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High_C  作者: 夏草冬生
第二章 第一回パート別集合
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「ここ一帯は騒音でカオス状態になるな」

 音楽は閉鎖空間で行うことが多い。第二グラウンドに構築される野外ステージなら周辺に音の発生源は少なく、しかも放送部が念入りにセッティングするのだが、サイト7のように狭い間隔で指向性を考えずにマイクを使用すればどうしてもハウリングが生じてしまう。ぼくらは騒音からの連想でオケ部の練習風景を思いだし、エキストラで出演した大学のフィルハーモニーもあんなものだというアップルの話から、どこが調和を愛する(=Philharmonie)だ、そもそも(各自勝手に練習する時に生じる)あの不快で大洪水のような不協和音に耐えられる音楽家は本当に耳がデリケートなのか、という話題になった。しかし会話とは生き物で、すぐに内容が二転三転、反転する。日本人は雑音に強い民族で、雅楽なんて西洋人にとっては身の毛もよだつような不協和音そのものでしかない、と総括した。ぼくたちにとって、放課後のオケ部だけでなく虫の音も月に吠える犬も街の雑踏も、そのどれもが情景と情緒を彩る音楽だ。よほど大音量にならないかぎり日本人にとって騒音というものはない。しかし悲鳴や赤ちゃんの泣き声のような例外もあり、小音量でもハウリングや爪で黒板などをひっかく『キ~ッ』という音は、進化の過程で人間の本能に刻みつけられた感覚なので、我慢できないのは致し方がない。

 透き通るオレンジの声はよく通る。騒音という言葉が聞こえたのだろう、隣のサイトから森さんが飛んできた。

「当日はマイクで絶叫する予定なんだけど大丈夫かな。音量を抑える努力はするよ。本当に申し訳ない、何かと迷惑をかけると思う。うちはうるさいだろうし、他の高Ⅱの落選バンドたちにも数曲ずつ披露してもらう予定だから……」

「それはお互い様です」

 相手は一学年上であるし、アップルが社交辞令を口にする。内心は自重しろ、ぐらいは思っているにちがいない。ぼくだって思う。なぜ未熟なテクニックしか持たぬ者にかぎって大声を発したがるのだろうか。雑音レベルなら我慢できるが、彼らのようなヘヴィメタル系バンドは、例年の文化祭から鑑みて、鼓膜が張り裂けてしまうほどの大音響なのだ。彼らは口をそろえて「魂の叫び、伝えたいメッセージがあるのだ」と言うが、その内容が何なのかぼくは寡聞にして知らない。真の想いは決して音の大小ではなかろう。ぼくだって命がけでピアノを練習しているのだ。

「一応、文化祭実行委員会には吸音壁のある視聴覚教室をお願いしているんだけどね」と弁明する森さんの言葉にアップルは「許可されますよ。そこは毎年恒例のバンド部屋ですから」と答えた。そうしないと文化祭中、頭痛を伴うノイズが、遠く校舎内の教室にまで響いてくるのだ。憎まれっ子世にはばかるというのは真実で、人に迷惑をかける方が正直者よりも優遇されるものだ。日本の隣国のように核開発やミサイル実験のような瀬戸際外交は行き過ぎだが、それでも食料、エネルギー援助などかまってはもらえる。やり方さえ間違えなければ、巻き添えを食らって被害に遭うのがいやだから、周囲から救いの手が差し伸べられる。おとなしくしていては損だ。宮藤先生はもっとわがままを言えばいいと思う。ぼくならいくらわめき倒されても平気だ。天才はその存在自体が迷惑であり、たまたま彼らが成功した場合には、はかりしれない利益を社会的に還元してくれるから尊ばれるだけで、誰にも理解されず日の目をみない結果に終われば、見返りを受けない身近な人にしてみれば最悪である。でもぼくは我慢できる。メメント・森の絶叫には我慢できないけれど。

「ミーティング中じゃまして悪かったね」といったんは戻ろうとした森さんだが、振り向きざまに「死を記憶せよ!」と挑発ポーズだろう、左手人差し指を突き立て、ご丁寧に舌出し首切り仕草までしてみせた。今を楽しめという、サービス精神からの決めぜりふである。それで気づいたのだが、いつの間にか実行委員会の下部組織『映像で振り返る聖トマス学園の体育・文化祭』の記録係がビデオカメラを抱えて、この辺境の地であるサイト7にも撮影しに来ていたのだ。彼らは生徒たちの自然な姿を撮るために黒子に徹することを厳命されている。だからかえって、みんなからからかわれてしまう。オレンジが女声で「ねぇ、おにぃたん、もうお昼だよ、おっきして!」とかわいらしくカメラに向かうのは、やっぱりそういう声を出すのが好きなんだと思う。

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