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High_C  作者: 夏草冬生
第一章 表面世界は日常そのもの
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 ぼくたち四人は、中学一年生の時にたまたま文化祭パート別で同じモザイク班となり、正面玄関や校舎外壁を飾る大きな貼り絵のためだけに何十日にもわたって放課後は洗濯のりと色紙にまみれた生活を送った。頭なんか使わず上級生の指図どおり動けばいいのだが、単純労働なだけに苦痛だった。ただ黙々と作業を続けるべきところを、図画工作が苦手でたまらないぼくたちだけに、互いに愚痴を言いあった。『日本人はたいへん希有な民族だ。共同作業に喜びを見いだし、会社や家族のため、自己を犠牲にしてまで働き続ける』とは当時のモザイク班班長の口癖だが、「それはそういう風に教育されるからだろう」とぼくらは陰で笑いあった。

 そんなぼくたちに転機が訪れたのは、つまりアップルが今後、文化祭でさぼるために四人でバンドを作ろうと言いだしたのは、その年末はクリスマス集会にむけての練習時のことだった。ちなみにクリスマスは聖トマス学園にとって祭日である。といっても休みではなくて登校しなければならないのだが、授業はなく、カトリック校だけに盛大な催し物となる。特に日没後すぐの六時に学校周辺を練り歩くキャンドルサービスに至っては不気味すぎると、付近住民にはすこぶる不評だ。全身学生服という黒装束で、スペイン人神父たちの白いドミニコ修道服に率いられ、イヴの暗闇の中、ろうそく片手に全校生徒がラテン語の歌をささやきながら家の前をのそのそ徘徊るのだから、まさに真冬の百鬼夜行だ。小さいお子さんたちのいる家から、毎年泣き声が聞こえてくるのは申し訳ないと思う。

 で、そのクリスマスに、歌唱力のある生徒が聖歌隊に選ばれる。讃美歌だけにボーイソプラノ並の高音を出すことが求められたので、変声期を過ぎてもソプラノで歌い続けられるオレンジは別として、必然的に中1が多くなる。そうして選抜聖歌隊として、モザイク班以来、再び相まみえた四人は、お互いに音楽の素養があることに気づいたものだから、是非とも来年の文化祭からはバンド参加でもして下働きからは解放されようと誓い合ったのだ。

 もっともバンドは中2、中3と生徒会から許可が得られず、ぼくらは文化祭パート別で、新外装班、内装班と、やはりポスターカラーや画用紙に囲まれて暮らすはめになった。文化祭とは労働酷使である。毎年六月からパート別集合に徴集され、二学期には週一回は放課後がつぶれる。そして十月になると毎日なにかと拘束される。その上、祭りだというのに、文化祭当日もゴミ拾い、ビラ配り、父母たちの道案内役等々、使い走りのオンパレードなのだ。

 ぼくひとりに関して言えば、れっきとした生物研究部という文化部に所属しているのだから、本来そういった使役からは解放されるはずなのだけど、生研の先生が高校二年生以外は共同作業も大事だからと、生研部員としての文化祭参加を認めてくれないのである。その理由も一応は理解できる。高Ⅱはひとり最大三十分の持ち時間で研究発表講演会ができるが、他の学年はパネル展示が主となり、また当日に何かイベントをするにしても、それらはすべて普段の部活動の枠ですむ作業である。わざわざ文化祭パート別集合の時間割を持ってすべきことではない。それになにより生研の佐伯先生が「この世に雑用なんて存在しない。どれもが本質的で大切な作業だ」という信念の持ち主であり、ぼくもサボることがそのしょうもない目的である以上、あきらめざるを得なかった。人間は思い込みの動物なので、「将来研究者になるつもりなら、青春時代のなんでもない雑用こそがいい経験になるんだ」と思えば耐えられる。

たしかにどんなことをするにしても雑用がそのほとんどを占めるのは明白な事実である。大学教授であるぼくの父も「本業の研究なんて、大学ではごくわずかな時間しかとれない」といつもこぼしていた。父の出身校というだけでなく、医学部進学率が高いからぼくはこの学校を選んだのだが、たとえ医者になったとしても、医者でなくてもできる雑用が仕事の大半を占めるという。医者の子息であるアップルやオレンジにきいても、医師業とは雑用なのが当たり前とのことである。だったら佐伯先生がおっしゃるように雑用を雑用にしないよう「雑用なんてこの世にない」と心掛けるのが正道であろう。

 わきに逸れた。話は文化祭参加のことである。顧問になってくれる先生はいないし、ぼくたち四人にしてみても、ただラクをしたいだけで志が何もなかった。そういうわけで書類提出期限までの二週間を何事もせずに過ごしたのである。四人組バンド『High―C』は中2、中3と、その演奏技術が評価されて、十五分程度とはいえ放送部主催の野外ステージで毎回曲を披露しているし、文化祭でバンド演奏自体ができないというわけではなかった。若いうちの苦労でもしないにこしたことはない、というのがぼくの信念だが、今年の文化祭パート分けは、巨大迷路かステンドグラスかグランドゲートあたりの強制労働に従事しようと観念していた。

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