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High_C  作者: 夏草冬生
第一章 表面世界は日常そのもの
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 なにはともあれ、くだらないと思っても演奏が終わるまでは黙って聴いていたのだから、その点だけは尊敬できる。重っ苦しい沈黙の中、宮藤先生だけがひとり、うつむき加減でひとしきり笑った後で、その美貌を今度はぼくの方へ向けた。

「で、あなたも弾けるの、ピアノ」

 慧眼だ。ぼくの鍵盤をみつめる目の動きや難所での聴き方で分かったのだろうか。いや、それは深読みのしすぎというものだ。音楽バンドだから、みんな何かしらの楽器を弾けると思うのが普通である。

「ええ、一応は」ぼくは答えた。

「では、あなたも弾きなさい」

 アップルとオレンジ、ふたりの演奏を一笑に付したくせに、物好きなのか何なのかはしらないが、それでも顧問になってくれた先生にぼくは逆らう理由もみつからなかった。

 アニソンには暗く、選曲には困ったが、『デリケートに好きして』を弾き語りすることにした。これはつい先日、アップルにアレンジさせられたから暗譜、というか指が覚えているのだが、ファルセットを用い女声に努めると、かわいらしく舌っ足らずな声になるぼくにはぴったりな曲らしい。アホ毛(=Frizz)がある魔法少女もののアニメの主題歌で、アップルによると恋する少女の心情を高らかに謳いあげたものだという。「いかにも男性が勝手に妄想する、一方的な少女像だ。だがそれだけに、オレたちにはリアルに感じるよ」とアップルは笑っていたが、事実、作詞作曲は男性だし、いかにも少女の匂い漂う曲だったから、アップルの読みは深い。メロディーもピアノでよかったのかもしれないが、サービス精神から歌も歌った。独唱用にアレンジしてコーラスパートはないので、オレンジには喉に負担をかけないよう今回は休んでもらい、夏風邪気味のグレープにも自重してもらった。

 ぼくたち四人は、声域の比較的狭いぼくやグレープでも地声で二オクターブ、ファルセットでさらに高音の一オクターブ、つまり全員が三オクターブと、高いドの音(=High―C )以上の声が出せた。ちなみにぼくたち『High―C 』は、ハイクラスな、高いドの音が出せるバンドという意味だ。オレンジの声帯ばかりを酷使しなくてすむし、比較対象があれば彼の優れた歌唱力がより際だつから、四人ともが曲ごとにメインボーカルを務めるのである。男性がまるで女性のような声で歌う、ただそれだけで注目をされるので、猿回しの見せ物のように下手な順からローテーションを組み、聴衆を引き込んでいく作戦だ。

 つまり、ぼくとしてはピアノはアップルに、歌はオレンジに劣るので順番が悪すぎる。一番、二番と三分三十秒ほどかけて弾き終わっても、誰も何の反応をみせなかった。「選曲をミスしたな。セーラー・スター・ソングにすべきだった」と頭をかいてみせたが、先生は何も言わなかった。ただオレンジがぼそっと「セーラームーンは九十年代前半のアニメ。七、八十年代というぼくらの趣旨にはあわないよ」と指摘してくれた。繊細にもぼくたち四人は先ほどの『ど素人』発言にかなり萎縮していたのだ。

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