サタラの祖先ヒュドラ大王
霧に囲まれた大陸ビッグソード。
弱き者は霧に呑まれその存在を消滅させる人の近寄らないエリアだった。
そのブレイブワールド最大の謎であるエリアに向かう勇者と二人の魔王は一つのダンジョンを見つけた。それは霧に包まれており、普通のダンジョンとは違うものが感じられる。
「お、モンスターが現れた。とりあえず隠れろ」
ハッサクは謎のダンジョンを警戒しサタラとクロコと岩の陰に隠れる。
すると、無数のモンスターがワープしていた。
魔王クラスになれば自分が管理し連結するダンジョン内ならば魔法で転移出来るが、通常のモンスターでは出来ない。眉を潜めるハッサクは呟く。
「ワープしてるのか? あのダンジョンはビッグソードに通じるものがある?」
ビッグソードに繋がる場所へワープしてると感じたハッサク達は進む。
すると、霧の奥から赤い髪の長い真紅のマントをしたサタラに似た美女が現れた。
長身で瞳が涼しく、見る者を魅了するものがある。
サタラと大きく違う点は胸が薄いという事ぐらいに似ている女だった。
巨大な炎の魔力を展開するその赤い髪の美女は言う。
「我はヒュドラ大王。サタンヒュドラ一族の開祖である」
突如、サタラの祖先ヒュドラ大王現れる。
すぐにハッサクは構え、その背中のエクスカリバーをクロコは見つつ敵を見た。
わわわ! と焦るサタラは胸以外は自分にそっくりな祖先に挨拶した。
「こんにちは御先祖様。お胸が小さいですね。でも何で生きてるの?」
ピク! と顔が悪鬼の如く異常にひきつるヒュドラ大王は瞬時に顔を通常モードに戻す。
しかし、その変化を確実に見ていた三人は敵の弱点を知りコソコソ雑談をしていた。
それを明らかに知らぬ顔でヒュドラ大王はプライドが傷つきながらも言う。
「……フフフ。それはお前達の行いがそうさせたのさ。ビッグソードの勇者英霊の暴走が引き金で、この世界の因果律が変化している。それがあのフェイという女のつけいる隙になったのだろう」
フェイというドラゴンランドの女王であり、現代からの転生者であるハイレグ美女の事を話すヒュドラ大王にハッサクは言う。
「お前はフェイによって復活したのか? あの女は勇者しか立ち入れないはずのビッグソードでどこまで暗躍してやがる……」
「私を倒してもビッグソードでは地獄を見るだけだぞ。ビッグソードへ行きたければ来るがいい」
「待て!」
ハッサクとサタラはヒュドラ大王を追いかけた。
しかし、クロコのみはその場に立ち止まっている。
「クロコ?」
振り返るハッサクとサタラはクロコを見る。
微笑んだままのクロコは謎のダンジョンには入らなかった。
そして、霧のダンジョンは舞い上がる霧と共に消失した。
※
ビッグソードに繋がるという謎のダンジョンに侵入したハッサクとサタラはヒュドラ一族が得意とする火炎魔法・マグマドラグーンを同時に五発放つ、フィフスマグマドラグーンの直撃を受けていた。
二人は力を合わせその炎を突破し奥へ進む。
赤土の洞窟の奥にいると、ダンボールで作られたイスが一つありそこにサタラの先祖・ヒュドラ大王がいた。
この一族は魔王らしくないダンボールのイスを好むらしい。
少し凹んでいるダンボールのイスから立ち上がる赤い髪のスレンダーな女の大王は勇者と同じ種族の末裔に対して言う。
「ようこそヒュドラ大王の間へ。残念だがここが貴様らの死に場所だ」
「お前サタラの先祖だろ? 殺していいのか?」
「我はフェイによって復活したからな。故に同胞だろうと生かしておく事は出来ん。同じ能力を持つ魔王は複数いては世界の混乱の元だからな」
ハッサクの問いにヒュドラ大王は答えた。
そして同じ種族であるサタラは言う。
「本当にご先祖様はあの変態女の魔力で復活したの?」
「ゲハハ。開祖である我は運良く復活出来た。フェイとやらが言うにはこの世界は勇者と魔王が一緒にいる弊害が出てるらしいな。それが歪みになり我が復活した」
『勇者と魔王が一緒にいる弊害……』
同時に勇者と魔王の二人は呟く。
そしてウンウンと頷くヒュドラ大王は薄い胸に手を当て、
「それはそうだ。過去の歴史は勇者が魔王を倒し、この世界を安定させるというもの。この世に流れる七つの大罪を秘める魔王に選定された少女を生贄とし、勇者がそれを撃つ。それが今までの安定の歴史。それをお前は壊した。故に勇者英霊達が暴走を始め、あの異界からの転生者フェイとやらに好きなようにされてるのだろう」
「好きなようにはさせねー。勇者の俺が同じ世界からの転生者フェイを倒して、勇者英霊達にも新しい世界の在り方を考えさせこの世界を安定させる。勇者と魔王がすでに共存してるんだ。解決策はあるはず」
あくまで勇者と魔王が共存する事を諦めないハッサクを笑うヒュドラ大王は、
「その気概がどこまで持つか見ててやろう。そしてそのままで勝てるのかな? 我は炎の化身でもある。ひ弱な末裔などとは違うぞ!」
「乳の小ささが?」
「フンガー! ぬっ殺す!」
ハッサクは単純に言葉で攻めた。
それにヒュドラ大王は怒り心頭になる。
「許さんぞ! 我の弱点をつくとは!」
「弱点もなにもただ思った事を言っただけだ。あんまカリカリしてるとカルシウムが胸にいかないぜ?」
「死ねーーー!」
ブオオオオッーと五つの炎の竜が舞い上がる。
ハッサクとサタラは左右に散り回避する。
空間を熱い炎が包み、大地が溶ける。
フィフスマグマドラグーンを放ったヒュドラ大王は赤い髪で左の顔が隠れる状態で言う。
「甘いわ」
『連続魔法!?」
ハッサクとサタラは魔法を放った後の事後硬直を左右から狙ったが、すでにヒュドラ大王は魔法を展開していた。
「消えろ!」
『――!』
死を呼び寄せる五匹のマグマの竜がハッサクとサタラを呑み込んだ。
「くくく……あははっ!」
空間を満たす死の炎を見つめるヒュドラ大王は顔にかかる赤い髪をかきあげ、大いに笑った。
歴史の摂理とも言える運命によって敵対する者同士が好きだから一緒に過ごすなどどいう軟弱な考えの勇者と魔王になど負けるはずがないのである。
ヒュドラ大王は鏡を取り出し、久しぶりに見る自分の容姿を確認する。末裔があんなに巨乳という事は、自分が毎晩やっていたオッパイマッサージが功をそうし、とうとう身を結んだという事にだけは感動した。
「こうなれば、末裔の死骸を我に吸収すればいい。末裔の胸だけは我に足りぬ唯一のものだからな」
言いつつ、鏡で胸を見た。
すると、その鏡にピキッ……とヒビが入る。
「? ――貴様達!」
シュウウウ……と空間を満たすフィフスマグマドラグーンの炎は消滅する。
直撃を受けたハッサクとサタラは生きていた。
鏡を地面に叩きつけるヒュドラ大王は目を細める。
「あれだけの炎が消えたと思いきやサタラが我の魔法を吸収したのか。だが、魔力が足りないようだな。ダメージの方が勝っている。末裔では開祖には勝てんのだよ」
「へっ、んな事はわからねーよ。歴史は変わるもんだ。俺が変えてやる」
「歴史を変える前に貴様のパートナーである我が末裔は死にそうだがな」
「サタラ!」
うずくまるサタラは赤い髪を汗で顔に張り付かせ嘔吐しそうに地面を見つめていた。ヒュドラ大王のフィフスマグマドラグーンの直撃からハッサクを守り、更にその魔力を吸収したサタラは自身の中で暴れる五匹の竜の魔力を抑えつけようと必死だった。
「私の事は気にしないで……ちょっとお腹下してるだけだから」
「そーいや、来る途中に生えてた草食ったな。全く食いしん坊には困るぜ。一分待ってろ。一分で終わらせる」
背中のエクスカリバーに手をかけたハッサクを見たヒュドラ大王の目つきが変わる。
「とうとうそのエクスカリバーを使うか。我の全魔力とエクスカリバーの一撃。勝負するには今!」
「ごちゃごちゃうるせーよ。全魔力集中して撃って来い! そいつを斬り裂き俺が勝つ!」
「くははっ! いいだろう勇者よ! ミレニアムマグマドラグーンをかましてくれよう!」
ハッサクはエクスカリバーの持ち手に手をかけたまま待つ。
全魔力を開放した百のマグマドラグーンはハッサクを襲う。
未だかつてない炎の魔法は回避するすべもなく、この世界でも打ち消せるのは数人だろう。
「でやぁ!」
そんな死の大火炎さえも、ハッサクのエクスカリバーは切り裂いた。
全てを出し切るヒュドラ大王の胸は完全に平らになる。
「全魔力使ったらお前は敵じゃねー」
ズバッ! とハッサクはヒュドラ大王を倒した。
しかし、死んではいない。
そこにハッサクの甘さを感じ、勇者である少年の本質を思う。
そして変わり行くブレイブワールドの未来を、この二人の未来絵図として見た。
「わざと生かしたのか……だが、我はすでに死んだ故にまた消えるのみ……。最後の言葉をたくすぞ末裔よ。心の赴くままに生きろ。好きな者と過ごせ。この世界の摂理を無視してもな。魔王とて、好きな男と幸せになれるの……」
「御先祖様!」
駆け寄るサタラの手が触れる前に、シュゥ……と微笑むヒュドラ大王の身体は消滅した。