旅路とそれぞれの想い
======さいど ルーイリア・シェイル
あの日から幾日経ったことでしょう。
私達一行は、政務をそれぞれの片腕や信用のおける大臣たちに任せ旅立ちました。
「陛下、前の村からもう3キトが経ちましたが……お疲れでは?少し休みましょうか」
もう王都からも随分と離れ、北へと向かい進み続けております。
「おいおい、一日にいったい何回休憩するつもりだ?こんなんじゃいつ目的地につけることやら……」
私は、旅慣れぬ陛下がお疲れになっても、気を遣い口に出せず苦しんでいるのでは?!と思い立ちお声をお掛けしたと言うのに……。
またしてもこの男は!!
「ガドガン!!あなたと言う人は、陛下や私は文官職なのですから!もう少し気を使うことは出来ないのですか?!これだから脳みそまで筋肉の武官は困ります!!」
「あぁ!?何言ってやがる!お前がピーピーうるせぇから上等の龍馬まで用意してやったんじゃねぇか!!これ以上どう気を使えばいいのか教えて欲しいもんだぜ!!」
確かに、移動をどうするか考えているときに、ガドガンが珍しく!!自分の伝手を使い貴重な龍馬を用意してきたのには驚き感謝しましたが!
元々城勤めで移動自体に慣れていない私や、もう何年も乗馬すらしていない陛下に長時間の龍馬での移動が耐えられるはずもないのです!!まったく、そういうところが足りないと言うのに!!
「この脳筋っ!!」
「あんだとっ」
「ガドガンも、ルーも、まだまだ旅は続くんだし仲良く行こうよ」
本当に注意する気があるのか、ないのか?陛下と言う立場にありながら、言われなければ分からないような平民の服を着て、この中の誰よりも似合っている国王様は仰いました。
「ねぇルー?それよりも、この龍馬は僕も初めて見たけどそんなに珍しいの?」
龍馬に跨ったまま、陛下はお聞きになられました。
これは、何と言う至福でしょう!?普段は国政の事にしか勉学の手を伸ばされない陛下に、私の雑学をお聞かせするチャンスが訪れるとは!!
「うぉっほん!それはもう!!この龍馬と呼ばれる生き物は、この世界にはもう数えられるほどしか生息が確認されておりませんので世界的保護動物に指定されております。基本的には、彼らの行動は自由であり、国や個人が所有することも許されてはいません。なぜなら、彼らは古より我らの友であるからして……」
「……えーと、ガドガン?」
「ハァ……」
ガドガンは大柄で厳つい彼に似合わず、弱った子犬のように小さく首を振った。
======さいど ノイディル・スモールキングダム
僕は大きな海原にぽつんと浮かぶ、小さな小さな王国の国王 ノイディル・スモールキングダム
僕は、たった数年前まで、ただの ディル と呼ばれていた。
この小さな王国の南に存在するあまり大きくない村で育ち、そして適当に大人になり、結婚をして、子供が出来て、年を取り、孫や他の家族達に看取られて一生を終える。普通に、生きていれば、周りの大人たちを見ている限りそんな風に一生は過ぎていくのだと思っていた。
初めて王国からの使いが来て説明を受けた時は、正直どうしたものかと悩んだものだった。でも、異変が始まった以上、村に残ってもこの国自体が立ち直らない限り普通の人生すら歩めはしない……まぁ、王都に出向いて無理だと思ったらとにかく頭のいい人にお任せしても許されるだろう。だって、僕はまだ子供の領域にいるのだし。
けれど、国政はそんなに甘くはなかった。なにより、僕に付けられたお目付け役がとてつもなく厳しい人で、何度故郷へ帰りたいと夜中にこっそり泣いたか分からない。そのたびにお目付け役はどこからかやってきて僕を叱りつけ、そのまま長い説教が始まり、気が付けば早朝で寝不足のまま朝食を食べ、また勉強をさせられ。このままじゃ頭がおかしくなると思いつい反抗したら……
「あの頃は僕も青かった……」
城の天辺に麻紐一本で吊るされ、気が付いたときに翌朝自室のベットの中で傍らではルーが号泣していた。
それからと言うもの、お目付け役の辞書には情状酌量とか隣人を愛すとかの言葉は載っていないとしみじみ理解し、二度と彼の人に反抗の意志を見せるようなミスは起こさず慎重に慎重を重ね日々を過ごし、平和に今日まで生きてこれたのだ。
「ありがたい話だ。まったくもって……」
「んぁ?なんか言ったか?」
ルーの小難しい解説を片耳で聞き流し、懐古に浸っているとつい声に出してしまっていたらしい。
何もないのどかな田舎道を、彼の体格に合う大型の龍馬に跨り、のしのしと自然を眺め進むガドガン。普段は訓練ばかりして、部下にも恐れられる厳ついイメージの強い彼にはあまり似合わなくて少し笑える。
「いいや、少し昔の事を思い出していたんだ」
「あ~、昔か」
「うん」
彼も僕の護衛をしていたから、あの頃の強烈な数年は強く記憶に残っているのだろう
「すげぇ~お人だったが、今は何やってんだがなぁ」
「うん、何も分からない僕に国政の一から十までとことん叩き込んでくれて、今となっては感謝だけど。正直二度と会いたくないよ、僕はね」
顔を顰めて答えた僕に
「くっくっくっ、そぉだろうなぁ……」
含み笑いをして答えるガドガン。
「そういえば、ルーに聞いておいて難だけれど……龍馬ってそんなに珍しいのかい?」
これ以上噂話を続けたら、その辺から本人がひょっこりと現れそうで……それは何があっても避けたい僕は話題を変えて聞いてみた。ルーの話は少し難しいから僕向きじゃないしなぁ……。
「あぁ、まぁこの国の年より連中がまだ若かった頃は、ガキどもの寝物語に使われるくらいにゃ有名だったらしいが。最近じゃ個体数も減って、生息地も限られてるからなぁ……龍馬の始まりの伝承なんかもあるらしいが、古い話だ。今じゃ知ってる奴の方が珍しいかもなぁ」
難しい数式でも解いているのかと思うほど、ガドガンは眉間にしわを寄せて思い出してくれたようだった。
「ま、俺はこっち出身でもねぇし……あんま詳しくはねぇな。詳しく伝承を聞きたいならそこの宰相閣下にでも頼みな」
「そうかぁ、ありがとう」
勉学を毛嫌いするガドガンがこれだけの事を知っていただけで十分だ。
そう思い、彼に微笑みかけ礼を言うと……ガドガンは照れているのか、濃い紫の短い髪を掻き毟り、黒く円らな瞳を細め
「あぁ、折角王都を離れたんだ。今のうちに聞きたいことや、見たいもの、好きなことしろ」
そうそっけなく、暖かな言葉をくれた。
「うん、ありがとう」
僕はただそう返すと、今度はいまだに一人で話し続けているルーに向かい
「ルー。生態については今度聞かせてもらうから、今は龍馬の伝承だけ聞いてもいいかな?」
このルーイリア・シェイルと言う男は真面目で、出身は王都ではないらしいが、十歳の頃から王都の学院で学んできたと何時だったか本人から聞いたことがある。ミルク色の髪に、同色の瞳、これで内面まで素晴らしいなら今頃城のメイドたちから引っ張りだこだろうに……彼は恋愛ごとには興味がなく、仕事一筋なので僕や近親者以外には容赦がなく、密やかに呼ばれる二つ名は、狂氷麗人。まぁ、その理由はのちのち話すとして……
「と呼ばれておりまし……は、はい!伝承でございますか?!ですが、私が知っている物語は全て語り終えるのに三日はかかりますので……。お話しするのは次の村に着くまでの間だけ、内容は一部省略させていただきますが宜しいでしょうか?」
はっとしたように僕を見てから、申し訳なさそうにへにゃんと眉を下げルーはそう聞いてきた。
「三日!?そんなに長いお話なんだぁ……うん、じゃあ省略版でお願い」
「は!承りました。
まず、龍馬はとても大人しく、賢く、他の生き物に対し、とても優しい生き物でございます。
けれどその始まりは、まるで作り話のようで……。
私も初めて聞き及んだ当初は困惑いたしましたが……まぁ、物語の始まりはこうです。
……とある冒険者が美しい黒い毛を持つ、大型の牡馬と共に小さな村に立ち寄ります。
その村は、豊かな山々に囲まれた小さいながらも豊かな村でございました。
けれど、村に住む者たちの表情は皆一様にどんよりと晴れることはなく、むしろ今にも村を逃げ出したいような表情を浮かべている者も多く、冒険者は尋ねます。
「まるで空でも落ちてきたような顔をしているが、いったい何があったのか」
すると、そこに通りかかった村の子供はこう返しました。
「空は落ちてこないけど、そこの山に龍が住み着いたんだ」
それを聞いた冒険者は納得しました。
この村は、山の恵みを糧として暮らしてきたのです。その山に龍が住み着いたなら、日々の暮らしにも困ってしまうでしょう。それに、いつ龍がこの村を襲うかもしれないので、気が抜けません。
冒険者は村の大人たちと話し合い、龍の討伐依頼を受けることにいたしました。
しかし、その依頼は冒険者のその後を左右する大事件となるのです。
なぜなら……今まで長い長い旅を雨の日も風の日も嵐の日も吹雪の日も、文句一つ言わずに自分と共に歩いてきた美しい黒毛の賢馬が、山に住む小型の美しい白龍に出会い、一目で恋に落ち、異種間にも関わらず両想いになってしまうのです。
冒険者は悩みましたが、その山に残したとして討伐されるのは目に見えて居りましたので、黒毛の賢馬と白龍を連れ彼はまた旅立ちました。
長い長い旅を一人と二頭は歩き、走り、飛び、そしてある日……その足を止めました。
彼らは、大きな町の人間たちの中では決して許されなかった彼らの住める土地を見つけたのです。
その場所は、半分が人間の、もう半分は太古の動物たちの住む土地でした。一人と二頭は大地に根を生やしたその日から、村と森に分かれ生活を始めました。冒険者と賢馬が共に越えない夜は初めてでしたが寂しくはありません。なぜなら、お互いに数歩踏み出せばいつでも会える距離にいるのを知っていたからです。
人間の村の者たちは皆、森にすむ賢い生き物たちに慣れていたので、黒毛の賢馬と白龍を連れて来た冒険者にもとても親切で、時々は独り者の彼に気を遣い、美味しい料理を振る舞ってくれました。そして数年後、彼は村の中で気立ての良く素朴な最愛の妻を得たのです。
また数年経ち、彼の妻が懐妊した頃……森から久しぶりに出て、冒険者に顔を出した賢馬は、その後ろに奇妙な幼い動物を連れていました。
その奇妙な動物こそ、この龍馬なのです。耳にはさんだ程度ですが、研究者たちの話では……伝承に出てくる太古の動物たちの住まう森と言うのが、どうやら我々が目指す彼の地を囲むように存在する古の森であり 通称 賢者たちの迷路 と呼ばれる緑深い大木の生きる土地でございます。
龍馬のように、異種の両親の間に子供が出来たのは後にも先にもこれっきりで、龍の血が混じっているため一頭の寿命は長いのですが、雌の産む子供の数は少ないですし、何より近親同士でしか繁殖を行ってこなかったようで……年々全体数も減っています。
そこで、彼らの誕生に彼の土地が関係している事は明白であるからして、最近では絶滅してしまう前に調査を行いたいと訴える研究者も多いのですが……固有種の動物たちが多いあの土地には制約も多く、先王の起こした問題や、これ以上彼の土地の主との間に問題を増やすわけにもいかないという理由で現在はあの一帯が国の保護対象にも指定されておりますので踏み入った者は確認されておりません」
長いお話や補足を、すらすらと説明をし終え、一呼吸置いた後、満足そうに僕を見つめるルーに一言
「う~ん……ほれぼれする美声だねぇ。でもその伝承だと最初に言ってた恋のお話はどこに行くの?」
「昔の方は馬と龍の間に子が出来た理由を、双方の強い愛ゆえだと思っていたそうでございます。ですから、今でも伝承の載る書物は龍馬を愛を司るシャシャ神の使いであるとしています」
「ふぅん。まぁ、実際は愛なんてものじゃあ異種間で子は出来ないよね?」
「……おいおい、こんだけ説明させといてそりゃねぇよ」
ガドガンも興味があったのか何となく話半分には耳に入れていたようで、僕の枯れた返答に心底呆れたって感じで言葉を零した。
「ガドガンったら、いやだな。僕だって愛を信じてないわけじゃないよ?」
「ま、俺には関係ねぇし良いけどなぁ」
「……陛下!!聞いて居られますか?!この旅では出来る事ならかの地の土や木の枝や水を採取して来て欲しいと城に残してきた研究者の者たちによくよく頼まれているのです!彼の地の主にお話をなさる際はどうかこのことも交渉の端にねじ込んで頂きたく!!」
……え?僕は聞いてないけど……
======さいど ガドガン・ドドッチ
俺様の名はドドッチ。
海を越えた大国で生まれ、長いこと旅をしたが、今はとある小さな小さな国の軍で総大将なんてもんをさせられている。それもこれも、あのルーイリアにさえ会わなければ絶対にありえないことだった。
今から十数年前、俺はこの小さな小さな国に流れ着いた。長く歩きどうしだったので早く宿に入りゆっくりしたかったのだが、俺の野性的な肉体は例え疲れていても素晴らしいもので……賑わう街の中の悲鳴を聞き分けてしまった。
まぁ、聞いちまったものを無視できるわけもなく……しょうがねぇから取り合えず助けるため路地裏へ入り込んだのだが、俺は見た。ボロ衣を纏ったっだけの汚いオッサンに押し倒されていたのは、着ていた服を裂かれ真っ白な肌を弄られ、抵抗できないようになのかその美しいミルク色の長い髪を千切れっちまうんじゃねぇかと思うほど強く掴まれた ルーイリア少年だった……。
あいつを一目見た瞬間、俺の人生は変わった。
あの汚ねぇオッサンはぼこぼこにして放り出した後、まぁ幸いなことに弄られただけだったが、それでもショックで動けないでいるルーイリアを俺の着ていたデカい外套に包み、元々泊まる筈だった宿よりも数倍高級な宿に足早に、優しく運んでやった。ま、宿泊料金は跳ね上がったが、あっちこっちで稼いでいたから懐の心配は無用で、この時ばかりは金に無頓着で使わずにいた自分を褒めたな。
その日からずっと、俺は寝込んだルーイリアの看病に追われた。何日経ったか、やっと目を覚ました時、あいつは怯えるばかりでまったく話にもならず、何日も何日もかけてあの宿の一室で心を休めることに専念させ、やっと打ち解けたと思えば、あいつは将来を期待されて学院で学ぶ裕福で生真面目な学生。俺は、まぁ金の心配はないとはいえ根なし草だ。
正直、釣り合うわけもないと思った。だから、あいつの怪我や心の傷もそこまで目立たなくなった頃……俺は宿代だけを多めに置いて部屋を出た。
それから俺は無駄に多い伝手を使い軍に入隊し、数年かかったが意外と簡単に位が上がったのは幸いだった。その頃にはあいつも文官見習いとして城に勤め始めていて、たまにすれ違う事もあったがあいつは俺に気づきもしない。
それと言うのも、初めて会った頃の俺は長旅をしていたせいもあってボサボサの長髪に髭もボーボーだったし、若いころからガタイだけデカかったから老けて見られえることも一度や二度じゃなかった。なにより、あいつに名乗った名は俺のミドルネーム イシュ―ル。 軍の証明書にも頭文字しか載せていないから頭の固いあいつが気づくことはきっとないだろう。
それでも、あいつが元気で幸せそうに勉学に励む姿を見かけると、俺も少し幸せになれたし、何より安心できた。新しい国王が決まり、これまでの実績や年の近いものを照らし合わせ側近に俺とあいつの名が連なった時は歓喜に腕を振り上げたものだが……。今となっては、何が気に食わないのか毎日毎日俺にいちゃもんをつけてきやがる困った奴だぜ。
年々僻みっぽい婆さんのように口煩くなりやがるし……。
今回の旅も、同行者が国王のディアや宰相のルーイリアじゃ野営をするわけにも行かんから一日の終わりにはちゃんと小さくても宿のある村に着くように計算して日程も組み、初心者にもやさしく足の速い貴重な龍馬まで知り合いに頭下げて借り受け、こうして一見のんびり進んでいるようでちゃんと警備しているってのに罵られるし……。
「あ~ぁ、俺って可哀想な奴」
「ガドガン?村へはあとどのくらいで到着するの?」
呑気なもんだぜ、ディアはいつもと変わらぬ口調で微笑みながら俺に聞く。
「あ?そうだなぁ……あと半キトも我慢すれば宿で美味いもん食わしてやるよ」
はぁ……後ろでまぁた宰相様がぴーぴー言い始めたぜ。これ以上俺にどうしろってんだか……。
正直まだガドガンの気持ちが測れていないので、その辺はまた次の機会に。
誤字脱字等ございましたらどうか、優しくこっそりご一報くださいませ。