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打ち合わせとはいっても身内四人のHigh―Cに特別重要な話は何ひとつなく、雑談が済めば、すぐに打ち合わせるべき事案がなくなる。パート別では、各自、自由に解散して帰宅してもいいのだが、時間が余っていることだし、それになにより、他人の企画が気になるものだ。僕たち四人は縁日の露店を流し見するように、各サイトを冷やかしに回ったのである。
顧問の好みが如実に反映している企画では、ちゃんと先生がパートを見に来ている。宮藤先生がぼくたちに無関心なのは仕方がない。社交ダンス大好き人間の杉山先生は自らが率先して「白菊聖セシリア学園なら知り合いの先生がいるぞ。当日はたくさんの女子を引っ張ってこさせよう」と会合に積極的に参加している。また我が学園には男性教員がほとんどだから、PCゲームやアニメが趣味という先生がむしろ大勢いて、パソコントラブル探偵団のサイトでは情報交換をするため複数の若い教師がたむろしていた。そんな二サイト分を占めるパソコントラブル探偵団は、全学年をまたいだ大世帯だ。誰もがこれからの活動のことよりも、自分が詳しいオタ話に花を咲かせている。ゲーム攻略研究所、レッツDTM、自作パソコン友の会、オンラインゲーム愛好会、素敵なSNS等々、たくさんのプランが先生の指導のもと、ひとつにまとめられた企画である。出展できる場所が限られているのだから合同展示は互いの相乗効果も期待できて悪くない。
たくさんの企画がひとところに集まれば活気があるが、逆にひとつのチームが複数のテーマをミックスするのは、かえって失敗するのではないかと思う。サイト7―9、10のカラ揚げ喫茶『黒い三連星』がそれである。アップルのクラスメートたち九人が立ち上げたということで、軽く顔見せに行ったのだが、カラ揚げは『カラ』オケと『揚げ』物の略だそうで、カラオケ、飲食店、お化け屋敷の夢のコラボレートということである。ぼくには想像ができないが、ホラーカラオケをウリにしようと、九人は店内をおどろおどろしく装飾する話で盛り上がっていた。でもそれではしおりにある「カラオケ、棺桶、ほっておけ! 味が自慢のお店です」というキャッチコピーに矛盾する。余計なお世話だからぼくは黙っていたが、ひとつのことに集中した方がよいと思う。
一般的な出し物では許可を得られないから、あれもこれもと、いいとこどりしてしまうのはよくあることだ。でもそれが一番まずいパターンで、たとえ品行方正な高校二年生であっても、このような安易な企画は絶対に通らない。High―Cもエラそうなことは言えないが、他学年を押しのけるその腕を持ってしても、まさに石の上にも三年で、中2、中3と却下され続けてきた。なのにこの黒い三連星は、今年申請の一発合格、しかも顧問があの教頭先生なのだ。それは黒い三連星の代表者である七瀬の父が理事長に直談判したからだ、というのがもっぱらの噂である。七瀬は、兄弟三人とも聖トマス学園に通っているが(うちにはそういう例が多い)、父親が多額の寄付を学園にしているのは公然の秘密で、新しく新設された家庭棟が必要以上に立派なのもそのおかげだといわれている。コネだろうとカネだろうと、世の中そんなものだし、ぼくは何とも思わないが、おっとりとした性格で資産家であることを少しも鼻にかけない七瀬をみていると、親の口出しなんて皆無で、先生方が勝手に気を回したというのが実情だろう。お金は才能と同じで、あるところにはあるものだ。七瀬の家は収入のかなりの部分を税金として納めているので、毎年数億円規模の寄付金など、それほど苦ではないらしい。
その個人投資家である七瀬の父も、かつて聖トマス学園の生徒であった。本校在学中に生物教師の影響を受け、生物数学という当時は新しい分野に興味を持った。大学ではあえて数学科を選び大学院で生物学科に転科して生態学を学んだそうだ。その後は環境変化による生物個体群の動的な移り変わりを知るために自然界をより単純化した生態系モデルを組み立てて実験・研究していたが、それならいっそ為替取引など現実の金融経済の方が検証しやすいと、はじめは余技であった投資の世界に身を投じて巨万の富を築いたという。これらは過去に体育館で行われた本人による講演『聖トマス学園がなければ今の私はなかった』と、生研は佐伯先生から聞いた話である。七瀬父の恩師はすでに退官されているが、磯崎先生は佐伯先生の恩師でもあるのだ。
リアルに肉体労働をしていたら、そんなにお金は稼げない。仮想空間というか、頭だけの世界というか、ぼくは金融経済と実体経済の乖離に興味は尽きない。ピアノは、いや芸術は、洞窟壁画の時代から仮想現実だ。だって頭の中に世界を思い描くのだから。ならば、ぼくのこの学園生活は実生活なのだろうかと、六月の妙に暑い陽射しを背中に受けながら思った。