伝説の猫忍ニャモ
タッタッタッ……と薄暗い一本道を、ハッサクとクロコは進む。
通路の左右には窓があり、月の光が通路の足下を照らす。
すでに夜中の二時を回り、二人も多少疲労の色が見える。
しばらく歩くとニャモの部屋・ノックして入る事! という張り紙がついた大きな扉の前にたどり着いた。
「よっし! 着いたな。にしても腹が減ってきたな」
「ようやく到着ね。これを飲んでおくといいわ」
「おう、センキュー!」
クロコから栄養ドリンクを渡されたハッサクは、そのラベルを見た。
(……主成分・ニンニク、マムシ、オリゴ糖、クロコの汗?)
内容に不振を抱きつつも、ドリンクのビンのフタを開ける。
中の液体の色は、黒いマグマのようにグツグツと燃え上がっている。
チラッとクロコを見ると、ゴクゴクと美味しそうに飲んでいる。
(……体にはいいはず!)
覚悟を決め、黒いマグマのような液体を飲んだ。
シュパアアア! と、すぐさま体の内側が熱くなり、細胞が活性化していく。
「いやああっぽうっ! 完全回復だぜ!」
「疲労は取れたようね。では、猫の天空城のボス戦と行きましょうか」
「おうよ!」
二人は扉に手を当て、同時に押した。
月が見える大きな窓の下で、黄色い忍装束ニャモは薔薇の蔦に拘束されるイスに座りながらクロコの懐中時計を眺めていた。
「いやーたまらないな。この懐中時計を売れば、一儲けできそうだ。にしても、これは千年前に見覚えがある……」
短い金髪をかき、ニャモはアンティークなクロコの懐中時計を不思議な目で眺めた――刹那。
ドスッ! と椎茸手裏剣が、ニャモの手に刺さった。
「おい、シイタケ! 何をする……お前等は!?」
突如、現れたハッサクとクロコにニャモは驚いた。
「俺達の私物を返してもらうぞ、ニャモ!」
少し固い表情でハッサクは言う。
「ウニとシイタケを退けたか。だが、お前達の私物がどこにあるかわかなない以上は簡単に動けまい……っておい!」
ポイポイッ! とクロコは所持していた海栗爆弾を投げた。
シュタタ! とニャモは回避する。
「今だっ!」
ハッサクは一瞬で動き、ニャモの前に立ち一撃を加えた。
それでも懐中時計は手放さず、手裏剣を投げた。
クロコはブンブンッ! とステッキを振り回し、飛んでくる手裏剣を弾く。
「爆発しない海栗爆弾につられて場所を移動したのが間違いだったわね。その玉は火薬を抜いてるから爆発しないわよ」
「……図ったな、貴様!? だが、ニャモ様を甘く見てもらっては困る。忍法、薔薇束縛!」
ニャモは忍法を使い、薔薇の蔦を操りハッサクとクロコを拘束した。
「うわあっ!?」
「くっ! なかなかの技じゃない……」
二人は上部の大きな窓ガラスの下に縛り付けられた。
それを下から眺める黄色い忍装束のニャモは言う。
「勝負あったな。これで新たな地上世界の物資は全てニャモ様の物になる」
「お前……ソードランドを荒らすつもりか?」
「地上世界を荒らすつもりはないさ。あそこではバイトして働いたりしたり、悪い商人などからはたまに盗んだ物もあるがな。我々はこの天空城を拠点にして地上とは大きく関わるつもりは無いのだ」
話によると、地上世界とは関わらずこの天空城でじっ……と何かに耐え忍ぶように生きるのがこのニャモ達の仕事らしい。そして黒いセーラー服が切れて下着が露になるクロコが言う。
「千年前に生きていたなら、千年前の勇者が活躍した聖剣戦争の事を知ってるわね?」
「さぁ……な」
「こんな天空城に住んでいて戦争に巻き込まれないのは無理な話よ。本当は貴女達も戦争に参加したんでしょ?」
「それは、どうかな?」
「なら力ずくね」
クロコの手にあるステッキから魔力が放たれ、ハッサクのパワーが増幅した。
薔薇の蔦を手刀でハッサクは切り裂く。
「じゃあハッサク、後は任せたわよ」
「おう、任しとけ」
そしてハッサクは鋼の剣を抜き、一輪の薔薇を口にくわえ言う。
「さて、お仕置きの時間だ。勇者の強さを教えてやる」
そう言い、ハッサクはニャモに向けて鋼の剣を振りかぶり走った。
ビュッ! とハッサクは口にくわえた薔薇を飛ばす。
ニャモは何とか回避すると、白銀に輝く鋼の剣が眼前に迫っていた。
「それは痛い」
チッ! と顔にかすったニャモは言いつつ、薔薇の剣を作り攻撃する。
「とう、とう、とうっ!」
キンキンキンッ! と互いの剣が交差する。
バッ! と二人は間合いを取る。
「忍法床返し!」
ニャモは床を返し、自分とハッサクの間に壁を作る。
「斬るぜ――」
スパンッ! とハッサクが床の壁を斬ると、自分の視界が突然暗くなった。
「――チッ!」
見上げると、床のコンクリートをサーファーのように乗ったニャモがいた。
二人の刃は交差し、鋼の剣の先端が折れた。
(剣腕は向こうが上か……まだ剣技はチートになれないか)
間一髪、肩にかする程度で逃れた。
右肩のツナギの布が切れ、血が舞う。
その傷を見ると、多少血が出てる程度で問題は無い。
「千年前の忍に剣で勝ったら本物の勇者だぜ!」
ビュ! とハッサクは剣を真っ直ぐニャモに投げる。
すぐさまニャモは床返しをし、剣を防ぐ。
「行く手を塞がれたか……」
床の壁に阻まれ、ニャモに接近出来なくなったハッサクは呟き、立ち止まった。
そしてニャモは、床の壁の隙間からピストルの先端を出す。
(……急所は外してやる)
グッ……とニャモが引き金をひこうとした瞬間――。
「痛えっ!?」
突如、頭に鋼の剣の折れた先端が激突した。
「わっ!」
と急に大きな声を上げたハッサクの声に混乱したニャモは、壁の前に出た殺那――。
ズゴンッ! とハッサクの折れた鋼の剣がニャモの両足首をとらえ、すっ転んだ。
ズザァ! と滑り、ピストルを落とす。
「チェックメイトだ」
一瞬の間にピストルを拾ったハッサクは、ニャモに銃口を突きつけた。
サッと両手を上げ、ニャモは黙る。
「さあ、クロコを解放しろ。三秒待つ」
「……!」
目を見開き、ニャモはハッサクを見る。
ニャモはクロコの懐中時計を渡すが、薔薇の蔦にからまるクロコを開放するそぶりは見せない。
ハッサクはカウントを始める。
「三……二……一……」
タアンッ! とピストルの引き金を引き、ニャモの額を撃ち抜く。
「あ……う……」
虚ろな瞳になると同時に、バタッ! とニャモは倒れた。
無言のままハッサクは、倒れるニャモを蹴る。
「死んだフリは止めろ。エアガンで死ぬはずがないだろう」
「なっ! 何故それを!?」
バッ! と起き上がったニャモは額を抑えつつ言う。
「これはソードフェスティバルの祭りの景品だろ。初め見た時からエアガンとわかっていた。いいから二人を解放しろ。次は斬る……」
チャキと剣を構え、冷たい口調でハッサクは言い放つ。
すると、薔薇の蔦に縛られるクロコはクスクスと笑い始めた。
ハッサクはチラッと振り返り、後ろのクロコを見る。
そしてニャモに視線を戻すと――
ニャモの股関からじわっ……とおしっこが漏れていた。
「お前……早く解放すれば、おしっこ漏らした事をバラすぞ」
「わっ、わかった! すぐに解放する! だから、バラさないでー!」
すぐさまニャモは忍法で薔薇の蔦を消去した。
黒い髪を揺らしクロコはスタッと地面に着地する。
「やれやれ、酷いめにあったわ」
「そのわりには楽しそうだったじゃないか?」
「猫は好きなのよ。いい部下になりそうだわ」
「奴隷にするつもりじゃないだろうな……?」
笑いながらクロコはガムをかみ、フーセンを膨らませる。
すると、後ろから青と赤の防災頭巾を被るウニとシイタケが現れた。
それを見てニャモは言う。
「お前等……無事だったか」
『ニャモ様!』
ウニとシイタケはニャモに駆け寄り、抱きつく。
パンパンッ! とクロコは手を叩き、
「はい、感動でもない再開はそれまでね。今まで盗んだ物を集めてある倉庫に案内しなさい」
『ははぁー』
奴隷の如く頭を下げたニャモ達に案内され、倉庫に向かった。
ハッサクとクロコは入り口方面に歩き始め、帰る準備をする。
かくして、ソードランドの上空にあった猫隠れの天空城をハッサク達は制圧? した。
※
猫隠れの城入り口。
倉庫に行ったクロコを待っていると、空から翼をはためかせる白いペガサスが現れた。
「おーい、二人共ー!」
突如、空からペガサスに乗ったクロコが現れた。
バタバタッと翼をはためかせ、ペガサスは着地する。
「クロコ! そのペガサスは?」
言いつつハッサクは駆け寄る。
バッ! とペガサスから降り、背中をなでるクロコは、
「このペガサスはニャモから戴いた物よ。ねぇ、ニャモ?」
「はっ、はい! このペガサスは黒魔王クロコ様にあげた物です」
ペガサスから降りたニャモは、緊張した顔で言う。
それを聞いたハッサクは少々怪しい感じを受けつつ笑う。
朝陽が登り始め、太陽のまぶしさに皆、目を細めた。
「やけに眠いと思ったら、もう朝か……さて、地上に帰還するとしよう。ニャモ、ウニ、シイタケ、手筈通りに返品作業を頼むわよ。ではハッサク、乗って」
クロコに進められるままペガサスに乗り、腰につかまった。
「クロコ、ペガサスは二人しか乗れないぜ? ニャモ達はどうするんだ?」
「貴女達はガムパラシュートで地上に降下なさい」
『御意』
ブッ! とクロコは膨らんだフーセンガムをはいた。
サッ! と反応したニャモは、パクッとガムを口でキャッチした。
そしてハッサクはペガサス後ろでクロコの腰につかまる。
「くすぐったいから胸にしてくれる?」
それを何故か胸に押し上げられ、ハッサクの脳細胞は活性化した。
「では帰るわよ」
「おうよ」
バサバサッとペガサスは翼をはためかせ、空を飛ぶ。
そして地上のソードランドに向けて降下する。
ハッサクはニャモ達に手を振りつつ、
「じぁ、地上で会おうーっ!」
ペガサスは地上に向けて降下する――。
その上を、フーセンガムを膨らませた猫忍達がパラシュートのように舞っていった。