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High_C  作者: 夏草冬生
第二章 第一回パート別集合
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 不意に後ろから、「アメリカでは犬猫を飼っている高齢者は、そうでない高齢者と比べて、医療費が十五パーセント以上も安くすむという統計があるそうだよ」と声をかけられた。生研の先輩である。「癒し効果ですか?」とぼくは答え、一緒に先を進んだ。第三グラウンドの行き止まりは、市公園との境界線である緑のフェンスに三方を囲まれた弧を描く台形だ。広大で細かい区画が一切ないサイト8で、動物ふれ合い広場『zoo―zoo―see!』となっている。先輩によれば、ここに今春生まれた仔羊、うさぎ、ひよこなどを連れてくる予定だという。

「友人たちに頼まれて仕方なく」

 三枝さんはぼくに言い訳をした。文化祭パート別で生研は高Ⅱだけが集まるのだが、チーム研究をしていなければ個人プレイだから、早めに切り上げてやって来たらしい。「一応ここのメンバーなんだけど、あくまでオブザーバーという立場で了承してもらったんだ」

 パートの掛け持ちは許されている。それどころか有志出展者がクラスの出し物をできる限り手伝うのは義務であり、ぼくも何かと高ⅠA組『たこ焼きたけし』の雑用にかり出される予定だ。

「自分の研究発表準備で手一杯だから、余計なことは勘弁願いたいのだけど、クラスでの付き合いというものがあるからね。そのくせ彼らはどんな出し物をすればいいのかまったく思いつかないというから、びっくりしたよ。仕方ないから手抜きができそうなのを提案したんだ。それにこういう企画は今の時代には必要なことだと思ったし。あたたかい共感というか、言葉以前のコミュニケーションというか、動物はぼくらの存在を、ただそばに居るだけで全肯定してくれるのだからね」

 ぼくは脇へとよけた。代表者らしき人物が企画書を手に、到着したばかりの三枝さんへ何か相談をしにきたからだ。住吉という人らしい。除角した子ヤギたちを電気柵で放し飼いにして、人はゲートから出入りさせ、それをふれあい広場のメインにするそうだ。話をきけば確かにこれはキラーコンテンツである。

「フルタイム糞をするので、ほうき、ちりとり係がいる。尿はその都度バケツの水をかけてごまかそう。子どもたちの餌やりのために、ヤギはかわいそうだが前日は絶食させよう。水と塩さえ与えれば一日ぐらいはなんともない。デジカメで撮って、その場でプリントするなら電源は確保。当日はかなりの人混みになるから、ブルーシートかなにか幕を作って視界を遮ろう。動物たちをいたずらに興奮させないように、ね」

 矢継ぎ早に的確な指示を出す三枝先輩は獣医さんの息子である。オウムは非常に長生きするそうで、生まれた時から一緒だというオオバタン(大型のおとなしい白色オウム)を寮母さんの許可を得て自室で飼っている。生研では動物行動学の立場から田舎と都会の動物の違いについて研究し、特に鳥類が専門で、都会のカラスは田舎のカラスに比べ知能が高いという。

「仔牛、仔豚用の柵はそれぞれ別に作ろう。すべてをひとまとめにしても大丈夫だとは思うけど普段は別々に飼われているし、万一、変なスイッチが入って暴れられたら困る。村上さんに頼めば資材はいくらでも貸してもらえる。それからニワトリ、アヒル、合鴨の放し飼いは、動物を飼う心構えとか酪農の様子とかの展示パネルでぐるりと囲んで、出入り口に人ひとりを置けばじゅうぶんだ。それと一頭ぐらいは親牛も欲しいな。体重八百キロを越えるあの巨体はぜひとも間近で実感してもらいたい。頭絡で杭にでもつなげば安全だとは思うけど、どうだろう。当日はぼくの父にも来てもらう予定だけど、何が起こるかわからないから、事前に一度は動物たちを全部集めてリハーサルしてみないといけないな」

「なににせよ、事故があってはいけないからな。そうだな親牛の件、みんなと話し合ってみよう」そう返事して、代表者は慌ただしく別の人のところへと行った。

 三枝さんはぼくに向かって言った。「村上さんは今年で四十二になるナイスガイさ。父の知り合いがこの近くにも(といっても軽トラで一時間以上の距離だけど)幾人かいるからね。ヤギや仔牛や仔豚は、酪農や養豚業を営む独身男性をたぶらかして借りるんだ。『若い女子中高生が殺到しますよ。仲良くなれますよ。話し下手なんて関係ありません。動物が間を持たせてくれます。毎日の仕事を説明するだけでモテモテティモテです。女の子たちは目を輝かせて話を聞いてくれます。だけど忘れないでください、小さいお子さんの世話をして点数を稼ぐことを。子どもをぞんざいに扱う男性は一発で嫌われますから』とか言ってね。何も報酬はお金とはかぎらない。山深いこの四国、村上さんたちの周辺には適齢期の女性はひとりもいないんだ。文化交流と称してタダで動物と人手まで確保できるのだから、こんなに楽なことはないね。おまけに相手からお礼まで言ってくれるのだから困っちゃうよ」

 三枝先輩は鬼だ。だけどこれが持ちつ持たれつの関係というものだろう。それにしても手っ取り早く文化祭の単純作業から解放されるにはうってつけの企画である。女の子目当てなのは『zoo―zoo―see!』のメンバーも同じだろうが、なにより見学に来る受験希望の小学生たちが喜びそうだし、これだけのスペースを手に入れられたのは先生方の受けがいいからだろう。

 三枝先輩に「ヤギはそんなにいるのですか」ときいたら、日本でも戦前はたいていの農家がヤギを飼っていて、農村ではどの家も軒先にニワトリがいるのが普通だったという。戦後、ヤギは極端に数を減らしたが、今でもヤギ乳を牛乳の代わりに飲んでいる人はいるし、近年、中山間地域でのヤギ導入は、耕作放棄地の除草やイノシシ対策に非常に効果があり、一大ムーブメントになっているそうだ。

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