欲望の代償
「ハッサク……!?」
最上階の炎神の間についたサタラは、目の前の光景に愕然とした。
五芒星の陣が描かれた中央に、鋼の剣を持ち膝まづくハッサクの姿があった。剣で戦っていたハッサクの体力は消耗していて、ここは剣を捨てて素手になりチートパワーを得るしか勝ち目は無い。しかし、歯を食いしばりハッサクは勇者の証である剣を手放さない。そして、五芒星の外側にファイレアーカがいる。
「ハッハーッ! 魔王サタンヒュドラか。一歩遅かったようだなァ」
ファイレはパチンと指を鳴らすと五芒星が紅く輝き始め、天井に向かって光が昇った。
「貴様っ! 何をしたっ!」
「アアッ!? この勇者の力を炎の城の地下にある結晶に還元させて、ソードランド最強の城に進化させるのさ! ハッハーッ!」
フレイムソードを構え問うサタラに、ファイレは自分の理想を語った。赤い光がハッサクの体を炎の結晶へと再構築する為、牙をむき始めた 。バッ! と地面を蹴り、サタラはファイレに特攻した。
「貴様ーーっ!」
ギンッ! ギンッ! ギンッ! とフレイムソードとアーカスピアが激しい火花を散らせる。
「――炎の魔力がこもったいい槍ね」
サタラは何故か、アーカスピアの直撃を受ける絶妙な間合いに後退した。
「馬鹿がッ! 死にさらせッ!」
ドスッ! とアーカスピアがサタラの左脇腹を貫いたと同時に、ファイレの心臓にフレイムソードが刺さった。
「肉を切らせて骨を絶つ……。ハハッ! くだらねえぇなァ! 残念ながら完全に心臓には刺さってねぇぜ。流石ハントされちまった落ちた魔王サタンヒュドラかァ! 金色の化け物とは違うなァ!」
ギュウィィィィンッ! とサタラの左脇腹に刺さっていたアーカスピアが、炎を纏いドリルのように回転し始めた。
「きやあああっ!」
ズゴゴゴオッ! とサタラは体内から炎で焼かれた。シュゥゥゥ ゥッ……と煙を上げて倒れ、無残に投げ捨てられ床に転がった。
「ハッハーッ! 俺はソードランドを追放されてから全ての悪人と戦い勝ってきた。それがいつの間にか魔王まで倒せるほどになっていたとはな。ソードランドの奴等には感謝しなきゃな……力づくでなァ」
ファイレは高笑いをすると、心臓を抑えながらハッサクのいる五芒星の方に振り返った。すると、五芒星のある場所は白い霧がかかり、ハッサクの姿が見えなかった。
「? 何だ、この白い霧は……まさか冷気か……!?」
フル稼働したフリーズドライの冷気が、ハッサクの周辺を霧で覆っていた。ボンッ! とオーバーヒートしたフリーズドライは沈黙した。
そして、白い冷気の霧が消え、笑うハッサクが姿を現した。
「どういう手品を使ったんだ? 俺の結界から脱出するなんざありえねぇ……」
「勇者の力はそれを宿す器を持つ者しか扱う事は出来ない。故に、このチートパワーは、全ての理不尽に対抗する力を持つ力を持つんだよ!」
冷気のエネルギーを傷口に還元し左肩の傷口が完全に完治したハッサクは言った。
ドウッ! とアーカスピアの穂先を地面に叩きつけたファイレは、
「理不尽に抵抗する力があるなら、この俺に勝ってみせろォ!」
全身からまがまがしい炎の殺気を開放し、ファイレはハッサクに迫った。
その瞬間――。
目にも止まらぬ速さでファイレの懐に飛び込んだハッサクは、みぞおちに鋼の剣を叩きこんだ。突撃した勢いのまま、ファイレは後方に吹っ飛んだ。
「接近戦は弱いのか? あっ! だから槍を使っているのか~。なるほど、なるほど」
みぞおちを抑え立ち上げるファイレに、ハッサクは鋭利な一言を浴びせた。
「調子に乗るなよ! 拳だけのチート勇者がァ!」
ファイレ・スピンをハッサクの顔面に叩き込もうと特攻した瞬間――。
ブワッ! と槍の穂先のみが、回転しながら放たれた。
なんと! ハッサクはその穂先目がけて突っ込み――。
「くっ……!」
右耳を少しかすった程度で回避した。
「何て胆力だァ!?」
ハッサクの隙を突き、頭上から最後の一撃を繰り出すべく跳躍していたファイレは驚愕した。
キラッ! と耳のイヤリングが光るファイレの首筋を一瞥したハッサクは狙いを定め、
「終わるぜ!」
空中のファイレに向かって、鋼の剣を投げた。体をひねり、それを回避するファイレはハッサクの方向に向き直った。
「終わりなのは、オメーだァ!」
先端の無くなったアーカスピアを構えた時――。
ドゴッ! と回避した鋼の剣が後頭部を直撃した。
「……なん……だとォ!?」
見ると、鋼の剣の柄にワイヤーが仕込まれており、ハッサクが投げて回避された後、一気にワイヤーを引き戻し、ファイレの後頭部に直撃させていた。半分意識を失ったファイレが、ハッサクに向かって落下してくる。
「でりゃーっ!」
左手を床につき、全力の右足でファイレのアゴを蹴り上げた。
意識を失ったファイレは力無く空に舞い、落下した。
「……こいつはハントは出来ない。とどめを剣で刺すしかないな。悪人は勇者として見過ごせない」
すると、倒れていたサタラが起き上がった。サタラの無事を確認したハッサクは微笑む。
「おうサタラ無事だったか……?」
ふと、殺気を感じ振り返ると、ファイレは音も無くその場で立っていた。
「やっと、ここまで再起して盗賊とまで呼ばれたままで終われるかよ。金の化け物も俺が倒すんだ……そしてこれで、勇者を倒し俺が勇者だ」
ブンッ! とアーカスピアを構えたファイレはハッサクを攻撃する。それを見るハッサクは反応するが、完全に剣では反応出来ない事をわかっていなかった。
「寝てろファイレ。俺が勇者だ――」
「危ない!」
「えっ……!?」
ハッサクの前にサタラがいて、アーカスピアを腹部に受けていた。
唖然とするハッサクの耳に、倒れる寸前のファイレの断末魔が聞こえた。
「ハッハッー! それは紫炎以上の毒があるぜ……しかも受けた者にしかどうなるかわからん毒だ。せいぜい勇者として無能な自分に苦しめ異世界から来た小僧……」
バタッとファイレは倒れた。
そしてハッサクは毒に侵されるサタラを介抱し、
「何で……サタラがこんな事に? 俺が剣にこだわった事が原因か……」
まだ剣では弱いにも関わらず、剣で強敵に勝とうとしたツケがここにきて出てしまっていた。ハッサクの本当の勇者への憧れがサタラをこういう結果に招いてしまったのである。
「うわああああああああああああ――っ!」
身体の痛みではなく、心の痛みにハッサクは涙し、全身で叫び続けた。
急いでソードランド東地区バクーフに帰還したハッサクはサタラをクロコに診せた。すると、サタラの毒は命に別条こそないが、このままでは全ての魔力を失い、Fカップの胸をAまでしぼませ、ロリババアになってしまうという大層厄介な毒であった。
その混乱はソードランド中を駆け巡り、かつてないほどの大混乱を巻き起こすきっかけとなる事をハッサクはまだ知らなかった。




