阿修羅再び
モンスターボンバーランド中層階の入り組んだ通路内でグレムリンとガーゴイルの銃撃戦が繰り広げられていた。
ハッサクとクロコがこのモンスターボンバーランドについてから始まる戦闘開始からすでに一時間近く経ち、毎エリアの乱戦で二人は精神と身体の疲弊の色が濃く浮かんでいた。向こうはピストルを撃ってくるが、こちらはクロコの魔法で応戦するしか無い為に十分近く足止めに会う事にハッサクは苛立ちを隠せないでいた。それを察するクロコは言う。
「向こうもいつまでも弾丸は続かない! 今は持ちこたえるのよ! 確実にここは突破できる!」
「おう! 今は力を蓄えておくぜ!」
十度目のメテオレインを放つクロコの叫びにハッサクが答える。モンスター達は先程見たハッサクの身体能力とクロコの魔法に恐怖し、闇雲にピストルを撃ち続ける。相手のピストルの弾さえ無ければ、突破出来ると踏んでいるクロコは歯ぎしりしながら百人ぐらいまで減ったガーゴイルとグレムリンを見た。
(……中階層はモンスターがいすぎていまいち道がわからない。しかし、向こうはかつてない出来事に動揺している。魔力の消耗は無視して一気に叩くしかないわね)
すると、ガーゴイル部隊の隊長らしき者が鳴き声を上げた。すぐさまクロコはハッサクにもわかるように要約して伝える。
「――弾の無駄だ! ガーゴイル部隊は下がれ! ノラドックを投入し、奴等を駆逐する! そうよ……」
こりゃ俺の出番かな? と思うハッサクは軍手をはめ直す。
ガーゴイル部隊隊長の指示により、ガーゴイル部隊は後退してノラドッグの群れが三本ある通路のそれぞれに百数匹放たれた。その獰猛な猟犬である素早い動きに焦ったグレムリン隊は切り札の手榴弾を投げた。
ズゴオンッ! と爆発し、前方のノラドッグが消し飛ぶ。それにつられるように、クロコのいる中央と右側の通路の兵も手榴弾を投げた。二つの激しい爆発音と共に、ノラドッグの群れは消し飛び、ガーゴイル部隊は敵の切り札が無くなった事を確認しハッサク達の出方を伺う。それを察するクロコは、
「この場所を突破すれば上層階。ここさえ貴方が無傷でいればいいのよ。動かないでね」
「あぁ、わかったよ」
ハッサクはクロコの呪文詠唱を見て頷いた。
「我が眷属清き水よ。我の心の闇と同化し、更なる清きを見せたまえ……メテオレイン・フルバースト!」
ブオオオオッ! とクロコのメテオレインの最大級の一撃は空間のモンスターをかき消した。黒い魔力の煙が空間に満ち、ハッサクは凄まじい威力に驚愕する。フラッ……と魔力の使い過ぎで倒れるクロコを支えるハッサクは一つの殺気を感じた。
「……!?」
その瞳は、新たなる敵の驚愕に変わっていた。そしてその敵の名前が口から漏れた。
「ファイレアーカ……」
ゆっくりと、中央の通路を歩く黒い逆毛の阿修羅の足元には多数のノラドッグの死骸が転がっている。数匹逃していたガーゴイルもグレムリンもこの男が全てを倒していた。それを一瞥もせず、目的を遂行するだけの復讐鬼のような瞳のままグシャリ、グシャリと肉片を踏み、靴を赤く染めながら現れたファイレアーカと対峙する。
「この先には、モンスターブルドッグンていう獰猛な犬がいるぜ。奴の能力は厄介だ。奴は普段は温厚だけど、腹が減ると人間すら喰らう強欲で獰猛な動物。まぁ俺に殺されるから関係無いかァ」
静かに闘志を 燃やすファイレは、あまり自分が現れた事で感情的になっていないハッサクを見据え言う。おかしそうに笑うハッサクは答えた。
「お前をもう一度ブン殴れるなんて気分がいいぜ。サタラの毒の借りを返せるかんな」
「ハッハッー! 言うじゃねーか偽勇者ァ……」
唖然とするクロコにハッサクは手を出すなと制止する。
「ここのボスがどんな奴だろーとブッ倒すだけだぜ。第一、中ボスに成り下がったお前に負けるわけがねーんだよほうき頭が!」
「偽勇者は口は達者だなァ!」
ズバババッ! とアーカスピアが繰り出され、ハッサクはツナギの胸元を切り裂かれながら、拳でファイレの胸元を切り裂く。そのまま攻めたてるハッサクはファイレの全身に無数の乱打を叩き込む。
「……ぐううっ!? 拳だと強さが違うな。それが勇者としての本気か」
「まーな。これが俺の勇者としての力だ」
「だが、それじゃソードランドの剣に囚われた俗物共が評価しないから無理にでも剣を使おうとしていたわけか。御苦労な事だな偽勇者ァ」
「黙れ中ボス風情が!」
シュン! とファイレの懐に入り込み、正拳突きを繰り出す。その先端は左肩を捉え、串刺しにした。怒るハッサクの顔に数滴の血が飛び、何故か動きが止まる。魔力が込められるアーカスピアがハッサクの影に刺さっていた。それにクロコは気付き言う。
「……影縫い。肉を切らせて骨を絶つ。これを狙ってたの……」
「ご明答。挑発に乗りやすい奴は簡単に拘束出来る」
あえてハッサクの一撃をくらい、その隙に影縫いで動きを封じたファイレはハッサクの首に手をかける。その瞬間――。
「――ぐあああああっ! 金髪の悪魔があああっ!」
という絶叫と共に、ファイレは倒れ込む。しかし、ハッサクは何もしていない為、状況が把握出来ない。頭を押さえたまま、知ってはならぬ事を知ってしまった事に震えるように冷や汗を流しながファイレは目を見開き、頭を振り続ける。
「そ、その拳……その拳はただの拳じゃねぇな。それは代々の勇者の力を見せつける過去の記憶を相手に見せる力があるな。それが無意識に勇者を恐怖する要因になるってわけか……なんて力だ」
「何? そんな力を感じたのか? 俺には全くわからんが、お前は中々冷静な男のようだな」
「案外苦労してるからなァ……」
その勇者の拳からの過去の勇者の断片を見たファイレは、怒りと困惑が脳裏を駆け巡る。腰からナイフを取り出し、それに影を纏わせ剣のようにしてて構え、仕掛けた。それをハッサクは拳で受ける。
「その力はいつかお前を独りにする。レディハンターなんぞいつまでもやっていられると思うなよ? その勇者の力はこの世界を消しされる力なんだぜ? お前はソードランドには必要無い災いだよ」
哀れむように言うファイレにハッサクは叫び言った。
「平和が実現出来るのに、何故必要無いんだ!? 勇者は世界に必要だ!」
「その強過ぎる力のおかげで精神や肉体を壊した奴は過去の映像でごまんといるぞ? そんな夢物語のような事に依存してるようじゃ、お前は終わりだな」
「犯罪者の分際が知った風な口を!」
激怒するハッサクは、赤い発光と共に憎しみのオーラが増して行き、拳でファイレを吹き飛ばし、神速の連続突きを繰り出した。ズザッと地面を滑りながらも、突かれたダメージを気にしないファイレはあくまでも冷静に言う。
「犯罪者なりの忠告だよ。人間、他人の言葉なんて信じたく無い時はあるが、他人の言葉に耳をかせなくなったら終わりだぜェ?」
「お前、他人なんてどうでもいいもっと傲慢な男じゃなかっただろう」
「へっ、これでも仲間がいるんでな。それともう一つ。この迷宮のどこかにいる金の魔王は今までの魔王とは違うぜ……奴は千年前の聖剣戦争並みの戦争を起こす予兆があった」
「金の魔王……そいつは――」
ハッサクが金の魔王の存在を聞こうと意識が緩んだ瞬間――。
「――ぐっ! ファイレ!」
ファイレは落ちていたピストルでハッサクの足を打ち抜いた。足を抑え、睨むハッサクを無視したファイレ唖然としたままのクロコに言う。
「黒魔王、せいぜいこの偽勇者とうまくやる事だ。うまくやらねばこの世界はこの男のせいで消えるかも知れんぜ? 金魔王いわく、こいつは勇者としての特異点みたいなもんだからな」
「……貴方一体どんな過去の勇者の記憶を見たの? 教えなさいっ!」
「そう、そのいきだ。奥のブルドッグンに負けんなよ」
そのままファイレは逃げるように走り出す。走り出そうとするクロコに、ハッサクは叫んだ。
「クロコ! 今の目的を忘れるな!」
「でも、あのファイレは過去の勇者の事を知ったのよ? それに金魔王の情報も。今までそういう事がなかった以上、ファイレの情報は重要――」
「今はサタラの毒を消すのが先決だ。勇者云々の話は後にしろ」
駆けるファイレの背中を見て、千年前の聖剣戦争について知りたいクロコは歯ぎしりをしながら唇を噛み締めた。そして、二人はボスエリアに到達した。