた頃、グラグラッグラッ! と大きな地震が起こった。すぐにテントの外に出て様子を伺うクロソーズは言う。
「こんな場所にも、地震が起こるのか!?」
「基本的にこの世界には地震は無いわ。これは全て異世界からの転生者、フェイの仕業よ」
「フェイ……奴は化け物か?」
クロソーズはソードランドを襲撃してきたフェイの顔を鮮明に思い出した。
ゴクッと一口紅茶を飲み、クロコが続ける。
「私のフェイ暗殺計画が失敗したからにはビッグソードで奴を倒すしかない……。けど、勇者ではないあの女がビッグソードを決戦の地にしたからには何かあるはず」
そう言い、クロコはカップの中で揺れる紅茶に目を向けた。
やがて地震が収まり、鉛色の空を見上げる二人に重い沈黙が流れた――。
そして、サタラの祖先・ヒュドラ大王を倒したハッサクとサタラはついにブレイブワールド最大の謎である大いなる聖剣が突き刺さる地・ビッグソードエリアにたどりついていた。




